彼女と過ごした街⑧
鉄板が仕込まれたからでしょうか。
靴の鳴らす音が、カツカツカツと少し高音になっています。
土の地面であれば音は鳴らないでしょうけど、隠密時は気をつけないといけませんね。
「もし」
「うん?」
アリスさんが小さく呟きました。
「指輪がまだ出来ていないのであれば、魔王討伐後、”神林”の湖前で……」
恥ずかしそうに、しています。
「――うん。私達が初めて会った、あの場所で」
もじもじとしているアリスさんが、可愛い。抱きしめたいけど、今日は一段と注目されてしまっています。
「リッカさまっ」
弾むように、音符がついたような発音で、アリスさんが私を抱きしめました。
「アリスさん皆が見て……」
「いつもの事ですし、もう皆さん知っていますよ」
「それも、そっか」
開き直った私はアリスさんを抱き締め返します。
「いつもの事で皆知っていてモ、そこまでの物はそんなに見てませんヨ」
「リツカさん、流されすぎですよ」
「そうだったかしら……?」
エルさんエリスさん、シーアさんがやってきました。コルメンスさんとゲルハルトさんは居ません。
結構、道端で抱き締めあったりしてますけれど……そういえば、人気のないところだったような? 広場ではそんなに?
「……アリスさんを抱いていたいですし」
「リツカお姉さん以外が言ったら問題発言ですヨ」
シーアさんが意味深な事を。ハグは文化な所もありますし。
「指輪ってどんなのを作ったんですか?」
「核樹木刀の余りで、職人通りにあるお店にお願いして作ってもらっているんですけど」
「このローブの模様、アルツィアさまの紋章を彫ってもらっています」
エルさんが考え込みながら聞いています。
「エルさんも予定が?」
「えぇ。どのような物が良いかと」
アリスさんは気付いているのか、エルさんと指輪の事で話をしています。
エルさんの予定、なんでしょう。
三人はこれから街で買い物をするそうです。女子会的な?
三人と別れ、私達は職人通りに向かいます。デリアさんは元気でしょうか。
「いらっしゃいませーって巫女様達でしたかっ!」
「こんにちは、元気そうで良かったです」
「様子を見に来ました」
「あ、ありがとうございますっ」
しばらく談笑をします。
あの日デリアさんはお店に居て、アクセサリー造りに没頭していたようです。
だから、気付いてなかったみたいです。外の異変に。
それくらいで良いと思います。何も知らないで居た方が良い事もあります。
「あっ! お二人の指輪はまだかかってしまいます……」
「まだ期限ではありませんし、気にしてませんよ」
やはり、まだ出来ていませんでしたね。
「実は、明日から長期で出かけるんです」
「お金は払っておきますので、私の母の方へ渡しておいて欲しいのです」
「えっと、どれ程の外出に?」
デリアさんがきょとんとしています。
「どれくらいになるかは分からないんですよ」
「短いのであれば、お金はその時でも……」
金銭面はしっかりとしておきたいです。宿の方は、ご厚意に預かりましたけれど。
「帰ってこれるかどうかも分からないので」
お金を渡しながら何気なく言います。
「え?」
「出来上がりましたら、王宮に居る母までお願いします。それまで、居てもらいますから」
「は、はい」
詳しく言うのは、辞めておきましょう。集中させてあげたいですから。
最後まで頭上にハテナを浮かべていたデリアさんに別れを告げ、お店を後にしました。
「あれ、リツカさんにアルレスィアさん?」
「リタさんも職人通りに?」
「はい。ちょっと頼んでたものを」
広場に戻るとリタさんと会いました。
「あ! 後でお店に来てください、お母さんが頼まれてたものを一緒に作ろうって」
頼んでたもの。あるすくーらの押し花の事ですよね。
「時間大丈夫?」
「大丈夫です!」
「じゃあお邪魔しようかな」
「そうですね」
せっかくですし、一緒に魔王討伐に行ってもらいましょう。
リタさんが職人通りに向うのを見て、私達は一度宿に帰ります。
宿の休憩所は常連さんくらいしか居なかったんですけど、いつの間にか増えていますね。
「アルレスィア様、ロクハナ様少々よろしいでしょうか」
「どうしました?」
何かお願い事があるのか、支配人さんに呼び止められます。
「本日、最後のお手伝いをお願いしたいと思いまして」
最後の休憩所ですか。お世話になった事ですし。
アリスさんに目線を合わせると頷いてくれました。
「分かりました。夕方からになりますけれど、いいでしょうか」
「もちろんです。お待ちしております」
メイド服ともお別れですね。
いざ着なくて良いとなると寂しい物が――。
「仕事着はそのままお持ち帰りしていただいて構いませんから」
「ありがとうございます」
アリスさんが笑顔で喜んでいます。
可愛いとは言っていましたけれど、気に入っていたのでしょうか。
旅の最中着る余裕はないと思いますけれど、思い出の品って感じですかね。
このローブで大事なのは神さまの髪が含まれた模様部分ですし、メイド服に模様を編み込めばそれを巫女服に出来るでしょう。
こんな短いスカートで戦ったら、今度こそ見えてしまうでしょうから、しませんけれど。
それに、アリスさんの負担でしかありません。
「リッカさまがこのメイド服で戦いたいと言うのであれば、頑張りますよっ」
アリスさんがきらきらとした笑みで、気合を入れるように握りこぶしを作りました。
「アリスさんとお揃いの巫女の服の方が私は好きだから、メイド服は……普段着?」
「そういうことでしたら……」
もじもじとしながら喜んでくれています。
「暇があれば着てくださいね?」
「アリスさんだけになら、いつでも」
私が着た服を見たいようです。満面の笑みでメイド服を見せてくれました。私だって、短いスカートを着たアリスさんも、見たいですし。
部屋に一旦戻り、あるすくーらを花瓶から取り出します。三日、ほったらかしだったのですけど、結構元気ですね。日持ちが良いのでしょうか。
押し花に使うんですから、もって行かないと。
お店を出ると、日が高くなっていました。昼頃でしょうか。
ロミーさんのお店に行く途中、またボールが転がってきました。昨日の子たちでしょうか。
「あっ……」
昨日の子たちが顔を青くしてしまっています。
また私達のところに転がってしまったからでしょう。
結構遠くから転がってきたのか、簡素ながらバスケットのゴールの様なものが作られた公園が見えます。昨日までなかったと思うのですけど。
「あのゴール、作ってもらったの?」
「えっ。は、はい。公園を使えなくしてしまったからって、ばすけっとって言う……」
コルメンスさんたちに、アリスさんの提案でスポーツを発展させてはどうかと神誕祭の後に聞いたんでしたね。
早速ゴールを用意してくれたようです。
「そっか。ルールとかは知ってるのかな」
「ボールをゴールに入れたら点数が、入るんです」
まだ細かいルールは決まっていませんけど、究極的にはゴールに多く入れたほうの勝ちです。
魔法がせっかくあるのですから、魔法を使った競技として、こちらの世界で大いに発展して欲しいと思っています。
「そう。こうやって入れるんだ」
三回ボールをドリブルして、シュートフォームからボールを放ちます。
「――」
子供達がボールを目で追いかけます。
ボールは綺麗な弧を描き、ゴールに吸い込まれていきます。
バスッと小気味良い音が鳴り響き、ボールが二,三度地面にバウンドしました。
「もっと笑顔で」
子供達のきらきらした目が眩しいです。だから、そのまま。
「遊ぶの、楽しいでしょう? 笑顔でいっぱい遊んでね」
「は、はいっ」
たった一回、ボールが飛んできてしまっただけです。それを恐れて手を止めて欲しくはないです。
バスケだけじゃないです。この世界だけのスポーツもあるそうですし、なんでもいいので、笑顔で全力で取り組んで欲しい。
生活に根付き、戦うために振るわれる魔法。それを、人を楽しませるために振るって欲しい。
子供達が私が見せたシュートを真似したり、自分達で考えながらボールをゴールに入れようと奮闘しています。
入れば笑顔でボールを追いかけ、次へと進む。子供はやっぱり、真っ直ぐな笑顔で突き進むべきです。
「帰ってきたら、リッカさまのばすけっとぼーる、見てみたいです」
「アリスさんも、その時は一緒にやろう?」
「はい! その時は、教えてくださいね?」
「もちろんっ」
アリスさんの笑顔を見ながら、未来を想像します。戦う必要のない世界で、ただ笑いだけのある世界で、毎日を楽しく。
「こんにちは、ロミーさん」
「さっきぶりだね、二人共。早速入っておいで」
ロミーさんのお店につくなり、着席を勧められます。
外から見える位置ですね。お客さんが来たら、私たちも対応出来そうです。
すでに押し花の紙が用意されていました。
「それじゃ、やっていこうか」
「はい」
「よろしくお願いします」




