思い出す⑤
「女たらしってのは、その二人が原因か?」
「この二人もそうだがよ、その後何人も出てくるんだよ。行商人の女とかも居たしな」
ウィンツェッツはゲッソリと言う。
「アイツ、最初に褒めるだろ」
「あぁ」
「顔が良いからな。ころっと引っかかるんだよ」
ウィンツェッツがため息をつく。その後の顛末も知っているからだろう。
「モテるのは知ってるがよ。そこまでか?」
「昔はもっとひどかったっつったろ。アイツにその気はなかったんだろうが、褒めるだけ褒めてそのまんまだよ」
今でこそ、褒めた後に「そういった意図はない」と訂正を入れているからそこまでの被害は出ていないけれど、昔は訂正しなかった。
「顔は良い、腕も立つ、面倒見もいい、俺みたいなもんまで分け隔てなく優しいっていうんだからな」
自嘲気味に言うウィンツェッツ。
「ま、大本は変わってねぇよ。正義感の塊で、面倒事にすぐ首突っ込んで、面倒事を引き受けるってやつだ」
巫女二人の件もそうだろ、と軽く笑う。
「担当はその辺も知ってるはずなんだがな」
「アンネさんなら、知ってるだろうよ」
ウィンツェッツの発言に、ディルクは目を閉じ答える。アンネリスの気持ちを考えているのかもしれない。
「何があって引き篭もってるか知らねぇが。アイツが見たら怒るんじゃねぇか」
ライゼルトはアンネリスに生きて欲しいはずだ。
幸せに、直向に。
そこに自分が居なくとも、アンネリスが笑って生きていられるのならば、自分の命は惜しくはない。
その覚悟で戦ったはずだと。
ウィンツェッツは、それを見たわけではないけれど、ライゼルトの背中が語っていたのを、感じ取っていた。
「アイツに怒られる担当ってのも、見ものだろうな」
「……そうだな」
ウィンツェッツの意地の悪い笑みに、ディルクが賛同する。
ライゼルトとアンネリスのその光景を見るには、ライゼルトを連れ帰る必要があるのだから。
ウィンツェッツの言葉の裏に、ディルクはしっかりと気付いていた。
「そろそろ着く。どうだ?」
ディルクが、警戒を促す。
「異常ないです」
「ありません」
「このまま城壁を伝って牧場まで行く。最後まで気を抜くな」
王都内に入れずに、直接運ぶ。
普段と同じ手順だけど、今回はより慎重に行わなければいけない。今国民達は、神経質になっている。
「やっと終わりか」
「終わったら飯に連れて行ってやるよ」
肩をならすウィンツェッツに、ディルクが笑いかける。
「酒も頼む」
「まだ飲める年齢じゃねーだろ」
ため息をつきながらウィンツェッツの背中を叩く。
「今日から飲めんだよ」
背中を摩りながら答えるウィンツェッツに、ディルクがきょとんと目を向けた。
「なんだ、そうだったのか。じゃあ祝杯だな」
「小っ恥ずかしい、止めてくれ」
「遠慮すんな!」
笑いながら、ディルクがウィンツェッツの頭を押さえつけている。
「今日だったのか?」
「あぁ、今日拾われたんだ」
「そうか」
声を上げて笑うディルクに周りも何事かと目を向ける。
「今日からウィンツェッツが二十だとよ」
「おっ、いいねぇ」
「これからお祝いっすね」
「隊長ごちでーす」
カラッとした笑い声が響き渡る。
「お前らは自分で出せ!」
コントのように和気藹々とする仲間たちを、ウィンツェッツが引き攣った笑みを浮かべながら見ている。
(まぁ、悪くねーな)
ウィンツェッツが小さく笑う。
どの町でも、どんな場所でも、外の世界では煙たがられた。だけど、この街は受け入れ、仲間として接してくれる。
「俺のは奢ってくれるんか?」
ウィンツェッツが意地の悪い笑みを浮かべる。
「あぁ、酔い潰れない程度ならな」
「じゃ、飲めないくらい頼んじまうか」
そのまま仲間たちを見やる。
「それを俺達が飲めばいいんだな?」
「ウィンツェッツ賢っ」
こんな時だけ察しの良い仲間たちが盛り上がっている。
「お、おい待て」
「悪いな隊長」
引き攣るディルクに、ウィンツェッツが笑う。
「ありがとよ」
「はぁ……。仕方ねーな、酔い潰れんなよ」
ディルクがウィンツェッツを見て観念したように笑い、仲間たちから歓声が上がった。
部屋につくと、アリスさんがベッドに私を降ろしました。
「結構埃っぽいね」
「掃除し甲斐があります!」
アリスさんがぐっと握りこぶしを作り、やる気に満ちています。
部屋に入ると、あの日家を出た後のままでした。
アリスさんが入室を禁じていたのかもしれませんね。
少し埃っぽい匂いがします。ですけど、この世界に来て最初に香ってきた、アリスさんの香り、つあるなの匂いが強く残っています。
病室という、無機質な部屋にはない暖かさがあります。
きっと一人で目覚めていたら、その無機質さに押し潰されていたかもしれません。
ですけど、私の傍にはずっとアリスさんが居てくれて、目を開けると真っ先に飛び込んできたアリスさんの顔に、私は安堵したのです。
「アリスさん」
「はいリッカさ――っ!?」
私はアリスさんを、後ろから腰に手を回し、抱きしめました。
「ど、どうしましたっ」
少し声が上擦っているアリスさんが、私の腕に、手を添えています。
「ありがとう」
「リッカさま……」
「ありがとう、アリスさん」
ぎゅっと、力を込めて、肩に顎を乗せます。まだ、十分な力を入れられないので、必死で体を押し当てます。
「リッカ、さまっ」
アリスさんが、私に振り向き、抱きしめ、ベッドに押し倒されました。
「リッカさま……!」
「アリスさん……」
私の胸で涙を流すアリスさんの頭を撫でます。
「リッカさま……リッカっ」
アリスさんが私の名前を、呼んでくれました。
そのことに、私の心臓がどくんどくんと、強く脈打ちます。
ハッとした顔でアリスさんが顔を上げます。頬は紅潮し、瞳に涙を溜めていました。
「リッカさま――」
「アリスさん」
また、敬称がついてしまったので、少し被せるようにアリスさんを呼びます。
「もう一回、呼んで欲しい」
「ぅ……い、勢い余ってしまっただけですから……」
涙を拭いながら、アリスさんがぷいっと横を向いてしまいます。
「じゃあ、もう一回勢い余って?」
「リ、リッカ……さまっ」
「惜しい……」
無理強いは、出来ません。私も、さん付けなのですから。
「いつか、また――」
「……はい」
アリスさんが私の胸に顔を押し当て、抱きしめる力を強めます。私はアリスさんの頭に腕を回し、自分にもっと、もっと近づけるのです。
私は、ちゃんと生きて、傍にいる。
しばらく後、掃除を再開しました。リハビリを兼ねているので、ゆっくりと、時間をかけて。
高いところから順に、ランプや絵画の額、窓、タンスの上、ドレッサー。
シーツに倒れこんだ時に、少し埃が立ちました。シーツも変えます。
椅子やテーブル、キッチン周りは念入りに。
食材で腐った物がないかの確認。幸いありませんでした。
お風呂場などの水周りにカビがないかを見ます。
目だった所にはありませんけれど、黒かびはいきなりぽんと現れます。注意深く清掃します。
アリスさんにお茶を入れようと思います。少しでも感謝を伝えるために。
指先を使ったり、少し重いものを持つと、段々と体が動くようになってきました。
と、油断はいけませんね。何が起こるか分か――。
コツン、とアリスさんのティーカップに当たってしまいます。
落ちていくカップがゆっくりと見えます。
なぜか、ゆめがおもいだされ、て――。
「――っ」
一もニもなく体を動かし、カップを救い出しました。
けれど。
「ぅ……!」
お湯の沸く音と、アリスさんが食器類を整えている音しか聞こえない部屋に、私の呻き声と、ドスン、という鈍い音が、響いてしまいました。
「リッカさまっ!」
アリスさんが駆け寄ってくれます。
「いたた……。ごめん、カップ割りそうになっちゃって」
カップを見せて、照れ隠しにえへへ、と笑います。
「ありがとうございます、リッカさま」
アリスさんがカップを受け取り、はにかんだ笑顔を見せてくれました。
「良かった――ぃっ……」
私も笑顔で返そうかと思ったのですけれど、指に痛みが走り、笑顔が少し歪んでしまいました。
「怪我を……?」
「どこかに引っ掻けちゃったかな」
指先に少し血が滲んでしまっています。
「これくらいなら治癒はいらな――っ!?」
アリスさんが私の手を取って、そのまま口に運んで?
「んむ……」
「ア、アリス……さん?」
ど、どうして指を咥えて? 治癒なら、まだしも、どうして向こうの世界の様な民間療法をとって……。あぁ、暖かいです。舌が動いて――?
「ま、待って……ひゃっ」
ゾクッと背中に痺れが走ります。頭がぼーっとしてきました……。力が抜けて、手が震えてきます。
「ん」
アリスさんが、やっと止まってくれました。
「え……っと、どうして?」
「アルツィアさまが、リッカさまの世界では、小さい傷にはこうすると……」
頬を赤らめたアリスさんが、私の質問に答えてくれます。
なんで神さまは、そんなところは教えているのでしょう。意地悪な神さまの笑い声が聞こえた気がします。
「……」
てらてらと、アリスさんの唾液で濡れた指を、熱の篭ってしまった目で、見てしまいます。
「も、申し訳ございません。すぐに、拭いて――」
「だ、大丈夫。このままじゃないと、意味ないから」
唾液で消毒するのですから、このままでないと意味がありません。
「一応”治癒”も……」
「う、うん」
アリスさんが、また私の手を取ってくれます。
シーアさんなら、最初からそうすれば良かったんじゃ、とか言いそうですけど……。
私には、そんな考えが、思い浮かびませんでした。
また指を怪我したら、してくれるのかな、なんて……思った自分の頭を、叩きたいです。




