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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
28日目、想いの強さなのです
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思い出す⑤



「女たらしってのは、その二人が原因か?」

「この二人もそうだがよ、その後何人も出てくるんだよ。行商人の女とかも居たしな」


 ウィンツェッツはゲッソリと言う。


「アイツ、最初に褒めるだろ」

「あぁ」

「顔が良いからな。ころっと引っかかるんだよ」


 ウィンツェッツがため息をつく。その後の顛末も知っているからだろう。


「モテるのは知ってるがよ。そこまでか?」

「昔はもっとひどかったっつったろ。アイツにその気はなかったんだろうが、褒めるだけ褒めてそのまんまだよ」


 今でこそ、褒めた後に「そういった意図はない」と訂正を入れているからそこまでの被害は出ていないけれど、昔は訂正しなかった。


「顔は良い、腕も立つ、面倒見もいい、俺みたいなもんまで分け隔てなく優しいっていうんだからな」


 自嘲気味に言うウィンツェッツ。


「ま、大本は変わってねぇよ。正義感の塊で、面倒事にすぐ首突っ込んで、面倒事を引き受けるってやつだ」


 巫女二人の件もそうだろ、と軽く笑う。


「担当はその辺も知ってるはずなんだがな」

「アンネさんなら、知ってるだろうよ」


 ウィンツェッツの発言に、ディルクは目を閉じ答える。アンネリスの気持ちを考えているのかもしれない。


「何があって引き篭もってるか知らねぇが。アイツが見たら怒るんじゃねぇか」


 ライゼルトはアンネリスに生きて欲しいはずだ。

 幸せに、直向に。


 そこに自分が居なくとも、アンネリスが笑って生きていられるのならば、自分の命は惜しくはない。

 その覚悟で戦ったはずだと。


 ウィンツェッツは、それを見たわけではないけれど、ライゼルトの背中が語っていたのを、感じ取っていた。


「アイツに怒られる担当ってのも、見ものだろうな」

「……そうだな」


 ウィンツェッツの意地の悪い笑みに、ディルクが賛同する。


 ライゼルトとアンネリスのその光景を見るには、ライゼルトを連れ帰る必要があるのだから。

 ウィンツェッツの言葉の裏に、ディルクはしっかりと気付いていた。



「そろそろ着く。どうだ?」


 ディルクが、警戒を促す。


「異常ないです」

「ありません」

「このまま城壁を伝って牧場まで行く。最後まで気を抜くな」


 王都内に入れずに、直接運ぶ。

 普段と同じ手順だけど、今回はより慎重に行わなければいけない。今国民達は、神経質になっている。


「やっと終わりか」

「終わったら飯に連れて行ってやるよ」


 肩をならすウィンツェッツに、ディルクが笑いかける。


「酒も頼む」

「まだ飲める年齢じゃねーだろ」


 ため息をつきながらウィンツェッツの背中を叩く。


「今日から飲めんだよ」


 背中を摩りながら答えるウィンツェッツに、ディルクがきょとんと目を向けた。


「なんだ、そうだったのか。じゃあ祝杯だな」

「小っ恥ずかしい、止めてくれ」

「遠慮すんな!」


 笑いながら、ディルクがウィンツェッツの頭を押さえつけている。


「今日だったのか?」

「あぁ、()()()()()()んだ」

「そうか」


 声を上げて笑うディルクに周りも何事かと目を向ける。


「今日からウィンツェッツが二十だとよ」

「おっ、いいねぇ」

「これからお祝いっすね」

「隊長ごちでーす」


 カラッとした笑い声が響き渡る。


「お前らは自分で出せ!」


 コントのように和気藹々とする仲間たちを、ウィンツェッツが引き攣った笑みを浮かべながら見ている。


(まぁ、悪くねーな)


 ウィンツェッツが小さく笑う。

 どの町でも、どんな場所でも、外の世界では煙たがられた。だけど、この街は受け入れ、仲間として接してくれる。


「俺のは奢ってくれるんか?」


 ウィンツェッツが意地の悪い笑みを浮かべる。


「あぁ、酔い潰れない程度ならな」

「じゃ、飲めないくらい頼んじまうか」


 そのまま仲間たちを見やる。


「それを俺達が飲めばいいんだな?」

「ウィンツェッツ賢っ」


 こんな時だけ察しの良い仲間たちが盛り上がっている。


「お、おい待て」

「悪いな隊長」


 引き攣るディルクに、ウィンツェッツが笑う。


「ありがとよ」

「はぁ……。仕方ねーな、酔い潰れんなよ」


 ディルクがウィンツェッツを見て観念したように笑い、仲間たちから歓声が上がった。



 

 部屋につくと、アリスさんがベッドに私を降ろしました。


「結構埃っぽいね」

「掃除し甲斐があります!」


 アリスさんがぐっと握りこぶしを作り、やる気に満ちています。


 部屋に入ると、あの日家を出た後のままでした。

 アリスさんが入室を禁じていたのかもしれませんね。


 少し埃っぽい匂いがします。ですけど、この世界に来て最初に香ってきた、アリスさんの香り、つあるなの匂いが強く残っています。

 

 病室という、無機質な部屋にはない暖かさがあります。

 きっと一人で目覚めていたら、その無機質さに押し潰されていたかもしれません。


 ですけど、私の傍にはずっとアリスさんが居てくれて、目を開けると真っ先に飛び込んできたアリスさんの顔に、私は安堵したのです。


「アリスさん」

「はいリッカさ――っ!?」


 私はアリスさんを、後ろから腰に手を回し、抱きしめました。


「ど、どうしましたっ」


 少し声が上擦っているアリスさんが、私の腕に、手を添えています。


「ありがとう」

「リッカさま……」

「ありがとう、アリスさん」


 ぎゅっと、力を込めて、肩に顎を乗せます。まだ、十分な力を入れられないので、必死で体を押し当てます。


「リッカ、さまっ」


 アリスさんが、私に振り向き、抱きしめ、ベッドに押し倒されました。


「リッカさま……!」

「アリスさん……」


 私の胸で涙を流すアリスさんの頭を撫でます。


「リッカさま……()()()っ」


 アリスさんが私の名前を、呼んでくれました。

 そのことに、私の心臓がどくんどくんと、強く脈打ちます。

 ハッとした顔でアリスさんが顔を上げます。頬は紅潮し、瞳に涙を溜めていました。


「リッカさま――」

「アリスさん」


 また、敬称がついてしまったので、少し被せるようにアリスさんを呼びます。


「もう一回、呼んで欲しい」

「ぅ……い、勢い余ってしまっただけですから……」


 涙を拭いながら、アリスさんがぷいっと横を向いてしまいます。


「じゃあ、もう一回勢い余って?」

「リ、リッカ……さまっ」

「惜しい……」


 無理強いは、出来ません。私も、さん付けなのですから。


「いつか、また――」

「……はい」


 アリスさんが私の胸に顔を押し当て、抱きしめる力を強めます。私はアリスさんの頭に腕を回し、自分にもっと、もっと近づけるのです。

 私は、ちゃんと生きて、傍にいる。



 しばらく後、掃除を再開しました。リハビリを兼ねているので、ゆっくりと、時間をかけて。


 高いところから順に、ランプや絵画の額、窓、タンスの上、ドレッサー。

 シーツに倒れこんだ時に、少し埃が立ちました。シーツも変えます。

 椅子やテーブル、キッチン周りは念入りに。

 食材で腐った物がないかの確認。幸いありませんでした。


 お風呂場などの水周りにカビがないかを見ます。

 目だった所にはありませんけれど、黒かびはいきなりぽんと現れます。注意深く清掃します。

 

 アリスさんにお茶を入れようと思います。少しでも感謝を伝えるために。

 指先を使ったり、少し重いものを持つと、段々と体が動くようになってきました。

 と、油断はいけませんね。何が起こるか分か――。


 コツン、とアリスさんのティーカップに当たってしまいます。

 落ちていくカップがゆっくりと見えます。

 なぜか、()()がおもいだされ、て――。


「――っ」


 一もニもなく体を動かし、カップを救い出しました。

 けれど。


「ぅ……!」


 お湯の沸く音と、アリスさんが食器類を整えている音しか聞こえない部屋に、私の呻き声と、ドスン、という鈍い音が、響いてしまいました。


「リッカさまっ!」


 アリスさんが駆け寄ってくれます。


「いたた……。ごめん、カップ割りそうになっちゃって」


 カップを見せて、照れ隠しにえへへ、と笑います。


「ありがとうございます、リッカさま」


 アリスさんがカップを受け取り、はにかんだ笑顔を見せてくれました。


「良かった――ぃっ……」


 私も笑顔で返そうかと思ったのですけれど、指に痛みが走り、笑顔が少し歪んでしまいました。


「怪我を……?」

「どこかに引っ掻けちゃったかな」


 指先に少し血が滲んでしまっています。


「これくらいなら治癒はいらな――っ!?」


 アリスさんが私の手を取って、そのまま口に運んで?


「んむ……」

「ア、アリス……さん?」


 ど、どうして指を咥えて? 治癒なら、まだしも、どうして向こうの世界の様な民間療法をとって……。あぁ、暖かいです。舌が動いて――?


「ま、待って……ひゃっ」


 ゾクッと背中に痺れが走ります。頭がぼーっとしてきました……。力が抜けて、手が震えてきます。


「ん」


 アリスさんが、やっと止まってくれました。


「え……っと、どうして?」

「アルツィアさまが、リッカさまの世界では、小さい傷にはこうすると……」


 頬を赤らめたアリスさんが、私の質問に答えてくれます。

 なんで神さまは、そんなところは教えているのでしょう。意地悪な神さまの笑い声が聞こえた気がします。


「……」


 てらてらと、アリスさんの唾液で濡れた指を、熱の篭ってしまった目で、見てしまいます。


「も、申し訳ございません。すぐに、拭いて――」

「だ、大丈夫。このままじゃないと、意味ないから」


 唾液で消毒するのですから、このままでないと意味がありません。


「一応”治癒”も……」

「う、うん」


 アリスさんが、また私の手を取ってくれます。

 シーアさんなら、最初からそうすれば良かったんじゃ、とか言いそうですけど……。


 私には、そんな考えが、思い浮かびませんでした。

 また指を怪我したら、してくれるのかな、なんて……思った自分の頭を、叩きたいです。



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