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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
28日目、想いの強さなのです
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思い出す③



 西区の教会、そこを北側に進むと広い庭園がありました。

 多くの石碑があります。庭園ではなく、霊園ですね。


「ここには、この街で亡くなった方たちが眠っています」


 コルメンスさんが説明してくれます。

 中央に広い道があり、その左右に規則正しく墓標が立っています。


 そして、一番奥には、一際大きな十字架と、多くの名前が書かれた慰霊碑がありました。


「あちらは、この国のために命を捧げた者たちを奉る慰霊碑です。英雄が、眠る場所です」


 すでに大勢が集っています。百人は超えているでしょう。

 犠牲になった方たちのご家族ですね。


「巫女様と、赤の、巫女様?」

「お目覚めに……っ」


 私達も来るとは思っていなかったのか、驚かれてしまいます。


「皆さんと一緒に、お祈りを」

「ありがとうございます……っ」


 深い悲しみが見えます。嗚咽と涙が、静かな霊園に呑まれていきました。


「アリス、お願いできるかしら」

「はい」


 エリスさんが、アリスさんに祈りをお願いしています。


「私がする予定だったのだけど、貴女の方が適任よ」


 いつもの微笑みはなく、悲しみが携えられたエリスさんが私達を促します。


 本来ならば、司祭が行うそうです。でも、司祭はもう居ません。

 そこで、元修道女であるエリスさんが祈りを捧げる予定だったとの事です。

 

「皆さん、祈りを」


 アリスさんの言葉で、皆が祈りの手を組みました。


「愛を受けし者たちよ。神が愛した者たちよ。

 心を尽くし、力を尽くした英雄達よ。

 神は常に、あなたたちと共に在ります。

 神は常に、あなたたちを愛します。

 あなたたちが救った命と共に、祈りを捧げます。

 どうか――安らかに」


「あなたたちの想いは、受け継がれていくでしょう。この国に、永久の平和をもたらす英雄達を、私達は忘れません」


 しばしの黙祷の後、皆が顔を上げます。黙祷が終わっても、言葉を発するものは居ません。


 自然と涙が、零れます。


 後ろで嗚咽を我慢している方たちに、説明しなければいけないはずの私は……負の感情が吹き荒れるからと、自分を納得させ、口を噤み続けるのです。


 私がこの事を、自分の口から話す事はないでしょう。


 だから、勝手に、皆さんと約束します。

 平和を創ると。

 今、力を失っている私ですけれど、絶対に成し遂げると。


 後ろを振り返る事は、しません。ごめんなさい。


「……」


 隣に寄り添ってくれているアリスさんが、私の肩に手を回してくれました。


「――」


 私は、零れている涙を押さえ込むように、顔を両手で覆いました。

 震える肩を、アリスさんが押さえてくれます。

 崩れそうになる脚を、支えてくれます。


「ごめ、んなさい……」


 謝らないと、思っていたのに……。

 小さく呟かれたはずの謝罪は、霊園に溶け込むように、響いてしまいました。


「赤の巫女様が謝る事ではありません……」

「貴女達と同じように、命をかけて守ってくれたのです」

「貴女たちの作る道を、支えてくれたんです」

「立ち止まらないで、下さい」


 遺族の方たちに、励まされてしまいました。だらしない事、この上ありません。


 私が言うべきは、謝罪ではありません。


「――ありがとう、ございます」


 頭を下げ、感謝を述べます。


「絶対に、魔王を倒します。皆さんが支えてくれた道を、壊させません」


 後悔しないと、嘯いてみても……。あふれ出る後悔を、とめられません。


「どうか、私達を、信じてください」


 この後悔を力に変える為に、勝手な約束を、許してください。




 コルメンスさんたちが、二,三言話し、私達は霊園を後にしました。


 祖父の葬式しか、私は知りません。

 亡くなった日、祖母と母はたくさんの涙を流しました。

 ですけど、しばらくすると祖母は……葬式や親族などに連絡をとっていました。

 長い間一緒に居ると、こんな感じなのかと、思ったものです。


 ですけど、通夜か葬式にかけて、祖母は何歳も歳をとったように、憔悴していました。


 腰は曲がり、悲痛に顔を歪めていて、深く悲しんでいるのだと、直ぐに分かりました。


 人の死を確定してしまう、葬式。その時に、”人”が死ぬのだと、私は思ったのです。

 きっと、あの方達も、そうなんです。今、死を強く実感しているんです。


 一番辛い人たちを差し置いて、私は何を悲劇のヒロインを気取ってしまっているのでしょう。

 前を向いて歩く、でしょ。ちゃんと真っ直ぐ歩かないと、いけません。


「……リツカさん」


 エリスさんが私を呼ぶので、振り返ります。


「何か、いつもと違う気がするのだけど」


 どきり、と心臓が跳ねます。アリスさん以外に、バレるはずがありません。まだ、疑惑の段階です。


「違う、ですか?」

「えぇ。いつもより儚げに感じるのだけど?」


 儚げ?


「えっと……?」


 アリスさんの方を向くと、エリスさんに背を向けたまま、焦っています。

 儚げってどういうことでしょう。存在感がないという事でしょうか。魔力が練れていないのが原因?


「リッカさまの魔力は、強いです。ですから、お母様には感じ取れていたのかもしれません」


 アリスさんが小声で伝えてくれます。耳が幸せに……。そういう場合ではありません。


「何か隠してない?」

「本調子ではないので、色々と抑えています。それが、原因かもしれません」

「……」


 エリスさんがじっと私を見ます。

 流石に、無理だったでしょうか。嘘をつくよりは、賢い選択だったと思うのですけど。


「アリス、本当?」

「はい。私がそうするように、お願いしました」

「……そう」


 やっと信じてくれました。……あれ、私の信用はどこへ?


「二人を相手に心理戦なんて無理ね」


 アリスさんの信用まで失わせてしまいました。


「アリスはアリスで、リツカさんの意思を尊重しすぎよ」

「私もそれが正しいと思った時にしか、尊重しません」


 エリスさんとアリスさんが困り顔で私を見ています。

 実は、結構ストップかけられてます。私が無理やり突き通す事の方が多いのです。


 でも今回は、アリスさんが突き通しています。


「リッカさまの命に関わる事は一切ありません。ご安心を」


 ひょい、と私をお姫様抱っこをしました。


「アリスさん?」

「宿の部屋に一度戻ります。掃除もしませんと」


 目礼して、私を抱えたまま歩き出します。


「アリスさん、これじゃリハビリに――」

「掃除でリハビリしましょう。手先も使いますし、ぴったりですよ」

「う、うん。だけど歩いて行ったほうが――」

「さぁ、行きますよ」

「ア、アリスさぁん……」


 これ以上の追求を受けないためでしょうけど、強引過ぎやしませんかね。


 ほら、エリスさんたちも困惑顔に。


「――」


 あぁ、ニコニコ顔ですね。

 深刻ではないと、思ってくれたようですね。

 

 原因が分かれば、すぐに戻ると思うんですよね。

 魔力自体は、あるみたいなんです。魔法に出来ないだけです。


 感知は、きっと私の気持ち次第です。その気持ちが何なのか分からないのが、一番の難所ですけど……。


「また軽くなってしまいましたね」

「点滴だけだったからかな?」


 体重も、戻したほうがいいですね。増えすぎは嫌ですけど。


「固形物はまだ辛いかもしれませんけど、スープを作りましょう」

「ほんと!? わー! すっごく久しぶりな気がするよ!」


 体で表現できないので笑顔で伝えるように、ニコニコとしてしまいます。

 アリスさんのスープ、また飲めるんですね。


「早く飲みたいなぁ」

「えぇ、参りましょう」

「うん!」


 アリスさんの首に腕を絡め、頬擦りします。少し照れたアリスさんの頬は、暖かかったです。




「ふム」

「シーア?」


 エルヴィエールの後ろからひょっこりとレティシアが現れる。


「抑えていル、ですか」

「気になる事でもあった?」

「リツカお姉さン、感知出来てるんですかネ?」

「え?」


 質問に答えたレティシアの言葉に、エルタナスィアが固まる。


 レティシアが、先ほどあったことを話す。

 ボールが接近しても、アルレスィアに守られるまで一切反応しなかったと。


「戦争の時、私の魔法や巫女さんの魔法が目立ちましたけれド」


 レティシアが淡々と言う。


「相手にとって最も恐ろしいものハ、私達の派手な魔法ではなク、リツカお姉さんでス」

「リツカさん本人?」

「はイ」


 レティシアが頷く。


「どんな奇襲も確実に避ケ、反撃してくるんでス。完璧な作戦で私達の後ろをとってモ、リツカお姉さんは対応しまス」


 ため息をつきながら、先頭を歩き出す。


「反撃は一撃必殺でス。確実に息の根を止められるんでス」


 自分の首をトントンと叩きながら、苦笑いを浮かべる。


「大群でモ、リツカお姉さんに傷を与えたのは味方からの攻撃だけでス」

「……」


 コルメンスが震える。なまじ戦えるからこそ、恐ろしさが分かるのだろう。


「それも全てハ、リツカお姉さんの感知、勘が鋭いからでス」


 レティシアが本題に入る。


「もシ、それがなけれバ、リツカお姉さんが戦う事は難しいでス」

「攻撃が避けられない……?」

「全部避けるなんてことハ、無理でしょうネ」


 エルヴィエールの言葉に、レティシアは頷く。


「もしそうであれば、戦わせられないわね」


 エルタナスィアが呟く。


「周りに動物が居なくて良かったでス」

「そうね……」


 この場に居る全員、リツカの異変が分かり、少し安堵している。


 感知がどういうものかは分からないけれど、病み上がりで感じ取る事が出来ないのだろう、と軽く考えていた。

 実際巫女二人の様子を見ても、重いものではないと思っていた。


 だから、もし戦闘になれば自分達が戦うし、仮にリツカが戦う事になっても、反撃を受けなければなんとかなると思っている。


 リツカの”抱擁強化”を知っている全員は、その鮮烈さを覚えている。

 相手の攻撃を許す事のない、最速の一閃。


 だけど、それは感知だけ出来ない場合の話だ。

 今のリツカは魔法どころか、魔力を練り、身体能力を上げることも出来ない。

 

 リツカは、只でさえ心配をかけたのにこれ以上はかけられないと、黙っていた。


 アルレスィアは、リツカの意思を尊重した。アルレスィアも、エルタナスィアに嘘は言っていない。

 リツカの思い遣りが正しいと思ったから、黙ったままでいる。


 それに、今街の近くに動物が居ないことはアルレスィアも知っている。だからリツカを治す時間はあるはずだと、思っていた。




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