『ダル……しう』喧嘩好き
「ありがとね、シーア」
研究室に戻って、ソフィお姉ちゃんのお茶で寛ぎます。
「あの生徒達だけで良いんですか」
「あの子たちは補習生。今日が最後の機会だったのよ」
「今日でダメなら退学って事ですか」
「そっ。親の方からもそうしてくれーって言われてんのよねぇ。家業も忙しいんだから、やる気ないなら辞めさせてくれってさ」
ふぅーと長く息を吐いたお姉ちゃんが座ります。
「年寄りくさいです」
「相変わらずズバっと言ってくれるわねぇ」
私の頬を抓りながら青筋立ててます。
「まっ。シーアから見れば年寄りかぁ」
「今年で三十――」
「何か言った?」
「何でもないです」
どうやらそこは触れてはいけないようです。お姉ちゃんも何れは年齢ネタ厳禁になるのでしょうか。
「さて。シーアの方を手伝おうかぁ」
立ち上がってのびをしています。行動まで年寄――おっと、睨まれてしまいました。鋭いですね。
「よろしくお願いします。明日の朝までに全ての『感染者』を集めないといけないので」
「朝までか。私達だけじゃキツいわね」
「もう一人動いてます」
ちゃんと動いているでしょうか。後で”伝言”しましょう。
「巫女様達は?」
「二人共体調不良で休んでます」
「大丈夫なの?」
「女性特有のアレなだけです」
「あー」
そっかそっかと安心した感じで外に出る準備をしてくれます。
「他の授業はいいんですか」
「今日は補習生だけ。今長期休暇だからねぇ」
「あの補習生が辞めると、ソフィお姉ちゃんに何かあるんですか?」
「ん? 何もないよ。補習生は出ちゃったけど、やる気ある子の方が多いからねぇ」
「ならいいです」
ソフィお姉ちゃんに何かしらの不利益があったら、今すぐ補習生たちを脅す必要がありますからね。
「旅って何人でしてるの?」
「巫女さん、リツカお姉さん、私、もう一人の四人です」
「少数精鋭だねぇ。もう一人の人も強いのかな?」
「んー。戦えば強いんじゃないですかね。まぁ、男手として働いてもらってます」
伸び代はあるとリツカお姉さんのお墨付きですし、マクゼルト戦までに強くなって欲しいところです。
「へぇ。……男?」
「はい」
「エルヴィ様、良く許可出したね」
お姉ちゃんがそこを気にした事はないですね。
「リツカお姉さんが居るから、安心して送り出してくれましたよ」
むしろリツカお姉さんの心配をしてました。
「リツカ様も女の子でしょう。大丈夫なの?」
知らない人からすれば、異世界から来たカッコよくて綺麗なお姉さんって感じですけど。
「周囲二キロの悪意を察知して、視界に入っていない敵すら完璧に倒して、相手がぴくりとでも動けば腕を折れる技をかける事が出来る達人ですよ」
「私の常識が間違っていたわ。男とかどうとか問題じゃないわね」
「です。巫女さんにしろ私にしろ、手を出そうとしたら船から投げ落とされるでしょう」
リツカお姉さんに変なイメージがつきそうですけど、ソフィお姉ちゃんは私と同じで、自分で見て判断する人ですから。
さて、悪意探索をしましょう。
まずは、ソフィお姉ちゃんが目星をつけた人たちに会って、市場辺りで聞き込みですね。昼までには聞き込みを終わらせておきたいです。
悪意浄化の件は町長さんに話して、呼びかけをしてもらっていますし。朝には集るでしょう。
比較的余裕のある街のお陰で、神誕祭に来た人が多いっていうのは楽ですね。浄化済みの方も多いそうです。後は、神誕祭に来てない人です。
「行きますよ。ソフィお姉ちゃん」
「はいはい」
「そのぼさぼさのまま行くんですか?」
「もう皆見慣れてるよ。シーアも知ってるでしょ?」
毎朝起きたらボサボサになっていて、整えても元に戻るのがソフィお姉ちゃんです。乾いた笑みを浮かべながら諦めてしまっています。
整えたら美人なのですけどね。もったいないです。
酒を一人で飲んでいたウィンツェッツだけど、二日酔いが頭を過ぎり程ほどで止めていた。
情報を集めようにも酒場では誰も話を聞いてくれないため、市場を目指している最中だ。
「よぉーウィンツェッツ!」
急に肩を組まれ、裏路地に誘導される。
声をかけてきたのは男。普段のウィンツェッツなら突っ撥ね誘導なんてされないけれど、妙に馴れ馴れしくウィンツェッツの名前を呼んだ所から知り合いか? と思ってしまったようだ。
「……誰だお前ら」
「かぁーッ! ひどいぜ、あんなに可愛がってやったじゃねぇか!」
だけど、ウィンツェッツの記憶には、男達の姿はなかった。
相手は知っているようだけど、ウィンツェッツはどんなに頭を捻っても思い出せない。
「パパは見つかりまちたか? ウィンツェッツくぅん!」
「……なんだ、てめぇらか」
漸く思い出したらしいウィンツェッツ。その顔は顰められ、不快感を露にしている。
昔、ウィンツェッツが自分の本当の家族を探していた時、この男たちに出会っている。
家族の事は何も知らなかったけれど、幼いウィンツェッツは小間使いの様に扱われながら、数週間程旅をした。
その際、体罰の様なものも受けている。
多少剣術を覚え、剣も持っていたけれど、大人三人相手では分が悪く、逆に負かされていた。
立ち寄った町で有力な情報を手に入れたため、早々に男達の元を去ったけれど、相手はしっかりと覚えていたようだ。
「なんの用だ?」
とりあえず話だけ聞く事にしたウィンツェッツ。巫女一行として行動している以上、余計な騒ぎを起こす訳にはいかないと冷静な対応を心がけている。
それに、もう男たちが何人居ようと、今のウィンツェッツなら数秒とかける事無く制圧できるという自信が、ウィンツェッツに余裕を与えていた。
「巫女と一緒に旅してんだろ? 紹介してくれよ」
「は?」
どんな願いがくるかと思えば、”巫女”を紹介しろ。という突拍子もない願いにウィンツェッツは聞き返す。
「お近づきになりてぇんだよ。いいだろ?」
「あんなガキ相手に何盛ってんだ」
「はぁ……」
ウィンツェッツの呆れた言葉に、露骨なため息をつき首を横に振る男。
「あの顔と体ならよ。もう年齢なんか関係ねぇだろ」
「……」
ウィンツェッツは、”巫女”二人と仲が良いという訳ではない。
出会いは普通だったけど、その後の出来事でお互い敵視した過去もある。
今でこそ同じ船で旅し、リツカからは修行をつけてもらっているけれど、それも、ライゼルトを取り返す為に他ならない。
だけど、そんなウィンツェッツでも、この男達が屑なのはしっかりと理解している。
不快感を更に高め、話を聞く。
「一緒に旅するくらいには気を許してもらってんだろ? な? トモダチとして紹介してくれよ!」
「男一人連れて旅するくらい頭緩いんだ、知り合っちまえば後はこっちの――」
下半身で物事を考える男たちに、ウィンツェッツは痺れを切らす。
「やめとけよ」
「は? 何言ってんのお前」
明らかな拒否に、男たちから下衆な笑みが消える。
「頭が緩いとか阿呆な事言ってるが、そんな訳ねぇだろ。選任冒険者で国王の信頼を受け、王都中から尊敬されるような女共だぞ。お前らみたいな下衆、相手にすらしねぇよ」
「だぁかぁらッ! てめぇから紹介しろっつってんだよッ!」
仲は良くない。今でもアルレスィアには警戒され、リツカからも不埒者の様な扱いを受けている。
だけどそれは、ウィンツェッツが過去に、アルレスィアに手を上げてしまったからだ。
その事は理解している為、ウィンツェッツは巫女二人の気が済むまでそのままでいいと思っている。
そんなウィンツェッツは、アルレスィアは”巫女”としてしか見ていないけれど――リツカには、尊敬の念を感じている。
その所為でアルレスィアから警戒されているのだけど、ウィンツェッツが気付くはずもない。
「ライゼルトって知ってっか」
「あ? 国の英雄だろ。それがどうしたってんだ」
「俺の親父だ」
「あ? てめぇの親父は――」
「俺を拾って育てた、変わり者だ」
ウィンツェッツの言葉に、男たちの姿勢が変わる。
ただの生意気なガキと思っていた男が、ライゼルトの関係者とは思わなかったようだ。
「その馬鹿親父も、先の戦争でどっか行っちまったがな」
噂は本当だったのか、と男たちは思ったのだろう。
そして、ライゼルトからの報復はないと確信し、ウィンツェッツを舐めていた姿勢に戻った。
親がライゼルトであっても、ウィンツェッツはただのガキ。それが男達の認識だった。
「赤の巫女ってのはよ。そのライゼルトが同格と認めた強者だ。てめぇらじゃ束になっても敵わねぇし。手を出そうもんなら、腕の一本は覚悟した方がいいだろうな」
その言葉に男達がざわつき、たじろぐ。だけど、リーダー格の男は怯まない。
「巫女が一般人に手を出して良い訳ねぇだろ。お前の知り合いとして近づいて昏倒させちまえば問題――」
「アイツは、赤の巫女は手を上げるぞ。容赦なくな。一般人っつってもよ。巫女に手を出す不埒者だろが」
下衆の考えそうな事はお見通しだと言わんばかりに男たちを睨む。
「チッ……。そんじゃてめぇを」
「俺を人質なんて考えるなよ? アイツらは俺じゃ動かねぇぞ」
「一緒に旅してんだ。少しは効くだろうよ」
「はぁ……」
今度はウィンツェッツがため息をつく。
その態度に、男達は今にも襲い掛かりそうだ。昔奴隷の様に扱っていたウィンツェッツから馬鹿にされたと思ったのだろう。
「あの時のままだとでも思ってんのか? 巫女共の手を煩わせるまでもねぇ。俺がケジメてやる」
「言う様になったじゃねぇかクソガキが」
男達が魔力を練るのを朧気に感じたウィンツェッツが動き出す。




