ささやかなお見送り④
「解決とまではいかなかったようだけど、前進は出来たようだね。アンネ」
「はい……。ご心配とご迷惑をおかけしました」
コルメンスさんとエルさんにアンネさんが頭を下げています。
「とりあえず今日までは休暇を許そう。明日から忙しいからね」
明日から働いてもらうと、コルメンスさんが微笑みかけています。アンネさんがしっかりと頷きました。人手不足は解消されそうですね。
「よく我慢出来ましたネ」
シーアさんがアリスさんにニヤニヤとした笑みを向けています。
今度こそ、アリスさんを何だと思っているんですかね、と言おうとしましたけれど――。
「リッカさまが抱きしめていてくれたので」
アリスさんがさらりと言った言葉が私を直撃します。アリスさんの肩に顔を埋め、固まってしまいます。
アリスさんも結構、恥ずかしい事を言いますよね。
「そろそろ出ますカ」
「そうだね」
舷梯が降りた船に向かいます。
「担当」
「ウィンツェッツ様?」
「赤いのとどんな問題があったかは聞かねぇ」
兄弟子さんがアンネさんと話しています。ライゼさんとアンネさんが結婚になれば、兄弟子さんはその子供に? 想像出来ませんね。
「俺もアンタに誓ってやる。あの阿呆は連れ帰る」
「――ありがとうございます。ウィンツェッツ様」
「その様っての止めろ」
兄弟子さんが照れ臭そうに足早に船に向かってきました。
「そうだよな。ライゼとアンネさんが結婚すりゃ、お前の母親だもんな」
「狙ってんのか? ツェッツー」
「ハァ!?」
でるくさんと防衛班の方達がイジってます。仲良さそうですね。
「うわァ」
「てめぇも真に受けてんじゃねぇよ!」
シーアさんがドン引きしてます。ガキに興味ないって言ってましたし、アンネさんくらいの人が好みなんでしょうかね。
「巫女様たちも気をつけてくださいよ。男一人ってんだから」
でるくさんが私達に注意を促します。ちょっとした軽口ですし、私も軽口で返しましょう。
「兄弟子さんくらいなら一捻りです。でるくさんも、生きていてくださいね」
「あぁ、こっちは任せてくだせぇ」
でるくさんが下がりました。
仲間たちから、何か聞かれてますね。
「リツカ殿」
ゲルハルトさんに呼び止められます。
「これを」
渡されたのは、集落の剣でした。
「同じ剣ですが、込められた想いは違いますゆえ」
「分かってます。ゲルハルトさん」
受け取って、刀身を見ます。手放した時より、綺麗になっています。磨いてくれていたようです。
「必ず、私の手で持ち帰ります」
「うむ」
ゲルハルトさんが微笑み、頷いてくれました。
「アリス」
エリスさんが、アリスさんに耳打ちしています。
「分かっています」
「しっかりなさい」
力強く頷いたアリスさんに微笑むエリスさんが、私を見てウィンクをしました。
アリスさんに何を話したのでしょうか。
「何を言われたの?」
「秘密、です」
ふふっ、と楽しげに笑うアリスさんが船に乗り込んでいきます。
「ちょ、ちょっとアリスさーん!」
気になってしまいます。エリスさんの様子では私の事の様ですけど……。
「シーア」
エルヴィエールとコルメンスがレティシアの前に立つ。
「昨日しっかり聞きましたよ」
「分かってる。でも」
レティシアを抱きしめるエルヴィエールと、レティシアの頭を撫でるコルメンス。
「しっかり、魔王を倒してらっしゃい」
「私もエルヴィも、君を待っているよ」
「……出発前に泣かせるのはいけないと思います」
涙ぐんだレティシアの声が、エルヴィエールの耳朶を震わせる。
「英雄の姉と兄にしてあげます」
「えぇ、楽しみにしているわ」
「もう、自慢の妹だよ」
「そういう時は何も言わずに受け取るんですよ。鈍感お兄ちゃん」
コルメンスに向かって舌を出しダメ出しをしたレティシアが、船へ駆けて行く。
「シーアちゃん」
「エリスさン?」
「二人をよろしく。それと――」
エルタナスィアがレティシアの頭を撫でる。
「貴女も、無事に帰ってきて。帰ってきたらおいしいケーキを作ってあげるわ」
「ほんとですか! 絶対帰ってきます!」
「えぇ、貴女の好きなものたくさん」
目に涙を溜めながらも、満面の笑みを浮かべたレティシアが、エルタナスィアに抱きつく。
それを、リツカとアルレスィアが優しい笑みで見ていた。
シーアさんが涙を拭いながら船に乗り込んできました。エルさんに何か嬉しい事を言われたようですね。涙は涙でも、嬉涙ですから。涙を我慢してましたけど、エリスさんの言葉で決壊してしまいましたね。
「皆さんの帰りをお待ちしています」
コルメンスさんが最後に、送る言葉をくれます。
「皆さんの無事だけを、願っています」
エルさんも祈るように、言葉をくれます。
「いってきます」
少し遠くへのお使いへ行くくらいの声音で、手を振ります。
「サボリさン、”風”ください」
「あぁ……」
シーアさんが舵を握り、兄弟子さんに指示を出します。
不承不承といった感じに”風”の魔法を発動してます。北にこのメンバーで、シーアさんの運転で兄弟子さんの風を受けて走る、ですか。
「気をつけてー!」
「絶対に無事で!」
「……!」
リタさんと、クランナちゃん、ラヘルさんが一生懸命手を振ってくれます。
険しい顔は一つもなく、笑顔で送ってくれます。
「またね」
手を振り返して、遠くなっていく皆に微笑み返します。
アリスさんも微笑んでいます。
本当に、良い人たちです。この街で出会い、仲良くなった人たち全員。
また会えます。きっと。
最初に向かうのはブレマ。街に近いという事もあって、そこそこ発展したところらしいです。
「こうやって北上してると、最初を思い出すね」
「あの時もこの四人でしたから」
高速で過ぎていく景色を見ながら、思い出話に花を咲かせます。
「シーアさんが免許なかったときだね」
「今はちゃんとありますヨ」
丁寧な舵捌きで進んでいきます。
「悪意を辿るっつたか」
確認でしょうか。
「はい。浄化をやっていきます。もし近隣にマリスタザリアが居ればそれも狩ります」
とにかく悪意を出して、魔王側に飛んでいくのを追っていきます。正確な角度が出るのは、近くなった時でしょうから、それまでは右へ左へ街を辿りながら。
「化け物狩りは俺がやる」
私達の負担を考えて、というわけではないですね。
「修行ですか」
「ライゼが敵わなかったアイツに勝つには、今のままじゃ弱いからな」
彼我の実力差をしっかりと認識しての発言です。
初めてあった時の、抜き身のナイフの様な兄弟子さんはもう居ないようです。
でも――。
「マリスタザリア狩りだけでは、あの人に勝つには何万体倒しても追いつけないですよ」
「……」
それも分かっているようです。でも、何かしていないと落ち着かないって所ですか。
「直近で戦った、魔王謹製のマリスタザリア。あれならばいい修行相手になりますけれど、ただのマリスタザリアでは修行にはなりません」
「何もしないよりは良いだろ」
「ですから修行相手になります。私が」
私も今のままで良いとは思っていません。対人で感覚を研ぎ澄ませます。
「マリスタザリア狩りもやってもらいます。でも、朝の日課として私と模擬戦をしてもらいます」
「……」
私じゃなくてアリスさんを見ている兄弟子さんが、何かを待っています。
「必要な事ですから」
アリスさんの一言で、兄弟子さんは頷きました。私より、アリスさんの返事の方が重要だったんですね。
「進みながらですから、決まった場所でじっくりと、とはいきません。短い時間で強くなるために、本気でいきます」
「あぁ」
マクゼルトの動きは一度見ています。
脳裏にこびり付いた、と言ってもいいです。
その攻撃に近づく。追い縋ります。
兄弟子さんに今後の方針を簡単に説明し終え、私とアリスさんは船の中を見ます。
今まで二回程乗ってますけど、船内は初めてです。
「個室が三つ、残りが倉庫で」
「厨房とシャワー室等の水周りですね」
後は大量の保存食が詰め込まれた貯蔵庫がありました。多分あれでも足りないので、毎回買出ししなければいけないでしょう。
私達の荷物を運び入れます。ベッド、一人用なんですけれど。アリスさんの部屋で寝たときはこれくらいでしたし。宿のときも、大きいベッドでしたけど……くっついて、たので! 大丈夫です。
ふぅ……ドキドキしてしまいます。
もう慣れているんですから、そんなにドキドキすることないです。
シーアさんはもう運び入れているそうです。兄弟子さんの分を部屋に入れて、って。
「軽い」
男性の旅支度ってこんなものなんですかね。私達のでも少ないと思っていたのですけど。
「数日分も、ないんじゃないかな」
「最小限ですね」
「街毎で買うからいいんだよ」
様子を見に来たのか、文句を言いながらやってきました。
「ったく……」
荷物を引っ手繰って部屋に篭ってしまいました。
もう少しコミュニケーションを取るべきだと思います。
一番奥にシーアさん。あそこが普段、エルさんが使っている場所でしょう。
その直ぐ前に私とアリスさんの部屋。二番目に大きい部屋です。エルさんの身の回りの世話をする、メイド? 侍従というのでしょうか。その人が入る場所だそうです。
兄弟子さんは、一番出入り口に近い場所。シーアさんが言うには、執事が入る部屋。
シャワー室は、私達の部屋の直ぐ横。兄弟子さんとは、一部屋挟んだところです。音などが聞こえないよう、シーアさんの配慮があったみたいです。
見張りは一応します。鍵もありますけれど、一応です。一応。
信用と信頼とは関係なく。男は狼、すぐに豹変するとお母さんは言っていました。
あんなぶっきら棒でも、狼な事に変わりありません。絶対に覗きなんてさせませんから。
アリスさんの裸は誰にも渡しません!
……? そうでは、ないですね。誰のものでもありませんでした。
自分の考えに疑問符が浮かんでしまいます。
旅で、気持ちが高揚してしまっているのでしょうか。
アリスさんが私を見てクスクスと笑っています。耳が少し赤いのは、私が変なことを考えてしまったからでしょうか。
でも少しだけ、楽しいです。
「笑わないでよぉ……」
「ごめんなさい」
アリスさんが私の鼻を押します。
お互い笑い合って、甲板に戻りました。
ブクマありがとうございます!




