思い出す④
「そろそろ街だ」
ディルクが隊の人間に警戒を呼びかける。
「日を跨ぐなんて聞いてなかったぞ」
「忘れてたわ」
「おい……」
ウィンツェッツはため息をつきながら周囲の警戒に加わった。
「本当なら三日かかる所を二日で終わらせたんだ。多少忙しないのも仕方ないだろ」
「先に言ってくれ……」
ウィンツェッツが呆れ、頭を押さえた。
「アイツとあんたがダチだってのがよく分かったわ」
苦虫を噛み潰したような顔で、ウィンツェッツが睨んでいる。
「アイツの方が性格悪いだろ」
「俺からすりゃ変わらん」
ウィンツェッツのしかめっ面に、ディルクが珍しく声をあげて笑う。
「俺はキャスヴァルになる前からの冒険者だからな。ちょいと捻くれ者になるのもしかたねぇだろ」
「馬鹿王子の時からか?」
「あぁ、四年くらいのもんだったが。性格が変わるくらいには面倒に巻き込まれたよ」
今となったら良い思い出だ。とディルクは笑う。
キャスヴァルと名前を変える四年前。ディルクは冒険者となった。
遠くの町からやってきたディルクは、話に聞いていた、人助けをする冒険者に憧れていた。
しかし、実際は――。
「は? 今なんと?」
「だから、任務なんかねーって。やりたけりゃ自分でやんな」
「じ、自分でって、依頼書とかはどこにあるんですか?」
「ねぇよ」
「え!?」
冒険者とは名ばかりの、不良の溜まり場だった。
王国兵はヴルクハス、先代の暴君によって私物化されていた。国防などせず、王宮に詰め、堕落しきっていた。
冒険者というシステムは残っており、給料も少なからず配給されていたけれど、何もしなくて良かった。何もせずとも給料が入ってくる。いつしか冒険者たちは、働く事を辞めた。
そんな冒険者、王国兵に愛想を尽かせた国民たちは自警団を設立。細々と、それでもしっかりと生きていこうとしていた。
もしヴルクハスが、真の意味で暴君であれば、そんな自警団は潰されていたかもしれない。
ヴルクハスは狂ってはいたけれど、ただただ”神林”に魅了されてしまった哀れな男だった。
国政や、国民たちの動向にはまるで興味を示さなかった。
そんな中でディルクは、冒険者として生きていった。
自警団になるという選択肢もあっただろう。だけど、冒険者としての道を選んだ。
好きにしろと言われたディルクは、怠け者の職員、粋がっている新人を玩具にしようと、日夜嫌がらせに勤しむ先輩を相手に立ち回り、冒険者として国民達に顔を覚えてもらっていった。
地味な農作業も、地味な護衛も、地味な店番も、なんでもやった。
そんなディルクに転機が訪れたのは、革命軍との出会いだ。
護衛の途中で出会った革命軍。その言葉と目標に惹かれ、協力する事にした。
内通者を欲していた革命軍にとっては、渡りに船だっただろう。
冒険者でありながら、国民たちからの信頼も勝ち得ていたディルクは順調に王都内で仕事をした。
ここでも、執政者たちの無気力さが手助けになった。
まるで、魂を抜かれたように、何もしなかったのだ。
革命成功後、ディルクは冒険者としての地位を上げる。
選任になった事もあった。だけどディルクは、防衛班としてこの国を守る事を選んだ。
「役人共はどうってことなかったんだが、先輩たちは面倒でな。多少擦れちまった」
「やっぱアイツのダチだわ。面倒事に率先して首突っ込むところとかそっくりだ」
ウィンツェッツが笑いを堪えている。
「褒められてんのか分かんねーな」
ディルクは苦笑いで、過去を思い出していた。
「ライゼの過去ってのはどんなもんなんだ?」
「何だ、知らねぇのか?」
傍目に見ても仲が良く、仕事仲間としても息の合った二人だった。ウィンツェッツとしては、過去くらいは聞いていると思っていた。
「お前に言うのもなんだが。一度過去を聞いたらよ、馬鹿弟子がどうこう言って話してくれなかったんだよ」
「……おう」
ウィンツェッツが視線を逸らす。気にしてねーよ、とディルクが背中を叩く。
まだウィンツェッツの事にムカついていた頃だった為、思い出す度に、何で居なくなったのか、とか。剣持って行きやがって、とかで怒っていた。
リツカと会った頃には精神的にも余裕が出てきていたし、アンネリスの存在もあってか落ち着いていた。
「まぁ、過去がどうあれ、アイツはアイツだからな」
ディルクが寂しそうにしている。
まだ死んでないと思っているけれど、千切られた腕を見てしまっては、純粋に信じることが出来ない。
「俺が覚えてんのは、五歳くれぇの時からだ」
「おう」
「大きく変わった所はねぇな。今よりたらしだったってくらいか」
「……何?」
ディルクの表情が固まる。
「女たらしだ」
「続きを頼む」
やっちまったか? とディルクが聞いたことを後悔している。
ウィンツェッツは捨て子だ。
当時十三歳だったライゼルトが遠出した時に、ウィンツェッツを拾った。
父を失い、無我夢中で剣術を学んでいたけれど、弱い者を守るという意志はしっかりと芽吹いていた。
「あんさんも一人か」
泣くことすら出来ずに、小さく身動ぎする事しか出来ないほど弱った赤子に話しかける。
ライゼルトの方へ手を伸ばす赤子に、ニヤリと笑い。
「生きてぇんだな?」
そう呟いたライゼルトは赤子を拾い上げる。そして、一枚のメモを見つけた。
「ウィンツェッツってぇのか」
しっかりと抱え、歩き出す。
「一人前にしてやる。今日から俺が親だ。ツェッツ」
ウィンツェッツは、出会った。親というには幼い、小さい父親に。
月日は流れ、五歳となったウィンツェッツ。
自身がライゼルトの本当の子ではないと、すでに知っている。
というより、普通に生きていれば、父親というには幼すぎるとすぐに分かってしまうだろう。
だけどウィンツェッツにとっては、自分の命の恩人であり、育ててくれているだけでなく、生き抜く術を教えてくれるライゼルトは良き親であり、兄だった。
「ライゼくん。今日は家で食べていきなさい?」
「いいえ、家がいいわ」
女性二人が言い合っている。
「昨日もらったもんが残っとるんで、今日は家で食べるよ」
「そんなぁ……」
ライゼルトはそっけない返事をしたにも関わらず、女性二人は心底残念そうだ。
「ウィンツェッツくんからも何か言って?」
「……」
ウィンツェッツがライゼルトの後ろに隠れる。
「帰るぞツェッツ」
「はい」
この頃のウィンツェッツは、ライゼルトに対し敬語だった。大人しく、自信がなく、自身が余所者という事を意識しすぎている。
「……」
女性たちが二人を見送っている。
見えなくなった辺りで――。
「チッ……。あいつが来てから付き合い悪くなったんだけど?」
「邪魔だわ、本当」
媚を売るのを辞め、ウィンツェッツの悪口を言い始めた。
「あーあ。もうちょっとでオトせそうだったのに」
「あんたじゃ無理でしょ。料理下手じゃん」
「はぁ?」
醜い争いを、周りの人間は無視している。いつもの事だから、相手にする暇などないようだ。
ライゼルトは、女性二人の性格の悪さを、なんとなく知っている。
それでも相手にしているのは、村人だからにすぎない。狭く小さい村だ。もし関係が悪化すれば、孤立してしまい、暮らし難くなってしまう。
ウィンツェッツが来てからは、子育てに専念しているだけだ。
大人に近づいたという事もある。もし仮に村八分になろうとも、村を出ればいいと思っていた。
「お父さん……」
「どうした」
「いいんですか?」
ウィンツェッツがおずおずと尋ねる。
「残りもんがあるってのは本当だからな。問題ねぇだろ」
ウィンツェッツの頭を荒く撫でながらカカカッ! と豪快に笑う。
「そうですか」
「こう言っちゃなんだが、あの人たちの料理はしょっぱくてな。俺の方がうまいってもんだ」
まだ尾を引いているウィンツェッツに、場を和ませるためにライゼルトが軽口を叩く。
「お父さんの料理も、しょっぱいと思います」
「なにぃ?」
もっと早く言ってくれよ、とライゼルトが笑い、ウィンツェッツはそんなライゼルトを見て、笑っていた。
ライゼルトはウィンツェッツに剣術の修行をつける。自身もまだ修行中のため、共に技を磨いている最中だ。
「どうしても斬れねぇな。こんなんじゃ化けもん相手はきついぞ」
太い丸太の真ん中の辺りまでめり込んだ剣を見て、ライゼルトが呟く。
「――ッ!」
ウィンツェッツも、小さい剣を振るう。
ライゼルトの見よう見まねだけど、動きが丁寧で今のウィンツェッツより型はしっかりとしている。
「ふむ」
ライゼルトは、ウィンツェッツを見て感心している。
(筋が良い。俺より向いてそうだな)
ウィンツェッツの才能に気付いたライゼルトは、嬉しそうだ。
(良い子に育ってくれた。思い遣りも、正義感もある。将来、良い剣士に絶対になる)
ライゼルトがウィンツェッツの素振りを見ながら微笑む。
「ツェッツ」
「ハァ……ハァ……はい、お父さん」
息を整えながら、ウィンツェッツがライゼルトの元にやってくる。
「しっかりついて来い」
「……? はい、もちろんです」
曖昧な言い方をしたライゼルトに首をかしげながらも、ウィンツェッツは力強く頷く。真意が伝わっているかは怪しいけれど、父の背を追う息子の目をしたウィンツェッツに、ライゼルトも頷く。
「よし、走るぞ」
「え? まだ疲れて……」
「疲れた時に走るのが効くんだよ」
言葉も少なく、走り出すライゼルト。この時からライゼルトは、ウィンツェッツに期待していた。
「家までに俺を抜けたらおかずを一品増やしてやる」
「え!? ズルいですよ!」
「カカカッ! 大人はズルいんだよ!」
笑いながら走るライゼルトに、必死で追いすがる。
ウィンツェッツがライゼルトを、父親よりも兄貴っぽいと評するのは、この辺りが原因だろう。
「ぜぇ……ぜぇ……。魔法を使っていいとは、言ってねぇぞ?」
「ズルい大人にはこれくらいしないと」
「違いねぇな」
少し拗ねているウィンツェッツに笑い。頭を荒く撫でた。




