幕間 A,D, 2113/03/17 ③
「三on三の十点先取だ」
「分かりました」
椿がシューティングガードをする。短期決戦のため、とにかく点をとるためだ。
リツカは、ポイントガード役をすることになった。ドリブルは見たからそうそう取られないだろうし、すぐに椿にパスを出す。もう一人はパワーフォワード。センターになっても、中学生男子の身長やジャンプには勝てないため、やられる前にやる作戦だ。
相手は、角刈りの少年と、短髪の少年、編みこみを入れた少年の3人。
怒鳴っていた角刈りの少年ではなく、編み込みの少年がリーダーのようだ。
「本当なら一点ニ点だけど、普通にする」
「二点と三点ってことですね」
本来であれば人数が少ない事と、ハーフコートであるため、一点ないし二点と、シュートエリアでポイントが加算される。
でも今回は時間を取りたくないため、普通のバスケルールである、二点ないし三点。つまり、三ポイントエリアから打てば三点となる。
下手をすれば、十分かからないだろう。
「じゃあ始めよう。そっち先行でいいぜ」
リツカにボールを投げ渡す編み込みの少年。
「……?」
「六花さん、1回相手に渡して、戻ってきたのをキャッチしたら開始だよ」
「はい」
ボールを編み込み少年に投げ、返ってきたボールを受け取った。
その瞬間。
「――!」
編み込み君が奪いにきた。
リツカは、それを見て。
「――」
バックビハインドで避け、中心に切り込む。
「くっ」
速攻に失敗した編み込み君が後ろから迫る。
カバーに入ってきた角刈り君がリツカの前進を止める。
「――っ」
後ろから迫っていた編み込み君はそれを見て、リツカを止めに来た角刈り君が抑えていたパワーフォワードの子を抑える。
リツカの鋭いドリブルに、椿を抑えていた短髪君が焦ってしまう。
それを見逃さず椿がフリーになった瞬間。
「――っ!」
椿の手元にボールが飛んでくる。
(なにっ!?)
辛うじて取った椿は、そのままシュートする。
「小学生チームニ点!」
小学生たちから歓声が上がる。
「……」
椿はリツカを見ている。
(今、私を全く見てないのに……)
「おい、なんでフリーにしたんだよ」
「待って、目を離したの、ほんの少しだぞ!? むしろ、なんでパス許してんだよ!」
「あの生意気なヤツのほうなんか見てなかったからシュートだと思ったんだよ!」
中学生チームが言い争っている。
ワンプレーで敵の混乱を引き出したリツカは涼しい顔をしている。
さっきまで、二時間走りっぱなしだったのだけどね。
「切り替えるぞ」
「あ、あぁ」
編み込み君が気を引き締める。
ドリブルだけの素人と思っていたけど、考えを改めたようだ。
(見極めてやるよ)
リツカがボールを受け取って、返す。
「――!」
ドリブルをしようと前に出た瞬間。
「ハッ!?」
ボールが消えた。
編み込み君はボールを探す。
後ろからボールが跳ねる音を聞いて振り向くと。
「次私たちの番ですよね」
リツカがボールをついていた。
(相手の手から離れた瞬間、取ったの? でも気付かないほどってどうやって)
後ろで見ていた椿すら気付かない。
コートの状態を見ようと、編み込み君が視線をほんの少し動かしたのを、リツカは見逃さない。
簡単に動きを盗み、ボールを奪取した。
ボールを投げ渡してきたリツカを睨む編み込み君。
(なんだよ、コイツ……!)
イライラしている編み込み君。リツカはちゃんと気付いているけど、無視する。
イラついている人間の思考は読みやすい。
「――!」
速攻を止め、スタンダードに構える編み込み君。リツカのドリブルについていく。
リツカが誰にも分かるようなモーションで右に居るパワーフォワードの子にパスしようとする。それを見た編み込み君、短髪君が少しだけ右に寄る。
椿がフリーになる。
リツカは椿を見ることなく、パスしようとしていたボールを止め、編み込み君の股下を通す。
「――っ」
椿が構えた手に綺麗に収まったボールは、レイアップでリングに吸い込まれていく。
(間違いなく、ノールックパス……)
椿が驚きの表情でリツカを見る。
視野が広い人間なら、誰でも出来ると思うだろうけど。
試合中の流れるような動きの中で、正確に人を追い、パスを出すのは難しい。
何よりリツカは――。
(あの編み込みで、私は見えなかったはずなのに)
編み込み君がブラインドになっていて、リツカからは椿の動きは見えなかった。
視野が広いどころではなく、まるで、コートを上から見ているかのようだ。
(すぐ試合に出しても通用する)
椿が笑いながら守備につく。
試合が再開される。
中学生チームが高さを使ってパスを回す。
軽々とシュートを決め、二点を返した。
「高さを使われるとキツイ」
「どうします?」
椿の言葉に、リツカが作戦を確認する。
「……このまま行きましょう。リードしてるし、押し切れます」
「はい」
椿が力強く作戦の続行を告げる。
作戦変更はなし。
「どうすんだ?」
「あの赤いヤツ、シュートできないみたいだ」
編み込み君が気付いてしまう。
「生意気なヤツにパス出すのが向こうの作戦だ。こっちは気にせず、アイツだけ見てろ」
「う、うん」
椿を抑えて、得点源を潰すようだ。
ボールをドリブルしながら、リツカが機を窺う。
(宮寺さん、空かないです)
編み込み君のディフェンスを避けながら、椿がフリーになるのを待つけど。
(これは、無理っぽいですね。向こうはいけそうです)
リツカがパワーフォワードの方に狙いを定める。
でもディフェンスが硬くパスコースが出来ない。
「六花さん! 時間が!」
(まだ秒数ルール教えてなかった!)
椿がリツカに声をかける。
リツカはもうすぐ二十四秒ルールにひっかかる。チームがボールを保持できる時間は二十四秒までだ。
なんとなく早くしないといけないと分かったリツカは、自分で打つしかないと編み込み君を抜き去る。
すでにドリブルは修得している。ロールターンで綺麗に抜く。
このときはまだ、回転斬りなんて覚えていないけど、体を回すのは、最初から得意だったようだ。
編み込み君が抜かれたことで、椿が少しだけ動きやすくなった。
椿が切り込み、無理やりフリーになる。
リツカが椿にパスを出した。
(これを入れたら六点目)
「クソ!」
椿がシュートモーション中に突き飛ばされる。それでも、執念でシュートする。
「入れ!」
椿が叫び、何度かリングの上を跳ねた後、入った。
「ファールでワンスローですよね」
椿が立ち上がりフリースローラインに行く。
「チッ」
編み込み君が舌打ちしてリバウンドに備える。
リツカは何も分からないので、見ていた。
(ふぁーるっていうのを受けると、もう一回打てるんですね)
リツカがぼんやりと考えていると、椿のフリースローが入った。
「七対二!」
小学生チームリードで迎える。
「大人気ないから止めてたけど」
編み込み君が、リツカからボールを受け取ると同時にシュートする。
「?」
パスッという音が後ろから聞こえた。
「スリー……!」
「お前らの攻撃を一回でもとめられたら、俺達の勝ちだ。俺は外さねーぞ」
椿が悔しそうな顔をしている。
「宮寺さんあれってなんです?」
「スリーポイントシュートですよ。あのラインより遠くから打てば三点入るんです」
「そういうのも、あるんですね」
椿が指差したラインを見ながら、リツカが呟く。
「レイアップっていうのより、楽そうですね」
「――え?」
リツカが呟き、ボールを受け取る。
ボールを編み込み君に渡す。
「なんでこんな試合になったかは知りませんけど」
「ん?」
リツカがこの試合で初めて、相手チームに話しかける。
「宮寺さん、私と一緒で負けず嫌いみたいです」
ボールを返されたリツカは、見よう見まねのシュートフォームを取る。
「六花さん!?」
椿が驚いた声を出す。まだ六歳の自分たちに、片手だけのシュートフォームでスリーなんて無理だと。
椿が平気な顔でシュート出来ていること自体、驚愕すべきことだろう。
「――シッ」
リツカが打ったボールは高々と舞う。
綺麗な孤を描き、リングに触れることなく、バスケットへ、吸い込まれていった。




