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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
29日目、思い出いっぱいなのです
318/934

彼女と過ごした街⑤



「……」

「お呼びはかからなかったようですね、アナタ」


 エルタナスィアがゲルハルトに、クスクスと笑いながら話しかける。


「あの二人は元々、荷物をそんなに持つような子ではないからな」


 自分の手伝いがいらない程度ならそれでもいいと、ゲルハルトは寂しげに言う。


「大人になりましたね」

「……むぅ」


 楽しげに笑うエルタナスィアに、ゲルハルトはばつの悪そうな顔をする。それでもエルタナスィアの無邪気な笑顔に毒気を抜かれてしまうのだった。


「お前こそ、吹っ切れたようだな」

「……まだ、完全には。ですけど、あの子たちの様子を見れば、大丈夫かもって思ってしまいました」


 気負っていると思っていた二人は、普段と変わらない姿を見せていた。

 その事で、エルタナスィアは自分が空回っていたと思ったようだ。


 弱さを余り見せないリツカ。見せたとしても、すぐにアルレスィアによって元気付けられる。

 だから、勘違いしてしまう。リツカは、強いのだと。


 だけど、アルレスィアだけは知っている。リツカは本当は誰よりも――。


「アリスが一緒なら、大丈夫って思います」


 エルタナスィアの言葉に、ゲルハルトが笑う。


「あら? 何がおかしいんです?」


 少し拗ねた様に言うエルタナスィアに、ゲルハルトが更に笑ってしまう。


「集落の時とは、逆だと思ってな」

「……そうです、ね」


 ゲルハルトの呟きに、今度はエルタナスィアが笑う。


 集落の時は、ゲルハルトの方が二人を心配しすぎていて、付いて行こうとさえした程だ。そしてエルタナスィアの方が、気丈だった。

 だけど、今は逆だ。


「どうしても、あの時のリツカさんの姿がチラつくのよ……」


 エルタナスィアから笑みが消え、声から力がなくなる。


「私も治療を手伝ったわ。普段リツカさんを触らせないアリスが何も言わずに席を譲ってくれたの」


 部屋にはゲルハルトしか居ない。エルタナスィアの弱音が、静かにこぼれる。


「冷たかったのよ。まだ血に塗れていたけれど、血色の良かった白い肌が、青白くなっていたの……」


 崩れ落ちるように、椅子に座る。


「アリスの前では、言えなかった。その後も口にする事も、考える事も出来なかったけれど……助からないのではと、思ったのよ……」

「エリス……」

「だから、目覚めた時、もう戦わないで欲しいと……」


 エルタナスィアは、もうリツカを娘の良き友人とは見れなくなっていた。

 自身の娘と同等に愛してしまっている。


「でも、アリス以外は止められないもの。送り出すわ。二人を信じて」

「アリスを信じろ。リツカ殿の命が尽きることはない。それに――」


 ゲルハルトがエルタナスィアの傍に行き、膝をつく。


「お前を悲しませる事はない。あの子たちも、お前と同じ気持ちだ」


 ゲルハルトが笑いかける。

 エルタナスィアだけが知っている、ゲルハルトの優しい表情。


「そうね。最後まで、信じぬきましょう」


 エルタナスィアがいつもと同じ柔和な表情を取り戻す。

 信じて待つのが、親の役目なのだと。




 鏡で顔を見ます。

 涙が出ていないか、赤くなっていないか、表情は崩れていないか入念に確認します。


「アリスさん、大丈夫かな」

「はい、いつもの可愛いリッカさまです」

「はぅ……」


 表情がにやけ顔になってしまいました……。


 クスクスと笑うアリスさんが可愛いです。


「――」


 アリスさんの顔に手が伸びていきます。

 一撫でし、抱き寄せました。


「リッカ、さま?」

「もっと、よく見せて?」

「ぁ……は、はぃっ!」


 アリスさんがカチコチと固まってしまいます。


「もっと寛いで?」

「む、無理っですっ!」

「アリスさんの笑顔、見たいよ」

「ぁ……はぅぅぅ……」


 アリスさんが崩れ落ちそうになるのを、抱きしめ、止めます。


 耳まで真っ赤に染め、口をぱくぱくとさせるアリスさんが、可愛くて仕方ありません。

 もっと近くで見たいなぁ。


「リッカ、さまお手柔らかに……」

「もうちょっとだけ、ね?」

「は、ぃ……」


 睫毛長い。唇、ほんのり赤い。私より綺麗な、赤い瞳。毎日見てるのに、見飽きない表情。


「アリスさん……」

「リッカさま……」


 顔が、近づいていきます。

 これ以上は――。でも、もっと近くで。


「っ――」


 ”伝言”が、来てしまいました。


「も、申し訳ございません。リッカさま……」

「だ、大丈夫」


 もう少し見ていたかったですけれど、このタイミングでの”伝言”はちゃんと受けませんと。


 王宮に居る人たちくらいしか、今の私達に”伝言”を出す人は居ません。()()が間に合ったのでしょうか。


「リッカさま、()が出来たようです」

「出来たの? 明日までで良かったんだけど……」


 アリスさんが私の目を見ると、頬を染めます。先ほどの影響でしょうか。チラチラと私の顔の一部に視線が向いては染まりを繰り返しています。


「可愛い……」

「はひ……。さ、さぁ! 参りましょう!」


 アリスさんが私の腕を引き、玄関に向かいます。

 本当は抱き締めたいところなのですけど……。もう玄関についてしまいました。

 帰ってきたら、また抱き締めさせてもらえるかな。


 広場の掲示板に人が集まっています。私達の出発が掲示されたのでしょう。

 見ている人たちが私達に気づいてお辞儀したり手を振ってくれます。


 皆さんの明日は絶対守ります。でも、魔王を倒すまで……少し、意識出来そうにないです。結果だけ、期待して待っていてくださいね。


 王宮の門につくと、門番さんが敬礼をしてくれます。

 その表情は、いつもより険しいです。


 結局、身分証の提示なんてギルドで一回だけでした。門番さんは私達を顔パスなんですもの。


 もはや市役所のような王宮とはいえ、コルメンスさんとエルさんが住んでいるのですから、刃物を持った私の身分証明くらいはしっかりしたほうがいいと、思っていました。


 もう遅い事ですけれど。


 もはや慣れた王宮内を歩きます。出会う職員の方達にお辞儀や敬礼を受けながら執務室に向かおうとします。


「リッカさま、今日はこちらです」


 アリスさんに連れて行かれたのは、謁見の間でした。


「何気に、初めてかも」

「そうですね。最初から執務室でしたから」


 アリスさんがクスクスと笑います。やっと自然な笑顔が見れました。

 おろおろと顔を真っ赤に染めて恥ずかしがるアリスさんも可愛いですけど、こちらは、綺麗です。


 英雄譚というより、勇者の物語でよく見る謁見の間です。


 ここで魔王討伐を言い渡され、勇者は少ないお金と仲間を募集する場所を教えられるんですよね。


 私に比べると随分とぞんざいな扱いで、それで本当に国を救う気があるのかと思ってしまいます。


 扉の前に居る職員さんに誘われて中に入ります。

 高い位置に玉座がありました。

 コルメンスさんが玉座に、もう一つにエルさんが座っています。


 エルさんの横にシーアさん。玉座に続く階段の前に、エリスさんとゲルハルトさんが居ます。


「コルメンスさんが王様っぽい……」

「分かりまス」


 私の呟きにシーアさんがクふふふ! と笑います。


「二人共、いくらなんでも……」


 アリスさんも強くは否定しません。

 失礼とは思いますけど、王様らしい振る舞いを見せるコルメンスさんを見るのは、初めてです。


「ははは……。明日の朝出発でしょうから、今日玉座でのお見送りをしてみようかと思いましてね」


 玉座から立ち上がり、降りてきます。

 エルさんですら苦笑いとは。格好から入るタイプなんですね、コルメンスさんって。


 ふと、玉座の横を見ると、良い物を見つけました。


「それは、核樹の」

「流石リツカさんですね」


 再び階段を上がり、欠片を持ってきてくれます。


「国の英雄ですから、玉座の隣に」

「ありがとうございますっ」


 ぱぁっと笑顔になるのが分かります。

 差し出してくれたので、受け取り、高い高いをするように掲げます。

 少し輝いて見えます。きみも嬉しいのかな?


 ふふふ。こんな姿になってしまいましたけれど、これからも国民に愛される存在で居てくださいね。


「また回ってまス」

「可愛いでしょう」

「巫女さんもいつものでス」


 ひとしきり核樹と舞った後、コルメンスさんに返します。

 危うく手から離れない病になってしまうところでしたけれど。


「それでは、こちらが要望の品です」


 苦笑い気味のコルメンスさんから箱を受け取ります。


「ありがとうございます、コルメンスさん。明日でも、良かったんですけど」

「早いほうが良いかと思いまして」


 コルメンスさんのご厚意に感謝します。試す時間が出来たのは嬉しいですね。

 箱を開け靴を取り出します。そして、ソールとヒールを確認しました。ちゃんと()()()()()()


「試しますか?」

「はい」

「では訓練場に行きましょうか」

「私達も参ります」

 

 靴を履き替えて感触を確かめます。違和感ありません。

 魔法を思い浮かべます。――いけますね。


 訓練場につき、岩を二,三個用意してもらいます。


「何が変わったんでス?」


 シーアさんが靴をじっと見ています。


「つま先と踵の部分。鉄で覆ってもらったんだ」

「鉄? どうしてそんな……」


 理由を言ってませんでしたね。エリスさんも気になっているようです。


「魔法を纏えば、蹴り技も使えますから」

「蹴り技、必要なんでス?」


 対マリスタザリアにおいて、蹴り技が必要かと思われるかもしれません。


「マクゼルトは、人間の面が強いから」

「蹴りも有効なはずです」


 アリスさんが代わりに説明してくれます。私は集中し、魔法を練ります。


「マクゼルトだけではありません。これから先、人間が変貌しないとは限らないのです」

「そのためニ、ですカ」


 皆、納得していただけました。

 

 本当は、脛当てとかも欲しいのですけど、そこまで全力で蹴る訳ではないのです。

 牽制の一助になれば、です。


 ダメージを与えられると意識させることが出来れば、隙を生み出せます。そのために、蹴りの威力を上げる必要があります。


 躊躇はありません。

 ただ、ひたすらに――


想い(【グフュ・)を乗(アンズィ】)せた―(=【フラス)―光の(・トリィツ】)蹴撃(・イグナス)!!」


 ”硬化”の魔法。それに”光”を、私の想いを乗せる。


「いきます」


 踵とつま先を軽快に地面に打ちつけ、タップダンスをするかのように鳴らします。

 地面を蹴りぬき、急接近し、飛び上がり、岩に踵落としを――。


「――ハッ!!」


 短く息を吐き、打ち込む。

 ガゴンッ、と岩が砕ける音を聞く間もなく着地し、次の岩へ、回し蹴り――。


「――シッ!!」


 つま先が岩にめり込み、岩肌を削る。

 溝を作り、確かな殺傷性を確認した後、最後の岩へ。腹への蹴りを見舞うように――。


「――ラスト」


 岩に当たった場所から波紋のように岩が凹み、大穴が――空きました。


 

 リツカの流れるような蹴撃を見ていた面々の動きが固まる。

 アルレスィアは恍惚の表情でリツカを眺めて、残りの者たちは――顔を引き攣らせていた。


「リツカお姉さんの敵が不憫でス」


 レティシアの言葉に、どう反応すればいいのか、迷っているようだ。


「アリスに何が起きたか聞きたいのだけど……」

「はぁ……」


 どうすれば、”強化”すら施さず、ただ脚を硬化と”光”を纏っただけのリツカがあのような力を出せるのか、それを知りたい面々だけど――エルタナスィアとゲルハルトのため息が物語っている。


 それを説明できるはずのアルレスィアはリツカに見惚れきっていて話せる状態ではない。


「リツカさんが戻ってきてから聞くしかありませんね」


 エルヴィエールの言葉に、全員が苦笑いを浮かべた。



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