表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六花立花巫女日記  作者: あんころもち
30日目、旅の始まり始まりなのです
329/934

ささやかなお見送り④



「解決とまではいかなかったようだけど、前進は出来たようだね。アンネ」

「はい……。ご心配とご迷惑をおかけしました」


 コルメンスさんとエルさんにアンネさんが頭を下げています。


「とりあえず今日までは休暇を許そう。明日から忙しいからね」


 明日から働いてもらうと、コルメンスさんが微笑みかけています。アンネさんがしっかりと頷きました。人手不足は解消されそうですね。


「よく我慢出来ましたネ」


 シーアさんがアリスさんにニヤニヤとした笑みを向けています。

 今度こそ、アリスさんを何だと思っているんですかね、と言おうとしましたけれど――。


「リッカさまが抱きしめていてくれたので」


 アリスさんがさらりと言った言葉が私を直撃します。アリスさんの肩に顔を埋め、固まってしまいます。

 アリスさんも結構、恥ずかしい事を言いますよね。


「そろそろ出ますカ」

「そうだね」


 舷梯が降りた船に向かいます。


「担当」

「ウィンツェッツ様?」

「赤いのとどんな問題があったかは聞かねぇ」


 兄弟子さんがアンネさんと話しています。ライゼさんとアンネさんが結婚になれば、兄弟子さんはその子供に? 想像出来ませんね。


「俺もアンタに誓ってやる。あの阿呆は連れ帰る」

「――ありがとうございます。ウィンツェッツ様」

「その様っての止めろ」


 兄弟子さんが照れ臭そうに足早に船に向かってきました。


「そうだよな。ライゼとアンネさんが結婚すりゃ、お前の母親だもんな」

「狙ってんのか? ツェッツー」

「ハァ!?」


 でるくさんと防衛班の方達がイジってます。仲良さそうですね。


「うわァ」

「てめぇも真に受けてんじゃねぇよ!」


 シーアさんがドン引きしてます。ガキに興味ないって言ってましたし、アンネさんくらいの人が好みなんでしょうかね。


「巫女様たちも気をつけてくださいよ。男一人ってんだから」


 でるくさんが私達に注意を促します。ちょっとした軽口ですし、私も軽口で返しましょう。


「兄弟子さんくらいなら一捻りです。でるくさんも、生きていてくださいね」

「あぁ、こっちは任せてくだせぇ」


 でるくさんが下がりました。

 仲間たちから、何か聞かれてますね。


「リツカ殿」


 ゲルハルトさんに呼び止められます。


「これを」


 渡されたのは、集落の剣でした。


「同じ剣ですが、込められた想いは違いますゆえ」

「分かってます。ゲルハルトさん」


 受け取って、刀身を見ます。手放した時より、綺麗になっています。磨いてくれていたようです。


「必ず、()()()()持ち帰ります」

「うむ」


 ゲルハルトさんが微笑み、頷いてくれました。

 

「アリス」


 エリスさんが、アリスさんに耳打ちしています。


「分かっています」

「しっかりなさい」


 力強く頷いたアリスさんに微笑むエリスさんが、私を見てウィンクをしました。

 アリスさんに何を話したのでしょうか。

 

「何を言われたの?」

「秘密、です」


 ふふっ、と楽しげに笑うアリスさんが船に乗り込んでいきます。


「ちょ、ちょっとアリスさーん!」


 気になってしまいます。エリスさんの様子では私の事の様ですけど……。



「シーア」


 エルヴィエールとコルメンスがレティシアの前に立つ。


「昨日しっかり聞きましたよ」

「分かってる。でも」


 レティシアを抱きしめるエルヴィエールと、レティシアの頭を撫でるコルメンス。


「しっかり、魔王を倒してらっしゃい」

「私もエルヴィも、君を待っているよ」

「……出発前に泣かせるのはいけないと思います」


 涙ぐんだレティシアの声が、エルヴィエールの耳朶を震わせる。


「英雄の姉と兄にしてあげます」

「えぇ、楽しみにしているわ」

「もう、自慢の妹だよ」

「そういう時は何も言わずに受け取るんですよ。鈍感お兄ちゃん」


 コルメンスに向かって舌を出しダメ出しをしたレティシアが、船へ駆けて行く。


「シーアちゃん」

「エリスさン?」

「二人をよろしく。それと――」


 エルタナスィアがレティシアの頭を撫でる。


「貴女も、無事に帰ってきて。帰ってきたらおいしいケーキを作ってあげるわ」

「ほんとですか! 絶対帰ってきます!」

「えぇ、貴女の好きなものたくさん」


 目に涙を溜めながらも、満面の笑みを浮かべたレティシアが、エルタナスィアに抱きつく。

 それを、リツカとアルレスィアが優しい笑みで見ていた。


 

 シーアさんが涙を拭いながら船に乗り込んできました。エルさんに何か嬉しい事を言われたようですね。涙は涙でも、嬉涙ですから。涙を我慢してましたけど、エリスさんの言葉で決壊してしまいましたね。


「皆さんの帰りをお待ちしています」


 コルメンスさんが最後に、送る言葉をくれます。


「皆さんの無事だけを、願っています」


 エルさんも祈るように、言葉をくれます。


「いってきます」


 少し遠くへのお使いへ行くくらいの声音で、手を振ります。


「サボリさン、”風”ください」

「あぁ……」


 シーアさんが舵を握り、兄弟子さんに指示を出します。

 不承不承といった感じに”風”の魔法を発動してます。北にこのメンバーで、シーアさんの運転で兄弟子さんの風を受けて走る、ですか。


「気をつけてー!」

「絶対に無事で!」

「……!」


 リタさんと、クランナちゃん、ラヘルさんが一生懸命手を振ってくれます。

 険しい顔は一つもなく、笑顔で送ってくれます。


「またね」


 手を振り返して、遠くなっていく皆に微笑み返します。

 アリスさんも微笑んでいます。

 本当に、良い人たちです。この街で出会い、仲良くなった人たち全員。

 また会えます。きっと。




 最初に向かうのはブレマ。街に近いという事もあって、そこそこ発展したところらしいです。


「こうやって北上してると、最初を思い出すね」

「あの時もこの四人でしたから」


 高速で過ぎていく景色を見ながら、思い出話に花を咲かせます。


「シーアさんが免許なかったときだね」

「今はちゃんとありますヨ」


 丁寧な舵捌きで進んでいきます。


「悪意を辿るっつたか」


 確認でしょうか。


「はい。浄化をやっていきます。もし近隣にマリスタザリアが居ればそれも狩ります」


 とにかく悪意を出して、魔王側に飛んでいくのを追っていきます。正確な角度が出るのは、近くなった時でしょうから、それまでは右へ左へ街を辿りながら。


「化け物狩りは俺がやる」


 私達の負担を考えて、というわけではないですね。


「修行ですか」

「ライゼが敵わなかったアイツに勝つには、今のままじゃ弱いからな」


 彼我の実力差をしっかりと認識しての発言です。

 初めてあった時の、抜き身のナイフの様な兄弟子さんはもう居ないようです。


 でも――。


「マリスタザリア狩りだけでは、あの人に勝つには何万体倒しても追いつけないですよ」

「……」


 それも分かっているようです。でも、何かしていないと落ち着かないって所ですか。


「直近で戦った、魔王謹製のマリスタザリア。あれならばいい修行相手になりますけれど、ただのマリスタザリアでは修行にはなりません」

「何もしないよりは良いだろ」

「ですから修行相手になります。私が」


 私も今のままで良いとは思っていません。対人で感覚を研ぎ澄ませます。


「マリスタザリア狩りもやってもらいます。でも、朝の日課として私と模擬戦をしてもらいます」

「……」


 私じゃなくてアリスさんを見ている兄弟子さんが、何かを待っています。


「必要な事ですから」


 アリスさんの一言で、兄弟子さんは頷きました。私より、アリスさんの返事の方が重要だったんですね。

 

「進みながらですから、決まった場所でじっくりと、とはいきません。短い時間で強くなるために、本気でいきます」

「あぁ」


 マクゼルトの動きは一度見ています。

 脳裏にこびり付いた、と言ってもいいです。

 その攻撃に近づく。追い縋ります。


 兄弟子さんに今後の方針を簡単に説明し終え、私とアリスさんは船の中を見ます。

 今まで二回程乗ってますけど、船内は初めてです。


「個室が三つ、残りが倉庫で」

「厨房とシャワー室等の水周りですね」


 後は大量の保存食が詰め込まれた貯蔵庫がありました。多分あれでも足りないので、毎回買出ししなければいけないでしょう。


 私達の荷物を運び入れます。ベッド、一人用なんですけれど。アリスさんの部屋で寝たときはこれくらいでしたし。宿のときも、大きいベッドでしたけど……くっついて、たので! 大丈夫です。 


 ふぅ……ドキドキしてしまいます。

 もう慣れているんですから、そんなにドキドキすることないです。


 シーアさんはもう運び入れているそうです。兄弟子さんの分を部屋に入れて、って。


「軽い」


 男性の旅支度ってこんなものなんですかね。私達のでも少ないと思っていたのですけど。


「数日分も、ないんじゃないかな」

「最小限ですね」

「街毎で買うからいいんだよ」


 様子を見に来たのか、文句を言いながらやってきました。


「ったく……」


 荷物を引っ手繰って部屋に篭ってしまいました。

 もう少しコミュニケーションを取るべきだと思います。


 一番奥にシーアさん。あそこが普段、エルさんが使っている場所でしょう。


 その直ぐ前に私とアリスさんの部屋。二番目に大きい部屋です。エルさんの身の回りの世話をする、メイド? 侍従というのでしょうか。その人が入る場所だそうです。

 兄弟子さんは、一番出入り口に近い場所。シーアさんが言うには、執事が入る部屋。


 シャワー室は、私達の部屋の直ぐ横。兄弟子さんとは、一部屋挟んだところです。音などが聞こえないよう、シーアさんの配慮があったみたいです。

 見張りは一応します。鍵もありますけれど、一応です。一応。


 信用と信頼とは関係なく。男は狼、すぐに豹変するとお母さんは言っていました。

 あんなぶっきら棒でも、狼な事に変わりありません。絶対に覗きなんてさせませんから。


 アリスさんの裸は誰にも渡しません!

 ……? そうでは、ないですね。誰のものでもありませんでした。

 自分の考えに疑問符が浮かんでしまいます。

 旅で、気持ちが高揚してしまっているのでしょうか。


 アリスさんが私を見てクスクスと笑っています。耳が少し赤いのは、私が変なことを考えてしまったからでしょうか。

 でも少しだけ、楽しいです。


「笑わないでよぉ……」

「ごめんなさい」 


 アリスさんが私の鼻を押します。

 

 お互い笑い合って、甲板に戻りました。



ブクマありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ