巫女の居ない日常②
「アンネ」
ロミルダが扉を力強く叩いている。
「入るよ」
合鍵を使い中に入る。
女性のひとり暮らしだったため、ロミルダが鍵を預かっていた。
返そうかと思っていたけれど、思わぬ形で役に立ってしまったようだ。
「アンネ」
「……」
ロミルダの呼びかけに、アンネリスは応えない。何か後ろめたそうにしていることに、ロミルダは気付いた。
「あんた、昨日ギルドから帰って何してた?」
「何も……」
「だろうね」
ギルドで見たものと同じ服を着用し、髪はぼさぼさだ。
「何があったんだい」
「……」
言うか迷っているアンネリス。
相手が仲の良いギルド職員ならば少しだけ話すだろうけど、ロミルダが相手では、話すか迷ってしまう。
友人であり、よき理解者であるロミルダだけど、彼女はリツカも気に入っている。
そんな友人にこんな事を話すべきではないと、アンネリスは思ってしまう。
だけど――。
「私、リツカ様に、酷い事を……」
懺悔する信徒のように、話し出す。
「……話しな」
ロミルダが眉間に皺を寄せながら促す。怒っているわけではないようだ。
「ライゼ様が、あのような事になってしまったのは……。リツカ様のせいだと、思ってしまったの……」
「……」
ロミルダは、リタから聞いている。リタもレティシア提案の揉み消しに賛同したけど、ロミルダにだけは話す許可をもらっていた。
アンネリスがそう考えても仕方ないと、思っている。
だけどロミルダの表情は、アンネリスの思考は納得は出来ないと物語っている。
「違うって頭で分かっていても、止まらない……!」
顔を押さえ、蹲る。
アンネリスがギルドにも顔を出さなかったのは、もしリツカが起きてその場にいたら、顔を合わせることも出来ないと考えたから。
(リツカちゃんが良い子だから、余計に苦しんでるみたいだねぇ)
ロミルダがため息をつく。
アルレスィアが関わった場合のリツカは、非常に人間味溢れるけれど、関わらない限りは聖人とさえ思える程に、寛大だ。悪人はその限りではないけれど、他の人から見れば悪人にも寛容だろう。
本人が自身をどう評価していようとも、周りからはそう思われている。
他者を恨まず、自分の非を認め、改善しようとする。ライゼルトが潔癖、レティシアが高潔と称したリツカは、今のアンネリスには眩しすぎて、逆に――苦しめている。
「それに関しちゃ、私からどうこうは言えないね。あんたの気持ちも分からんでもないからね」
大切な人を失くせば、何もかもマイナスに考えてしまう事もあると、ロミルダは考える。
「愚痴くらいなら聞いてあげるよ。全部吐き出して、自分で解決しな」
「ありがとう……」
自分の気持ちに整理がついていないだけだ。
吐き出し、整理すれば、少しは落ち着くだろうと、ロミルダは思う。
誰かに言われて無理やり納得させても、アンネリスの心は晴れないだろうから。
ロミルダが先にアンネリスの所に行くと言ったので、リタは一人、病院に向かった。
「あれ? どうしたの」
病院内に見知った顔があったので、声をかけるリタ。
「……お見舞い」
「一緒だ。行こ行こ」
雑貨屋のラヘルが、リツカのお見舞いに来ていたようだ。リタが一緒に行こうと背中を押す。
「……面会謝絶だって」
「そうなんだ……」
リタに押されながら、ラヘルが残念そうに言う。
背中を押すのをやめ、病院内を見回す。
先の戦いで怪我人が多く出たため、病院内は慌しい。
「意識ないだけって……ギルド発表があったけど……」
ラヘルが、リツカの心配をしている。面会謝絶になるほどに、本当はひどいのではないのか、と。
「ギルドは、正しいよ。私は見てたから」
リタが少しおろおろとしながら答える。
「……そっか」
リタの反応にラヘルが益々不信感を持つけれど、深くは聞かなかった。
嘘をつけるような子ではない。そんなリタが嘘をついているという事に、ラヘルは事の重大さを感じている。
早朝に、ギルドからの正式発表があった。
・防護壁への傷はあるものの、修理が必要な程ではない。
・家畜、ペットが全滅してしまった。
・家畜に関しては、周辺の街などに交渉に行くとの事。しばらくは、備蓄分と魚野菜を主として欲しい。
・冒険者、王国兵の死者は六十三名。重傷、重体合わせて百十五名。犠牲者と怪我人の名前が一人一人書かれている。
・一般人の死者はいない。
・ライゼルト・レイメイ様に関しては、消息不明であり、生死の確認は出来ていない。
・噂されている、ロクハナ リツカ様の容態は現在、完治はしているものの、意識不明。意識が回復次第、続報を発表する。
・此度の戦いは魔王が本格的な進軍をしてきたものであり、敵幹部と思われる男も確認されている。
・ギルド襲撃未遂のヨアセム・タルァル、西の戦場にてマリスタザリアを指揮していたイェルク・コロツ両名の死亡を確認。背後関係の洗い出し中。
・多くの人が目撃してしまった、冒険者数名によるリツカ様への背信行為に関しては、現在容疑者を取り調べ中。
・周辺にマリスタザリアになりえる生き物は存在しないが、十分に警戒するように。
そう発表がされたため、街は落ち着きを取り戻している。
魔王が動いたという不安はあるけれど、なんとか、首は繋がっている。
多くの犠牲と、ライゼルトの行方が知れない事で、国民達は素直に喜べないけれど、大きな戦いであったにも関わらず普通の生活が出来ている事に安堵している。
「ラヘルはさ」
「……?」
「あの戦いが、一人を、殺し……たい為だけに起きた戦いだったら、どう思う?」
リタは、もしあの事がバレた時、皆がどう思うか、知りたいようだ。
「……私は仕方ないって思う」
「仕方ない?」
「……巻き込まれた側は、可哀相だけど……狙われた人が悪いって思えないから……」
ラヘルは何となく、誰の事を言っているか分かっているようだ。
「巻き込まれないようにって……してくれたから、でしょ?」
ラヘルが視線で後ろを指す。病室が並んでいる方向だ。
「リタが思ってるようなことには……ならないと思う……」
「――そっか」
リタがニカッとはにかむ。
リタは怖かった。
もし、リツカを狙っての戦争となった場合、リツカが責められてしまう事が。
仲間の裏切りに遭おうとも、圧倒的な敵と対峙しても、絶望的な状況で敵の攻撃を受けようとも、只管に国と大切な人を守り抜いたリツカが、責められるのが。
だから、事情を知らないラヘルで確認したかった。
聞けた言葉は、リタには嬉しいものだった。だけどそれはラヘルだから出せた答えだ。
人は絶望を知り、大切な人を失った時、壊れてしまう。前を向いていられる者は少ない。
アンネリスとライゼルトが想定していた事だ。
犠牲が出た時、巫女二人に降り注ぐ、絶望の叫喚。その為の理解者作りは完璧だったと言わざるを得ない。
だけど、アンネリスは想定していなかった。
自身がそうなる事を。自身が――失う側だった時の事を。
失った者達がリツカの所為と知れば、行き場の無い怒りや虚無感、喪失感が全て二人に向くだろう。
そしてリツカとアルレスィアは、自身に重ねる。もしアルレスィアもしくは、リツカが居なくなったら、と。
だから二人は受け入れてしまう。
そして、絶望をぶつけた人間は後になって、後悔するだろう。その後悔すら、マリスタザリアの餌となる。
後悔してしまうと分かっていても、巫女二人は、受け入れる。
そう思っているからこそ、レティシアはかん口令を布いた。
これから魔王を倒すために動かなければいけないのに、二人に無駄な気苦労をかけるわけには、いかないから。
「リタは……全部見たんだよね……」
「途中までだけど、見たよ」
イェルクの一撃が撃たれるまで、広場に居る者たちはリツカ達の戦いの全てを見ていた。
「仲間から撃たれた時も……?」
「……うん」
思い出すのは、鮮血と苦痛に歪んだ表情。アルレスィアの呆然とした表情とレティシアの怒り。
「リツカ様は……どう思ったんだろう……」
「分からないけど、その後も、戦ってくれたよ。国に近づけないために、一番前で」
「……やっぱり、どんな理由があっても……責めたらいけないと思う」
リタの言葉で、ラヘルは自分が間違っていないと確信する。珍しく声を張ったラヘルの言葉に、リタは楽しげに歩く。
「嬉しそうだね、リタ。もしかしてリツカちゃん起きたのかい?」
ロミルダが病院にやってきた。
リタが余りにも嬉しそうだったため、リツカが起きたと思ったようだ。
「いや、面会謝絶だって。私が嬉しいのは、まぁ、ラヘルのお陰」
「……」
リタの言葉に、ラヘルが照れる。
「そうかい。でも、嬉しいからってだらしなく笑うんじゃないよ」
紛らわしい事するんじゃないよ、と呆れる。
「だ、だらしなくない!」
「……だらしないよ?」
「ちょっとラヘル!?」
突然照れるような事を言ったリタに、ラヘルがチクリと刺す。
元の生活に一刻も早く戻るために、沈んでばかりもいられない。
三人が和気藹々と、商業通りに戻っていく。
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