目覚め⑦
王宮の一室をお借りして人払いを済ませてっと。
「巫女さん」
《どうしました?》
やっと繋がりました。
「いきなり全員が病室前から居なくなったら、不審ではないかと思いまして」
《問題ありません。皆さんお疲れでしょうから、今日はお休みください》
「分かりました。そうお伝えしておきます」
《ありがとうございます》
普段通りの巫女さんですね。
エリスさんがリツカお姉さんの様子がおかしいと言っていましたけれど、大丈夫そうです。
「私は一応病院周りを警備しますから」
《はい、こちらでも警戒します》
リツカお姉さんも起きてますし、あの病室には絶対近づけないでしょうけどね。
「それと、イェルクの死因の事なんですけどね」
《……?》
病室から魔力が見えます。
「あれ、切り傷が直接の死因ではないそうです」
《え?》
「衰弱死だそうです。切り傷だけだったら間に合ったかもって言ってましたよ」
《……つまり、あの悪意は》
「はい。イェルクの魔力も持って行ったみたいですね」
《……》
巫女さんの魔力が納まりました。
《ありがとうございました、シーアさん》
「いえ。リツカお姉さんにお伝えください」
《はい》
「でハ」
”伝言”を終え、部屋を出ます。
出たところで、今度は私が”伝言”を受けました。
《今いいか?》
「どうしましタ、ディルクさン」
《ウィンツェッツを家畜の運搬護衛に連れて行きたいんだが》
「分かりましタ。国外警備の代わりはこちらで用意しまス」
《頼んだ》
「こき使ってやってくださイ」
《あぁ、働いてもらうよ》
ディルクさんが”伝言”を終えます。急いでいるようですね。
家畜は大切です。マリスタザリアになってしまう個体もいますけど、それ以上に貴重な食料ですから。
「国外警備誰にしますかね」
ジーモンさんでいいですね。見知った顔の方がまだマシです。
連絡とって、病院に向かいますか。
ディルクがイラついた様子で待っている。
「遅かったな」
前方からのそのそと歩いてきたウィンツェッツに声をかける。
「西に居たんだよ……」
ウィンツェッツが頭をかく。
遅かったという自覚はあるのか、少し肩が落ちているような気がしないでもない。
「はぁ……。まぁいい、行くぞ」
「あぁ」
一向が東に向かって歩き出す。
東に数キロ進んだ先に、ウムロンという街がある。
この街は酪農が盛んであり、ホルスターン、ブタ、コゥクルァ等が放牧されている。
多くの町村が買い付けにやってくる事で有名だ。
「マリスタザリアになっちまってたのも多いみたいだが、王都用にと数頭もらえることになった」
「数頭か」
「他の町も家畜の被害が大きい。数頭だけでも破格だ」
周辺の町などの家畜からマリスタザリアが生まれた。全てというわけではないけれど、大打撃を受けたのだ。
「不幸中の幸いってやつだが、マリスタザリアは全部王都しか見てなかったんだとよ」
「へぇ」
(アイツが狙いだったからか)
ウィンツェッツは視線を外し、考える。
(アイツが狙いだったから王都が襲われたが、他の町は無事だったと)
皮肉なもんだな、とウィンツェッツが鼻で笑う。
「つーわけだ。数頭からでも増やしていくしかねぇんだよ」
「俺も肉食いてぇからな。励むとするさ」
刀で肩をとんとんと打ちながら商人たちの後ろを歩く。
配置は、商人を中心に前方二人、後方二人、左右に一人ずつ。
ウィンツェッツとディルクは後ろだ。
視野を広くとり一番初めに対応する役目を持つ。
「アンネさんの事なんか知らねーか?」
ディルクが周囲を見ながらウィンツェッツに聞く。
「俺の方には何も。ただ、チビガキの方には何か入ってるみてぇだが」
「レティシアさんが隠してるって事は、それなりに理由があるんだろうな」
ディルクが唸る。
レティシアは悪戯好きでフラフラと掴み所のない子に見えるけれど、仕事には誠実だ。リツカとアルレスィアに甘えたことはあるけれど、それは二人を深く信頼しているからだろう。
仕事に誠実であるレティシアが、敏腕職員であるアンネリスを遊ばせる理由がない。今一番必要な存在は国防の勇士たちと、国を整備する裏方だ。
その裏方の最優たるアンネリスの不在を良しとしている。レティシアには考えがあると、ディルクは推測した。
「それが何かは分からないが、深く聞かない方がいいのか」
「俺は聞いても良いと思うがな」
ディルクの慎重な考えに、ウィンツェッツは否と答える。
「こっちにも関係があることだからな。知っておいた方が良いだろ」
先ほど報告は大事だと言われたからだろう。何かがあってからでは遅いと、ウィンツェッツは言う。
「しかしな。隠さなければいけない事ってのもあるからな」
「……そりゃ、そうだがな」
しかし、ディルクの言う事も尤もだった。
リツカの事を隠しているウィンツェッツには、耳が痛い話だった。
「こんな浮き足立った状態で、また侵攻を受けたらと思うと……怖気が走るな」
「化け物になりえる動物なんざ見当たらんし、問題無ぇんじゃねぇか?」
「だといいがな」
ディルクは、何かを間違えているような気がしていた。
国外防衛の配置は完了しました。
信用を取り戻せたんすね! とウキウキで言われてしまい、少し罪悪感のようなものを感じています。
”洗脳”の被害は報告されていません。リツカお姉さんへの造反が最後です。
細かく探せばまだあるかもしれませんけれど、とりあえずは終息したと思っています。
(そろそろ疑うのは辞めましょう)
この不信感こそが、魔王の狙いかもしれないのですから。
「レティシア、さん?」
恐る恐るといったような、躊躇うような声かけがあります。
「リタさン、でしたっケ」
巫女さんたちの友人で、ロミィさんの娘さん。
「はい。ちょっといいですか?」
「いいですヨ」
なんか既視感があります。
「リツカさんの事なんですけど……」
「ふム」
どうしましょう。サボリさんよりは信用できますけれど。
「順調に巫女さんの声に反応を見せていまス。もうすぐ起きるでしょウ」
嘘、ではないはずです。巫女さんの声には反応してますし、今寝ているでしょうし。
「そうですか! よかったー……」
明日か明後日には動けるようになるでしょうし、そうなれば教えてもいいでしょう。
「リター! 置いてくよー!」
「今行くー! レティシアさんありがとうございました!」
「はイ」
学友でしょうか。呼ばれて行ってしまいました。
リタさんを見てると、やっぱり巫女さんは歳が上に感じますね。リツカお姉さんは――。
「たまに私より年下ですし」
なんにしても、起きてくれてよかったです。
街の様子も、落ち着いてきましたね。とりあえず、前に進めているようです。
ただ、大切な人達を失ってしまった人達は辛そうです。
父をなくしたであろう女の子は、まだ何が起きたかを理解できていません。兄をなくした弟は、悪態をつきながらも涙をこらえています。
息子をなくした父は、自身の無力さを嘆き、母はただただ崩れ落ちています。
人が死ぬ。それだけで悲しいことです。
でも、それが大切な人となると、死を、認められないのです。
まだ生きているのではないのか。私を驚かせようとしているのでは? なんて考えてしまいます。その後に、来るんです。どうして? 誰がこんな事を? と。
どんなに、故人が望んだ戦いだと知っていても。
残された人にとっては、関係ないんです。
強い悲しみは嘆きと共に怒りへと変わっていきます。これを拭い去る方法は一つだけです。
(認めるしかないんです。そして、死んだ人が残したものを、しっかりと見つめるんです)
お父さんとお母さんが死んでしまった時の、私の様に。
「それが出来ないから、皆は困ってるんですけどね」
皆が皆、私の様に出会いに恵まれているわけではありません。
「……」
アリスさんに体を預け、ぼーっと、アリスさんの顔を見ています。
先ほど、シーアさんから”伝言”がありました。
普段は、個人設定ですけど、私が……服を摘むというお子様行為をしてしまった為か、公開設定で受けてくれました。
内容は、司祭の死因。私は直接の死因ではないと、言っていました。衰弱、ですか。あの時北に飛んでいった悪意。あれに司祭の魔力も入っていたんですね。
魔法を止めるために喉を狙いました。人を斬った事で動揺して、殺してしまったのだと、思っていました。
「リッカさまは、殺していませんよ……」
「……ありがとう。アリスさん、皆」
まだ私は、人殺しではありません。
でも、殺人未遂犯です。
後悔と甘えは、あの時司祭の前で捨てました。アリスさんを守るために。
後、病室前から皆が居なくなったので疑われる、というものもありました。
私が狙われているという事は、良く分かっています。
そして、今の私はこの世界の誰よりも、弱いです。
魔力色は見えます。感じる事が出来るのは、アリスさんと核樹、核樹から感じる神さまの温もり。
魔法は使えません。言葉を発しても、使えないのです。魔力が練れないので当然ですけど、試してしまいます。
でも魔力は見えますし、きっと心の問題です。
壊れてしまったのは、私の、心。
どう壊れてしまったのか、なんとなく分かっています。でも、この感情は、私にはどうする事もできません。
どうにかして、治さないといけません。
このままでは、私は――。
「リッカさま」
アリスさんが私の背中を撫でます。
「ん……?」
「ゆっくりでいいのです」
「……でも」
「ゆっくり治していきましょう。私が支えます」
「――うん」
こんな状況でも、アリスさんの優しさに心臓が跳ね回ります。
でも。
「アリスさん」
「はい」
「お風呂、入りたいな」
「まだ安静にしなければ」
「でも……」
寝たままでも、汗っていっぱいかきます。
アリスさんが拭いていてくれたとはいえ、流石ににおいが気になってしまいます……。
「仕方ありませんね。私が付き添いをします」
「ありがとう、アリスさん」
一人では、無理ですもんね。
力、上手く入りません。
「さぁ」
「うわっ!?」
アリスさんに抱きかかえられてシャワー室に連れて行かれます。
「私が全てしますから」
「ぜ、全部?」
服くらいは自分で脱げますよ。
あぁ……服にアリスさんの手がかけられて――。
「アリスさん、待ってそっちは……」
「しっかり洗います」
「手は一応、動くからっ」
「力は入ってません。綺麗にしたいのですから、しっかり力を入れませんと!」
「あっ……ぅ……」
はぅぅぅ……。
アリスさんに抱えられたまま、湯船に浸かっています。
背中にアリスさんをたくさん感じて……。
隅々まで洗われてしまいました。隅々まで、です。
「アリスさん」
「はい」
私の肩に、アリスさんの顎がおかれ、耳元から声がっ。
「えっとね。日記、書きたいなって」
「部屋から出ますか?」
「それはいやっ」
お腹の方に回されたアリスさんの手を抱く様に持ち、引き止めます。
「出来るだけ、我慢するから、少しだけアリスさんも付き合って欲しいなって」
「は、はい」
こんなに弱ってしまった私。更に弱いところは、見せられませんから。
「リ、リッカさま……これは」
「少し苦しいかもしれないけれど、我慢してね」
「はぃ……」




