私と彼女の世界③
『リツカの居た世界との違いを元に話していくよ? 世界の創生から順々に聞いても面白くないだろうからね』
神さまは微笑むように説明を始めます。神さまから聞く世界創生も面白いと思うのですけど……。私の居た世界と、この世界の違い。思い浮かぶのは、不思議なあの力でしょうか。
『この世界には、”魔法”があるんだ。体内の生命力である魔力と、大気中に空気のように存在するマナ。この二つを使って行う。奇跡だよ』
奇跡……。限られた人しか使えないのでしょうか。
『いや、この世界では全員使えるよ』
くつくつと笑いながらいいます。全員使える、奇跡ですか?
『魔法の説明は後でするけど。―――魔法は、人間に使えるようにするつもりはなかったんだ』
「……?」
神さまの表情は後悔しているようにも見えました。
『私が人間を初めて創ったとき、調整を間違えてね。魔力をもった人間が生まれてしまったんだ』
私は万能ではないからね。と自嘲気味に力なく笑う神さまが気になりますが、続きを待ちます。
『最初は、魔力を持ち魔法を行使できる人と、魔力をもたず魔法を使うことができない人が居たんだよ』
最初、は? 嫌な予感がしてきました。アリスさんを見ると目を伏せ、沈痛な面持ちで話しを聞いています。私の嫌な予感の正体を知っているようです……。
『魔力持ちは私に近い存在だ。力を注ぎ込みすぎてしまった。でも違いを出すつもりはなかった。たまたま入り込んでしまったんだ。だから持つもの、持たざるものが出てきてしまった。だからと言って調整し直す事はしなかったけどね』
遠くを思い出す様に、神さまの言葉が続けられます。
『間違いとはいえ、生まれた私の子供たちだ。消すことなんてできないよ』
そう言う神様の顔には慈愛が込められていました。
『だけど、魔力持ち達はこう思ったようだ、「これは神が我々を選んだ証。我々は特別なのだ」ってね。私は平等に愛しているのだけど、私の声を聞く事はできないからね。暴走してしまったんだ』
一拍置いた神さまに、アリスさんも寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべます。
『そうやって、魔力無したちを迫害していった』
悲しそうに顔を歪める神さまを見て、私の心がざわめきます。
(っ――差別は、どんなときにも、おきるのですね)
『このままではバッドエンドにしかならない。私はハッピーエンドが好きなんだ。だから私は、創り終え、私が干渉できなくなった人間に私が干渉するための装置を追加することにした』
人差し指をたて、言います。
『この苦肉の策も、無理やりだったからね。私は少し神格が落ちてしまった』
ハハハ、と軽快に笑いながら事も無げに言う神さま。苦肉の策、神さまが干渉するための装置……なんとなく、わかります。私はそう思いつつアリスさんを見ます。
『気づいているようだね。そう、”巫女”だよ』
にやり、と神さまは笑います。”巫女”、神さまの声を聞き、世界へ伝える存在。アリスさんから聞いた通りの存在です。
『私は全てを平等に愛している、だから争いを止めるんだってね。最初に巫女になった子にそう伝えた』
今まさに見ているようにすらすらと当時を語ります。でも、世界には魔力無しの方は居ないと言っていました。
『最初に用意した巫女、無理やり用意したからだろうね。力が馴染まなかったみたいで、私の言葉を断片的にしか聞き取れなかったんだ』
目を閉じ、空を見上げています。
『愛している、ということは伝わったけど。平等というところが伝わらなかった』
やはり、後悔が浮かぶ神さま。魔力を持っているであろう人たちに、神に愛されているとだけ伝わってしまう。それは、魔力無しの方たちにとっては……残酷な世界に――。
『そうだね。迫害は順調に進んでいった。魔力無しの人間は子を生すことすら許されず、爆発的に減っていった』
そして、世界から魔力無しの人間は消え去ったのですね……。
『そんな、思い込みの激しい愚かな子たちだけど、それでも私は愛しているんだ。どうしようもなく愛おしいんだよ』
その顔は、慈愛に満ちています。
『初代”巫女”は子を生し、次の”巫女”が生まれた、その子は私の声がはっきりと聞こえていた。全てを理解はしてくれなかったけどね。それに姿までは、見えなかった。しかしここで、代を重ねると馴染んでいくと分かったんだ』
子を生す。そこにひっかかりを覚えます。
「あの……巫女は、未婚の、処女しかなれないはずじゃ……。」
巫女のルール。それは私の居た世界も、アリスさんの居る世界も同じのはず。同じ、その言葉にあの時を思い出し、頬が熱くなります。
『最初はそのルールはなかった。ルールを追加するようになったのは、後のほう。世界の悪意の話は聞いてるね? その問題に私が気づくまではなかったルールさ』
世界を壊す物、でしたね。
『最初から、悪意の問題を知っていたわけじゃない。迫害によって生まれた悪意、それが形となって襲い掛かってきたのは、巫女が世代を三、四と重ねた時だったかな』
曖昧な物言いに、首をかしげてしまいます。
『記憶が曖昧なのはだね。その頃にきみの居た世界を創ったからだ』
一緒の時に創ったわけでは、なかったのですね。
『そうだね、魔力を発することのできない者たちだけの世界。それがきみたちの世界』
その話は後でね。と言うことなので口をつぐみます。
『リツカの世界を創ったあたりで、この世界の歪みが表面化した。それが”悪意の問題”さ。私は万能じゃない、この問題に気づかなかった。悪意が形をもち、人々を襲う。私は世界に干渉する必要ができた。そのための舞台が必要になった』
目を閉じ、神さまは呟きました。干渉するための舞台……それは、たぶん――。
『そう。更に神格を落とし、”神林”をつくった』
森を指差し神さまが微笑みます。林、疑問に思っていたことを聞くことにしました。
「どうして、あの森は”神林”なんでしょうか。森じゃ……」
『最初は林だったんだ。行き成り森を作るには神格を落としすぎるからね。林を作って、その林の部分に神力をこめた。そしてその力を含んだ木が回りに生えるように、”巫女”に頼んで木を植えていったんだ。巫女以外が入らないように念を押してね』
私の質問に快く、神さまは答えてくれます。
つまり、”巫女”一人で植林していったんですか? 羨ましい。私も植林したいです。”神林”を育てる役目、何て素敵なお役目なのでしょう。
『あー、リツカ? 湖周辺が最初の林部分だよ。その周りは後から植えた。人の手で作られたものだけど、神力で育っているから機能しているよ』
それでもかなり神格が下がりそうになった。とそこまで気にしてないように笑っています。神格って、大切な物なんじゃ、ないでしょうか。
『後は、アルレスィアに聞いているね。悪意の問題をちょいちょい解決しているわけさ』
ちょいちょい、ですか。愛しているという言葉通り、神さまはそれを仕事とも思っていないようです。
私達の為に、当然の事として話しています。
『悪意が森を穢さないように結界を張ろうとしたけど、ここでも私のある誓約が邪魔をした。だから、”巫女”に誓約を設けることで結界を作り、強化した。それが未婚処女のルールだよ』
神さまと”巫女”は表裏一体……一心同体ともいえる存在なのでしょうか。近しい存在とも言えるかもしれません。
『この世界では魔力を持った人間から”巫女”が選ばれる。魔力が高い人間で清らかな女性なら誰でも”巫女”になれる。それに、魔力の高さで私との関わりも強化される。ある”巫女”が子を生さずに役目を終えてしまってね。次をどうしようかと悩んでいた時にこれに気づいたんだ』
と、神さまは頷きながらしみじみと言います。
『この世界の”巫女”が多く生まれたけど、アルレスィアは特別だよ。最大で五世代重ねられた”巫女”だけど、私の言葉を全て理解し、姿まで見えるようになったのは居なかったからね。アルレスィアがこの世界で歴代最高の”巫女”さ。力も精神も――魂もね』
アリスさん、そんなにすごい巫女さんなんだ。すごい……。と、尊敬と憧れの織り交ざったような視線をアリスさんに向けます。
アリスさんは高台に来て初めて、悲しみを含まない表情で顔を赤く染め、俯いてしまいました。