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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
26日目、軋轢
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マナの王



 仄暗い大広間に、一人の人間が座っている。


「……」


 目の光が見えない。目を瞑っているのだろうか。

 けたたましい轟音と共に、扉が吹き飛ぶ。

 扉の向こうも暗いようで、光は差し込まない。

 椅子に座った男の横を何かが通り抜け、後ろから壁が壊れる音がした。


「……何事だ」

「”遠見”中でしたか、失礼しました」


 男の後ろから知性を感じさせる落ち着いた声が聞こえてくる。その者も男だ。


「帰ったぞ」


 扉の方からもう一人入ってくる。

 聞き覚えのある声だ。鍛えられた男の溌剌とした声。


()()()()()、説明せよ」

「あぁ。そこの大馬鹿が俺の倅を欲してな。くれてやる代わりに二回殴らせてもらっとる」


 ライゼルトの父でありながらライゼルトを容赦なく叩き潰し、リツカを亡き者にしようとした男が、椅子に座った男に説明している。


「そういう訳で、()()()が終わったところでございます」


 マクゼルトの一撃を受け、扉を破壊し、二十メートル以上ある大広間を一直線に吹き飛ばされた上に、壁にぶつかったはずの男は、何事もなくマクゼルトの説明に補足している。


「つーわけだ。もう一発いくぞ」

「好きにしろ。だが、我の方に飛ばすな。つい、殺してしまう」


 マクゼルトの確認のような言葉に椅子に座った男は答える。

 その答えに吹き飛ばされた男は、多少の動揺を乗せた声で言う。


「マクゼルト、頼みましたよ」

「あぁ」


 マクゼルトは頷く。

 だけど。


「俺の拳で死ぬかもしれんのに気にすんな」


 マクゼルトが消える。


「本――」


 本気ですね。と呟こうとしたけれど、続きを言う事は出来なかった。


「――フンッ!!」


 マクゼルトが短く息を吐き拳を叩きつける。

 殴られた男の顔は三日月のように歪み、椅子の男とは違う方向へ吹き飛ぶ。


 パンッ! と、衝撃波の様なものが発生し、空気が弾ける。

 目にも留まらぬ速さで男は壁へ、二度目の衝突をする。

 壁が大きく凹む。それだけでは事足らず、壁にひびが入っていく。


「やりすぎだ」


 椅子の男が嘆息する。

 壁が崩れ、外の景色が見える。光が差し込む――はずの部屋は、暗いままだ。


 ()がジェルの様に部屋を包んでいる。光を一切通さず、中の様子を隠し続けている。


「流石に、無傷とはいきませんね」

「チッ……」


 マクゼルトが舌打ちする。

 殴られた男は、頭と鼻、口から血を流しながら大広間へ戻ってくる。

 血を拭うと、その後から血が流れてこない。

 マクゼルトの殺意の篭った拳は、その程度の怪我しか生み出せなかった。


「約束は守りました。これで契約成立ですね」

「あぁ」


 マクゼルトがその場に座る。


「好きにしろ」


 マクゼルトの言葉に殴られた男は笑う、椅子の男に一礼し、部屋から去っていった。


「マクゼルト」

「なんだ」

「結果を聞こうか」

「知ってんだろ」

「お前の感想も言え」

「……分ぁったよ」


 面倒だな、と呟きながらマクゼルトは語りだす。


「戦争はどうでもいいだろ」

「あぁ」

「気になってんのはアイツだろ」

「……」


 椅子の男は認めなくないのか黙る。


「先に言っておく。アイツは俺が殺る」

「ほう」


 男が興味を向ける。


「あの大馬鹿には絶対やらねぇし、お前にも文句は言わせねぇ」


 マクゼルトを推し量るように睨む。


「万全のアイツとやる」

「……良いだろう」


 マクゼルトの抱いた興味に、男が興味を持つ。


「お前の手で殺して来い」

「あぁ。感謝するぜ、()()


 仄暗い大広間からマクゼルトが出て行く。


 我慢が出来ないと言わんばかりに、マクゼルトは笑う。筋肉が躍動する。すぐにでも動かないと暴発しそうだ。


 しかし、我慢する。

 万全の敵と、最高の状態で戦うためだけに――マクゼルトは備える。


「……」


 魔王の表情が歪んでいる。


「そう簡単にはいかない」


 声が闇に溶けていく。


「絶望と共に駆け昇るには、足りない」


 大きく裂けた口が、何かを呟いている。


「更に絶望しろ。赤と白の巫女」


 魔王の黒い、漆黒の目が闇と同化する。


「お前達の絶望を感じさせろ」


 完全に闇と同化した魔王の姿が、大広間から消えた。



 病院の一室に向かう足音が一つ。


「……」


 一人の影が、順調に病院の最奥へ向かっている。


「……」


 カツン、カツンとヒールの音が響く。


「……」


 最奥の病室、その前に止まり、暗い瞳で見ている。

 手が、扉に伸びる。


「何をしてるんでス」

「っ――!」


 少女の声が、人影の動きを止めた。


「その扉、開けないほうがいいですヨ」

「――」


 人影はまだ迷っている。


「中ではすでニ、巫女さんが魔力を練り上げていまス」

「っ……」


 人影が漸く、扉から離れる。


「西のアレ、見たでしょウ。大きいリツカお姉さん」


 少女が淡々と告げる。

 その程度の距離では、簡単に攻撃を受けちゃいますよ、と。


「どうして、()()()()()()が」

「エリスさんはフラフラでしてネ。ゲルハルトさんも隠してましたけど眠れてなかったようでス。だかラ、私が代わりニ」


 よっと、と椅子から飛び降り、人影に近づく。


「まァ、エリスさんでも拘束は簡単に出来たでしょうけド」

「……」


 人影が再び黙る。


「私の方ガ、怪我なく捕らえられるのですかラ、感謝してくださいネ。()()()()()

「何の事、でしょう」


 アンネリスは無表情でレティシアを見ている。


「嘘が上手になりましたネ」

「嘘も何も、捕らえられるような事は――」

「私達は魔力色が見えていまス」


 アンネリスの言葉を遮り、レティシアが告げる。


「先ほどかラ、眩しい銀色に混じって見えてますヨ。貴女の色ガ」

「……」


 レティシアが深い青を銀に滲ませながらアンネリスを牽制する。


「どうして貴女がリツカお姉さんヲ」

「……行動してみることにしたんです」

「行動?」


 レティシアが訝しむ。


「もし、ここまで来ても、私の心が拒否しなければ――」


 アンネリスが涙を流す。


「私はリツカ様を、憎んでいるんだと、分かりますから」

「それデ、結果ハ?」


 レティシアが眉間に皺を寄せ、尋ねる。


「……見えているのでしょう。私の魔力が」


 アンネリスが俯く。


「そして、アルレスィア様が警戒態勢を取っているのですよね」

「はイ」

「だったら、私は、憎んでしまっているのでしょう」


 アンネリスがその場に座り込む。


 リツカの病室の扉が開く。


「巫女さん?」


 レティシアが狼狽する。

 アンネリスに降り注ぐアルレスィアの魔法を幻視してしまうほど、アルレスィアの魔力は高まり続けている。


「貴女は罰せられたいだけです」


 アルレスィアが、感情の篭っていない声で告げる。


「リッカさまを恨んでしまったという己が許せずに、罰を求めてここに来たのでしょう」


 アンネリスは俯いたままだ。


 絶対に誰かが、この病室の前に居る。


 ゲルハルトの戦いは見れていないけれど、戦場に赴き戦う意思を見せた程だ、腕は確かなのだろう。


 エルタナスィアはヨアセムを縛った魔法がある。花が必要と思っているだろうけど、種でもいいし、極端に言えば、栄養素を持つ動植物ならば問題なく発動できる。


 そしてレティシアは、もはやこの国に知らぬものが居ないほどの魔女だ。

 暗殺など成功するわけがない。


「貴女の気持ちは分かります。私はリッカさまを失いかけたのですから」


 アルレスィアがリツカの方に視線を向ける。


「ですけど、それは貴女も同じです」


 アンネリスが、その言葉に顔を上げる。


「まだライゼさんは死んでいません」


 瞳を揺らし、アンネリスが真意を測ろうとしている。


「可能性を捨て、ライゼさんを殺しているのは貴女ですよ」

「――」


 アンネリスの目が見開かれ、何かを言おうとする。だけど、何も言えなかった。


「リッカさまを狙った事は赦せませんけれど、私は何もしません」


 もうアルレスィアはアンネリスを見ていない。


「良く考えておいてください。リッカさまが起きるまでに」


 アルレスィアは、病室の奥に向かう。

 それをレティシアが追いかける。扉を閉める時、アンネリスの方を見たけれど、前髪が邪魔で、表情は見えなかった。



「巫女さん言いすぎです」


 レティシアが、流石にキツく言いすぎでは? と問う。


「私は、皆さんと出会った時から見せ付けています」


 アルレスィアはリツカの傍に座り込む。


「私にとってはリッカさまが最優先であり、リッカさまが全てです」


 少し汗ばんでいるリツカの頬と額を拭う。


「リッカさまに殺意を向けた人に、手加減する必要はありません」


 アルレスィアの声は、無機質だった。


 もしアンネリスが贖罪ではなく、本当の殺意を持っていたならば、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は容赦なく、アンネリスを貫いただろう。


「あのアンネさんに悪意はなかったのですか?」


 レティシアが尋ね、廊下を見ている。

 廊下に歩く音が響く。来た時と違い、擦る様な音がしている。


「ありましたけど、感染はしていません」

「ただの恨みであったと」

「はい」


 レティシアが考え込む。


 アルレスィアは相変わらず、リツカを撫でている。


「……魔王の関与、疑ったほうが良さそうですね」


 レティシアの結論に、アルレスィアは頷く。


「今のアンネさんは感染の危険性が高いです。注意だけはお願いします」

「注意だけで良いんですか? 監視とかは」

「もし感染すれば真っ先にここを目指すでしょうから」


 レティシアが手を叩いて納得する。


「なるほど。つまり?」


 そして、アルレスィアに尋ねる。

 答えは、分かっているけど一応。


「”光”を打ち込みます。容赦なく」

「まぁ……仕方有りませんね」


 レティシアは諦め顔で、廊下に出ろうとする。


「それでは、廊下に居ます」

「そちらのベッドで仮眠を取ってください。お疲れでしょう」


 アルレスィアが引きとめる。


「いえ、私は若いので――」

「私に嘘は意味有りませんよ」


 レティシアがそのまま廊下に出ようとするけれど、アルレスィアが強くとめる。


「……リツカお姉さんとは別の意味で厄介です。どんなカラクリです?」


 レティシアを見ることなく嘘を見破ったアルレスィアに、レティシアは瞠目する。


「内緒です」


 アルレスィアはチラとレティシアを見て、リツカに視線を戻した。



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