立花はおちる A,D, 2113/02/23
学校に着くなり、バスケット部からお声がかかりました。バスケ部というより、友人からですけど。
「立花! お願い!! 今日だけ……ポイントガードで入って!」
必死とはまさにこの事でしょう。周りにも居た、私に助っ人を頼もうとしていたであろうスポーツ系部活の部長たちが、ぴくりとも動けないほどの剣幕なのですから。
「珍しいね、椿が私に助っ人を頼むなんて……それにポイントガードは椿の」
私が人生で一、二を争うほどの衝撃と共に疑問を口にするのも、無理はありません。バスケ部現主将。宮寺 椿は私の幼馴染であり、その人柄をよく知っているからです。何より、私の唯一の友人です。
彼女は自分の頑張っている事、特に昔からやっているバスケに関しては絶対に私に頼る事がありません。練習にはよくつき合わされました。バスケ部だった中学一年途中までは、私も練習試合で一緒でした。
その頃からホームゲーム以外は不参加でしたけれど。
でも私が巫女を継ぐことになり、バスケを続けられなくなった際彼女は、「私は大丈夫よ。あなたが居なくても勝てるくらい私、もっと上手くなるから!」と言って、私を練習に誘う事もなくなりました。
この宣言通り椿は、力をつけ同ポジションでは日本代表に引けを取らないほどのプレイヤーへとなったのです。
(そんな椿が私を頼る……)
一つだけ、頼る理由に心当たりがあります。
「もしかして、今日ある……最後の対外試合のこと? もしかしてまだ――」
椿は無言で私を見ていましたが、重々しく頷きました。
「先輩の、最後の試合。相手は昨年の優勝校……絶対に勝ちたいの……!」
昨年の全国大会決勝は、私たちの学校と今日の相手でもある学校でした。百十三対百十二。最後の一本、椿が外してしまい優勝できなかったのです。
私は、知っています。あの時の椿は様子がおかしかった。準決勝で受けたファールの際、手首を怪我していたのです。だから椿はその手を庇っていました。
「見に来てたの……?」
「いや、テレビで見てたよ。私がこの町から出れないの、知ってるでしょ?」
普段の椿なら、この敗北の悔しさをバネに、今日も自分だけで戦おうとしたでしょう。椿はそういう子です。勝負事で、所属していない私に頼ってまで勝とうとはしないはずなのです。それも、自分のボジションを変わって欲しいなんて……絶対に言いません。
でも、それは万全で負けた場合に限ります。全てを尽くした場合に限るのです。
椿は怪我を隠し出場し、そして自分のミスで負けました。椿は自分が許せないのでしょう。理解はできます。私もきっと、同じ気持ちになるでしょう。だからこそ私は言わなければいけません。
「椿、私は手伝うことはできないよ……」
椿は体を起こし、私の肩を強く握りました。その手は震え、目には涙が浮かんでいます。
「ど、どうして!? 私は……私のせいで、だから! だか、ら」
最後のほうは、ほとんど声になっていませんでした。ゆっくり、でも力強く、私は椿に語りかけます。
「確かに、あの試合で椿は言うべきだった。自分の手首は怪我をしているんだって。それをしなかったせいで負けた。勝負にたらればはないけど、あの時椿以外が打っていれば、結果は変わったかもしれない。そう、思っているんだよね?」
弱弱しく、それでも確信をもって頷く椿に私は続けます。
「私は、そうは思わない」
びくりと肩を震わせる椿を抱きしめやさしく、続けます。
「あの時シュートにいこうとした先輩は、打てなかった。マークが強かったし、難しい角度だった。だから椿にボールを回した。あなたならやってくれると信じて」
絶対的な信頼関係が、そこにはありました。
「でもそれが、その信頼が目を曇らせていた。メンバーもリザーブも、監督でさえ」
椿の実力は部内に留まりません。名前は全国区です。そんな椿にボールが簡単にパス出来た時点で、皆は気付くべきだったのです。
「相手は気づいていた。敵として椿を見ていた相手は、あなたが怪我をしていることに気がついていた……。だからあえて、打たせた」
知らず知らず庇っていた腕は、試合が進むにつれ明確に動きが鈍くなっていました。それに、相手の監督は気付いていたのです。
「安心と勝利の確信が脳裏をよぎった瞬間、あなたの手首に痛みが走ると、相手の監督はわかっていた。あの場でプレッシャーをうけていれば、あなたの集中は切れなかった。痛みすら乗り越えていた。でも、そうはならなかった」
私は見ていました。相手の監督が椿をみている所を。相手の選手が、椿をフリーにするために動いていた事を。
その選択を取った監督を、私は思わず褒めてしまいます。いくら確信があったとはいえ、椿をフリーにするという選択を取れるのは、並ではないのですから。
「椿、あなたがやらなくちゃいけないのは、身を引くことじゃない」
椿の震えは止まっていました。それでも弱弱しさは消えません。それほどまでに先輩のことを、愛してるんですね。
「もう戻れない? もう先輩と一緒にできない?」
椿の恐れていることを言葉に出します。
「ここを逃せばあなたはこの先ずっと、後悔する」
私は椿を信じています。
「最後に椿の想いを伝えるべきだよ。言葉だけじゃなく、プレイで」
あなたは強いんですから。
椿が決められなかった事で、トラウマを抱えているのかもしれません。それはイップスとなりかねない程の物でしょう。だからこそ、椿はもう一度先輩と一緒に試合をするべきなのです。
この最後を逃せば、想像は現実となります。ちゃんとお互いの気持ち、ぶつけ合うべきです。
「立花、わたしは……」
むぅ、先輩のことになると途端に乙女になりますね。逃げ道くらいには、なってあげましょう。
「想いをまずは言葉で伝えよ? それでもダメだったら、私に頼ってもいいよ。今度は断らないから」
「え……?」
逃げ道と思いましたか? 残念。この先は通行止めです。優勝できてたら、せめて万全の状態で挑めていたら、そのまま通り抜けたであろう道。自分のせいで負けちゃって、自信なくしちゃってるんだけなんですよ。椿。
だから私は追い込むのです。あなたのことはよく知っています。あなたは優しくされることを望んでいないということを。
(きっとみんな椿を責めることができなかったんだなぁ)
椿抜きで勝つには難しい相手でした。怪我をおしてでも出ることを誰も止められなかったでしょう。結果は変わらなかった。
これが私の見解です。でも椿はそうは思っていません。だったら、私がやるべきことは一つしか残ってないのです。
(幼馴染で何でも屋とはいえ、損な役回りだなぁ。あとで先輩にアイスでも貰お)
「先輩と最後の試合を一緒にやりたいって、先輩を勝たせるために、また私を信じてほしいって」
信頼を失ってなんかいないでしょうけど、あえて私は言います。
「それを伝えて、ダメだって言われたら、私のところにおいで? 試合、見に行くから」
意地悪すぎましたかね。でもこれ以外に私には思い浮かばないのです。
「そんなこと、断られでもした――」
「このまま私に任せても、同じ結果だよ?」
じれったいので、確信をつきます。
「逃げてるだけじゃ、相手に理解なんてされないよ?」
言葉につまる椿から離れ、言葉をまちます。
「……わかった。立花がそこまで言うなら、伝える」
やっとですか、これで解決です。
バスケの結果はですね。試合に圧勝して、そしてひとつのカップルの出来上がりです。先輩は先輩で、もっと素直になってほしいものです。椿の弱った姿なんてレア中のレアとはいえ、好きならちゃんと慰めるくらい。
(さようなら私の、■■)
ま、これが本当の■■なのか、分からないんですけどね。私にもいつか、本当の■■が? あまり、想像できません。
さて、森に行きましょう。先輩にアイスの請求は、いつかで良いですね。
夜、家でぼーっとテレビを見ています。これが見たかった、という訳ではありません。点いていたから、見てるってだけです。
『君を、愛しているんだ!』
主人公が告白しています。
『ダメよ、私は貴方からすれば敵国の姫。貴方の想いは受け入れられないわ」
途中からなんとなく見てみましたが、どうやら戦争中に恋に落ちた二人によるラブロマンスのようです。悲恋というやつで終わるのでしょうか。
『――改めて君に言う。愛している』
『えぇ、私もよ』
結局結ばれました。現実ではありえない展開の連続でした。椿が好きそうではありますね。スポーツ女子で男勝りって思われてるそうですけど、あれで乙女すぎる程に乙女です。
そんなことを考えていると椿からメールが来ました。
《明日先輩とデートするんだけど、どうしたらいいかな》
早速先輩と関係を深めるようです。デートですか。私に聞いても仕方ないような? 私、この町から一度も出た事ないんです。実は。
先ほど見た映画のヒロインは、主人公が別の女性と仲良くしているだけで憤慨していましたね。
椿にこんなメールをもらっても、そうなんだ。としか思えない私はやっぱり、■■をしてなかったのでしょうか。それを客観視出来ている時点で、そうなのでしょう。
《おめでとう。この町だとあまり楽しめないだろうから、隣町とか少し遠出がいいんじゃないかな? 服屋とかあるらしいし》
返信後、すぐに新たなメールが送られてきます。
《ありがと!!》
何故か怒った顔文字が添付されているメールを返されました。何が悪かったのかな……。服屋じゃなくて、遊園地が良かったでしょうか。
■■って、どんな感じなんでしょう。甘酸っぱいって聞きますけど、何で味で表現されるのかな。
クライマックスに入っていたテレビは、いつの間にか母により消されていました。もう寝なさいという事でしょう。
試行錯誤中。