彼女と過ごした街③
タオルを持ったアリスさんに体を拭われたりして、新しい服に着替えます。
サイズは全部先ほどの物に合わせていたので、少し小さいかもしれないと言われました。でも着てみるとぴったりで、動きやすいと思います。
脱ぐのにあれ程苦労する可能性があるので、もう少し大きいのが、いいのかもしれませんね。
「しっかりと測りなおしましたから、次は大丈夫です」
どうやら私の体を拭きながらサイズも測っていたようです。最初は、病院で眠っていた時に測ったと聞いています。
サイズが少し小さいのは、体が動くようになって筋肉とかが戻ったからでしょうか。歩く前までは萎んで見えていた気がします。
「リッカさま、そろそろ買い物へ参りましょう」
「掃除、まだ終わってないよ?」
「お母様が代わってくれるそうです」
「そうなんだ。じゃあ、一声かけてから」
自分達の部屋ですけど、明日までに準備しようと思えば手伝って貰った方が良いですね。
「先に、ちょっとだけ」
「分かりました、部屋の前で待っていますね」
アリスさんに断りを入れ、日記を書くときしか入らない私室に行きます。日記を、隠さないといけません。
向こうの世界の文字で書いているので見られても分からないでしょうけど、一応。
「……」
漸く四十ページを超えたかな、といったところです。
途中で日付が飛んでしまっています。私が、眠っていた間の分です。
いつの間にか、神さまからのメッセージが書かれていますね。神さまと、最後に会った日です。私が倒れる、一日前。
「神格、大丈夫なのかな」
それでも、嬉しいですね。気にしなくて良かったのに……。私は大丈夫ですよ。最後まで、アリスさんの傍に居ます。
一ページ目から、見ます。
神林を初めて見た日。あの森を、歩いた日。アリスさんに会って、見惚れて――私が生まれ変わった日。
向こうの世界の私とは、まるで違う自分を自覚します。向こうでは何かを求めて、毎日もがいていた。
だけどこちらでは、求めていた人が隣に居て、守る毎日。もがく必要はなく、私は真っ直ぐ走り抜けるだけでいい。
日記を抱きしめるようにし、決意を新にします。
(この日記の最後は、アリスさんと笑顔で集落に帰ったと書けるように)
日記を適当に隠し、部屋を出ます。
机に布を被せます。アレを見られないように。こぼれ落ちないようにしているのですけど、どうしても……。
これも、見られても分からないでしょうけど、一応、です。
「おまたせ」
「では、参りましょうか」
私の手を取り微笑むアリスさんに微笑み返し、エリスさんに出掛けると一声かけます。
「すみません、エリスさん。任せてしまって」
「いいのよ。あ、そうそう。もし荷物持ちが必要になったらゲルハルトを呼んで頂戴ね」
エリスさんが笑顔でそんな事を言います。
ですけどそれは……。
「はい。もしもの時は呼びます」
「えぇ、あの人も手伝いたがっていたから。本当は部屋の掃除もするって言ってたんだけど、女の子の部屋を扱わせるわけには、ねぇ?」
アリスさんが頷いています。
私は、見られて困るようなものは、日記くらいですし、気にしませんけれど。
掃除するとはいえ、女性の部屋の物を扱いまわるというのは、確かに、良いイメージはないかもしれません。
家を出て、まず支配人さんと話をします。
「支配人さん」
「おや、いかがなさいました?」
「そろそろ、出ようと思います」
「……そうでしたか」
目を閉じ感慨深そうにしています。
「部屋は空けておきます」
「それは――」
「凱旋の際、部屋が必要でしょう。もちろん、お金の心配はございません」
とりあえず今まで泊まっていた分の支払いをしながら、支配人さんがいつもと同じ、穏やかな表情で提案してくれます。
「帰る家があるというのも、悪くないものです」
「……ありがとう、ございます」
この国に来て、まだ右も左も分からなかった時、この宿に泊まらせてもらいました。
その後お手伝いを条件に、格安で部屋を一室いただけました。
休憩所のお手伝いは、あまり顔を出せませんでしたね。それでも私達の帰る家として在ってくれました。
「お世話に、なりました」
「ありがとうございました。また、帰ってきます」
「はい。お二人の帰りを、皆待っておりますゆえ」
お辞儀をし、街に向かいます。
お世話になった方達に、お礼を言っていきましょう。
一月という短い間でしたけど、多くの人に支えられていました。
しっかりと出発を伝えます。別れではないから、帰ってくると。
ギルド……アンネさんは、まだ居ませんでした。
会ってもらえるかは分かりませんけれど、ちゃんと話をしたいです。アリスさんも分かってくれるはずです。
次の場所に向かう前にふと思い至り、牧場を目指します。
やはり酪農に励んでいました。昨日の今日ですし、辞めた方がーとはもう言いません。
これがこの国の酪農家さんたちであり、私の背中を押してくれた方達なのですから。
「こんにちは」
「リツカ様! もう大丈夫なんで?」
心配してくれる声を制して、皆を呼んでもらいます。お世話になったので、全員に言いたいです。
「明日、出発します」
「それは、魔王の討伐へ、と?」
「はい」
少しざわめきが起きます。でも、私の事は、皆さんも良く知っているので、驚きよりも、やっぱり、といった方が強いです。
「酪農、辞めろとは言えませんけれど……ちゃんと、逃げてくださいね」
「もちろんです。またお二人に会うまで死ねませんからね!」
「何かあればもてなすんすけど、今日は……家から持ってくればよかった!」
「あんたたち……」
湿った感じにならなくて良かった。
「お世話になりました。また、おいしいお肉食べさせてくださいね」
「その時は私の料理を振舞いましょう」
二人で微笑みます。
「は、はい!」
「是非!」
「アルレスィア様、リツカ様、どうか無事帰ってきてください!」
「お二人の凱旋の際は極上の品物を出せるように、しっかり育てます」
手を振ってその場を離れます。後ろを振り返ることはしません。
せっかく笑顔で送ってくれたのに、今振り返っては皆さんの想いを無駄にしてしまいます。
「うっ……くっ……」
「まだ泣くなよ……」
「見られたらどうすんのさ……」
「だってよ……」
「きっと、生きて帰ってくる。私達は信じて待つんだ」
「はい……はいっ……」
何度も助けられた。何度も、傷つくところを見た。
強いとは知っている。だけど、脆さも知っている。
どこまでも真面目で背負い込んでしまう赤い少女と、その少女を支える白い少女の背中を見送る。
白い少女が居れば、赤い少女はきっと、どこまでも真っ直ぐ進んでいくだろう。
例えその道に、茨が敷き詰められていても。
だから、背負い込ませない。
自分達は心配ないと、真っ直ぐ、後ろを見る事無く二人で歩いていって欲しいと。
次は、市場に向かいます。
いつもお世話になっている魚屋さんや肉屋さんたちに声をかけていきます。
行き成りの出発に呆然とさせてしまいますけど、餞別だと、色々ともらってしまいました。
そんなつもりはなかったのですけど……。こんな時に声をかければ、そうなってしまいますね。配慮が足りませんでした。
お肉屋さんなんて、売り物の干し肉を……。
もう少しで商人たちが買い付けてくれるとの事でしたけれど……どんな旅になるか分かりませんし、もらっておきましょう。
次は、ラヘルさんの所ですね。
雑貨は、石鹸やタオル類、衣類ですね。
「あ……いらっしゃいませ……」
ラヘルさんが入り口まで走ってきます。そして私をじっと見て?
「……怪我したと……お聞きしたので」
「あー……。軽いものですから、大丈夫ですよ?」
血は一杯出てしまいましたけど、傷は深いものではありませんでした。
「……」
「はい。すぐに治せるものでした」
ラヘルさんまで、アリスさんに確認の視線を……。私、そんなに無理するって思われているのでしょうか。
先に買い物を済ませ、会計の時にさらっと言ってみます。
「明日出発します」
「……!?」
商品を落としてしまって固まるラヘルさんは、中々見られるものではありません。
「えっ……?」
「魔王が居るかもしれない場所に、明日から出発します」
多分、そろそろ掲示されている頃でしょう。何も言わずに出て行くわけにはいきませんから。
「いきなり……すぎです……」
「元々、見つけたら行く予定だったので」
会計を再開してくれたラヘルさんが、少し寂しそうにしています。
「帰ってきて……くれるんですよね……?」
「凱旋の準備をしてくれるそうですから、一度は帰ってくるのかな?」
「そうですね」
少しほっとしたようなラヘルさんから商品を受け取ります。
「そういえば、この石鹸。他と違うんですか?」
アリスさんが好んで使ってる石鹸。向こうの世界のシャンプーではどうにも出来なかった私の跳ねっ毛がこんなにも真っ直ぐに……なってはいませんね。マシにはなっています。
「それ……普通の、です……」
「アリスさんのお陰だったのかぁ」
「何が……でしょう……?」
もう少しでストレートになれそうなんですけどね。
お店を後にする際に、ラヘルさんが明日お見送りをするために門まで来ると、約束してくれました。
壮行会とかはないので、本当に見送ってもらうだけになりますけれど。見送ってもらえるのは、嬉しいですね。
さて、次は――ロミーさんとリタさんですね。
学校に行っていなければいいのですけど。いえ、学校に行ってるのが正しいんですかね。




