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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
27日目、壊れてしまったのです
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目覚め③



「危険です。もっと吟味してから――」

「それでは、遅いです。ただでさえ後手なのですから」


 コルメンスさんが、首を横に振ります。でも、私の考えは変わりません。


 また何時、私を殺しに来るか分からないのです。

 反応を見るためにも、目指すべきです。


「犠牲が増えるのを指を咥えてみてるほど、穏健派ではありませんから」


 行動する事で変えられるかもしれないのなら、動きます。


「……でも、まずはしっかり治しなさい」

()()()()()()()、私が行かせません」


 エリスさんの叱咤に、アリスさんが頷き言います。

 完全に治るまでを、強調して。


「性急かと思いますが、他に何か気付いた事があれば」


 コルメンスさんが言い難そうにしています。

 しっかり応えて、そういった心配は不要だと見せないといけません。


「マクゼルトと呼ばれている、敵幹部。あの人は強いです」


 もう、皆知っている事でしょうけど、対峙した私だからこそ分かるものもあります。


「アリスさんの背後についたあの速さ。私の”抱擁強化”と同等です」

「本気を出せば”疾風”より速い、リッカさまと同じ……」


 感知を最大限鋭敏にしていた私の上をいきました。


「力は、人もマリスタザリアも超えています。自然災害と思うべきです」


 土砂崩れや津波、人の力では対応できないものであると、認識して欲しいです。


「技術もあります。最短で伸びてきた拳は、私が全力で対応してやっと避けられるものでした。運も良かったです」


 あの時の私に出来たのは、アリスさんをシーアさんの方へ突き飛ばし、ギリギリで避ける事だけでした。それも、拳の軌道を変えなければ当たるほどの。


「ただ避けるのではなく、拳を迎撃したのは、嫌な予感がしたからです」

「嫌な予感?」


 シーアさんが自分の拳を見ながら呟きます。


「私の拳の四倍はあろうかというあの人の拳は、更に三倍の攻撃範囲があります」


 魔法なのか、ただの身体能力で生まれた特異性なのかは分かりません。でも、私の上半身を全て殴れるほどの大きさでした。


「外側になればなる程、威力は弱くなります。最も端に当たった私でも、こうなってしまいました」


 自分の胸に手をあて、言います。


「狙いは適当、でも私の胸を狙っていました。あの範囲があれば、何処を狙ってもいいのにわざわざ範囲を狭めてまで、胸を狙ったんです」


 確固たる殺意の発露。拳の軌道を変え、回転に合わせて受け流すようにしなければ、どうなっていたことか。


「私の怪我の度合いは分かりませんけど、生きているのはアリスさんの治癒のお陰です。対応を誤ったと言いたい程、選択肢が限られていました」


 本当は、アリスさんを抱えて避けたかった。

 でも、精神的にも肉体的にも限界でした。


 どちらかでした。二人共死ぬか、アリスさんを守り、()()()()()をしてでも私は対峙するか、です。

 でも、多少の怪我では、済みませんでした。

 

「リッカさま、もう一つあるはずです」

「アリスさん?」

「避けようと思えば避けられた話です」


 アリスさんの表情が、悲痛に歪みます。


「私を守るために押した後、暴走によって魔法が発動した事で、リッカさまには選択肢が増えたはずです」


 アリスさんが淡々と、述べます。


「逃げる事です」

「逃げられたんですカ?」


 シーアさんが目を見開きます。


「速度はリッカさまと同等。そう言いました」


 私を見て、アリスさんが告げます。


「あの時の”抱擁強化”が、いくらいつもより弱いものであったとしても、逃げる事は可能です。ですけど、あの人はリッカさまに言ったのです。巫女を使えば、リッカさまは間に絶対に入ると」


 昔、兄弟子さんもしたことです。


「私をまた狙われては、次守れる保障はありません。ですからリッカさまは、受けるしかなかったんです。あの、攻撃を」

「……」


 迂闊にも、言ってしまった、私と同等という言葉。それだけで、バレてしまいました。


 いえ、アリスさんに私が隠せる事は、ありませんでした……。

 まだ私は本調子ではなかったようです。


「対応を誤ったのは、本当」


 私の精神は、大きく揺れていました。そのため、正常な判断が出来ていませんでした。

 今であれば、掌底なんてしません。


「初めて、人を――殺してしまったから、上手く、考えられなかった」


 気が急いてしまっていました。少しでも反撃しようと、してしまいました。


「どんなに思考力が落ちていても、アリスさんが危険に曝される選択肢は、私には、ないから」


 あの場で私に逃げるという選択肢はありません。

 確かに逃げられたかもしれません。でも、アリスさんを置いて下がる事は出来ませんでした。


「私はあの時の選択は間違ってなかったと、自信を持って言える。間違えたのは対応だけ」

「リッカ、さま……」


 口を手で押さえ、悲痛に染まる顔を隠そうとするアリスさん。でも、目は私を見るために、隠せていません。隠せていない目から、涙が零れ落ちています。


 両手を広げ、アリスさんを呼びます。

 アリスさんがすっぽりと、私の腕に納まりました。頭を撫で、涙が他の人に見えないように胸に押し当てます。


 アリスさんが言うことも真実です。

 マクゼルトは私から選択肢を削っていました。ですけど、削るまでもなく、私に逃げるという選択は最初からありません。

 逃げてしまっては、私ではありません。



「シーアが目を瞑った一瞬の攻防で、そこまで……」


 コルメンスさんが呟きます。


「死を強く意識したことで、私の意識はゆっくりと間延びしていましたから」


 タキサイキア現象、スローモーション体験とも呼ばれるものです。死の直前等で、時間がゆっくり流れる、あれです。


「考える時間が、多く取れただけです」


 そうでなければ、一瞬で死んでいたでしょう。


「私がわかるのは、これくらいですね」


 マクゼルトには手を出さないように、とだけ分かって欲しいです。万全の私でも、負ける可能性があります。あの人は、魔法をまだ使ってないんですから。


「お二人に、聞きたいことが」


 コルメンスさんが、布を大切そうに両手で持ち、こちらに差し出します。


「開いてもよろしいですか?」


 私の腕の中で涙を拭ったアリスさんが、コルメンスさんから受け取ります。


「はい」


 布の上に、ちょこんと乗っかっているものは、木片?


「これ、核樹……?」


 ()()()()()、それは、分かります。


「美術館の中に、それだけが落ちていたのです」


 事情を説明しなければ、いけませんね。

 ()()()の、想いを。


「あの日、司祭の攻撃が城壁へ向かっていった時、何かが城壁を守ったのは、知っていますか?」

「はい、そこまでは見えていたのです」


 コルメンスさんが頷きます。

 どうやって見ていたのかは分かりませんけれど、説明の手間は省けます。


「城壁を守ったのは、この子です」


 アリスさんから受け取り、胸の前で握り締めます。

 微かに、温もりを感じます。


「核樹が、ですか?」

「はい」


 木が守るなんて、と思っているのかもしれません。


 でも、核樹は奇跡を起こしたのです。触れたことで、あの時の推測は確信へと変わりました。


「あの時輝いていた核樹は、最後の灯火を、燃やしていたのです」

「最後の……」


 私は、説明します。


 神さまの降臨という、奇跡。それが生み出した第三の核樹は、意思を持ちました。


 そして、自身の死が近いことを感じ取った核樹は、光り輝き、少しでも私達の想いを多くの人に届けようとしてくれました。


 神さまの降臨。核樹の成長。そして、核樹の煌き。

 これらは、巫女である私達の後押しとなってくれていました。


 私達が道標となる。そんな想いを体現するように輝いてくれた核樹は、本来はあの日の夜までしっかり輝いてくれるはずでした。


 ですけど、司祭の砲撃。


 国の危機に際して核樹は、私達の想いを守るために、神さまが帰る事になってしまうのも厭わず、その命を燃やしてくれたのです。


 核樹の本来の役目である、”神の森”、”神林”を悪意から守る力です。

 司祭の攻撃に含まれた悪意を、弾き、魔法を成立させなくさせたのでしょう。


「核樹は力を使いきり、砕け散ってしまいました」


 艶があった樹皮はかさかさになり、命の息吹はどこかへ去ってしまいました。


「本来、元の形に戻り、またいつか来るかもしれない奇跡を、待つ事も出来た核樹は、私達のために、その命を燃やし尽くしてしまいました」


 視界が歪みます。涙が流れているのが、分かります。


「この子は、国を守った、英雄です」


 多くの命と、想いを守り抜いてくれた。


「どうかこの子を、多くの人に伝えてください」


 涙が核樹に当たります。少しだけ核樹が、光ったような気が、しました。



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