『カセンツ』辺境の絵描き
A,C, 27/03/26
「おはようございまス」
「おはようシーアさん」
「おはようございます」
顔を洗っていると、シーアさんが寝ぼけ眼を擦りながらやってきました。
「……」
シーアさんがじーっと私を見ています。寝癖がすごいですよ、シーアさん。
「なんデ、ぐっすり寝た私よりシャキッとしてるんですカ?」
「日ごろの賜物、かな?」
早起きは習慣になっていますから。
「朝は苦手?」
「徹夜は出来ますけド、中途半端に寝るト、きついでス」
「低血圧の様ですね」
シーアさんは、栄養不足という訳ではないでしょうけど、果物や魚を多く食べた方が良いでしょうね。
一杯食べますけど、偏っていたりするのでしょうか。
「食事を少し変えましょう」
「お願いしまス」
顔を洗い、歯を磨いてから外に出ます。
「王国内とは、空気が少し違うかな」
「少しだけ澄んでいる気がします」
「神林の空気が、少し恋しいかも」
「私も、少しだけ」
澄んだ空気を吸ったからでしょうか。
”神林”の、全身を清めるかのような空気を思い出してしまいます。また、身を委ねたいですね。
朝の静かな空気を、微笑んだアリスさんと二人で、しばし――堪能します。
「遅いですヨ。サボリさン」
ゲシゲシと足を蹴りながらシーアさんが怒っています。
「阿呆……揺らすな……」
レイメイさんが頭を押さえています。
顔が青いです。この症状は見覚えがあります。お母さんがお酒を飲んだ次の日、あんな感じでした。
「二日酔いは自業自得ですので、治療は致しません」
「てめぇ……」
揺れる船の上でたくさん飲んだ上に、食事の時も飲んでいました。
お酒を覚えたての人が良くやる失敗と聞いた事があります。調子に乗って飲んで、二日酔いに苦しむまでがセットと。
そうやって量を学ぶと、お父さんが言っていました。
「初日から、修行は出来そうにないですね」
「やる……うぷ」
「……吐かれたくないので、嫌です」
出来る出来ないじゃなく、嫌です。
「修行出来ない代わりに、次の街ではしっかりと人間観察してください。視線の動きとか、体の動きとかです」
「あぁ……」
「言っておきますけど、バレないように見てくださいよ。捕まりたくないでしょう」
「誰が不審者だゴラ……」
罵声もキレがありませんね。
体を動かすのは無理でしょう。ですから、攻撃予測のための修行をしてもらいます。
対マクゼルトを想定した場合、今必要なのは相手の攻撃を素早く予測することです。そのための訓練をしてもらいます。
「指先一つまで、しっかり見ていてください」
「捕まったらちゃんと迎えに行ってあげまス」
「絶対ぇ捕まらねぇ……」
クふふふ! とシーアさんが笑います。置いて行くわけにはいかないので、迎えに行く事になるんですよね。
それは嫌ですから、もう一つ追加注文しましょう。
「相手に行動を読まれない訓練も兼ねています。誰にもバレないように観察してくださいね」
「そんなんで強くなんのか……?」
「小さいことからコツコツと、です。素人にバレるようでは、マクゼルトは確実に気付きますよ」
「……分ぁったよ」
二日酔いの貴方に出来るのは、それくらいです。
「っ……」
私……今更……。少し、遅れていたようです。
軽いものですけど、一応薬とかあるのか……聞いておきましょう。
「アリスさん、ちょっと」
「はい」
物陰にアリスさんを連れて行きます。
「えっと、私……来ちゃったんだけど、薬とかあるのかな?」
「はい。用意していますよ」
良かった、アリスさんが用意してくれていたみたいです。
「この世界特有の問題とか、あったりするかな?」
「リッカさまの世界と変わりないと思います。準備していますから、酷いのでしたらシーアさんとレイメイさんに戦ってもらいましょう」
軽い運動は逆に良いと言いますけど、戦闘はきつそうです。戦闘は、シーアさんとレイメイさんに任せることになりそう。
「私は軽いから、もしもの時は戦うよ」
「リッカさまが必要な程の戦闘では、仕方ありませんけれど……。なるべく、ご自身を優先してください」
「うん」
薬もあるそうですから、なんとかなるでしょう。
「アリスさんは大丈夫?」
「私は今朝から……、余りにも重いときは船で休ませて貰うことになりそうです」
「じゃあその時は、私も船で休もうかな」
「それがよろしいかと」
ほっと胸を撫で下ろします。アリスさんにもしもがあってはいけません。
「では、部屋に参りましょう」
「うん、ありがとう」
少し時間をもらって、身嗜みを整えます。
アリスさんにこんな形で迷惑をかけてしまうとは……。
日記と一緒に置いてきたバッグに、色々と入れていたんですけど、ね……。日記だけ湖に置いてきたら良かったんじゃないですか? 神さま、結構適当ですよね。
食事を終え、次の街に向かいます。
「次はカセンツでス。普通の町ですネ」
「特に何かがある訳じゃないんだ」
「でス」
「いや」
レイメイさんが否定します。何かを知っているようです。
「あの町は、芸術が盛んだったはずだが」
「そうなんですカ? 私が調べた限り、そういった事はなかったはずですけド」
「有名な絵描きが居たはずだ」
失礼とは思いますけど、レイメイさんと芸術が結びつきません。
有名な絵描きが居たため、芸術に造詣が深く、見る目があったとのことです。
鑑定士として生計を立てたり、修繕したり、そういったものが盛んだったと。
「お前が調べたのは、どれくらいのだ?」
「三年前からの資料でス」
「俺が行った時とは違うらしいな」
「いつ行ったんですカ?」
「七年前だ」
七年前というと、レイメイさんがライゼさんの下から去って数年後ですね。
「何があったのでしょうか」
「四年間で何かあったんだよね」
「町民に聞いてみるのが一番でス」
美術館の品々が頭に浮かびます。
先代が多く残した美術品。絵描きといえば、神さまの想像画もありましたね。金髪の。
有名な絵描きさんは、どんなものを書くのでしょう。
町が見えてきました、けど……何か、寂れて……?
「ここからですから正確には分かりませんけれど、人が少ないです」
「遠出してる訳じゃないだろうし、ブレマでもあった、住民の流出?」
マリスタザリアの大群を見た住民達が、避難したのでしょうか。
「とにかク、行きましょウ」
近場に船を止め、町を探ります。
数人の視線を感じます。不信感を多分に含んだ警戒の目、ですね。
「とりあえず、一番大きい家に訪ねてみよう」
「そうですね。地主等の有力者でしょうから」
まずは不信感を解かないといけません。
町の奥に一際大きい家があります。ですけど、右奥、町から離れたところにもログハウスのようなものが建っています。
まずは、町にあるほうから訪ねましょう。
「ごめんください」
「……」
中から気配はします。こちらを窺っているようです。
「私はアルレスィア・ソレ・クレイドルという者です。”巫女”をやっています」
「巫女様……?」
漸く、中から反応がありました。扉から少しだけ顔を出し、アリスさんを確認しています。
「間違いなく、巫女様のようですね」
「はい。少し、話を聞かせていただけませんか?」
「分かりました」
家の中に招いてくれました。
「改めまして、アルレスィア・ソレ・クレイドルです」
「六花立花です。同じく、巫女をやっています」
「噂で聞いた事があります。赤の、巫女様ですね」
神誕祭には、訪れていないようです。マリスタザリアが跋扈する時代ですから。町を出ないのも、自衛の一種です。
「レティシアでス。巫女様と共に旅をしていまス」
「ウィンツェッツだ」
「ディート・ベールです」
自己紹介を終え、話を聞かせていただきます。
「この町は、その」
「はい。多くの若者が町を離れ、今では年寄りと病人くらいしか居ない……死を待つだけの町です」
町長の怒りが、伝わってきます。
ここで私は、違和感を感じました。
もしマリスタザリアによる流出であれば、怒りよりも嘆きや、どうしようもないという諦念が滲むはず。
それがなく、怒り。マリスタザリアは関係ないのでしょうか。
「理由を、お聞きしても?」
アリスさんが静かに尋ねました。
「……王都です」
「エ?」
話を聞くだけだったシーアさんが顔を上げきょとんとします。
「キャスヴァルとなって、この町は徐々に寂れていきました」
王都の所為で、町が?




