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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
30日目、旅の始まり始まりなのです
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『ブレマ』最初の一歩⑤



「どうしたんでス?」

「あの人が、何か呟いてたから、アリスさんが心配してくれただけだよ」

「そうですカ。魔法色は見えませんでしたシ、ただの独り言だったんですかネ」

「かも、ね」


 アリスさんに撫でられながら、シーアさんと話します。


「悪意なくなっちゃいましたネ」


 浄化後の悪意を見ますけど、全て霧散してしまいました。

 魔王に吸収されるためにどこかに行くのを期待したのですけど、今回はハズレです。


「全部吸収する訳じゃ、ないんだね」

「純度が関係しているのかもしれません」


 アリスさんの言うとおり、純度が関係しているのでしょう。今回のは、薄いものでした。量はそこそこでしたけど、出涸らしのような、悪意でした。


 後は経過を見るだけですね。えどうさん以外は帰ってもらって大丈夫でしょう。

 罪を犯してしまった人は、そのまま牢に入ってもらうことになりますけど。


 あんな、粘つくような視線を向けられるなんて思いませんでした。

 元締めさんが暈していた拷問や、最後に奥さんの精神を壊した物がなんなのか、あの視線からは何も分かりません。でも、あの視線が一端であることは確かでしょう。


 自分の奥さんを醜いと評し、私で取り繕おうとした人です。まともであるとは思えませんね。


 一向に目覚めないえどうさんを気にしながらも、元締めさんの言葉で浄化を受けた人々が自身の調子を確かめています。


「皆さん、どうですかな」

「はい。無性にイライラしていたものが、収まりました」

「私も……」


 自身の症状と照らし合わせ、報告していってます。物欲や……性欲、が多いです。そんなに詳細を話さなくていいと思います。


「も、もう終わってしまったのですか?」


 遅れて、町長さんがやってきました。


「はい。後は、あの人が起きるのを待つだけです」


 アリスさんが視線で、えどうさんを指します。

 魔法を発動する時の叫ぶような詠唱といい、”光の槍”による集中攻撃といい、確実に……怒っています。

 

「エドゥ……」

「知り合いですか?」


 怒りや悲しみに染まった町長さんがえどうさんの名前を呼びました。


「この男の妻は、私の娘です」

「今、精神を病んでるといウ」

「はい……」


 では、義理の息子ということですか。

 

「悪意とは、どういったものなのですか?」


 町長さんに尋ねられます。

 本当の事を教えるべきか、迷います。

 魔王に無理やり入れられたクルートさんは、自身の考えとは関係なく豹変しました。

 でも、この人は……。


「その人が持つ欲望を増大させます」

「つまり、どういう」

「この方の、奥さんへの歪んだ愛情が暴走した形になります」


 アリスさんが、真実を伝えました。将来を考えれば、正しいでしょう。


 これが、えどうさんの正体なのですから。


 独占欲の暴走といった所でしょうか。奥さんを自分だけの者にしたいと、縛り付けたのでしょう。

 そして浮気を疑ったこの人は、心だけでなく体まで、拘束したんです。


「人には理性があり、まともな人間は理性によって行動を抑制できます。ですが、悪意はその枷を取り除きます」

「エドゥは、娘を――レーネを拷問したいと……?」

「発端は浮気を疑った事だと聞いています。暴力を振るいたかったのではなく、独占したかったのでしょう」

「レーネはエドゥを心より愛していました。浮気など……!」

「その時、この方がどう思ったか、です。悪意によって理性を失い、思うが侭に行動するのです。一度落ち着き話し合うという、理性的な行動はとりません」


 アリスさんがゆっくりと、町長さんに説明していきます。

 

 恐らく、町長さんたちが知るえどうさんであれば、話し合い、浮気などなかったと安堵し、そのまま幸せな生活を送ったでしょう。

 ですけど、悪意はその行動を許してくれませんでした。


 浮気を疑った彼はそのまま、監禁拘束という手段をとったのです。


 いきなりその様な考えに陥ったわけではないでしょう。彼は不安だったのです。美人であったというレーナさんは、さぞかし人気者だったでしょう。町長の娘という地位まであります。


 気が気ではなかったのです。

 きっとどこかで、自分だけのものにしたいと思っていたのではないでしょうか。

 だからこその、監禁。


 私には、他人事に思えません。私はアリスさんを、監禁しているのではないでしょうか。拘束しているのではないでしょうか。


 アリスさんが自分の意思で傍に居てくれるという免罪符で、紛らわしているだけではないでしょうか。

 私は――アリスさんを、束縛しているのではないでしょうか。


「違います」

「アリス、さん?」

「違います」


 アリスさんが私の目を見据え、キッパリと言います。


「あり、がとう」


 私の感謝の言葉に、ニコリと、アリスさんが微笑みます。

 私の心が落ち着いていくのを感じたのか、アリスさんが頷いて、町長さんとの話しに戻りました。


「レーネさんは何も悪くありません。彼女は信頼していたからこそ、エドゥさんの豹変に精神を病んだのですから」

「ッ……」


 声を荒げたことを、町長さんが反省し項垂れます。


「申し訳ありませんでした……」

「娘さんを想えばこそです。気にしていません」

「レーネには、しっかりと報告いたします」

「はい」


 町長さんが頭を下げ、この場を後にしました。

 

 信じていた人からの、裏切り。突然の監禁と暴力は、彼女の心を蝕んだことでしょう。

 そして、最後に何かがあったのです。レーネさんの心を壊す、何かが。


「う、うぅぅ……」


 呻くような声と、蠢くような音が聞こえました。えどうさんが目を覚ましたようです。


「エドゥ」

「元締め……? ここは……」

「牢獄だ」

「牢? 何故、私が――」


 そこまで言って、顔を顰めました。きっと思い出しているはずです。自身が何をやったかを。

 クルートさんは自身とは関係ない行動であったため、記憶の欠落がありました。

 ですか、えどうさんは自身の欲望の延長。しっかりと覚えているはずです。


「ア……アァァァアッッ!!」


 牢屋に慟哭が響きます。


「何てことを……ッ! あんな事を言って……!」

「何を言ったのだ」

「……」


 頭を地面に擦りつけ、猛省しています。元締めさんの言葉は届いていないようです。

 じっと見ていましたけど、えどうさんがぴくりと動いたことを契機に、私は牢屋に近づきました。


「開けてください」

「し、しかし」


 元締めさんにお願いしましたけど、躊躇っています。それでは間に合いません。


私に―(【フォルテ】)―強さを(・イグナス)


 扉を無理やり開け、中に入ります。

 えどうさんの体を起こし、近くにあったシーツを口に押し当て、無理やり中に入れます。少し血が滲んできました。でも、間に合ったようです。


「ムグゥ!!」

「舌なんか、噛み切らせません」


 抵抗し、私を押し倒そうと体に力を入れています。でも、”強化”中の私が、ただの人に力負けすることはありません。


「貴方は話さなければいけません。罪を償うための死というのならば、しかるべき所に出てからです」

「ム、グ……!」


 反抗的な目で私を見ています。まだ、この手を離すことは出来ません。


「拘束具をお願い出来ますか」

「は、はい」


 アリスさんが元締めさんにお願いしてくれています。


「リツカお姉さン、私が押さえまス」

「ありがとう、シーアさん」


 拘束をシーアさんに任せ、下がります。

 

「なんで舌を噛み切ったと分かった?」


 兄弟子さんが私を睨む様に見ています。

 相手の挙動から次の一手を掴む。戦いでは相手の行動を先読みしたほうが勝ちます。

 こういった戦いとは関係ない場所であっても、それを学ぶことは出来ます。

 勉強熱心ですね。


「身動ぎした際、顎が動きました。声を発していないですし、魔法ではありません。肩が震えたのを見て、痛みを我慢したと推測しました。何より、状況的に自殺以外ありえません」


 えどうさんは深い悲しみを帯び、自らの行いを猛省しているのです。その状況下で行うことなんて、自殺くらいです。


「相手を見るだけでなく、状況も考えてください」

「戦いでもか」

「そうです。自分と相手を理解し、相手が何を狙っているかを状況と照らし合わせて読んでください」


 難しいことはありません。自分がやられて嫌なことは相手も嫌なんです。


「お待たせしました」


 えどうさんに拘束具を着け、様子を見ます。

 落ち着くまで待とうと思いましたけど、町長さんがやってきました。


「レーネさんの所に行ったのでは」

「エドゥが起きたと聞いて、こちらに戻ってきました。私も話を聞きたいのです」


 レーネさんに何をしたのか、それを知りたいと戻ってきた町長さんを見たえどうさんは諦めたような顔を浮かべ、抵抗を止めました。



ブクマありがとうございます!

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