思い出す⑪
「アリスとリツカさんは遅くなるでしょうから、先に陛下たちに話しておきましょう」
「? わかりました」
着替えるだけで終わらない、という事でしょうか。
エリスさんの苦笑いを考えれば、また人には見せられないような?
とりあえず、時間が空く事には賛成です。私としても、時間が欲しいところでした。
お姉ちゃんたちへの説明もしないといけません。なにしろ、説明を全くせずに対応しましたから。
「きっと心配しているわ」
エリスさんの言うとおり、でしょうね。
戦う事の意味は、皆知ってます。でも、いざ親しい人があのような姿になっては、決意も揺らぐというものです。
きっと、私に重ねたはずです。もしやられたのが、シーアだったら、と。
しっかり話し合わなければいけませんね。
リツカお姉さんの性格なら、数日中にでも出発しそうですし。
「シーア! 終わったのなら連絡くらいして!」
「ご、ごめんなさい」
執務室につくなり、肩を捕まれ振られます。ここまで取り乱す程とは思いませんでした。
レティシアがエルヴィエールに事情を話している時、ゲルハルトとコルメンスに、エルタナスィアが近づいていく。
「エリス、リツカ殿は?」
「着替えてます」
エルタナスィアの短い返答に、ゲルハルトはため息をつく。
「怪我の具合は?」
「怪我をしたのですか!?」
コルメンスが驚き立ち上がる。
「いくら感知が出来ないとはいえ、怪我をするほどの強敵だったのですか……?」
エルタナスィアがコルメンスを落ち着かせ、説明していく。
「ま、ま……!?」
コルメンスが固まる。
「戻ったのか?」
「えぇ、今は完全に」
ゲルハルトは落ち着き、リツカの様子を気にしている。
コルメンスが座り込み頭を抱える。それを見ながら、申し訳ないという表情でエルタナスィアが話を進める。
「リツカさん、北に行きたがっていたでしょう?」
「うむ」
「きっと、行こうとするわ」
「……止めたいのか?」
ゲルハルトが目を伏せたまま聞く。
「……まだ、早いと思うのよ」
「リツカ殿が言った事は尤もだと思うが」
エルタナスィアは不安に感じている。
「無茶しすぎよ。もっと落ち着いてからでも――」
「魔王には気付かれてしまったのだろう?」
「そうですネ」
レティシアがエルヴィエールとの話を終えやってくる。
しっかりと説得できたようだ。
もう止まれない段階まで来ている。レティシアの決意表明でエルヴィエールが折れるしかなかった。
「リツカお姉さんは他の人たちが巻き込まれる事を極端に嫌っていまス。もはヤ、国内に立ち止まる事は出来ませン」
準備しないといけません、とレティシアがメモを取り出し、必要な物を書いていく。
「まだ病み上がりよ?」
「あれだけ動けてしまいましたシ……」
エルタナスィアの危惧に、レティシアは首を横に振る。
「動けなかったら皆で止められますけド、もウ、止められるのは巫女さんだけでス」
「アリスは止めぬ」
レティシアに賛同するゲルハルトがエルタナスィアを見る。
「送り出したあの日から覚悟していた事だろう。ここに居られるのは偶然でしかない。せめて送り出す時くらい、何時も通りで居てやりなさい」
ゲルハルトの言葉に全員が覚悟を決めた。
(あれ、明日には行く雰囲気っぽい? 準備と怪我の経過をアリスさんに見てもらうから明後日くらいになるんだけど……)
王宮に来るように言われていたので、来たのですけど。入り辛い雰囲気です。
「リッカさま、そろそろ入りましょう」
「う、うん」
アリスさんが小声で促してくれます。確かに、丁度会話が止まったところです。
「こんにちは」
「ッ!!」
コルメンスさんがガバッと顔を上げ、こちらを見ます。切羽詰った顔は、怒ったような? 呆れかな?
「貴女は」
「はぇ?」
カツカツと私に歩み寄り、目の前に立ちます。
肩をまた掴もうとしたのか手が動きましたけど、チラッと私の横を見るとやめましたね。
「もう少し、ご自身を大切にした方が良い」
「コルメンスさん?」
「いくらなんでも無謀すぎる」
心配されてしまいますけれど、無謀ではない戦いは、ありません。
「いつだって生きるのに必死です。私の体は私だけの物じゃありませんから」
私の言葉を聴いたコルメンスさんが固まり、アリスさんを見ます。
「アリスさんのお陰で、私は今もここに居る事が出来る」
「あ、あぁそういう……」
「? とにかく、無謀ではないです」
ドヤ顔で胸を張ります。
「む、無謀でしょう!? 魔法なしで戦うなんて無謀以外の何物でもない!」
一歩下がって、コルメンスさんが反論してきます。勢いだけで封殺できるかと思ったのですけど、甘かったです。
でもどうして一歩下がったのでしょう。
「リッカさま、少々」
「んぇ?」
アリスさんに後ろから肩を捕まれ、一歩下がらされます。
「どうしたの?」
「これくらいが丁度良いです」
にこり、とアリスさんが微笑んで、私の横に戻ります。
「最初も魔法なしでしたし」
「そ、そうですけどッ!」
あの時とは違って勘も初めはありませんでしたし、敵も強かったですけど。
もちろん死ぬ気はありませんでした。
「もう何度も隙をつかれて無茶をされましたけど、今後は問題ありませんので。ご安心を」
アリスさんが静かに告げた言葉に、コルメンスさんはため息をつき肩を落としました。
「はぁ……」
「心配してもらえるのは嬉しいですけど、もはや、一人の心配をしている場合ではあるませんから」
「リッカさまの生存を知れば、また攻めてくるでしょうから」
「言ったはずです、コルメンスさん。戦う場所を誤らないで下さい。この国を護るのが最優先なんですよ」
「コルメンスさんでなければ、私達を追い出していたでしょう」
「その優しさは嬉しいですけれど、これからは国民だけを見てください」
項垂れるコルメンスさんに、私とアリスさんはまくし立てるように告げます。
もう私達を気にかける段階は終わったんです。
「時には非情とも言える判断が、王様には必要らしいです」
仲良く平和に、これは理想でしかありません。
「でも、コルメンスさんの居るこの街は、本当に良いところです」
理想でも良いと思います。
叶わないなんて事は有りません。
「この世界は想いが力になる。どうかコルメンスさんの魔法で、平和な国を創ってください」
想いは強さ。私は、示します。
「なんで私が励まされて?」
「カッコ悪い所しか今日は見せれてないので、ここで一つ見せようかと」
「何時だってかっこいいです、リッカさま」
ほんの冗談でこの場を乗り切ろうとした私に、アリスさんからの直撃弾が撃ち込まれます。顔真っ赤です。
「と、とにかく。私の心配は不要です。六花立花完全復活です」
おどけて誤魔化し、アリスさんの袖を掴み部屋の奥に歩いていきます。
もう私を見失いません。
さて、出発の日を決める話をしましょう。今度はこちらが攻め入ります。
赤の魔力で目を煌かせ、北を見据えます。そこに居る、強敵たちを睨みつけるように。
でも、その前に。
「お昼食べていいですか」
アリスさんのスープ、食べ損ねているんです。
「おい」
暗い部屋で一人の男の怒気が膨れ上がっている。
「なんだ」
「言ったはずだよな?」
「様子を見ただけだ」
「……んで? 結果は」
「元気だったよ。お前が楽しめるかは知らんが」
「生きてたか」
男がニタリと笑う。
「楽しみだなぁ。赤の巫女――いや、ロクハナリツカ」
男は笑う。
強敵となるであろう赤い少女を見据えて。
その少女に勝てば理想の世界が待っている。自分の手で掴み取ると、意気込んでいる。
現実を突きつけられ、現実を諦めた男にとって、それだけで魔王に付き従うには十分だった。
もはや他者を気遣う事など、この男はしない。




