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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
26日目、軋轢
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巫女の居ない日常④



 王宮、謁見の間にて多くの冒険者と兵士が集っている。


「陛下、ありがとうございます……」

「いや、お礼を言うのは私の方だ。国を、国民を守ってくれて、ありがとう」

「もったいないお言葉です……!」


 コルメンスが、国の為に尽力した英雄たちを一人一人に感謝を告げている。


「女王陛下まで……」

「皆さんのお陰で多くの命が救われ、今の平穏があります。冒険者、兵士の皆さんを誇りに思っています」

「……はいッ!」


 人外の化け物に屈することなく勇気と信念を以って立ち向かった英雄達に、エルヴィエールが最大級の敬意を表す。


「皆と共に戦い、しかし、帰ることが出来なかった者たちが居る。辛く、受け入れ難い現実だ」


 コルメンスの言葉に、仲間を失った者たちが黙祷を捧げる。


「――しかし、我々は立ち止まる事は出来ない。何故なら……先の戦いがまだ、序章でしかないからだ」

「魔王の手の者が現れたとはいえ、敵は未だに謎のままです」


 コルメンスとエルヴィエールの言葉に、冒険者と兵士たちが、恐れを滲ませた顔を向ける。


「戦いを終えたばかりの君達に酷なお願いをするようだが、この国に生きる者たちのために、再び立ち上がって欲しい」


 頭を深々と下げるコルメンス。それに続き、エルヴィエールも頭を下げる。


 強制はしていない。でも、コルメンスとエルヴィエールが頭を下げたことで、選択肢は限られている。


 二人は心を鬼にして、国民を守るために、一人でも多くの戦う者を求めている。


 その場に居る者達が、敬礼をする。

 震えを隠し切れない者たちが多い。

 戦場で仲間を失う事は、少なくない。だけど、彼らの脳裏にこびり付いたままだ。


 的当てでもするかのように、盾の隙間を縫い魔法を当ててくるマリスタザリア。その表情は実に楽しげだった。


 当たれば、声をあげ嗤い。外せば、地団駄を踏む。

 必死に強く張った盾を、殺意の込められた棍棒や拳が叩きつけられる。


 六体の集団ともなれば、絶望してしまう程のマリスタザリア。それが、視界を埋める程の数現れたのだ。


 イェルクが吸収するまでの間ずっと耐えていた冒険者たちにとって、またその恐怖に耐えてくれという嘆願は、死の宣告に等しい。


 それでも、ライゼルトの残した言葉は多くの戦士たちに受け継がれている。

 後ろに居る、守りたい者たちのために、彼らは再び戦場に立つのだろう。



 冒険者と兵士達が下がる。


「……」

「コルメンス様」

「あぁ、大丈夫だよ」


 死地へ送り出す彼らも、この国の民だ。心を痛めない訳が無い。


「次は病院です」

「そうだね」


 これから入院中の冒険者たちの元に行くようだ。

 入院しなければいけないのは、重体者のみ。そのため、ただのお見舞いだ。


「会う事は出来ないだろうけど、様子だけは聞きに行こう」

「はい。エリスさんが居るはずですから、容態を聞きましょう」


 リツカのお見舞いにも行ってくれるようだ。

 

「そういえばシーアが護衛に、ウィンツェッツさんを配置してくれたそうです」


 エルヴィエールがコルメンスに伝える。遠くから見守る形にしたから邪魔にはならないとレティシアが言っていたと、苦笑いを浮かべている。


「ウィンツェッツさんを?」

「はい。自分は他にやることがあるから、と」

「珍しいね、シーアが君を他に任せるなんて」


 いくら同じ担当を持った、見知った冒険者仲間とはいえ、レティシアがエルヴィエールを任せることは今までないことだった。


「それとなく聞いたのですけど」


 エルヴィエールが頬を染める。


「エルヴィ?」

()()()()()()()()()()、保険程度です、と」

「――!」


 コルメンスが狼狽する。

 レティシアの声で、結婚するんだから、リツカお姉さんと同じくらいしっかり守ってください。という言葉が、コルメンスの頭の中に流れた。



「やっと出てきたか」

(遠くから見守るって話だったな)


 不本意な様子で二人の護衛を開始する。


(まぁ、人間観察の一環だな)


 少しはマシになったと思っていたウィンツェッツは、現実に打ちのめされた。

 ヨアセムから洗脳されかけ、ライゼルトの戦場では守られ、マクゼルトとは戦う事すら許されなかった。


(必要あるとかねぇとか、言ってる場合じゃなかったな)


 アンネリス担当五人の中で、ウィンツェッツは自身が最弱であると、認めた。


 ライゼルトとリツカは頭一つ上だと知っていた。レティシアは魔法だけと思っていたけど、その魔法の汎用性が高すぎる。レティシア一人で出来る事の多さは、選任冒険者百人でも足りないだろう。


 そしてサポートだけだと思っていたアルレスィアは、誰も知らない魔法で西の戦場に終止符を打っている。


(俺が一番弱い)


 そこからスタートする。


(赤いのを超え、ライゼルトを超える)


 そうでなければ、東でディルクに語った事が嘘になってしまう。


(嘘吐きの阿呆はライゼだけでいい)

()()()()()ぶん殴ってやるから覚悟しておけ」


 ここにはいないライゼルトに宣言する。

 ただ殴るだけではなく、真剣勝負の中で殴り飛ばすと。

  

 幼い頃の稽古、この街に来てからの稽古。

 ライゼルトとの長い稽古生活で、一度も攻撃を当てた事の無い男が、決意していた。


 病院に向かっているコルメンスとエルヴィエールを国民たちが見ている。


 権力者は、国民が不安な時こそ自然体で居た方が良い。エルヴィエールはコルメンスにそう教え、コルメンスはしっかりと守っている。


 顔色を窺っている国民達は、普段通り落ち着いている二人に安堵しているようにみえる。

 

「やはり、人が多いですね」

「そうだね……」


 病院側の人間が足りていない。

 待ち時間が多く、お見舞いに訪れた者たちにも疲労が見える。


「陛下、女王陛下、お待ちしておりました」


 院長が二人の下にやってくる。


「急に申し訳ない。今大丈夫かな?」

「はい、もちろんです。()()()()()参りましょう」

「冒険者と兵士たちの下へ。出来れば全員周りたいのだけど」


 コルメンスは考えることなく冒険者たちの方を選ぶ。


「意識の無い方々ばかりですが……」

「構わないよ。ご家族の方が居れば、感謝を伝えたい」

「分かりました」


 院長に二人がついていく。


 

 来院していた者たちが二人の登場に頭を下げるけど、二人はそれを制し、逆に頭を下げる。


 病院は静かにするところ、騒がしてすまない。と意味を込めて。


「お二人が、どうしてここに……?」


 家族と思われる者たちが、二人の入室に驚く。

 冒険者たちの部屋は、六人が入れる大部屋だった。病室が圧倒的に足りていない。


「国のために尽力してくれた者たちのお見舞いへ」

「ありがとう、ございます。ですがまだ皆さん、意識が……」

「はい。ですから、ご家族の方々が居れば、まずは感謝を伝えたかったのです」


 眠る者、痛みに呻く者、荒く息を吐き苦しむ者が居る。

 

「退院後、ご家族の皆さん含め、是非王宮へお越しください」

「はい、そう、伝えます」


 褒章を王宮で渡すそうだ。


「お大事に」

「ありがとうございました」


 二人が病室を後にする。

 その後、一室ずつ訪ねていくけれど、起きている者はいなかった。


 生命力でもある魔力が著しく消耗している。

 起きれるか、怪しい。


「入院している方たちは、なんとしても助けます」

「よろしくお願いします」


 院長の力強い決意に、コルメンスの頭が自然と下がる。


「では、あちらへ」

「はい」


 病院の一番奥の特別室に向かう。

 

 一度入り口側へ戻らなければいけない。


「リツカ様は面会謝絶だって」

「面会謝絶?」

「今日は会えないの」

「そうなんだ……」


 一人の少女が残念そうに俯いている。母親と思われる女性が頭を撫でているけれど、少し不満顔だ。


「また来ましょう?」

「うん」

「そうそう、お父さんが帰ってくるらしいわ」

「無事だったの?」

「えぇ、南の方は全然でなかったみたいね」

「よかった……」


 南では牧場に集中していたため、街道は無事だったと報告を受けている。


「……」


 少女がリツカの病室の方を見ている。

 リツカの病室は公表されていない。

 子供特有の何かが、リツカの方を向かせたのかもしれない。


()()()()、行くわよ」

「はい、お母様」


 少女が病院から立ち去る様子を、コルメンスは微笑ましそうに見ていた。


「エリスさん」

「エルヴィ様、陛下も」


 エルヴィエールがエルタナスィアに声をかける。

 エルタナスィアの目の下に隈が薄っすらと見える。


「まさか寝てないんですか?」

「そうですね……」


 エルタナスィアが力なく笑う。


「シーアを呼びましょうか?」


 エルヴィエールが心配そうに提案する。


「いえ、ゲルハルトがすぐに戻ってきますから」

「ゲルハルトさんはどちらに?」


 コルメンスが周囲を見渡している。


「シーアちゃんが、リツカさんの剣を拾って来てくれたそうで、それを受け取りに王宮へ」

「入れ違いになってしまったようですね……」


 エルヴィエールが声を落とす。



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