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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
32日目、先生なのです
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『ダル……しう』貿易都市



「さて、そろそろ行きますよ。ソフィお姉ちゃん」


 シーアさんが立ち上がり、聞き込みに戻る準備をしています。


「もう少し聞きたかったけど、行きましょうか」

「……? 聞き分けが良すぎます。熱でもあるんですか?」

「失礼ねぇ。久しぶりにあった妹を優先して上げる姉心よ」


 そひあさんがニカッと笑い、シーアさんを撫でています。

 真っ赤になった耳を隠すようにフードを被ったシーアさんが足早に船を降りて行きました。


「行きますよ!」


 照れ隠しに大声を張り上げたシーアさんが走ります。


「待ってシーア。食べた後すぐはそんなに早く動けないわ」

「やっぱり歳――」

「そこで待ってなさい」

「待てと言われて待つ魔女は居ません」


 照れるシーアさんは珍しいので、貴重ですね。写真があれば撮って、エルさんに送りたいところです。


「私達も、少し落ち着いたら街を少し歩こうか」

「はい。軽い運動も兼ねて参りましょう」


 後片付けが終わったら、少し休んで歩きましょう。体調も少しは、良くなった気がします。


 せっかく新しい街に来たのに何もしないのは勿体無いです。王都との違いや、北の特産品、共和国の品物も気になります。

 アリスさんと見て回りたいっていうのが、本音だったりしますけど。


「……?」


 船に登ってくる気配がします。警戒するところですけど、これは……子供?


「リッカさま、来客ですか?」

「そうみたい」


 私達も降りる予定だったので、舷梯は降りたままです。登る事は出来ますけど、迷子でしょうか。


「……」

「どうしたのかな?」

「うわぁ!?」


 隠れるようにして昇ってきたのは少年でした。泥棒って訳ではないようです。


「探検でもしてたのかな」

「……」


 もじもじとしながら、私達の顔を見ています。話したいけど、緊張しているようです。


「怒ってないから、話してみて?」

「……町長からのお知らせを聞いて」


 この街に来て最初に、町長にお願いした事がいくつかあります。


 この街での調査。

 拘置所への出入り。

 そして、豹変、変質した方の捜索及び呼掛け。


 この子が町長のお知らせで来たという事は、豹変した人を知っているのでしょうか。


「僕のお父さん……助けてください!」


 長袖の少年が手を伸ばし、私の袖に縋ります。その手には、痣がありました。


(虐待? 豹変かどうかを疑って来たんだから、急に暴力的になったって事かな)

「詳しく、聞かせて?」


 舷梯を上げ、外から見えない位置に移動します。

 

 男の子の名前はサロモくん。共和国からこの街に商売をしにきたそうです。

 運んで来たのはトマト。共和国のトマトは甘く、栄養が豊富で人気との事です。アリスさんのスープのバリエーションが増えそうです。


 サロモくんの父、しるばんさんは温厚で、暴力を振るうような事はなかったそうです。


 しかし、旅の途中立ち寄った町で、しるばんさんは急に暴力的になったと。

 嗚咽交じりに、サロモくんが話してくれました。


 今は昼食の残りのスープを飲みながら、落ち着いてもらっている最中です。

 アリスさんが”治癒”をかけています。アリスさんの表情から察するに、大きい傷はないようです。


(まず間違いなく、悪意による豹変だけど)

(商売しにこの街に来るくらいには、理性が残っていたようです)

(じわじわと悪意に染まっていったのかな)

(その可能性が高いでしょう)


 アリスさんと目配せしながら推測を立てていきます。


(暴力性が高いみたい、ここは私が)

(一人の浄化であれば、今の私でも)

(明日の朝大仕事があるんだから、私に任せておいて)

(……分かりました)


 悪意の所為とはいえ、子供に手を出してしまったのです。多少の痛みは我慢してもらいます。


「サロモくん。お父さんのところに連れて行ってもらえるかな」

「はい!」


 舷梯を再度降ろし、下船の準備をします。

 サロモくんに共和国の話を聞いている間に、アリスさんがシーアさんに連絡をとってくれます。

 許可が取れたら、じるばんさんの所に行きましょう。



 サロモくんが泊まっている宿には居ませんでした。

 暴力性が上がった男性が向かう場所。酒場?


「サロモくんは、ここに居てもらえるかな」

「ぼ、僕も……」

「絶対に連れ戻すから、お願い、ね?」

「はい……」


 町長さんの話で私達を訪ねたのです。父親の豹変が悪意であると、しっかりと認識しています。

 ですから、父親はただ悪い奴らに操られていると、思っているはず。


 いくら自分に暴力を振るった相手とはいえ、父親が暴力を振るわれる場面は、見ていて気持ちの良いものではありません。

 元に戻った父親とご対面で、この事件は終わりです。


「余り良い情報はないわねぇ」

「本命は酒場です。酔っ払いの情報網は伊達ではありません」

(暇人だから噂話ばっかですからね)

「あれは?」

「んー? 巫女様たちだねぇ」

(先ほど連絡のあった件でしょうか。何が起こるか分かりませんし、向かいましょう。お二人は本調子ではないのですから)



 酒場に入ると、ブレマの時のように視線が刺さります。あの時よりも粘度のある視線は、良いものではありません。


 さっさと、サロモくんから聞いたじるばんさんを探しましょう。

 スキンヘッドの青い目、鼻は丸く、首に家族の写真が入ったロケットペンダント。


(あれかな)

「巫女様達ですよね。本日はどのような――」

「すぐ済みます」


 店員と思われる方たちをあしらい、一直線に向かいます。

 わずかなイラつきと共に、お酒を飲み下しています。他の方たちのようにアリスさんを見ない辺り、結構イラつきが強いみたいですね。


「ジルヴァンさん、ですね」


 名前をしっかり言えない私に代わり、アリスさんが声をかけてくれます。


「あ゛んッ!?」


 お酒で何を紛らわせていたのか、かなり飲んでいるようです。


 酒場という事を抜きにしても、約一メートル離れている私に、この人から漂ってくるお酒の臭いが鼻に刺さります。もともとの気分の悪さも相まって、頭がくらくらしています。


 殴った事がなかった拳なのでしょう。サロモくんを殴ったと思われる痕が見えます。

 僅かな怒気を伴い、私は口を開きました。


「息子さんに、暴力を振るってるみたいですね」

「チッ……あの馬鹿が……」

「馬鹿は貴方ですよ。息子に手を上げるなんて」

「アイツが言う事を聞かないのが悪い」


 そんな嘘を聞くとでも。

 サロモくんは一言で言えば良い子です。


 自分の父の異常を察し、疑い貶さず、自分ではなく父を助けて、と私達に頼んできたのです。

 中々出来る事では有りません。

 そんなあの子が、暴力を振るわれるほどの不義を働くはずがありません。


「言い訳は後ほど聞きます」


 魔力を迸らせ、”強化”と”光”を纏います。

 相手は立ち上がり、魔法の準備をしています。こんな酔っ払いでも、私がやる気なのは分かるようです。


 木の地面が大きく凹む程の震脚で相手に詰め寄ります。


「――シ……っ!」

「う゛ッ……」


 浸透勁で”光”を打ち込もうとした私ですけど、下腹部に強い痛みが走って……。


(こんな時に……!)


 ”光”が入り切りませんでした。


 相手はまだ、動けます。


押し潰す(【イカズィ・)風の壁(プレヴァ】)――」

「リツカお姉さん!」


 何故か聞こえるシーアさんの声と、アリスさんの銀色の煌きが見えます。

 まだ私の攻撃が、終わったわけではありません。寸勁は、この距離で使うものです――!


「――シッ!」

「ッ……!?」


 痛みを無視し、”光”を打ち込みます。

 衝撃だけが突き抜け、カウンター席が大きく凹んでしまいます。後で謝らないといけませんね……。


 前のめりに倒れるじるばんさんを支える事すら出来ず、私は……お腹を押さえよろめいてしまいます。


「リッカさま……」


 アリスさんに支えられたようです。大粒の汗が私の額を伝っています。今までこんな痛みが出たことはありません……何が……。


「シーアさん、後をお願いできますか」

「はい。早くリツカお姉さんの治療を」

「店主さん。奥の部屋をお貸しください」

「あ、あぁ……へい……」


 アリスさんに抱えられて、奥の部屋に運ばれます。


「こんな事、初めて……」

「リッカさまの発勁は、私達の魔力運用より激しい物です。きっと、今のリッカさまの体が、魔力を伴った発勁に耐えられなかったのでしょう」


 アリスさんが、後悔を滲ませて教えてくれます。きっと、そこに思い至らなかった自分を、責めてしまっているのでしょう。


「アリスさん、ちょっと痛かっただけだから、責めないで」


 頬を撫で、自分を責めないように、伝えます。


「ごめんなさいリッカさま……。しっかり、治しますからね」

「うん」


 アリスさんが私のお腹を撫でて、”治癒”をかけてくれます。少しくすぐったかったですけど、幸福感のほうが、強かったです。



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