戦いの跡④
《お師匠さんのお陰で私達は助かりましたシ、何より敵との戦闘でしっかりと情報を残してくれていましタ》
レティシアが調査結果を報告する。
《マクゼルトは”雷”か”風”の魔法を使うみたいでス。私の知らない魔法であれば、その限りではありませんけド》
魔力の色が見える程感受性が高ければ、相手の魔法がどのような物であったかを推測するくらいは出来るようだ。
これは、アルツィアも知らなかった事ではあるけれど、子は常に、親の想像を超えていってくれる。
《”雷”が攻撃、”風”が補助、防御と思われまス》
「攻撃に使われた”雷”は、ライゼさんの物か……」
コルメンスの言葉に、レティシアは肯定しつつも可能性を示唆する。
《マクゼルトが”雷”を使う可能性もありますかラ、注意は必要でス》
リツカにとって天敵とも言える”雷”。魔法を多種扱えるレティシアやアルレスィアには防ぐ手段は多いけれど、強力な魔法であることに変わりは無い。
《”風”も気になってまス。補助は”疾風”として、”風”の防御を率先して使う人を始めて見ましタ》
「”風”は機動力だ。受け止める防御には向かない」
《そうでス》
コルメンスの補足にレティシアが賛同する。
《癖のある魔法の使い方でス。生前のマクゼルトの調査を提言しまス》
「引き受けよう」
《ありがとうございまス》
レティシアの提案に、コルメンスは即答する。
《後魔王ハ、リツカお姉さんが言ったようニ……詠唱なしで魔法を発動させられる可能性がありまス》
マクゼルトが、リツカの言葉なしの魔法発動を見て呟いた言葉を参考に、レティシアが予想する。
「リツカさんのはあくまでも暴走。もし魔王が自由自在に出来るのなら、脅威ですね……」
エルタナスィアが応える。
「強い想いで、無理やり発動させるのでしたね」
エルヴィエールが驚愕に瞳を揺らす。
《話には聞いていましたけド、実際に見ると驚異的でス。発動のラグはなク、魔法を瞬時に纏いましたかラ》
「初めて魔法を発動した時に、その状態になりました。その際は本人曰く、全力の”強化”以上、”抱擁強化”未満のものだったと」
レティシアの言葉を補足する形で、エルタナスィアが言う。
「今回は、どうでした?」
《”抱擁強化”でしタ。でモ、纏った魔力が粗かったのデ、イェルク戦の時より力を発揮できていませんでしタ》
執務室の空気が重くなる。
「そのリツカ殿を見て、嗤い、魔王と一緒だな、と余裕のある発言をする」
ゲルハルトが確認するように言う。少し声が震えているのは、怒っているからだろう。
「……魔王は間違いなく、その時点のリツカさんより強いという事です」
エルタナスィアが告げる。
魔王の底知れない力の一端に触れ、消沈する。
「ですけど、その為の二人です」
「そうです。アルツィア様は初めから、一対一を想定していません」
エルタナスィアとゲルハルトが、その場の空気を押しのける。
「リツカさんとアリスならば、大丈夫です」
力強く宣言するエルタナスィアに、場に活気が戻る。
この場に居るもの達で、リツカが起きないかも、などという考えを持つ者は居ない。
《私からの報告はこれくらいでス。お二人は私が見ておきますのデ、お姉ちゃん後はお願いしまス》
「えぇ、お願いね」
《でハ》
レティシアが”伝言”を切る。
「エリスさん、食事にしましょう」
「いえ、リツカさんとアリスが――」
「今日はシーアが見てくれるそうです。寝ていないのでしょう? 今は休みも必要です」
エルヴィエールがエルタナスィアの腕を引き無理やり連れて行く。
二人の事が心配なエルタナスィアは乗り気ではない。ある理由も、関係している。
だけど、それも計算のうちだ。
「シーアなら、アルレスィアさんも受け入れてくれるでしょう」
「そう、ですね。私が倒れてしまっては、シーアちゃんに負担がかかりますね……」
エルタナスィアが、交代を受け入れる。
アルレスィアは今、病室に篭っている。エルタナスィアとゲルハルトしか病室に入れない。
でも、レティシアならば、アルレスィアも入室を許すだろう。
リツカに近づく不安要素を、アルレスィアは徹底的に排除している。
仲間の裏切りに会い、傷つき。更に、自分を餌に使われた。リツカが狙いだったと、気付けなかった。自分が不甲斐ないばかりに、リツカは今も、生死の境を彷徨っている。
治療はすんだ。輸血もした。最善をつくし、命を繋いだ。だけど、その糸は余りに脆い。
リツカが戻ってくるかは、リツカに生きる意志があるかどうか。
アルレスィアはリツカの傍から離れようとしない。離れたら、戻ってこない気がして、離れる事が出来ない。
病室にシャワー室やお手洗いはあるけれど、食事は、外に行くしかない。
エルタナスィアが心配してやって来たとき、アルレスィアからお願いされて食事の世話をした。
エルタナスィア自身、リツカが心配で眠れなかったようだけど、それ以上に心配なのはアルレスィアの精神状態だった。
昔、まだアルレスィアが子供だった頃に見た暗い瞳。その瞳はまだ、希望や期待を感じていたのだと思える程に、今のアルレスィアの瞳は何も映していなかった。
命を燃やし、細い腕で守りぬいたリツカは、眠る。
意識はないけれど、傍に居るアルレスィアを感じて、安心しきった表情で。
アルレスィアの瞳はリツカだけ映している。
アルレスィアの頭の中に、アルツィアとの会話が蘇る。
――王子様かは分からないけれど、いつか会える。世界は応えてくれる。
「アルツィアさま、どうか――リッカさまを、助けてください……」
眠るリツカの手を両手で握り、祈るように、額へ当てる。
白銀の輝きが、暗い病室を照らす。
魔法ではなく、ただの魔力の発露。
リツカに自分の存在を知らせる為に、傍に居ると伝えるために、アルレスィアが煌く。
「――」
リツカの手が、アルレスィアの手を握り返す。
「リッ……」
起きたのかと思い顔を上げるアルレスィアだけど、硬く目を閉じたリツカを見て、落胆する。
だけど、リツカは、アルレスィアの手を握り続ける。
「リッカさま……」
アルレスィアに、元気を出すようにと言っているかのように、優しく握り続ける。
「わた――し、は」
「っ――」
「ここ、にいる、よ」
ただの寝言だけど、リツカが見せた大きな反応に、アルレスィアは涙を流しながら、笑顔を見せた。
「私も、此処に居ます」
アルレスィアは安堵する。リツカはちゃんと、帰って来ようとしていることに。
後は、待つだけ。
「いつまでも、お待ちしています」
アルレスィアはリツカの頬を撫で、流れた涙を拭った。
東の戦場で、ウィンツェッツが立っている。
「……」
「どうした」
ディルクが声をかける。
「なんでもねぇ」
「お前がこっちにいても、北の犠牲が増えただけだぞ」
「……」
ウィンツェッツが見ていたのは、血痕。そこからディルクが推察した。
「覚悟してた連中が、力不足で死んだ」
ウィンツェッツの言葉は、死者を貶すような物だったけど、ディルクは咎めない。
「そう、思ってんだけどよ」
ウィンツェッツの後悔とやるせないといった表情を見れば、それが本心ではないと思っているから。
「アイツら、良い奴だったからな」
ウィンツェッツは、取っ付き難い性格だ。爪弾きにされてもおかしくない程に尖っている。
そんなウィンツェッツに、気さくに接した仲間たちが、東の戦場に居た。
「後悔くれぇ、すんだろ。隊長さんよ」
「……あぁ」
王国内に戻っていくウィンツェッツをディルクが見送る。
「あの阿呆親父もそうだ」
「ライゼか」
「俺に嘘をついた事を後悔させてやる」
刀を抜き、刀身を見る。
太陽に当たり、うっすらと刃紋が浮かび上がる。
「全員の前でボコる」
「お前じゃ、逆にボコられるんじゃねぇか?」
「アイツがどこかで怠けとる間に、俺の方が強くなんだよ」
”疾風”でウィンツェッツが消える。
ディルクは苦笑いで肩を揉む。
「あいつ、仕事サボりやがった」
ため息を吐いて、”伝言”で代わりを呼んだ。
ギルドでは、アンネリスが机で作業をしている。
「アンネくん」
「はい」
ギルド長がアンネリスを呼ぶ。
「今日はもういいよ」
「まだ業務が残っています」
「書類、全然進んでないじゃないか。休んだ方がいい」
「……」
アンネリスの前には、白紙の紙が散乱している。
今日のアンネリスは、ロミルダが来た時以外、ずっと机の上の紙を見続けていただけだ。
ギルド長は、仕事が進んでない事を糾弾するというより、心配しているような声で、アンネリスに提案している。
「ライゼルトさんの事は――」
「ライゼ様はっ!!」
ギルド長の言葉を、机を叩き立ち上がる事で、止める。
「ライゼ様は、生きています……」
アンネリスは、そう呟いた後、ギルドから走り去った。
「何してるんですか。ギルド長……」
「いや、ライゼルトさんなら大丈夫と言おうとしたのだけど」
「今のアンネにライゼさんの名前出したら、ダメって言ったじゃないですか……」
職員の一人がアンネリスを目で追いながらギルド長を責める。
ライゼルトが一方的にデートの誘いをしていたのは、職員たちには有名な話で、アンネリスが基本的に断っていたのは知っていた。
だからライゼルトの片思いで、アンネリスが折れて付き合い始めたのだと、最初は思っていた。
元々感情を見せず、表情の変化も乏しかったアンネリス。このギルドに国王補佐の一環として来た時など、怒っているのか喜んでいるのか、全く分からない程だった。
そのことに関しては後から、アンネリス本人が緊張していただけと明かしている。
そんなアンネリスが、ライゼルトと付き合い始めて表情が柔らかくなり、感情が豊かに見えるようになった。職員達は、両思いだったのだとその時に知った。
アンネリスは確かに、幸せの絶頂に居た。
(どうにも、ならなかったのでしょうか)
アンネリスが自問する。
ライゼルトが生き残るために、何か出来なかったのかと考えている。
(増援を送るのが、遅かったのでしょうか。レティシア様が言う事も尤もでしたが、ウィンツェッツ様に先行してもらった方が良かったのでしょうか)
フラフラと街中を歩く。
周りの人間が心配そうに見ているけれど、事情を知っているからか、声をかけることが出来ない。
(リツカ様が、狙い、だったと。リツカ様が――)
アンネリスが立ち止まる。
「私は、何、を……」
自分が、そんな事を考えるとは思っていなかったのだろう。
リツカが居なければ良かったと、考えてしまうとは。
リツカなら、「そう思われても仕方ない」と言うだろう。リツカを亡き者にするための戦い、その所為で多くの命が奪われた。
きっと国から出て、誰にも迷惑がかからない様に行動するだろう。
アンネリスがリツカを責めずとも、そうなる。
だけど今までの間、”巫女”二人の為に動いていた自分が、リツカへの八つ当たりをした事に立ち止まる。
(リツカ様を責めるなんて、私は何を)
最善を尽くしてくれた。リツカが居なければ、国内で悪意が溢れていた。リツカが居なければ西の進軍は止められなかった。そもそも、リツカがこの世界に来てくれなかったなら、遠くない未来全てが消える。
アンネリスがリツカへの思いを、一つ一つ確認していく。
(憎むべきは、敵のはずです。リツカ様を恨むなんて、間違っています)
それでも、思考が巡っていく。
アンネリスは自分の感情を抑える事が出来ない。
(ライゼ様、私、は……)
家路につくアンネリスの目が病院に向く。
その目に少しだけ、憎しみが見えた気がした。




