『ブレマ』最初の一歩⑦
巫女さんとリツカお姉さんが外へ行きます。
あの変態から変なことを言われても、リツカお姉さんは気にしていないようです。
「同じ男性としテ、エドゥさんはどう見えましたカ」
「同じ男と言われる事すらムカつくってんだよ。なんだ皮って」
サボリさんは、意外とまともですからね。
偶に狂っているのでは? と思うこともありますけど。
「男性にとって、女性の顔って重要なんじゃないんですカ」
「どんなに赤いのの皮を被せようが、そいつは赤いのとは言わねぇだろ」
「本人であることが重要って事ですカ」
「外側と中身が伴ってこそだろ」
「ロマンチストですネ」
「喧嘩売ってんのか?」
「まさカ。見直しただけですヨ」
外面だけ良くて、中身が伴ってない人なんて山ほど居ます。
サボリさんは、それは認めないらしいです。
エドゥさんが狂ってるのは、そういうところです。あれは逆ですけどね。
中身さえレーネさんなら、外側は誰の物でも良いと言っているんです。
確かに、リツカお姉さんの顔で自分の愛する人の性格って、すごく理想の人でしょう。
だけど、それは本当にレーネさんって言えるんですかね。
頭がおかしくなりそうです。
悪意によって肥え太ったエドゥさんの欲望は、狂っているとしか思えません。
レーネさんの顔を見たことはありませんけれど、元締めさんや酒場の人たちが口々に美人と言う程の人です。
そしてエドゥさんだけを愛し、心が壊れる程に信頼していたほどの良妻。それに満足できなかった時点で、屑ですよ。
「そんで。何買うんだ」
「食料でス」
「……山ほど積み込んでるんじゃなかったか?」
「次の街まで少し遠いでス。なくなったら嫌じゃないですカ」
大きいため息で私を見下ろしています。跪かせてあげましょうか。
「太るぞ」
「私はサボリさんと違って頭も全力で回してますから太りませんヨ」
「てめぇ……」
口喧嘩で私に勝とうなんて百年早すぎます。
消費した分を追加します。
二,三日分ならば、生鮮食品も大丈夫ですね。
さて、何を買いましょうか。
「本気ですか……?」
「あの大群を見ただろう!?」
「しかし、だからといってッ!」
「王国に行っていた者からの情報だ。巫女様と赤の巫女様、そしてもう一人誰か居たようだが……三人だけで、王都西の敵を殲滅したと!」
町長と元締めが話し合っている。話題は巫女二人とレティシアのようだ。
「いつ、この街が襲われるか分からないのだ」
「……」
「この街に留まってもらう他なかろう!?」
「どうやって引き止めるのです! アルツィア様に全てを捧げたと、一点の迷いもなく答えた程のお方達ですぞ!? この街だけに留まる訳ありますまい!」
町長のヒステリックに、元締めは毅然とした態度で応対する。
目にこびり付いたマリスタザリアの大群。それは町民だけでなく町長の心をも蝕んでいた。
冷静な判断とは思えない。
しかし三人だけで、大群から王都を守りきったという伝説的な話を聞いた町長は、この方法しかないと思考を固めてしまっていた。
「あの少女を使う」
「何をお考えなのですか」
「あの少女を人質に残ってもらう」
「貴方は悪意に犯されているようだ。巫女様を呼んでまいりましょう」
「私は正常だ!」
部屋を出ようとする元締めを止め、町長が話を続ける。
「あの少女も、巫女様達のお仲間ですぞ。我々に捕まえられるはずがない!」
「所詮は子供、あの長身の男の親類か何かであろう」
「西の戦場を戦ったというのが、あの少女かも知れませんぞ」
「……あの王都にはライゼルト様がおられる。ライゼルト様に違いない」
「そのライゼルト様も行方不明と聞きましたが」
「西の戦場を三人で戦ったのだ、それも納得であろう!」
冷静に事を諌め様としている元締めだけど、町長は一向に退かない。
「エドゥの件を解決してくれた恩人に、その様な事をするのですか?」
「解決はしていない。レーネは戻ってきていないのだから」
「壊れた心を治せる者など居ないでしょう。しかしエドゥが戻れば、もしかすればレーネも――」
「エドゥには、もう会わせん」
「町長!」
「レーネもその方が安心できよう」
人の話を全く聞かない町長に、元締めは歯噛みする。止めるには実力行使しかないと考え始めていた。
「お前は黙って見ていれば良い」
「何を――」
扉が開き、数人の男が入ってくる。
「何だお前達は!」
「すんません元締め……。俺らも、怖いんですよ」
「あんたも見ただろ!? あんなのがこの街に来たら一溜りもねぇ!」
「巫女様達が居れば安心できるだろ!?」
町民の恐怖心を煽ったのだろう。恐怖に顔を青くした男たちが元締めににじり寄る。
「お前達ッ……!」
取り押さえられた元締めが、苦しい顔で男達を睨む。
「王都には滞在していたではないか。この街にも少しの間居てもらうだけだ」
「魔王を倒さねば根本的な解決にはなりませんぞ!?」
目先の安心のためだけに、レティシアを捕らえ巫女達を束縛しようとしている町長に、元締めは最後の説得を試みる。
「明日も知れぬ世なのだ。町民の不安が治まるまでの間だけだ」
もはや止まらぬと悟った元締めは、強硬手段をとろうとするも、既に取り押さえられ、口を塞がれてしまっている。
男達に担がれ出て行く元締めを見ながら、町長は決意を固めていた。
「後ハ、巫女さんスープの材料とかですかネ。……ン?」
返事がないので後ろを振り向いてみれば。
「何処行ったんですかねェ、サボリさんハ」
やっぱりサボりです。
「……」
レティシアの周囲に居る人間たちの目の色が変わる。
街の連絡網によって、町長の息のかかった者達に指示が出されたようだ。
じりじりと包囲網が狭まれて行く。
「それ一つくださイ」
「あいよ」
ホットドッグでも食べながら探しますかね。すっごく、熱いです。火傷しないように注意しないと。
「おい」
「おう」
もぐもぐとホットドックを食べているレティシアに、男達が近づいていく。
レティシアに手が伸びていく。
「ムグ?」
振り向いたレティシアが大きく避ける、急いで咀嚼しようにも熱いため上手くいかない。
(失敗しました。ですけど、こういう時のためにリツカお姉さんの蹴りを――)
「ムグゥ!?」
男二人なら何とかなったかもしれない。だけど、周囲を取り囲む大人達全員を相手にするには、レティシアはまだ未熟だった。
腕を掴まれ、口を塞がれる。
(なんです!?)
そのままレティシアは、運ばれていってしまった。
「あのチビ何処行きやがった」
大量の荷物を持ったウィンツェッツが探し回る。
サボった訳ではなく、荷物のせいでレティシアを見失っただけだったようだ。
「クソッ……なんだってこんなに人が多いんだ」
人垣に邪魔され動けないウィンツェッツが、一先ず人の少ない方を目指す。
誘導されるように、道が開いている。
「まさか……」
その道を歩きながらウィンツェッツの眼光が鋭くなる。
周囲の者たちが息を飲む。
「買い食いとかしてんじゃねぇだろうな」
ウィンツェッツはそのまま人の少ない方に進んでいく。
(船に置いてから探すか)
図らずも、分断と時間稼ぎに乗ってしまったウィンツェッツ。市場の喧騒に、レティシアが暴れる音はかき消されてしまった。
牧舎に異常はありませんでした。
街の外をぐるりと周り、探っていきます。街の中にちらほらと負の感情を感じます。注意しておいた方が良いでしょう。
「ん?」
男数人が、牧舎の端にある倉庫と思われる場所に何かを運んでいます。
何でしょうね。布にくるまれた、横長。見覚えがあるような光景です。確か、ドラマとかで――。




