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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
27日目、壊れてしまったのです
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目覚め⑤



 レティシアが病室から出て行き、走って四人に追いつく。


「皆さン。リツカお姉さんの件は内密ニ」

「えぇ、分かっているわ」


 唐突なお願いにも、エルヴィエールがすぐに答え、全員が頷く。

 四人はレティシアに言われるまでもなく理解していた。


「これから病院に口止めをしまス。予定通り暗幕もつけてもらわないといけませン」

「リツカさんを診察したお医者さんには一応口止めしておいたけど、お願いね?」

「はイ」


 エルタナスィアに頼まれ、レティシアが走っていく。


「廊下は走ってはいけませんよ」


 看護師に怒られ頭を下げているレティシアを四人が見送っている。


「思ったよりも元気そうで良かった」

「受け答えもしっかりしていましたね」


 コルメンスとエルヴィエールがリツカの様子を話している。

 だけど――。


「……」

「エリス、どうした?」

「落ち着きすぎている気がしまして」


 エルタナスィアは、リツカの落ち着き様が気になっている。


「リツカ殿は初めからそうだった気がするが」

「それね」


 ゲルハルトは気にせずに言うけれど、エルタナスィアは何かに気付いたようだ。

 

「あの落ち着き方、集落の時とそっくりなのよ」

「……?」


 ゲルハルトが首をかしげ、コルメンスとエルヴィエールも良く分かっていない。


「集落の時、オルテに謝られている時と一緒」


 エルタナスィアが思い出せたことですっきりとしたのか、晴れやかな顔をしている。


「それで、どのような問題があるのだ?」

「リツカさんはそれを分からせないから、困り者なのよ」


 ゲルハルトが面食らってエルタナスィアを見ている。

 エルタナスィアは歯痒く感じているようだ。今にも地団駄を踏みそうになっている。


「とにかく、何か隠しているわ」


 エルタナスィアだけが気付いた事。

 つまり。


「アリスは気づいているのでしょうから、任せるしかありません。ですけど、注意していましょう」


 三人に注意喚起し、エルタナスィアが歩き出す。


「起きて直ぐ無理するなんて、いけない子ね」


 それがリツカさんなのだろうけど、とエルタナスィアが呟く。少しだけ、エルタナスィアは怒っていた。




「院長さン」

「レティシアさん? どうしました」

「暗幕張ってもいいですカ?」


 突然やってきてお願いしてくる私に驚いている院長は、首をかしげながらも頷いてくれます。


「構いませんけれど、もうリツカ様は――」

「何も聞かずに、リツカお姉さんが起きた事を内緒にしてくれませんカ」


 私は懇願します。

 無理を言っている事は分かっています。ですけど言う訳にはいきません。リツカお姉さんが狙われている事は、院長さんたちにも言えません。


「分かりました。徹底させましょう」

「ありがとうございまス」


 頭を深々と下げ、感謝を伝えます。


「リツカ様の事を知っているのは、カトリ君と私含め数名だけですので、ご安心を」


 カトリとは、リツカお姉さんを診察にきた女性医師ですね。


「はイ」


 ほっと一息つきます。


「そうそう、検死の結果が出ました」

「イェルクとヨアセムのものですカ」

「はい」


 一応お願いしていたものです。

 ですけど、イェルクは――。


「結果から言わせていただきます。両者共に衰弱死です」

「――え?」


 ヨアセムはミイラ化したとの事ですけど、イェルクはリツカお姉さんが……。


「二名とも外傷は酷いものでしたが、直接の死因は衰弱です」

「ふム……」


 どういうことです?


「イェルクノ、喉の切り傷は死に関係ないト?」

「一因にはなったでしょうけれど、切り傷は発声器を切り裂いただけのものでしたし、出血性ショック死というわけでもありません」


 院長が言う事を信じれば、リツカお姉さんにとっては辛いままですけれど、少しは慰めになるでしょうか?


「老衰に近いですね。命がいきなりぽんと抜けた様な遺体でした」

「命ガ、いきなリ」


 ヨアセムのほうは見ていませんけれど、イェルクの方は見ていました。あの時抜けた、悪意を含んだ魔力。あれは全て、イェルクの魔力?


「切り傷だけでしたら、直ぐに運べばなんとかなったでしょうね」

「そうですカ、ありがとうございまス。院長」

「はぁ、どういたしまして?」


 リツカお姉さんに伝えた方が良いですね。

 気持ち的に少しは、楽になるでしょう。


「でハ、暗幕を張らせていただきまス」

「どちらに張りますか?」

「病院入り口横を借りまス」

「私も行きましょう」

「ありがとうございまス」


 院長さんが居てくれれば、不審者扱いはされないでしょう。

 院長室を後にします。



 レティシアは、院長の影の一部が、取り残されていたことに、気付けなかった。



 暗幕張って、入り口作って、と。リツカお姉さんの病室は向こうですか。あちら側に穴開けた方が良いですかね。


「何やってんだ」

「超サボリさン」


 誰かと思えばサボリさんです。任務失敗ですから名前は呼んであげません。


「超ってなんだよ」

「昨日勝手にどっか行ったでしょウ」

「あれはてめぇが――」

「例えそうだとしても一報入れるのがマナーでス」


 これでもお姉ちゃんの護衛兼、情報部所属です。組織での振舞いはサボリさんより詳しいです。


「私がただ合流しただけデ、途中からどこかへ行ったらどうするんですカ」

「……」

「まァ、罰はディルクさんに任せていまス」


 私だったら氷漬けにして川に流すところですよ。命拾いしましたね。


「何をしてるかという話ですけどネ」

「切り替え早ぇよ」

「巫女さんが浄化するための場所作りでス」


 漫才しているつもりはないので、ツッコミは無視です。


「……リツカお姉さんが起きるまで傍を離れられない巫女さんのためニ、ここで感染疑惑のある方達を集めて光を受けてもらいまス」


 リツカお姉さんの事を言うか迷いましたけど、サボリさんは迂闊なので言うのを辞めます。

 情報がどこから漏れるか分からないのです。


「病室からでモ、ここなら届くらしいですシ」

「普通に対面で検査すりゃいいじゃねーか」


 ハァ……。やれやれってやつです。

 サボリさんはモテませんね。


「巫女さんの気持ちもそうですけド、悪意に塗れた人は魔王の手下である可能性があるんですヨ」

「あ?」


 頭使うの放棄してるんですかね。

 ここで講義を開始してもいいですけど、時間は無駄にできません。


「そんな魔王の手下ヲ、のこのこと巫女さんの前に差し出すわけにはいきませン。リツカお姉さん以外対処出来ないんですかラ」


 リツカお姉さんがいかにおかしな事をやっていたかって話です。周りを見れば全員敵に見えますよ、全く。


 右にいるこちらをチラチラ見てる男性も、カフェテララスでお茶を飲んでいる女性も、サボリさんを窺っている女子学生も、全員怪しく見えます。


 そんな中、誰にも悟られる事なく警戒と感知をして、敵には誰よりも早く対応するんですから。


「それニ、巫女さんだけでなくリツカお姉さんも危険なんですかラ。二人一緒に居てくれた方がこちらも楽でス」


 返り討ちでしょうけど、用心は必要です。リツカお姉さんも良く言ってました。


 そういえば、病室の前から全員行き成り居なくなったら、どう思うんですかね。

 エリスさんたちも疲れてましたから何も言いませんでしたけど。


(巫女さんに聞いておきますか)


 ”伝言”入れます。



 病室前に黒い影が迫ってくる。

 誰も居ないのを確認し、止まる。


「――、――――」


 病室から何かが聞こえたかと思った影、だけどその時にはもう――”光”に、撃ちぬかれていた。


「……」

「……アリス、さん?」

「どうしました?」

「声が聞こえた気がしたから……」

「風の音がしていましたから、それでしょう」

「そうかな……」

「大丈夫です。私が傍に居ますから」

「うん……」


 リッカさまが目を閉じ、寝息が聞こえてきます。規則正しく刻まれる命の音と息吹。

 嬉しい。また、こうやって安心して貴女の傍に居られることが。貴女の声を聞けることが。


 起きて直ぐに私を探した貴女の瞳。

 私を掴んだ手は弱弱しくも、手放さないと強い意志が伝わってきました。

 発せられた声は少し掠れてしまっていたけれど、綺麗な声でした。

 私を見て、私に触れて、私の命を実感した時の貴女の表情と心が、大きな歓びであったことが、私は嬉しい。


 ですから、私が。


「しっかり守ります。()()()()()守れるのは、私だけです」


 私が貴女の()()()守ります。

 貴女も、貴女が守りたい世界も、()()()も。


 起きたら、教えてください。

 ()()()()()()()()()()()を、貴女の口から。


「リッカさま。リッカ」


 私も隣で、少し休みます。

 貴女の音を、誰よりも近くで聞かせてください。


拒絶(【ルフュ・)の箱で(アイシャフ】)包み込む(・オルイグナス)


 アルレスィアとリツカの居る病室が、銀色の箱に閉ざされる。

 今から三時間。この部屋は二人だけの空間となる。

 誰も二人の時間を邪魔する事は出来ない。

 

 静かな病室に、二人の刻む音が、溶け合っていった。

 


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