目覚め⑤
レティシアが病室から出て行き、走って四人に追いつく。
「皆さン。リツカお姉さんの件は内密ニ」
「えぇ、分かっているわ」
唐突なお願いにも、エルヴィエールがすぐに答え、全員が頷く。
四人はレティシアに言われるまでもなく理解していた。
「これから病院に口止めをしまス。予定通り暗幕もつけてもらわないといけませン」
「リツカさんを診察したお医者さんには一応口止めしておいたけど、お願いね?」
「はイ」
エルタナスィアに頼まれ、レティシアが走っていく。
「廊下は走ってはいけませんよ」
看護師に怒られ頭を下げているレティシアを四人が見送っている。
「思ったよりも元気そうで良かった」
「受け答えもしっかりしていましたね」
コルメンスとエルヴィエールがリツカの様子を話している。
だけど――。
「……」
「エリス、どうした?」
「落ち着きすぎている気がしまして」
エルタナスィアは、リツカの落ち着き様が気になっている。
「リツカ殿は初めからそうだった気がするが」
「それね」
ゲルハルトは気にせずに言うけれど、エルタナスィアは何かに気付いたようだ。
「あの落ち着き方、集落の時とそっくりなのよ」
「……?」
ゲルハルトが首をかしげ、コルメンスとエルヴィエールも良く分かっていない。
「集落の時、オルテに謝られている時と一緒」
エルタナスィアが思い出せたことですっきりとしたのか、晴れやかな顔をしている。
「それで、どのような問題があるのだ?」
「リツカさんはそれを分からせないから、困り者なのよ」
ゲルハルトが面食らってエルタナスィアを見ている。
エルタナスィアは歯痒く感じているようだ。今にも地団駄を踏みそうになっている。
「とにかく、何か隠しているわ」
エルタナスィアだけが気付いた事。
つまり。
「アリスは気づいているのでしょうから、任せるしかありません。ですけど、注意していましょう」
三人に注意喚起し、エルタナスィアが歩き出す。
「起きて直ぐ無理するなんて、いけない子ね」
それがリツカさんなのだろうけど、とエルタナスィアが呟く。少しだけ、エルタナスィアは怒っていた。
「院長さン」
「レティシアさん? どうしました」
「暗幕張ってもいいですカ?」
突然やってきてお願いしてくる私に驚いている院長は、首をかしげながらも頷いてくれます。
「構いませんけれど、もうリツカ様は――」
「何も聞かずに、リツカお姉さんが起きた事を内緒にしてくれませんカ」
私は懇願します。
無理を言っている事は分かっています。ですけど言う訳にはいきません。リツカお姉さんが狙われている事は、院長さんたちにも言えません。
「分かりました。徹底させましょう」
「ありがとうございまス」
頭を深々と下げ、感謝を伝えます。
「リツカ様の事を知っているのは、カトリ君と私含め数名だけですので、ご安心を」
カトリとは、リツカお姉さんを診察にきた女性医師ですね。
「はイ」
ほっと一息つきます。
「そうそう、検死の結果が出ました」
「イェルクとヨアセムのものですカ」
「はい」
一応お願いしていたものです。
ですけど、イェルクは――。
「結果から言わせていただきます。両者共に衰弱死です」
「――え?」
ヨアセムはミイラ化したとの事ですけど、イェルクはリツカお姉さんが……。
「二名とも外傷は酷いものでしたが、直接の死因は衰弱です」
「ふム……」
どういうことです?
「イェルクノ、喉の切り傷は死に関係ないト?」
「一因にはなったでしょうけれど、切り傷は発声器を切り裂いただけのものでしたし、出血性ショック死というわけでもありません」
院長が言う事を信じれば、リツカお姉さんにとっては辛いままですけれど、少しは慰めになるでしょうか?
「老衰に近いですね。命がいきなりぽんと抜けた様な遺体でした」
「命ガ、いきなリ」
ヨアセムのほうは見ていませんけれど、イェルクの方は見ていました。あの時抜けた、悪意を含んだ魔力。あれは全て、イェルクの魔力?
「切り傷だけでしたら、直ぐに運べばなんとかなったでしょうね」
「そうですカ、ありがとうございまス。院長」
「はぁ、どういたしまして?」
リツカお姉さんに伝えた方が良いですね。
気持ち的に少しは、楽になるでしょう。
「でハ、暗幕を張らせていただきまス」
「どちらに張りますか?」
「病院入り口横を借りまス」
「私も行きましょう」
「ありがとうございまス」
院長さんが居てくれれば、不審者扱いはされないでしょう。
院長室を後にします。
レティシアは、院長の影の一部が、取り残されていたことに、気付けなかった。
暗幕張って、入り口作って、と。リツカお姉さんの病室は向こうですか。あちら側に穴開けた方が良いですかね。
「何やってんだ」
「超サボリさン」
誰かと思えばサボリさんです。任務失敗ですから名前は呼んであげません。
「超ってなんだよ」
「昨日勝手にどっか行ったでしょウ」
「あれはてめぇが――」
「例えそうだとしても一報入れるのがマナーでス」
これでもお姉ちゃんの護衛兼、情報部所属です。組織での振舞いはサボリさんより詳しいです。
「私がただ合流しただけデ、途中からどこかへ行ったらどうするんですカ」
「……」
「まァ、罰はディルクさんに任せていまス」
私だったら氷漬けにして川に流すところですよ。命拾いしましたね。
「何をしてるかという話ですけどネ」
「切り替え早ぇよ」
「巫女さんが浄化するための場所作りでス」
漫才しているつもりはないので、ツッコミは無視です。
「……リツカお姉さんが起きるまで傍を離れられない巫女さんのためニ、ここで感染疑惑のある方達を集めて光を受けてもらいまス」
リツカお姉さんの事を言うか迷いましたけど、サボリさんは迂闊なので言うのを辞めます。
情報がどこから漏れるか分からないのです。
「病室からでモ、ここなら届くらしいですシ」
「普通に対面で検査すりゃいいじゃねーか」
ハァ……。やれやれってやつです。
サボリさんはモテませんね。
「巫女さんの気持ちもそうですけド、悪意に塗れた人は魔王の手下である可能性があるんですヨ」
「あ?」
頭使うの放棄してるんですかね。
ここで講義を開始してもいいですけど、時間は無駄にできません。
「そんな魔王の手下ヲ、のこのこと巫女さんの前に差し出すわけにはいきませン。リツカお姉さん以外対処出来ないんですかラ」
リツカお姉さんがいかにおかしな事をやっていたかって話です。周りを見れば全員敵に見えますよ、全く。
右にいるこちらをチラチラ見てる男性も、カフェテララスでお茶を飲んでいる女性も、サボリさんを窺っている女子学生も、全員怪しく見えます。
そんな中、誰にも悟られる事なく警戒と感知をして、敵には誰よりも早く対応するんですから。
「それニ、巫女さんだけでなくリツカお姉さんも危険なんですかラ。二人一緒に居てくれた方がこちらも楽でス」
返り討ちでしょうけど、用心は必要です。リツカお姉さんも良く言ってました。
そういえば、病室の前から全員行き成り居なくなったら、どう思うんですかね。
エリスさんたちも疲れてましたから何も言いませんでしたけど。
(巫女さんに聞いておきますか)
”伝言”入れます。
病室前に黒い影が迫ってくる。
誰も居ないのを確認し、止まる。
「――、――――」
病室から何かが聞こえたかと思った影、だけどその時にはもう――”光”に、撃ちぬかれていた。
「……」
「……アリス、さん?」
「どうしました?」
「声が聞こえた気がしたから……」
「風の音がしていましたから、それでしょう」
「そうかな……」
「大丈夫です。私が傍に居ますから」
「うん……」
リッカさまが目を閉じ、寝息が聞こえてきます。規則正しく刻まれる命の音と息吹。
嬉しい。また、こうやって安心して貴女の傍に居られることが。貴女の声を聞けることが。
起きて直ぐに私を探した貴女の瞳。
私を掴んだ手は弱弱しくも、手放さないと強い意志が伝わってきました。
発せられた声は少し掠れてしまっていたけれど、綺麗な声でした。
私を見て、私に触れて、私の命を実感した時の貴女の表情と心が、大きな歓びであったことが、私は嬉しい。
ですから、私が。
「しっかり守ります。今の貴女を守れるのは、私だけです」
私が貴女の全てを守ります。
貴女も、貴女が守りたい世界も、私自身も。
起きたら、教えてください。
今の貴女に起きている事を、貴女の口から。
「リッカさま。リッカ」
私も隣で、少し休みます。
貴女の音を、誰よりも近くで聞かせてください。
「拒絶の箱で包み込む」
アルレスィアとリツカの居る病室が、銀色の箱に閉ざされる。
今から三時間。この部屋は二人だけの空間となる。
誰も二人の時間を邪魔する事は出来ない。
静かな病室に、二人の刻む音が、溶け合っていった。




