私と彼女の世界④
『この世界のことは分かってくれたかな。次はリツカ、きみの居た世界のことを話そう』
私に微笑みかける神さま、その微笑みには慈愛が溢れています。
私の居た世界。お母さんやお祖母さん、七花さんを含めた巫女たち、その、真実。自分の、生まれた意味……気になります。
『きみの世界では魔力は持ってるが魔力を発することができないようにしっかり調整した、はずだった。違いがでないように、注意したはずだった。でも、たまに居なかったかい? やけに勘のいい人や他人よりちょっと特別な人』
いたような気がします。というより、私も……。透視とか、予知とかもそうなんでしょうか。
『その考えで間違いないよ。どんなに調整しても混ざってしまうんだ。私に細かい作業は向いてないようだね』
と神さまがおどけてみせます。
『でも、これはあまり問題にはならなかった。迫害は少なからずあったけど。この世界のような激しいものではなかった。痛ましい事件は多々あったけど、それは魔力がなくても日常として起きてしまう、人生だからね』
人と神さまの意識の差でしょうか。人生と簡単に片付けられる程、私が大人ではないだけかもしれません。でも……迫害はやっぱり、悲しい歴史です。
『この世界で”悪意の問題”が出た、だから、きみの世界でも起きると考えた私は、まだ悪意が表面化していなかったきみの世界に、”巫女”と”林”を用意した。それは功を奏した。大きな災害や戦争はあったけど、人間はしっかりと増えている。豊かになっていった』
そういえば、この世界と私の世界の文明の差は?
『それは魔法を使えるかどうかの差だよ。リツカ』
どういうことでしょう……。
『この世界では魔法が使える、万能ではないけど便利なものだ。この魔法に頼って生きている人々と』
私をじっと見て神さまが続きを話します。
『魔法がなく、苦労して、生きるために工夫していったきみの世界。その差さ。どっちのほうがいいかなんて、わからないけどね』
神さまはその違いも楽しんでいるようです。
『リツカの世界の”巫女”について話そうか』
ついに、私に直接関係する話しが出てきます。
みれば、アリスさんも興味があるようです。少しだけ顔が上がりました。
『魔力はあるけど、それを発露できない。マナを感じ取れない。そんなきみたちに私の言葉を伝えるのは苦労したよ。本当に。この世界ではマナを感じ取れるのが普通だからね。巫女にはその部分の感度を上げるだけでよかったんだ』
アリスさんは感度が高いとか、そんなレベルではないように感じます。
『でもそれが出来ない。仕方ないから、さっき言ったね。たまに出てくるマナを少し感じ取れる人間、その子に根気よく神託を告げ続けたんだよ』
こう考えると、混ざってしまったのは当たりだったんだね? と神さまはドヤ顔を披露します。
『神託は簡単なものだったよ。「未婚処女の清らかな者を”巫女”にすえ、私の用意した林の周りへ木を植えさせなさい。そしてそこに人が入らないように守護するのです」ってね』
良く、信じてくれましたね……。昔の方がいかに信心深かったか、という話でしょうか。
『そして無事、”六花家”が巫女にすえられた』
私を指差し、神さまが言います。私の、ご先祖様……。
『六花の家系のものは特別魔力が大きくてね。それを発露することはできなかったけど、森の結界の維持は容易だった』
そういえば神主さんも、六花は特別って……。
『だけど、最近はルールが偶に破られてね。結界が綻んでいたんだ』
いやぁ、困った困った。と神さまが笑います。アリスさんも言ってましたね。……また顔が熱くなってしまいます。
『その後はきみも知っているね、兄弟や従姉妹の結婚、出産を待って次々に巫女としてすえていく。重要なのは、この世界と違って、きみたちの世界の巫女は”六花”だけってことだよ』
微笑む顔を変えず神さまが言います。―――代を重ねるごとに馴染む。六花は何世代重なったのでしょう。
『きみの巫女就任時に祝詞を唱えていた神主、上木。彼がほかに探すとか言ってたけどね。残念、それはできないよ。私は六花以外から選ばないから』
これで、私は一生巫女確定しちゃいましたかね。七花さんが子供を生んだという報せは頂いていませんから。
『なにより、リツカ。私はきみがお気に入りだからね』
ハハハと笑う神さま。それを睨むアリスさん。
「―――。そういえば、私を”神の森”で連れ去ろうとしていましたね」
『あぁ、バレちゃってたね。あの時連れ去ろうとしたのは本当さ。ある理由できみをこの世界に連れて行かなくちゃいけなかったんだ』
アリスさんの目が神さまを鋭く射抜きます。怒りすら、携えて。ある、理由……? でも、最初に確認しないといけません。
「あの、私”神の森”から離れちゃってるんですけど、大丈夫なんでしょうか」
これがずっと、気になっていました。
そんなに長くはこっち居ないだろうって思ってましたが……この様子じゃ、私はしばらく帰れそうにありません。
――アリスさんと一緒に居られる時間が延びたのは、うれしいですけど。
『心配いらないよ、リツカ。きみのバッグ、覚えているかい』
バッグ、甘酒、飲みたかったですね。
『ノンアルコールだけど、きみがお酒を呑むのは……いや、あの中に日記入れてたろう?』
日記……? たしかに入れてました。森で、書こうかなって。
『日記、あれはきみの想いの結晶、きみの生きた証だ。いわばきみの写し身。だから、あの日記入りバッグを湖の底においてきた』
ふふんと、神さまがドヤ顔をします。……? そのドヤ顔の意味が分からず、首を傾げてしまいます。
『写し身たる日記が変わりに森の結界を維持してくれる。”巫女”として、アルレスィアと同じくらい優秀なきみだからできる芸当さ』
なるほど、日記にそんな力が。って、私がアリスさんと同じくらい優秀……?
「アルツィアさま、今のは本当ですか? リッカさまが私と同じくらいすごい巫女というのは」
アリスさんがここで初めて、口を開きました。喜びで弾んだ声音、そう感じます。
『本当に、リツカが関わると人が変わって。あー、本当だよ。アルレスィアとリツカは同じ巫女力さ』
前半はよく小声すぎてあまり聞こえませんでしたが、同じ巫女力。巫女力って……そんな言い方でいいのかな?
「そうなのですね」
アリスさんがうれしそうにつぶやきます。まるで自分が褒められたかのように本当にうれしそうに。
私も、嬉しかったりするんですけどね。アリスさんと一緒、ただそれだけのことで……私の胸が少し高鳴るのです。
『まー、気にしなくていいよ。”神の森”のことは。向こうは無事さ。結界が弱ってはいるけど。こちらほどじゃない』
……? アリスさんがいるのに、どうしてこっちのほうが危ないんでしょう?
『それが、リツカを呼んだ理由さ。でも、まずはリツカの変化について話そうか。アルレスィアも心配してるしね』