思い出す②
三日ですか。私どころかアリスさんまで病室に篭りっきりだったわけですし、心配させていたのでしょうね。
人によっては、涙を流して喜んでくれています。
ライゼさんまで居なくなっていた訳ですから、不安も強かったでしょう。
こんなにも喜んでもらえると、アリスさんが言うように、私の所為で国が襲われたなんて……言えません。
確実に、負の感情が荒れ狂います。
動物は居ないようですけど、司祭が見せた完璧な変質。すでに、マリスタザリアは動物、という前提は崩れました。
人間も、悪意を受けすぎればマリスタザリアとなるかもしれません。
元々神さまは、動物と人間のマリスタザリアを分けて考えていませんでした。
悪意に染まれば、マリスタザリア。やる事は……変わらないのです。
感知できないって、こんなにも不安なんですね。つい、アリスさんにぴったりと寄り添ってしまいます。
いつもより近い距離ですけど、多分、バレてな――。
「私に盾を」
アリスさんが盾を発動させると、後ろから何かがぶつかる音が聞こえました。
これは、ボール?
盾を張ってもらえなかったら、当たってましたね……。
「ありがとう、アリスさん……」
「お怪我はありませんか?」
「うん。守って、もらえたから」
アリスさんがにこっと笑います。
ですけど、転がっていくボールを目で追うにつれ、表情が消えていきました。
「ご、ごめんなさい……」
「お前がちゃんと取らないからだぞ!?」
「お前が蹴ったのが行ったんだよ!」
子供達三人が、言い争っていました。見かけない顔です。普段はここで遊んだりしないのでしょうか。
「あんた達何やってんだい!」
子供達の保護者と思われる女性が走ってきました。
「リツカ様は病み上がりなんだよ!? 怪我したらどうすんの!」
「ごめんなさい……」
言い合っていた二人が頭を叩かれています。
もう一人の子はずっと謝っていて、今にも泣き出しそうです。
「もう、大丈夫ですから」
「し、しかしですね……」
アリスさんのお陰で怪我はありませんでしたから。
でも保護者の方は納得できていないようです。
「でも、ここじゃ危ないから、ボール遊びは気をつけてね」
「はい……」
私の方から叱れば、この問題は終わるでしょう。
それにしても、公園とかコートとかはないんでしょうか。
「我慢しなって言ったろ!」
「資材置き場なら別のところにして欲しかった」
「文句言うんじゃないよ!」
保護者の方が、私達に頭を下げながら離れていきました。
どうやら公園は、資材置き場になってしまっているようです。唯一の遊び場だったのでしょうか。
「広場についたら、少し休みましょう」
「うん」
アリスさんが私をしっかりと支え、歩くのを助けてくれます。
すでに、肩で息をしてしまっています。体力の問題よりも、動かない体に、精神的に疲れている感じです。体のダルさは余りありません。
「体は、今日中に動くようになりそう」
「焦ってはいけません。ゆっくり慣らしていきましょう」
「そう、だね。焦っても良い事ないもんね」
どうしても、弱気になってしまいます。
普段では、簡単に避けれたであろうボール……全く気付きませんでした。
周りから感じる視線も、曖昧なものです。ちゃんと感じ取れません。
世界が狭く感じます。こんな狭い世界なのに、人が遠く感じるのです。
近くに居るはずのアリスさんを、ちゃんと強く感じているはずなのに、もっと近くに居て欲しいと思ってしまいます。
不安、なんですね。
後ろから聞こえる足音に過敏に反応してしまいます。向けられている視線がどういう物なのか分からない。こんなに強く意識しているのに、何も、分かりません。
これが、普通なのですよね。
でも、私は――。
(普通で、居たくありません)
普通では、アリスさんを守れない。
そう思ってるのに、どうして……。
(魔法が、戻ってこないの……?)
リツカお姉さん達を陰ながら護衛していますけれど、何か良くない事が起きている気がします。
「……」
いくら病み上がりとはいえ、どうして避ける動作すら見せなかったんです?
「巫女さんが守ってくれるから……?」
いえ、リツカお姉さんの性格を考えれば、あんな些事で巫女さんの魔法を使わせる事はしません。
「当たらないと思った?」
いえ……完全に当たるところでした。
ボールが巫女さんの盾に当たってやっと気付いたかのように、振り向きました。
後ろに目がついているどころか、神の如く真上から見ていると思える程の視野を持つリツカお姉さんが、気づかない筈がありません。
「様子見は必要ですね」
もっと分かる事もあるでしょう。
しっかり見ます。ただの杞憂なのか、異変なのか。
「ぁ……ふぅ……」
「さぁ、座りましょう」
アリスさんに支えられて椅子に座ります。
「ありがとう、アリスさん」
アリスさんがニコリと笑い、私の隣にぴったりと寄り添うように腰掛けます。離れるのが嫌っていう私の気持ちが、伝わっていたようです。
まだ一キロも歩いていないのに、頭がジンジンします。
体の感覚は戻ってきています。頭痛は、魔法の暴走が原因かもしれませんね。
私の本当の魔法である”抱擁強化”でしたけど、体の中が焼き切れたのでしょうか。
魔法が合ってなかった時の頭痛とは、また違いますね。
”抱擁強化”での暴走だったからでしょうか、集落の時より重くなっているようです。
魔王と同じと言われました。
もし本当に、詠唱を必要としないのならば、脅威としか言えません。いえ……本当に、ではありませんね。
魔王は、何かの強い想いで言葉を発さずに魔法を行使し、この世に生を受けました。
私の、アリスさんへの想いと同等。ここに、ヒントはありそうです。
神さまは人間と称しましたけれど、人間とは構造が違うかもしれません。そうでなければ、私の詠唱なしの魔法を、マクゼルトが感心するはずがありません。
詠唱なしで発動し、後遺症がないからマクゼルトは感心するんです。
もし後遺症が出るならば、詠唱なしなんてしません。もし仮に行ったとしても、マクゼルトは呆れるでしょう。ぶっ倒れるなら詠唱すればいいじゃねぇか、とか言ってそうです。
魔王は自由自在に魔法を扱えると、考えるべきでしょう。
「リッカさま、今はご自身の事だけ……」
アリスさんが私の頬に手を添え、アリスさんが見えるように動かします。
少しだけ咎めるような目をしています。回復に専念して欲しいという事です、ね。
「ご、ごめん……。つい」
今魔王のことを考えても、何も出来ないのでした。
「リツカさん!」
遠くからリタさんが走ってきます。
大声は、あまり出さないほうがいいと思います。
リタさんの声で、屋内に居た人たちも顔を出しています。少し離れた位置ですけど、人垣まで出来ていますね。
「ロクハナ様、もうよろしいのですか?」
「はい。ご心配をおかけしました」
支配人さんがやってきました。
知り合いの人以外は、ある一定のラインから近づいてきません。
今の私には、それがありがたいです。アリスさんに近づく不穏な空気があっても、今の私には何も感じ取れないのですから。
それにしても、三日部屋を空けたのですけど、埃とか大丈夫でしょうか。
「リツカ様よかったです」
「ありがとう、クランナちゃん」
クランナちゃんが人垣を縫ってやってきました。
頭を撫でると、目を細めます。
「ちょ、ちょっと通してー!」
「リタが……大声出すからだよ……」
リタさんが人垣に邪魔されてこちらに来られないようです。
ラヘルさんが言うように、リタさんが大声で私の存在を知らせるからですよ……。
「すまない皆。リツカ様は病み上がりだから、その辺りで頼む」
「コル……陛下」
危うく、普段通りさん付けで呼んでしまうところでした。気が抜けてしまっていますね……。
コルメンスさんの登場で、皆、頭を下げてから去っていきます。クランナちゃんと支配人さんも離れていってしまいました。
元気な姿は見せられましたし、とりあえずは安心してもらえましたかね。
「リツカさんもう大丈夫なの?」
「うん。やっぱり魔法ってすごいね。向こうの世界だと、多分ダメだったよ」
正直体が動かし辛いだけで、調子自体は良いんですよね。頭痛が少し酷いくらいで。
「良かった……。あんな大怪我――」
「リタさん?」
リタさんの言葉を、アリスさんがにこりと止めます。
笑顔なのに笑顔じゃないです。
「そ、そうだよね。ごめん今のなしです!」
「う、うん」
隠し通すみたいです。
でも、アリスさん。そんなに隠すって事は、それだけ酷かったって事になるんじゃ? 内容の問題でしょうか。
「これからリハビリだったね、またお見舞いに来ますから!」
「ありがとう、リタさん」
ラヘルさんを連れて、商業通りに帰っていきました。
元気な笑顔を見せてもらえて良かったです。
「陛下たちは、これからどちらへ?」
コルメンスさんと、エルさん。エリスさんとゲルハルトさんが揃って、どこへ。
「これから――犠牲者達の慰霊へ」
言うのを躊躇ったコルメンスさんは、それでもしっかりと私を見据えて言います。
私も向き合わなければ、いけないことですね。
「私も、いきます」
「……分かりました」
私が謝る事は、出来ません。でも、感謝は、出来ます。
それが例え、自己満足であっても。




