幕間 A,D, 2113/03/17 ②
「……」
椿が河川敷でぼーっと座っている。
「宮寺先輩」
「……?」
少女が椿に話しかける。
「あんたは……誰だっけ」
「二年の大上 久由里です。六花先輩が行方不明になる数日前に助けてもらいました」
「あの時の……」
椿に自己紹介をした久由里は、ナンパされていたところをリツカに助けてもらった少女だ。
椿も少しだけ聞いていたようで、知っている。
「何か用?」
椿としては、話しかけられるほど仲が良いわけではない少女からの呼び掛けに困惑しかない。
それが怒気を孕んだ声ともなれば、尚更だろう。
「なんで六花先輩の気持ちを考えてくれなかったんですか!」
「何のこと?」
かなり怒っている様子の久由里は、過程をすっ飛ばしていた。
「六花先輩、絶対宮寺先輩の事好きだったのに、なんであんなことしたんですか!?」
「立花が私のことを好き……?」
久由里の言葉に首を傾げる椿には、全く、理解の出来ない物言いだった。
「私とか、クラスの方とかには見せない顔で、宮寺先輩と話してました! それに、あんな……。抱きしめられて!」
久由里は、椿に嫉妬しているようだ。
「……そういうこと」
納得した、といった風に椿がため息をつく。
「あれは立花の癖なだけよ」
「癖……?」
「そう」
椿がリツカの事を話す。
「立花は、自分がされて嬉しかったことを相手にもしてあげる癖があるから、私にしてたのもそうだし、貴女にしてた頬に手を当てるっていうのもそうよ」
他には頭を撫でたりがある。
「ま、私が知ってる限り抱きしめられたのは私くらいだけど」
「……!」
少しドヤ顔になった椿に歯軋りするような口の動きを見せた久由里。
でも、すぐに表情を戻した椿は、遠くを見るような目になった。
「それも、私が友達だからってだけよ」
「友達だからって、あんなに優しく丁寧になんてっ!」
椿の余裕が、勝ち誇っているように見えているのだろう。久由里はイラだっている。
「それはね。立花があまり、人と深く関わらないから。だから、友達の距離感が少し……違うか、かなりズレてるだけよ」
椿が懐かしむように笑う。
「暇があるし、立花の事、話してあげる」
「……はい」
恋敵とも言える椿に従うのは嫌だけど、リツカの話は気になるので、大人しく聞くことにしたようだ。
「あれは私たちが、六歳の時――」
椿が追憶する。
「私がまだ六歳の時、この町の公園で、ストリートバスケに没頭してた時、その公園の外周を走ってたリツカと出会ったの」
目を閉じ、楽しかった日々を思い出す様に。
この町の公園にはバスケットコートがある。ハーフコートで行えるストリート用の物だ。
半分は公式戦と同じ高さ。もう片方は、少し低く作られたミニバス用。
六歳の少年少女たちには少し高いけれど、本格的な練習が出来る上に、たまに参加する大人との練習は良い経験になっていた。
「ハッ……ハッ……」
リツカはその公園の外周をずっと走り、それをベンチに腰掛けた十花が見守る。
これが日課だった。
今日バスケットをしているのは、小学生数名と中学生が数名だった。
こういった場で違うグループが入ってきた場合、一緒にやるか、時間で交代がルールだ。
中学生が先にミニバスコートでしていたため、小学生グループが中学生たちに声をかけ、一時間交代を提案し、中学生たちは生返事ながら了承した。
その間小学生達は、公式コートでやっていた。
「先輩方、そろそろ代わっていただきたいのですけど」
小学生グループでやっていた椿は、中学生に声をかける。
一時間をすぎても一向に変わる気配のない事に痺れを切らしたようだ。
「うざ。そっちでやってろよ。こっちは試合近いんだからよ」
「こっちも近いんです」
端から変わる気がなかったのか、ニヤニヤと笑い合いながら答える。
それにイラつきながらも、先輩である中学生たちに声を荒げることなく椿が対応する。どちらの方が精神的に大人なのか、すぐに分かる光景だ。
「女の癖に生意気だぞ」
「女だからとか、いつの時代の人間ですか。今では女バスの方が世界的にも活躍してるんですよ」
男女の差を持ち出してきたことが、椿のイラつきを怒りに変えた。
「やんのか!?」
中学生が椿に手を上げる。それを少し下がって避けた椿だけど、ボールに当たってしまって、遠くに弾かれる。
「大人しく取りにいけよ、うざ女」
「……」
椿が睨みながらボールを追う。
「ハッ……。ふぅ……」
軽く体を伸ばしながら、リツカが止まっている。
「休憩?」
「少しだけです」
二時間ずっと走っていたリツカは玉の様に汗を流している。そんな頑張り屋なリツカが愛おしいのか、十花がスポーツドリンクを渡しながら頭を撫でたり、タオルで汗を拭いたりして上げていた。
「だいぶ長く走れるようになったわね」
「でも、後半はほとんど歩くような感じでした」
ペットボトルを小さい両手で支えながら、納得がいってない風に答える。
そんなリツカたちのところにボールが転がってきた。
「?」
「バスケットボールね」
リツカがボールを拾い、それが何かを教える十花。
十花が教えている武術くらいしか興味を持てていないリツカに、十花は少し心配していた。だから、興味を持ってくれるかもしれないと、淡い期待を込めて教えている。
「ごめんなさい、転がっちゃ、って」
(綺麗な子)
椿がリツカをじっと見ている。
「はい」
「ありがとう、ございます」
リツカは特に興味を示すことなく、ボールを手渡した。
今回もダメだったか、と十花が気づかれないように落ち込む。
「あ、あの」
「?」
椿がリツカに声をかける。
「一緒に、やりませんか?」
「それを?」
(もう少し、話したいな)
リツカともう少し話したくて、椿はバスケに誘った。
ボールを差し出した椿を見ながら、リツカは考えていた。
(誘われたのは、初めてです)
遊びに誘われた事のないリツカは、初めて誘ってくれた椿の方に興味が湧いたようだ。
「……」
十花を見て、許可を求める。
「ここに居るから、行ってらっしゃい」
「ありがとうございます。お母さん」
やっと別のことに興味を持ってくれたことが嬉しくて、誘ってくれた椿を見ながら十花は微笑む。
椿は、その笑顔に照れていた。
軽くボールの扱い方と大雑把にルールを数個教える。
トラベリングとダブルドリブル、チャージング辺りだ。ストリートでは、これだけでも知っていれば遊べる。
観客を楽しませる。興行としてのストリートの大会では、トリッキーでスタイリッシュを主とし、トラベリングとダブルドリブルに少し寛容という場合もある。
今回はバスケを一緒に遊ぶので、ルールはそれなりに教えることにした。
「やってみて?」
「はい」
リツカがボールを触りながら感触を確かめている。
「椿、早くあの人たちに……?」
小学生グループの子が、帰りが遅い椿を呼びに来た。
リツカを見て固まるのは、何処でも、誰でも、一緒だった。
「ご、ごめん。えっと……」
椿がリツカを呼ぼうとする。
「六花 立花です」
「私、宮寺 椿。六花さん、ごめん。ちょっと待っててね!」
ボールを持たずに中学生たちの所に行く椿。せっかく仲良くなれそうなリツカと遊ぶために、どうしてもコートが欲しかった。
「?」
事情がまだ分からないリツカは、ボールを触りながらコートへ向かう。
(結構手に吸い付く? すごく跳ねます)
片手や両手で、投げてみたりドリブルをしたりしている。
でも何か違うなぁと首を傾げている。
「あれでいいのでしょうか」
コートでボールをついている中学生を見て、やり方を学ぶ。
(宮寺さん、何か言い合ってるみたいです)
先ほどまでぎこちなかったドリブルが様になっている。
そのままドリブルしながら歩くリツカが、反対側のコートを見つける。
(ちょっとだけ、やってみましょう)
シュートの仕方で、一番簡単なレイアップだけは教えてもらった。
(あれですよね)
丁度中学生がやっているのを見て体の動きを知る。
「よし」
ボールを強く地面に叩き付けドリブルをする。体勢は低く、ボールをコントロールする。
教えてもらった基本的なドリブルをしながらゴールを目指す。
フロントチェンジからロールターンへ、更に進み、レッグスルーを入れた後止まり、バックビハインドで逆サイドへ切り込んでいく。
力強いドリブルは、基本に忠実で、簡単に取れそうにない。
リツカの小さい手は正確にボールをコントロールし、鮮やかなまでのドリブル技を見せていく。
「ほんとに、初めてなの……?」
椿がリツカに気づいて呟く。
(後はシュート)
ボールを掴み、三歩以内で飛び上がって――。
「あれっ?」
リツカはボールを掴み損ねてしまう。
転がっていったボールを見ながら、リツカは手を確かめる。
(ちょっと遅かったかな)
でも、少し楽しいかもしれない、とリツカはボールを追いかけながら考えていた。
「なんだよ、助っ人まで連れてきやがって」
「助っ人?」
中学生が怒りながら椿に食って掛かる。少し顔が赤いのは、怒りだけでなく、いつもの理由だろう。
「とぼけるなよ、あんなに上手いドリブルできるヤツ連れてきてんじゃねーか!」
リツカを指しながら怒鳴る中学生に、椿は顔を顰める。
(助っ人じゃないんだけど……)
ただ単に遊びたかっただけで、こんな喧嘩に巻き込みたくないと、椿は思っている。
けれど――。
「試合で決めればいいじゃん」
リツカが参考にしていた、喧嘩に参加せず黙々と練習していた少年が提案する。
「三on三で決めよう」
「……分かりました」
殴り合いになったら勝てないし、バスケには自信があるから、と受けてたつ事にした。
「その代わり、アイツは出せよ?」
「はぇ?」
少年がリツカを指差しながら言う。
何がなんだか分からないリツカは間抜けな声を出してしまう。
「この人は――」
「良い練習相手欲しかったんだよ」
「っ!」
聞く気のない相手に、椿が歯噛みする。
落ち込んでいる椿がリツカの元に行く。
「ごめん、六花さん。巻き込んじゃった……」
「困ってるみたいですし、構いませんよ」
微笑するリツカに椿は、頬を朱に染めた。




