戦いの跡②
西の戦場で、何人かの人影が見える。
「レティシアさん」
「はイ」
「そっちはどっすか」
「何もないでス」
「うす……」
レティシアと冒険者数名は、ライゼルトの痕跡を探していた。
(洗脳とやらは、もう効果がないようですね)
リツカお姉さんを撃った人達は面会を求めましたけど、私と巫女さんで止めました。
リツカお姉さんが狙いだったと知った後に、一度裏切った人達をリツカお姉さんに会わせるなんて選択肢はありません。
まだ、私達は疑っています。
謝罪の機会を奪われた冒険者方は今拘置所で聴取を受け、精神鑑定を受けてます。
それで正常と判断されても、巫女さんは会わせようとしないでしょうけど。特に今はまだ、リツカお姉さんの意識は戻っていませんから。
(ま、会わない方がいいと思いますけどね)
巫女さんのあの魔法、リツカお姉さんが意識を戻していない現状で無駄な魔力は使わないでしょうけど、きっと、あれを使ってでも、赦してはくれないでしょうね。
本当であればあの魔法の詳細を聴きたいですけど、聴くべき時ではないと分かっています。
(リツカお姉さんが起きたら聴きましょう)
それにしても、いつになったら起きるのでしょうね。起きないなんて選択肢は持ってません。当然です。
「レティシアさん」
「なんでス?」
「……俺達、疑われちゃってます?」
「はイ」
こういうのははっきり伝えた方が良いです。
「誰がどんな魔法で洗脳を受ケ、それの持続時間と効果、洗脳の効果が出てくる条件、何も分かってませんかラ」
アンネさんと野蛮さんが言うには、触れられた後に体の中に意識が侵入してきた、と言ってました。
それは、洗脳しきる前に離れれば効果はないようです。
アンネさんは野蛮さんが、野蛮さんはエリスさんが救ったそうです。
持続時間ですけど、どうやらギルド職員は、アンネさん以外の全員が洗脳を受けていたようです。
アンネさんが受けてなかったのは一重に、お師匠さんが常に気をかけていたからと、リツカお姉さん巫女さんに会う頻度が高かったこと、そして、そもそもヨアセムって人と二人で会ってないって事です。
そのことから、洗脳をかけてしまえば後は好きなタイミングで発動させられるようですね。
そうでなければ、触れなければいけない洗脳を短時間で、大勢にかけたっていう訳の分からない事になってしまいます。
効果は、幅が広いです。
職員がヨアセムの縄を解いた事、ヨアセムがギルドから出るのを黙認した事、そして、リツカお姉さんを魔法で攻撃した事。
魔法は想いの結晶。
想いがなければ発動しません。
つまり、洗脳で無理やり発動した魔法なんて、弱いどころかただのそよ風にもなりません。
それなのに、”抱擁強化”中のリツカお姉さんに重傷を負わせた事を考えるに、想いは本物だったという事です。
(リツカお姉さんを敵として誤認させたってことでしょうか)
とにかく、どんな洗脳を受けたかは分かりませんけど、いくらでも被害を出せるって事です。
タイミングについては、よくわかりません。
もし、あの時の拘束班がリツカお姉さんを敵として認識していたなら、どうして私たちとお兄ちゃんが話している時に敵対しなかったのか、という問題が出てきます。
任意のタイミングだったとして、あの完璧なタイミングでの裏切り、見ていたかのようです。
ヨアセムを倒せたのは大きいですね。エリスさんのお陰です。
このままヨアセムが生きていたら、仲間割れが起きそうです。現に起きかけてますし。
まぁ、魔王側に洗脳使いがもう居ないのであれば、ですけど。
「疑っては居まス。だからもシ、攻撃してきたら容赦しませんのデ」
「う、うす」
顔が青ざめてますけど、私相手なら安心していいですよ。痺れて溺れて凍るだけです。
巫女さんとリツカお姉さんを狙っちゃったら覚悟してください。アルツィア様に一足先に会って、ドゲザでしょうから。
「マ、洗脳をかけた本人は死んでしまっているんでス。もう効果がないって思うのが普通なんですけどネ」
「そう思えない理由が、あるんすね」
「”洗脳”なんて聞いた事ありませんかラ、用心ってやつでス」
この国に来てから、知らない魔法が増えちゃいました。『エム』の名を返上した方がいいとさえ思います。
影に潜る魔法、洗脳、抱擁、強化、拒絶、そして、巫女さんのあの魔法。
イェルクが王都に向けて撃った謎の攻撃も知りません。
これから先、魔王の息のかかった敵は全員、見た事のない魔法を使ってくるのでしょうか。
巫女さんとリツカお姉さんが居れば、なんとかなるとは思っています。
でも――。
(お師匠さんが欠けたのは、痛すぎます。何処行ったんですか)
居なくなる可能性は示唆してましたけど。
「こんなに早いなんて聞いてませんよ」
呟いてみたところで、帰ってくるわけありませんね。
「一旦帰りますヨ。新しい発見が無い以上、ここにはもう何もありませン」
「報告は、どうすればいいっすかね」
「ディルクさんで構いませン。アンネさんにハ、今はいいでス」
良い報せ以外は、伝えない方がいいです。
牧場の戦場では裏切りはなかったそうです。
リツカお姉さんを亡き者にするための戦い。あの人の言っていた事は本当ってことでしょう。
マクゼルト・レイメイ。お師匠さんの父親らしいです。
リツカお姉さん以外が気付けないほど静かに、素早く、巫女さんの後ろに迫り、リツカお姉さんを誘い出し、一撃で行動不能にしてしまった、敵の幹部と思われる人物。
人と言っていいかは分かりませんけどね。会話は出来るようですけど。
魔法の無いただのパンチで、リツカお姉さんはあんな事になってしまいました。
昨日、現場についた時に感じた魔法の残滓からして、何かしらの攻撃魔法と防御魔法を使ったのは確かです。
地面は濡れていませんでした。草花に焦げはありましたけど、雷によるものでした。火ではありません。
お師匠さんは雷が得意です。だから、敵が雷ではなかった場合、風の可能性が高いと、普段であれば思うのですけど。
ヨアセムの事もあります。黒い波動、あれを撃っていたら分かりませんし、対策もありませんね。巫女さんの盾くらいしか防げそうに無いです。
今分かっているのは、狙われてるのはリツカお姉さん。魔王っていうのは、そこそこ人望があるってことくらいですか。
ヨアセムが心酔し、お師匠さんが尊敬するとまで言った父親が自分の意思で従うくらいには、何かを持っているということですか。
(……何も分かっていないに等しいですね)
リツカお姉さんが狙われているって事が収穫といえばそうですけど、最初から巫女二人狙いって思っていましたからね。
リツカお姉さん狙いで街を襲ったなんて情報は、こちらで握りつぶしました。あの場には私達しか居ませんでしたから、簡単なことです。
バレたら、お馬鹿な人たちが騒ぎ出します。リツカお姉さんが一番の被害者ですよ。
こういった問題を解決するには、魔王を倒すのが一番ですけど……。せめて魔王がどの方角に居るかくらいは知りたかったですね。
お姉ちゃんとお兄ちゃんも、これ以上の物は思いつかなかったようです。
「リツカお姉さんが起きたら、巫女さんも交えて考えましょう」
リツカお姉さんなら、何か気付いてるかもしれません。
「シーアちゃん」
「どうしましタ?」
エリスさんが申し訳なさそうにやってきました。
「これから王宮に行こうと思ってるんだけど、リツカさんとアリス、任せていいかしら?」
「もちろんでス」
「ありがとう」
少し疲れた笑顔で、エリスさんが走っていきました。
エリスさんも、休んだほうがいいです。
きっとお姉ちゃんが、休むように言うでしょう。
「聞いたとおりでス。私は巫女さんの所に行くのデ、報告お願いしまス」
「うす」
頷く冒険者方に会釈して歩き出します、けど。
「くれぐれモ、アンネさんには言わないようニ」
「了解っす」
返事を聞いて、改めて病院へ向かいます。
「……」
思い出すのは、腕を持ち帰った時、アンネさんに報告をしたときのことです。
声を出す事も、泣く事も無く、呆然と腕を抱きしめたアンネさん。
だけど、深い悲しみと嘆き、苦しみと怒り、喪失感、私が感じる事が出来るほどの、感情の発露がありました。
その場に居た全員が、声をかけることが出来ませんでした。
声をかけたら、アンネさんが崩れてしまいそうで、出来なかったんです。
数日交流しただけの私ですら、涙を流したのです。
だったら、長い時間想い続けていたであろうアンネさんの慟哭とはどれ程のものでしょうか。
どうしても、お姉ちゃんを失った時を、考えてしまいます。
きっと、二度と立ち上がれないほど、でしょう。
もう二度と、失いたくないって想っていたのに、またやっちゃいました。お父さん、お母さん。
それでも――。
(お姉ちゃんだけは、絶対に守ります)
今は、あんな事があったばかりなので此処に残ってもらっていますけど、共和国も心配ですし、きっと帰ろうとします。
その時は、護衛を増やしてもらいましょう。
共和国からも四,五人精鋭を送ってもらいます。
その代わり、あの三人の分まで、私がしっかりこの国を守ります。
動けない二人と、どっか行ってしまったサボりさんの代わりに。
「早く帰ってきてくださいよ、お師匠さん」
しぶとく生きてるに、決まってます。
ブクマありがとうございます!




