彼女と過ごした街⑪
シーアさん達が帰った後、私達は巫女服から普段着に替えます。
私達なしでマリスタザリアに対応する訓練ということで、私達に連絡は来ないそうです。それでも、もしもがあるので準備だけはいつでも出来るようにしています。
久しぶりに、向こうの服を着ます。兄弟子さんとの喧嘩以来ですか。
綺麗に仕舞っていたのでほつれもなく、草臥れてもいません。
「集落の時にチラッと見た程度だけど、やっぱり露出が多いわね」
「そう思いますけど、この服よりはマシではないかと」
エリスさんがジッと肩や脚を見ます。
メイド服を持ち上げ比較します。やっぱり、恥ずかしさではメイド服の方が……。
「リッカさまの世界では、それくらいが普通なのですか?」
「んー」
アリスさんに言われ考えます。
私は学生だったので私服自体着る時間の方が短いです。
「お父さんに、この服が流行りだから着てみなさいって渡されただけだから。皆こんな感じかは、怪しいかな?」
椿や他の同じ年の子たちは、そんなに露出してなかったような? でも偶にすごい子もいましたし。おへそやお腹出して、下手したら見えるんじゃないかってくらい。
「リッカさまのお父上には少しお話をしたいところです」
アリスさんが、笑ってない笑顔で小さく呟きました。
「巫女であるというのなら、その様な服は着ない方が良いと思うのだが」
「私は、男くらいには負けませんから」
ゲルハルトさんから見ても、”巫女”には不向きな格好のようです。
あの日まで私は、”巫女”はただの通行証だったので、特に気にしてなかったんですよね。
今でも、アリスさん程気をつけている訳ではありません。
視線は分かりますし、飛んでくる感情もそこそこ分かります。襲われても即対応出来ます。
”盾”以外に防ぐ手段がないアリスさんを守る方が、私にとっては最優先事項です。
「それにお父さんは、私が巫女になるのは反対だったので、反骨精神からじゃないでしょうか」
いつだったか、私との勝負で負けて以降、私に”巫女”反対なんて言う事はありませんでした。けれど、外に連れ出そうとしたりと色々としていましたね。
お祖母さんに止められたり、私が断ったりで、途中から諦めましたけれど。
「負ける負けないじゃなくて、これからは気をつけなさい?」
「今日が着収めです。旅の最中は巫女服を手放せません」
エリスさんの言うとおり、襲われることを前提にしてはいけません。確かに無用心すぎましたね。
ですけどこれを着たのは今日が二回目です。人目につくところで着たわけではないです。
「でも服は着ているんですから、そんなに目に毒という訳ではないと思うんです」
「……?」
エリスさんとゲルハルトさんが露骨なまでにジト目で私を見ます。
確かに、劣情を向けられることはありましたけれど、そんな襲い掛かるようなものではないと思うのです。
集落でもチラチラと見られる程度のものでしたし。
アリスさんに助けを求め目配せすると、困ったように笑った後、首を横に振りました。
「巫女の服よりも、その仕事着よりも、その服は扇情的だと思うのだけど」
「この下は、所謂ズボンですから」
エリスさんの言う様な扇情的なものではないと、ニットを捲り見せます。
ホットパンツ、ショートパンツとも呼ばれる物です。その中でも股下の部分はホットパンツに分類されるギリギリの五センチと控えめです。
決して穿いていない訳では――。
「リ、リッカさま!」
アリスさんが私のニットを持って下げます。
そんなに引っ張ってはニットが落ちて。
「お父様目を閉じてください!」
「インナー着てるから大丈――」
「それでもです!」
アリスさんが私を抱きしめ隠すようにします。
何がなんだか分かりませんけれど、アリスさんが抱きしめてくれたので、条件反射の様に抱き返します。
「――そ、そうではありません。リッカさま。淑女として、男性の前で上着を捲るなどあってはなりません」
アリスさんが少し嬉しそうに声を弾ませていますけれど、私を窘める内容でした。
確かに上品とは、欠片も言えないものです。
「リツカさんの認識、見えなければ良いというのは確かに正しいのだけど。男性って、そういうものではないのよ?」
「お母様、私が教えますから」
「……そういって、また教えないのでしょう?」
「……」
アリスさんとエリスさんがじっと睨み合う様になります。
「えっと、今日だけですから。明日からは巫女服と寝間着のこれだけです」
着物の様な寝間着を見せて二人を止めます。
「そういうことですお母様」
「はぁ……」
エリスさんのため息で、この問題は終わりました。
「私、お茶入れてきますね」
服を置いて、キッチンに向かいます。
「アリス。冗談抜きで、過保護よ?」
「リッカさまが言った通り、これからは巫女の服しか着ませんから」
エルタナスィアの呆れ目から目を逸らし、アルレスィアはリツカを見ている。
「その後からでも、遅くはありません」
一応教えた水の操作をしながら水道を使っているリツカを見ながら頬を綻ばせる。
リツカの練習用に、水量の調整はまだしていない。
まだ操作が甘いため、勢いよく水が出て吃驚しているリツカを、慈しむような目で見ている。
「貴女の我侭は嬉しくもあるけれど、別の我侭が良かったわ」
「私にとっては重要なのです」
純真無垢とも言える程に性知識が幼いリツカ。未だに染まっていない白地を穢されないように、アルレスィアは徹底的に排除する。
「もう開けてもいいのか」
「構いませんよ」
律儀に目を閉じたままだったゲルハルトにエルタナスィアが許可を出す。
インナーを着ていても、ランジェリーの様な薄いものだ。率先して見せるようなものではない。
「わひゃぁ!?」
火の操作も頑張ってみたリツカだけど、マッチの様にしようとしたのに大きな火花が出てしまい、素っ頓狂な声を上げてしまっている。
「リッカさま、大丈夫ですか」
アルレスィアがリツカの元に駆け寄っていく。
それを、ため息をつきながら諦めたような笑顔を浮かべたエルタナスィアが見送っていた。
今のリツカでは本当に何かあった時に困るため、アルレスィアの過保護も仕方ないとゲルハルトは何も言わない。
アルレスィアを誰よりも想っているリツカに万が一はないと、二人共悟ってはいる。
話は終わったのか、アリスさんが私のところに来てくれました。
それが狙いだった訳では、決して有りません。なんでこんな時ばっかり、火力が強くなるのでしょう。
「攻撃しようとするときと違い、燃やそうという想いが強くなるからでしょうね」
アリスさんお手本として丁寧に魔力を練ったり制御したりして見せてくれます。
「それを考えて魔法を使わないとダメかぁ」
「リッカさまの魔法制御はすでに達人級ですから、後は慣れです」
アリスさんに褒められると、尻尾がない代わりに心臓が暴れまわります。
正確無比。針の穴を通すような絶対制御。どんな状況でも完璧な魔法を選択、発動できるアリスさんに達人級とまで言ってもらえるのは嬉しいです。
その結果が火傷をしかけるという体たらくなのは、恥ずかしい限りではありますけれど、アリスさんの褒め言葉がお世辞にならないように精進あるのみです!
紅茶のおいしい入れ方は、お湯でティーカップとポットをまず暖めます。
八十度から八十五度、沸騰したての酸素を多分に含んだお湯を使います。
茶葉は二グラムから三グラムが一杯分です。茶葉がジャンピング。つまり、跳ね回るように茶葉が踊れば、成功です。
こうすることで、しっかりとした香り、風味、甘みが出るのです。
混ぜる必要はありません。入れる前に一回しするくらいです。三分程蒸すと、ストレートでも甘みを感じるおいしい紅茶が入れることが出来ます。
紅茶に限らず、緑茶もそうですけど、最後の一滴であるゴールデンドロップ。これが入るか入らないかで、大きく味が左右されます。
人数分を均一に入れていくのです。最後の一滴までしっかりと。
アリスさん直伝です。
砂糖ミルク、レモンを添えて持っていきます。
「手間取ってしまって申し訳ないです」
「いいのよ。まだ不慣れなのでしょう?」
「アリスさんがやってくれるからって、サボってました」
あはは……。と照れ隠しに笑います。
「……」
「……お母様とお父様は一緒の部屋でよろしいですか?」
「えぇ。準備、お願いできるかしら」
アリスさんが立ち上がって、空き部屋に向かいます。
「あ、アリスさん私も――」
「いえ」
アリスさんが後ろ髪を引いたような笑顔で、首を横に振ります。
エリスさん達を見ると、申し訳なさそうな表情をしています。私に、何か話があるみたいです。
アリスさんが視界から消えていくのを見送り、二人の前に座りました。
「ごめんなさいね」
「い、いえ。家の中、ですから」
日記を書くときは、別々だったんです。大丈夫です。家の中で襲われたりなんてしません。
私の感知範囲内です。
「アリスは」
ゲルハルトさんが口火を切ります。
「リツカ殿を大切に想っている。私達よりも」
「それは――」
違うとは……言えませんでした。
「その想いの強さは、リツカ殿と変わらぬだろう」
「はい」
ゲルハルトさんから、このような話をされるとは、思っていませんでした。するとしても、エリスさんかと。
「こういう言い方は、ズルいと、思うのだが」
「リツカさん。自分を第一に考えて」
「リツカ殿の体はもはや、貴女のものではない」
言葉に詰まります。
私自身もそう思っています。
アリスさんに守られているこの体は、傷つくことを良しとしていないと。
それを、二人に言われると、重みが違います。
「私達、貴女も娘って思ってるのよ」
「っ――」
私もそう考えた事が、何度もあります。
「だから、二人で、無事に帰ってきて」
「アリスを守って欲しいとは、もう頼まない」
エリスさんとゲルハルトさんが頭を下げました。
「二人で魔王を倒し、無事、集落に帰ってきて欲しい」
真っ直ぐとした目で、私を見据え、言います。
「娘を失うのだけは、嫌なのだ」
「アリスも、貴女も、ね」
二人共、私の父と母と、同じ目をしています。その目で、私を見ています。
「二人共、ズルいです」
ポツリと声を出します。
「この旅は、命を落とすかもしれないんです。過酷で、いつ死ぬか分からない」
実際私は、死にかけています。
「自分の命を守る余裕も、ないでしょう」
アリスさんが守ってくれるこの命。ですけど、敵によっては、捨て身も必要になるかもしれません。
「二人にそんな事を言われては、より難しい旅になってしまいます」
アリスさんを守るので手一杯って思ってます。そこに、自分の命もなんて。
「でも、言われるまでも、ありません」
二人の想いとは違うかもしれませんけれど。
「私は、アリスさんとずっと一緒に居たいんです」
ずっと一緒に居るには。
「だから、生きます」
「リッカさま」
アリスさんが、私を後ろから抱きしめてくれます。
「お父様、お母様、安心してください。誰一人欠ける事無く、帰還します」
力強く宣言したアリスさんは、私の頬に、自身の頬を当てました。アリスさんを感じながら、私は目を閉じます。
この世界の人たちは物好きです。
私の様な、アリスさん最優先の身勝手人間にここまで優しくして。
でも、嬉しく思います。孤独を感じることが、ありません。
きっと、向こうの世界でも、私は孤独ではなかったのでしょう。
それなのに、胸の穴を感じて、勝手に孤独になっていただけです。
アリスさんが居てくれて、心に余裕が出来てからは、私の世界は一気に広がりました。
もう、森が好きすぎて、他人に無関心とも言える程に距離を置いていた私は、居ません。
世界を背負う力はありませんけれど、アリスさんはもちろんの事、エリスさんゲルハルトさんを背負うくらいは、出来ます。
そのための、私の魔法。私の”強化”と”抱擁”。
「集落の時とは違います」
あの時、私は――アリスさんを無事に、集落へ帰らせると言いました。
今日は、違います。
「二人で、帰ります」
アリスさんを守りきり、二人で、集落に。
「私も、世界を頼むとはもう言いますまい」
ゲルハルトさんも、訂正するようです。
「兎に角無事に、帰ってきて欲しい」
「「はい」」
神さまに世界を頼まれました。ですけど、ごめんなさい、神さま。少しの間、私は、自分に正直に生きます。
アリスさんを守る。
そして、二人で帰るんです。
平和になった世界を歩いて、神林へ。




