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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
25日目、傷痕
284/934

戦いの跡

A,C, 27/03/20



「アンネ」

「ロミィ?」

「ほら」


 ロミルダがアンネリスに包みを渡す。


「これは?」

「弁当」


 短く答えたロミルダは、どかっと椅子に座る。


 ここはギルドの左端にある冒険者組合。

 普段、リツカ、アルレスィアたちがアンネリスから任務を受け取る場所だ。

 そこにロミルダが尋ねてきて、アンネリスを呼んだ。


「お弁当なのは分かっていますけど、どうしてこちらを?」

「あんた、ちゃんと鏡見てんのかい」


 ロミルダが呆れながらアンネリスの顔を見る。


「今にも倒れそうじゃないか。リタに作った残りだけど、食べれない事はないでしょ」

「……ありがとう」


 アンネリスは大人しく受け取り、座る。


「今食べな」

「強引ね」


 クスリとも笑わずに、アンネリスが包みを開ける。


「……リツカちゃんはどうなんだい」


 ロミルダが何かを言うか迷った上で、アンネリスに尋ねる。


「アルレスィア様のお陰で、傷は全て塞がりましたし、内臓各部もしっかり元に戻りました」

「……っ」


 内臓という言葉に、ロミルダの顔から血の気が引く。

 それを見たアンネリスは更に続ける。


「アルレスィア様でなければ、大きな傷が残ったでしょうし、そもそも治せなかった、と病院の院長が言っておりました」

「……そうかい」


 辛うじてそれだけ答えられたけど、ロミルダの顔は悲痛に歪んでいる。


 昨日病院に運び込まれたリツカは、酷いものだった。

 右半身の内臓は、ズタズタになっていた。

 白い肌は、血で染まっていても分かるほど、青くなっていた。

 もう手遅れだと、院長は口にしかけたとアンネリスに語っている。


 アルレスィアが、()()()()()()”治癒”で見る見る内に治していったというのだ。


 本来、消し飛んだ内臓が戻るはずない。

 アルレスィアが行ったのは”治癒”の中でも最高峰の難易度である、”再生”だ。

 この”再生”で、必要なのは、失った体の一部が残っている事。


 アルレスィアは、賭けに勝っただけだ。

 リツカの体の中に、しっかり残っていたお陰で、再生できたに過ぎない。

 もし、本当になくなっていたら、リツカは――。


 もちろん、ノーリスクの魔法ではあるけれど、アルレスィアの魔力は限界まで減った。


 レティシアの提案である、重要な部分を先に治し、アルレスィアも休憩するべき、というものを呑まなければ、アルレスィアは命を削ってでも続けたことだろう。

 止まった決め手は、そんなのはリツカが喜ばないという一言だ。


「リタが、その場に居たらしくてね。なんとか学校には行ってもらったけど、元気はなかったよ」

「リツカ様を見た後、リタさんは気を失う程のショックを受けていましたから」


 アンネリスがその場の状況を語る。


 リツカを連れ帰ってきたアルレスィア、レティシア、ウィンツェッツは、それぞれ別の顔をしていた。


 ウィンツェッツは細心の注意を払って走っていたため、緊張した顔で運んでいた。

 レティシアはリツカを心配そうに見ながらも、残してきたライゼルトが気になっていたのだろう、後ろを振り向きながら焦っていた。


 アルレスィアは、その場に居た全員に目を向けることもなく、リツカに治癒だけをかけ続けていた。名前を呼び続け、足を縺れさせながら、それでもこけることなく、走り続けた。


 傷つけた相手への怒りを出す暇も無いほどの重傷と、命の危機に、完全に冷静さを失っていた。


 エルタナスィアが病院に向かい、止めなければ、消耗したまま”再生”を始めていただろう。


 エルタナスィアが生命維持のための”治癒”を代わり、アルレスィアは回復に努めた。


 その間もアルレスィアの目は、リツカから離れる事はなかった。悪化すれば、すぐにでも”再生”を始めると、目で伝えていた。


「治療は終えてて、後は意識が戻るのを待つだけよ」

「良かった……」


 リタかぽつぽつと話してくれたお陰で、先の戦いをある程度は知っている。


「花の配達に行ってて良かったと思うべきか、迷うところだよ」

「……離れていて、正解だったと思うわ。いつ王都内にマリスタザリアが入ってきてもおかしくなかったんだもの」


 アンネリスがお弁当を食べながら答える。

 ロミルダが頬杖をつきながらその様子を見ている。


「アルレスィアちゃんとレティシアちゃんは?」

「お二方とも無傷よ」

「無傷……?」


 激闘と聞いているのに、その最前線に居た二人が無傷ということに疑問を持つ。


「リツカ様が守り抜いたから」

「……」


 アルレスィアを死ぬ気で守っているとは、アンネリスから聞いている。

 それを二人分実行し、実現している事に、ロミルダは目頭が熱くなってくるのを感じていた。



「どれくらい、犠牲が出たんだい」


 聞き辛そうに、ロミルダが尋ねる。


「……戦闘に参加した冒険者と兵は三百四十六人。東と北に多く配置されたわ」


 ライゼルトの提案で、北と東の防衛を増やした。


 それでも、外出者の護衛、各街の調査、駐屯兵の交代、魔王を探すための情報収集等、兵士冒険者は足りなかった。


 普段六百八十九名居る兵士は三分の一、冒険者に関しては、参加しなかった者も多い。選任は国難の場合、全員参加する契約のため全員出ているけれど、一般冒険者にその義務はない。


 少数での防衛を強いられ、横長く盾を張らなければいけなかった。そのため、一人一人の負担が増えてしまった。


「西戦場には、増援を送れなかったの」

「裏切りが出たって話だけど、本当なのかい」


 ロミルダが恐る恐る尋ねる。リタからそれも聞いている。


「えぇ、リツカ様が後ろから……」

「……」


 ロミルダが、怒るべきなのか迷っている。


「早々に裏切りがおきてしまい、仲間への不信感が出てしまった西では()()()()()()()()()

「……」


 ロミルダは黙ってしまう。


 不幸中の幸いといえるのは、これくらいだろう。


 レティシアが手加減できずに撃った雷を受けた者たちも、今では歩けるようになっている。怪我人といえるのは、リツカだけとなっている。


「南の牧場では、ライゼ、様が奮闘したけれど、”盾”の綻びをつかれて三人の死者と六人の重体者」


 アンネリスが読み上げていく。ライゼルトからもらった指輪を触りながら。


「東では五十九名の死者と三十七名重体。北では一名の死者と七十二名の重体者」

「東が多いのはなんでだい」

「……伝達ミスが起きたらしく、東に攻撃を行える人が極端に少なかったの」


 ライゼルトとディルクの予定では、東にディルク含め防衛に適した者を行かせ、攻撃役を出動させる。北にウィンツェッツを配置し、防衛役を出動させるというものだった。


 それをディルクがギルドに伝えたけれど、ギルド内部も混乱していたため、伝達ミスが起きた。北に攻撃役が集まり、東に防御役が集まってしまった。


 それに、その伝達ミスが本当に、混乱によるものとは限らない。

 ”洗脳”の魔の手は、どこまで潜り込んでいたのか、まだ調査中だったから。


「私のところにも連絡は来なかったものだから、余計に……」


 アンネリスに届けば、また結果は変わっただろう。


「あまり、自分を責めるんじゃないよ」

「……えぇ」


 アンネリスがお弁当を食べる。箸はあまり、進んでいないようだ。


「ありがとう、ロミィ」

「お礼なんかいらないよ。また持ってくるから、ちゃんと食べるんだよ」

「えぇ」


 ロミルダがお弁当箱を回収してギルドを後にする。

 アンネリスはその後姿を見送った後、ギルドの奥に戻っていった。




「……」


 ロミルダが仏頂面で歩く。


(結局、聞けなかったねぇ)


 ため息をつきながら、大通りを歩いていく。


(落ち込んではいたけど、前向きでは、ある?)


 ロミルダが考えているのは、ライゼルトの事だ。


 リツカの状態と、ライゼルトが腕と刀を残して行方不明となったのは、瞬く間に王都中を駆け巡った。


 特に、ライゼルトの方は多くの人間が絶望してしまった。

 

 まだ詳細は分かっていないけれど、一先ず出されたギルドの発表では、あくまで行方不明であり、生死に関してはまだ判明していないとしている。


 現場を見た者たちの話では、出血量は相当なもので、例え生きていたとしても、何かしら障害が残る可能性はあるとのことだ。


 何より、腕を落とされたことは確定している。


 リツカの方への心配も多々寄せられたけど、病院に居るという事で一先ず安心といったところだ。


 一人の英雄と、”巫女”を同時に失う事がなかったということで、国民たちの精神的ダメージは軽減されている。


 それでも、この国の英雄ライゼルトを失ったという悲嘆は大きく、ロミルダが歩いている大通りも失意のどん底といった光景だ。


(国は無事だったけど、失ったモノがでかすぎるよ、全く)


 ロミルダはギルドを見る、アンネリスの状態が気になるのだろう。


「あんたが一番辛いだろうけど、頑張っておくれよ」


 小さく呟き、ロミルダは店に戻る。



ブクマありがとうございます!

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