目覚め③
「危険です。もっと吟味してから――」
「それでは、遅いです。ただでさえ後手なのですから」
コルメンスさんが、首を横に振ります。でも、私の考えは変わりません。
また何時、私を殺しに来るか分からないのです。
反応を見るためにも、目指すべきです。
「犠牲が増えるのを指を咥えてみてるほど、穏健派ではありませんから」
行動する事で変えられるかもしれないのなら、動きます。
「……でも、まずはしっかり治しなさい」
「完全に治るまで、私が行かせません」
エリスさんの叱咤に、アリスさんが頷き言います。
完全に治るまでを、強調して。
「性急かと思いますが、他に何か気付いた事があれば」
コルメンスさんが言い難そうにしています。
しっかり応えて、そういった心配は不要だと見せないといけません。
「マクゼルトと呼ばれている、敵幹部。あの人は強いです」
もう、皆知っている事でしょうけど、対峙した私だからこそ分かるものもあります。
「アリスさんの背後についたあの速さ。私の”抱擁強化”と同等です」
「本気を出せば”疾風”より速い、リッカさまと同じ……」
感知を最大限鋭敏にしていた私の上をいきました。
「力は、人もマリスタザリアも超えています。自然災害と思うべきです」
土砂崩れや津波、人の力では対応できないものであると、認識して欲しいです。
「技術もあります。最短で伸びてきた拳は、私が全力で対応してやっと避けられるものでした。運も良かったです」
あの時の私に出来たのは、アリスさんをシーアさんの方へ突き飛ばし、ギリギリで避ける事だけでした。それも、拳の軌道を変えなければ当たるほどの。
「ただ避けるのではなく、拳を迎撃したのは、嫌な予感がしたからです」
「嫌な予感?」
シーアさんが自分の拳を見ながら呟きます。
「私の拳の四倍はあろうかというあの人の拳は、更に三倍の攻撃範囲があります」
魔法なのか、ただの身体能力で生まれた特異性なのかは分かりません。でも、私の上半身を全て殴れるほどの大きさでした。
「外側になればなる程、威力は弱くなります。最も端に当たった私でも、こうなってしまいました」
自分の胸に手をあて、言います。
「狙いは適当、でも私の胸を狙っていました。あの範囲があれば、何処を狙ってもいいのにわざわざ範囲を狭めてまで、胸を狙ったんです」
確固たる殺意の発露。拳の軌道を変え、回転に合わせて受け流すようにしなければ、どうなっていたことか。
「私の怪我の度合いは分かりませんけど、生きているのはアリスさんの治癒のお陰です。対応を誤ったと言いたい程、選択肢が限られていました」
本当は、アリスさんを抱えて避けたかった。
でも、精神的にも肉体的にも限界でした。
どちらかでした。二人共死ぬか、アリスさんを守り、多少の怪我をしてでも私は対峙するか、です。
でも、多少の怪我では、済みませんでした。
「リッカさま、もう一つあるはずです」
「アリスさん?」
「避けようと思えば避けられた話です」
アリスさんの表情が、悲痛に歪みます。
「私を守るために押した後、暴走によって魔法が発動した事で、リッカさまには選択肢が増えたはずです」
アリスさんが淡々と、述べます。
「逃げる事です」
「逃げられたんですカ?」
シーアさんが目を見開きます。
「速度はリッカさまと同等。そう言いました」
私を見て、アリスさんが告げます。
「あの時の”抱擁強化”が、いくらいつもより弱いものであったとしても、逃げる事は可能です。ですけど、あの人はリッカさまに言ったのです。巫女を使えば、リッカさまは間に絶対に入ると」
昔、兄弟子さんもしたことです。
「私をまた狙われては、次守れる保障はありません。ですからリッカさまは、受けるしかなかったんです。あの、攻撃を」
「……」
迂闊にも、言ってしまった、私と同等という言葉。それだけで、バレてしまいました。
いえ、アリスさんに私が隠せる事は、ありませんでした……。
まだ私は本調子ではなかったようです。
「対応を誤ったのは、本当」
私の精神は、大きく揺れていました。そのため、正常な判断が出来ていませんでした。
今であれば、掌底なんてしません。
「初めて、人を――殺してしまったから、上手く、考えられなかった」
気が急いてしまっていました。少しでも反撃しようと、してしまいました。
「どんなに思考力が落ちていても、アリスさんが危険に曝される選択肢は、私には、ないから」
あの場で私に逃げるという選択肢はありません。
確かに逃げられたかもしれません。でも、アリスさんを置いて下がる事は出来ませんでした。
「私はあの時の選択は間違ってなかったと、自信を持って言える。間違えたのは対応だけ」
「リッカ、さま……」
口を手で押さえ、悲痛に染まる顔を隠そうとするアリスさん。でも、目は私を見るために、隠せていません。隠せていない目から、涙が零れ落ちています。
両手を広げ、アリスさんを呼びます。
アリスさんがすっぽりと、私の腕に納まりました。頭を撫で、涙が他の人に見えないように胸に押し当てます。
アリスさんが言うことも真実です。
マクゼルトは私から選択肢を削っていました。ですけど、削るまでもなく、私に逃げるという選択は最初からありません。
逃げてしまっては、私ではありません。
「シーアが目を瞑った一瞬の攻防で、そこまで……」
コルメンスさんが呟きます。
「死を強く意識したことで、私の意識はゆっくりと間延びしていましたから」
タキサイキア現象、スローモーション体験とも呼ばれるものです。死の直前等で、時間がゆっくり流れる、あれです。
「考える時間が、多く取れただけです」
そうでなければ、一瞬で死んでいたでしょう。
「私がわかるのは、これくらいですね」
マクゼルトには手を出さないように、とだけ分かって欲しいです。万全の私でも、負ける可能性があります。あの人は、魔法をまだ使ってないんですから。
「お二人に、聞きたいことが」
コルメンスさんが、布を大切そうに両手で持ち、こちらに差し出します。
「開いてもよろしいですか?」
私の腕の中で涙を拭ったアリスさんが、コルメンスさんから受け取ります。
「はい」
布の上に、ちょこんと乗っかっているものは、木片?
「これ、核樹……?」
今の私でも、それは、分かります。
「美術館の中に、それだけが落ちていたのです」
事情を説明しなければ、いけませんね。
あの子の、想いを。
「あの日、司祭の攻撃が城壁へ向かっていった時、何かが城壁を守ったのは、知っていますか?」
「はい、そこまでは見えていたのです」
コルメンスさんが頷きます。
どうやって見ていたのかは分かりませんけれど、説明の手間は省けます。
「城壁を守ったのは、この子です」
アリスさんから受け取り、胸の前で握り締めます。
微かに、温もりを感じます。
「核樹が、ですか?」
「はい」
木が守るなんて、と思っているのかもしれません。
でも、核樹は奇跡を起こしたのです。触れたことで、あの時の推測は確信へと変わりました。
「あの時輝いていた核樹は、最後の灯火を、燃やしていたのです」
「最後の……」
私は、説明します。
神さまの降臨という、奇跡。それが生み出した第三の核樹は、意思を持ちました。
そして、自身の死が近いことを感じ取った核樹は、光り輝き、少しでも私達の想いを多くの人に届けようとしてくれました。
神さまの降臨。核樹の成長。そして、核樹の煌き。
これらは、巫女である私達の後押しとなってくれていました。
私達が道標となる。そんな想いを体現するように輝いてくれた核樹は、本来はあの日の夜までしっかり輝いてくれるはずでした。
ですけど、司祭の砲撃。
国の危機に際して核樹は、私達の想いを守るために、神さまが帰る事になってしまうのも厭わず、その命を燃やしてくれたのです。
核樹の本来の役目である、”神の森”、”神林”を悪意から守る力です。
司祭の攻撃に含まれた悪意を、弾き、魔法を成立させなくさせたのでしょう。
「核樹は力を使いきり、砕け散ってしまいました」
艶があった樹皮はかさかさになり、命の息吹はどこかへ去ってしまいました。
「本来、元の形に戻り、またいつか来るかもしれない奇跡を、待つ事も出来た核樹は、私達のために、その命を燃やし尽くしてしまいました」
視界が歪みます。涙が流れているのが、分かります。
「この子は、国を守った、英雄です」
多くの命と、想いを守り抜いてくれた。
「どうかこの子を、多くの人に伝えてください」
涙が核樹に当たります。少しだけ核樹が、光ったような気が、しました。




