『カセンツ』辺境の絵描き②
「この町は芸術の町だったのです。絵画や陶芸なとが盛んでした」
「七年前来た時はそうだったな」
「お越しになっていましたか。七年前は細々とですがやれていました。それでも、ギリギリだったのです」
レイメイさんの言った事は正しかったようです。ですけど、その時には既に、限界であったと。
「先代国王は美術品に糸目をかけませんでした。ですから、この町の品を買うことも多かったですし、多数流れた美術品の修繕も一手に引き受けていました」
美術館にあった数々の品。あれはここの物も含まれていたようです。
話が見えてきました。コルメンスさんになってから、あの王都では――。
「ですが、コルメンス様になってからは……商談は一切なくなりました」
「それハ、復興で忙しかったからでハ」
「はい。ですから、最初の四年は耐えることが出来ました。しかし、その時期を過ぎると王都では、自国のみの職人を雇ったのです」
職人通りの事でしょうか。若い職人や腕利きの職人が多数居ましたけれど、それが原因で?
「この町には見向きもせず、そういった職人を雇っていったのです。そこからは、若者の流出が始まりました。王都の職人通りに行った者。遠くの地へ夢を追いかけた者」
より稼ぎが良い所へ、若い人たちは旅立ったとの話です。
町にしろ国にしろ、若い人が居なければ、寂れていきます。人々の活気こそ、町の栄養。栄養のない町は、萎れていってしまうのです。
「逆恨みなのは、分かっています。ですが……」
感情をぶつける場所がないのです。
若者の流出は何も、コルメンスさんだけの所為ではありません。大口の顧客である先代国王を贔屓にしていたのでしょう。他の買手が居ればここまで寂れることはありません。
逆恨みと言っていることから、そういった原因も少なからずあるのです。
「町民には話をつけます。どうぞ、ご自由にお調べください」
「ありがとうございます」
事情を話し、悪意の捜索を開始します。
ですけど、この町に悪意は感じません。負の感情は淀んでいますけれど、悪意には至っていません。
気付かない部分もあるかもしれませんから、調査はします。
「私は少し別行動をとりまス」
「レイメイさん――」
「いエ。今回は食べ歩きはしないのデ、大丈夫でス」
レイメイさんを護衛にと思いましたけど、どうやら一人で歩きたいようです。
コルメンスさんも慕っていましたし、思うところがあるのかもしれません。
「気をつけてね?」
「お二人モ」
シーアさんが町長さんの家に戻っていきました。
「俺は休んでいいか」
「はい。余り人は居ませんけど、朝言った事はお願いします」
「あぁ」
二日酔いが辛いのか、木陰で座り込んでしまいました。
「まず町中を」
「はい。それと――」
「うん。病人、だね?」
アリスさんが微笑みます。
どんな病気かは分かりませんけれど、治せるものであれば、アリスさんは治したいのでしょう。
「一軒ずつ回っていこう」
「はいっ」
アリスさんには”拒絶”があります。感染症であっても問題ないでしょうけど、”治癒”は、自身にかけることは出来ません。
アリスさんの体に入る前に”拒絶”する必要があります。
一応、注意だけはしておきましょう。
接触感染であった場合、触れられてしまえば罹ってしまう恐れがあります。
「ごめんください。”巫女”のアルレスィアと」
「立花です。少し時間をいただけませんか?」
「はい……?」
半信半疑の返事が聞こえ、女性が出てきました。体は痩せていますけど、栄養が足りていないという訳ではなさそうです。
「み、巫女様……。どうしてここに――ゲホッ」
「北に用事がありまして、立ち寄らせていただきました」
「そ、そうでしたか……。ですが、何のおもてなしも……」
「そう畏まらないでください。本日は、治療に参ったのです」
「治療、ですか?」
困惑している女性に、事情を説明します。
「町長さんに教えてもらったんです。今この町に居る病人の皆さんの事を。ですから、治せるものでしたら治療をと」
病気が治れば、少しは心に余裕が出来ると、思いました。
アリスさんの診察と”治癒”が始まります。
私は何か出来るという訳ではないので、片付けや掃除をしながら待つことにします。あからさまなゴミ以外は、綺麗にまとめておきましょう。
その中に、写真がありました。この方の、息子さんでしょうか。若い男の子と笑顔で写っています。
もしかしたら、出て行ってしまった若者の一人なのかもしれません。
私に何かが出来る訳ではありませんけど、せめて……健康で長生きして欲しいと願っています。
そうすれば、いつかは会えると、思っているから。
「どうか、なさいましたか?」
「いエ」
町長さんの家に残り、お茶をいただいてます。
お兄ちゃんがどう思われようともどうって事ありませんけど、お姉ちゃんが悲しみますし。
それ以外の理由なんて、ないですよ?
「……」
チラチラと私を気にしています。
黙ってお茶を飲んでいるだけですし、気になるのも仕方ないですね。
「国王さんが憎いですカ?」
「……王国を、一代で立て直し……多くの人を助けた英雄とは思っています」
「町長さんの考えを尋ねていまス」
当たり障りのない評価なんてどうでもいいのです。
「私は、この町を誇りに思っています。多彩な感受性を持ち、多くの名作を生み出し続けたこの町を」
美術館には一回だけ行きました。あの中のいくつかが、この町から生まれ出たのでしょう。芸術は良く分かりませんけど、見応えの在る物がちらほらとあったと記憶しています。
「ですから、憎いです。陛下の件はきっかけにすぎません。私達の怠慢によって現状があります。ですがッ!」
段々と熱が篭っていきます。
お茶を飲み、落ち着くために一息ついています。それでも手の震えが、怒りを物語っています。
「私はフランジール共和国、エルヴィエール女王陛下の護衛兼情報部所属でス」
「なんと……?」
お姉ちゃんとお兄ちゃんの関係は、この国には知れ渡っているでしょう。お姉ちゃんに近しい存在である私に、お兄ちゃんの悪口を言ってしまった所為か、顔を青ざめています。
「告げ口したりしませン。たダ、国王さんも苦労しているという事だけは知って欲しいでス」
「それは、理解しております」
「後」
お茶を飲み干し、立ち上がりまス。
私には何かが出来るわけではありません。ここで何かを言っても、町長さんの心が晴れることはないです。
ですけど。
「お兄ちゃんはちゃんト、見てると思いますヨ」
ぽかんとする町長さんに背を向けてから、町の外に向かいます。周囲を見ましょう。
お兄ちゃんに連絡でもしておきますかね。そろそろ発表しても良いんじゃないかと。
魔王討伐を待ちたいっていうのは、分かるんですけどね。こうやって落ち込んでいる人が居るんです。
ちゃんと伝えるべきでしょう。
王都の整備は完了したのです。次は領土内全ての整備に着手すると。国民の声に耳を傾け、全ての人が幸せに過ごせるようにすると。
そのための第一歩たる私達、魔王討伐隊です。国王さんは、貴方達を見捨てたわけではありませんよ。
(と、カッコ良く出てきたのに)
「何してんですカ」
「あ゛……?」
ひどい顔――いえ、ツラです。お酒は封印しますか。
「巫女さんとリツカお姉さんハ?」
「病人居るっつったろ。その治療だとよ」
周りの家々を見ると、確かに巫女さんの魔力色が見えます。心だけでなく体まで病んでいた人たちです。少しは心が晴れると良いのですけド。
「それでハ、私達は外の警備に行きますヨ」
「……達ィ?」
「そんな仏頂面が町の真ん中に居ては心が荒みまス」
「修行の一環だろが」
「人が見えないと意味ないでしょウ」
「……水持ってこい」
仕方ねぇと、隠すことなくじわじわと動いています。
水が欲しいんですか。
「奔流を受けよ!」
「ハ?」
大量の水で流し、外に押し出します。
家を気付けないように、一点集中の奔流です。サボリさんくらいなら為す術なくサヨナラです。
「うごッ!?」
「行きますヨ」
歩くのも辛いのでしょう? 私が運んで上げます。
そのお酒臭い体も洗い流せて一石二鳥です。
綺麗な水ですから飲んでもいいですよ?




