思い出す③
西区の教会、そこを北側に進むと広い庭園がありました。
多くの石碑があります。庭園ではなく、霊園ですね。
「ここには、この街で亡くなった方たちが眠っています」
コルメンスさんが説明してくれます。
中央に広い道があり、その左右に規則正しく墓標が立っています。
そして、一番奥には、一際大きな十字架と、多くの名前が書かれた慰霊碑がありました。
「あちらは、この国のために命を捧げた者たちを奉る慰霊碑です。英雄が、眠る場所です」
すでに大勢が集っています。百人は超えているでしょう。
犠牲になった方たちのご家族ですね。
「巫女様と、赤の、巫女様?」
「お目覚めに……っ」
私達も来るとは思っていなかったのか、驚かれてしまいます。
「皆さんと一緒に、お祈りを」
「ありがとうございます……っ」
深い悲しみが見えます。嗚咽と涙が、静かな霊園に呑まれていきました。
「アリス、お願いできるかしら」
「はい」
エリスさんが、アリスさんに祈りをお願いしています。
「私がする予定だったのだけど、貴女の方が適任よ」
いつもの微笑みはなく、悲しみが携えられたエリスさんが私達を促します。
本来ならば、司祭が行うそうです。でも、司祭はもう居ません。
そこで、元修道女であるエリスさんが祈りを捧げる予定だったとの事です。
「皆さん、祈りを」
アリスさんの言葉で、皆が祈りの手を組みました。
「愛を受けし者たちよ。神が愛した者たちよ。
心を尽くし、力を尽くした英雄達よ。
神は常に、あなたたちと共に在ります。
神は常に、あなたたちを愛します。
あなたたちが救った命と共に、祈りを捧げます。
どうか――安らかに」
「あなたたちの想いは、受け継がれていくでしょう。この国に、永久の平和をもたらす英雄達を、私達は忘れません」
しばしの黙祷の後、皆が顔を上げます。黙祷が終わっても、言葉を発するものは居ません。
自然と涙が、零れます。
後ろで嗚咽を我慢している方たちに、説明しなければいけないはずの私は……負の感情が吹き荒れるからと、自分を納得させ、口を噤み続けるのです。
私がこの事を、自分の口から話す事はないでしょう。
だから、勝手に、皆さんと約束します。
平和を創ると。
今、力を失っている私ですけれど、絶対に成し遂げると。
後ろを振り返る事は、しません。ごめんなさい。
「……」
隣に寄り添ってくれているアリスさんが、私の肩に手を回してくれました。
「――」
私は、零れている涙を押さえ込むように、顔を両手で覆いました。
震える肩を、アリスさんが押さえてくれます。
崩れそうになる脚を、支えてくれます。
「ごめ、んなさい……」
謝らないと、思っていたのに……。
小さく呟かれたはずの謝罪は、霊園に溶け込むように、響いてしまいました。
「赤の巫女様が謝る事ではありません……」
「貴女達と同じように、命をかけて守ってくれたのです」
「貴女たちの作る道を、支えてくれたんです」
「立ち止まらないで、下さい」
遺族の方たちに、励まされてしまいました。だらしない事、この上ありません。
私が言うべきは、謝罪ではありません。
「――ありがとう、ございます」
頭を下げ、感謝を述べます。
「絶対に、魔王を倒します。皆さんが支えてくれた道を、壊させません」
後悔しないと、嘯いてみても……。あふれ出る後悔を、とめられません。
「どうか、私達を、信じてください」
この後悔を力に変える為に、勝手な約束を、許してください。
コルメンスさんたちが、二,三言話し、私達は霊園を後にしました。
祖父の葬式しか、私は知りません。
亡くなった日、祖母と母はたくさんの涙を流しました。
ですけど、しばらくすると祖母は……葬式や親族などに連絡をとっていました。
長い間一緒に居ると、こんな感じなのかと、思ったものです。
ですけど、通夜か葬式にかけて、祖母は何歳も歳をとったように、憔悴していました。
腰は曲がり、悲痛に顔を歪めていて、深く悲しんでいるのだと、直ぐに分かりました。
人の死を確定してしまう、葬式。その時に、”人”が死ぬのだと、私は思ったのです。
きっと、あの方達も、そうなんです。今、死を強く実感しているんです。
一番辛い人たちを差し置いて、私は何を悲劇のヒロインを気取ってしまっているのでしょう。
前を向いて歩く、でしょ。ちゃんと真っ直ぐ歩かないと、いけません。
「……リツカさん」
エリスさんが私を呼ぶので、振り返ります。
「何か、いつもと違う気がするのだけど」
どきり、と心臓が跳ねます。アリスさん以外に、バレるはずがありません。まだ、疑惑の段階です。
「違う、ですか?」
「えぇ。いつもより儚げに感じるのだけど?」
儚げ?
「えっと……?」
アリスさんの方を向くと、エリスさんに背を向けたまま、焦っています。
儚げってどういうことでしょう。存在感がないという事でしょうか。魔力が練れていないのが原因?
「リッカさまの魔力は、強いです。ですから、お母様には感じ取れていたのかもしれません」
アリスさんが小声で伝えてくれます。耳が幸せに……。そういう場合ではありません。
「何か隠してない?」
「本調子ではないので、色々と抑えています。それが、原因かもしれません」
「……」
エリスさんがじっと私を見ます。
流石に、無理だったでしょうか。嘘をつくよりは、賢い選択だったと思うのですけど。
「アリス、本当?」
「はい。私がそうするように、お願いしました」
「……そう」
やっと信じてくれました。……あれ、私の信用はどこへ?
「二人を相手に心理戦なんて無理ね」
アリスさんの信用まで失わせてしまいました。
「アリスはアリスで、リツカさんの意思を尊重しすぎよ」
「私もそれが正しいと思った時にしか、尊重しません」
エリスさんとアリスさんが困り顔で私を見ています。
実は、結構ストップかけられてます。私が無理やり突き通す事の方が多いのです。
でも今回は、アリスさんが突き通しています。
「リッカさまの命に関わる事は一切ありません。ご安心を」
ひょい、と私をお姫様抱っこをしました。
「アリスさん?」
「宿の部屋に一度戻ります。掃除もしませんと」
目礼して、私を抱えたまま歩き出します。
「アリスさん、これじゃリハビリに――」
「掃除でリハビリしましょう。手先も使いますし、ぴったりですよ」
「う、うん。だけど歩いて行ったほうが――」
「さぁ、行きますよ」
「ア、アリスさぁん……」
これ以上の追求を受けないためでしょうけど、強引過ぎやしませんかね。
ほら、エリスさんたちも困惑顔に。
「――」
あぁ、ニコニコ顔ですね。
深刻ではないと、思ってくれたようですね。
原因が分かれば、すぐに戻ると思うんですよね。
魔力自体は、あるみたいなんです。魔法に出来ないだけです。
感知は、きっと私の気持ち次第です。その気持ちが何なのか分からないのが、一番の難所ですけど……。
「また軽くなってしまいましたね」
「点滴だけだったからかな?」
体重も、戻したほうがいいですね。増えすぎは嫌ですけど。
「固形物はまだ辛いかもしれませんけど、スープを作りましょう」
「ほんと!? わー! すっごく久しぶりな気がするよ!」
体で表現できないので笑顔で伝えるように、ニコニコとしてしまいます。
アリスさんのスープ、また飲めるんですね。
「早く飲みたいなぁ」
「えぇ、参りましょう」
「うん!」
アリスさんの首に腕を絡め、頬擦りします。少し照れたアリスさんの頬は、暖かかったです。
「ふム」
「シーア?」
エルヴィエールの後ろからひょっこりとレティシアが現れる。
「抑えていル、ですか」
「気になる事でもあった?」
「リツカお姉さン、感知出来てるんですかネ?」
「え?」
質問に答えたレティシアの言葉に、エルタナスィアが固まる。
レティシアが、先ほどあったことを話す。
ボールが接近しても、アルレスィアに守られるまで一切反応しなかったと。
「戦争の時、私の魔法や巫女さんの魔法が目立ちましたけれド」
レティシアが淡々と言う。
「相手にとって最も恐ろしいものハ、私達の派手な魔法ではなク、リツカお姉さんでス」
「リツカさん本人?」
「はイ」
レティシアが頷く。
「どんな奇襲も確実に避ケ、反撃してくるんでス。完璧な作戦で私達の後ろをとってモ、リツカお姉さんは対応しまス」
ため息をつきながら、先頭を歩き出す。
「反撃は一撃必殺でス。確実に息の根を止められるんでス」
自分の首をトントンと叩きながら、苦笑いを浮かべる。
「大群でモ、リツカお姉さんに傷を与えたのは味方からの攻撃だけでス」
「……」
コルメンスが震える。なまじ戦えるからこそ、恐ろしさが分かるのだろう。
「それも全てハ、リツカお姉さんの感知、勘が鋭いからでス」
レティシアが本題に入る。
「もシ、それがなけれバ、リツカお姉さんが戦う事は難しいでス」
「攻撃が避けられない……?」
「全部避けるなんてことハ、無理でしょうネ」
エルヴィエールの言葉に、レティシアは頷く。
「もしそうであれば、戦わせられないわね」
エルタナスィアが呟く。
「周りに動物が居なくて良かったでス」
「そうね……」
この場に居る全員、リツカの異変が分かり、少し安堵している。
感知がどういうものかは分からないけれど、病み上がりで感じ取る事が出来ないのだろう、と軽く考えていた。
実際巫女二人の様子を見ても、重いものではないと思っていた。
だから、もし戦闘になれば自分達が戦うし、仮にリツカが戦う事になっても、反撃を受けなければなんとかなると思っている。
リツカの”抱擁強化”を知っている全員は、その鮮烈さを覚えている。
相手の攻撃を許す事のない、最速の一閃。
だけど、それは感知だけ出来ない場合の話だ。
今のリツカは魔法どころか、魔力を練り、身体能力を上げることも出来ない。
リツカは、只でさえ心配をかけたのにこれ以上はかけられないと、黙っていた。
アルレスィアは、リツカの意思を尊重した。アルレスィアも、エルタナスィアに嘘は言っていない。
リツカの思い遣りが正しいと思ったから、黙ったままでいる。
それに、今街の近くに動物が居ないことはアルレスィアも知っている。だからリツカを治す時間はあるはずだと、思っていた。




