激闘⑨
「リッカさま……!」
アルレスィアが名前を呼び続ける。呼ばれるたびに、リツカが小さい反応を見せる。
呼び続けないと、リツカが、どこか遠くへ行きそうな気がして、アルレスィアは名前を呼ぶ事を止める事ができない。
「リッカさま! リッカさま!」
意識はまだあるようだけど、もう、声を出す事が出来ない。
治癒は進んでいる。血を流しすぎた事が原因だ。今日だけでも、重傷は二回。軽症一回。
傷の有無関係なしに、リツカの命が尽きかけていた。
「分け与えよ!」
アルレスィアの”治癒”で、輸血を開始する。
使うのは、自分の血だ。
拒絶反応があるかもしれないと思うけど、このまま何もしないという選択肢はなかった。
(同じ、型!)
アルレスィアの顔が、ようやく綻ぶ。
これで応急手当は可能になる。命を繋げる。
あとは、急いで病院まで連れて行き、アルレスィアの回復を待って本治療するだけだ。
「もう少しです、リッカさま! お願いです、戻ってきて! 戻って!」
「ケホッ」
「リッカさま!」
アルレスィアの言葉に、反応を見せる。
これで、死ぬ事はない、とアルレスィアは、涙を流す。
「早く、連れて行かないと……」
治療を止めることなく、運ぶ手段を探す。
「魔女娘、魔法は?」
敵をから目を逸らすことなく、話しかけるライゼルト。
「もう少しだけなラ」
「剣士娘を運べんか」
「私だけでは途中まででス」
「それでいい、行け」
ライゼルトを見るレティシアの目には、躊躇がある。
「お師匠さん一人置いていけト?」
連戦で疲れきり、人を殺したことで精神的にも弱っていたとはいえ、”抱擁強化”で対応したリツカを物ともしなかった相手だ。
「構わん行け」
「何を、ムキになっているんでス?」
冷静さを欠いたライゼルトの物言いに、レティシアが尋ねる。
「なんだ、その娘っ子はお前のガキか?」
「違ぇ」
まるで人間の様に話している男。
しかし、体は灰色、大きさはマリスタザリアと融合した時のイェルクと同等、頭から角を生やし、皮膚は蛇のような鱗が見える。
そして、ライゼルトと似た顔をしていた。
「お師匠さン、この人……」
レティシアが恐る恐る尋ねる。
「あぁ」
「死んだんじゃ――」
レティシアは、ライゼルトから話を聞いている。
「服の切れっ端と剣を残して消えてただけだ」
死んだと決まってたわけじゃない、とライゼルトが怒った顔で、男を見ている。
「敵として戻ってくるとは、思わなかったぞ。馬鹿親父」
「お前が勝手に敵になっただけだ」
ライゼルトの怒りに何も感じていないのか、平然と言ってのける。
「マクゼルト・レイメイだ。息子が世話をかけているようだな」
(話していると、普通の人に見えてしまいますけど)
レティシアはリツカを見る。
空気の抜けるような呼吸をし、顔からは血の気が無くなっている。アルレスィアの呼びかけになんとか応えようと、ピクリと動く指が、いつものリツカとかけ離れていて現実味がない。
血の海のようになった場所に、死体のように――。
「――っ!」
レティシアの瞳に力が宿る。
どんなに普通に見えても、ライゼルトの父親でも、ここで沈めると意思を込めて。
「どんな状況だ、こりゃ」
イェルクとの戦いの終わりを感じ取ってやってきたウィンツェッツだけど、流石に固まる。
「ツェッツ、良いところに来た。剣士娘つれて王都に戻れ」
「おい訳分からね――」
「いけ!」
ライゼルトの怒声が、説明を求めるウィンツェッツと、戦いに参加しようとしていたレティシアの気勢を削ぐ。
「……レティシア、ツェッツ」
「お師匠、さン?」
初めて名前を呼ばれたレティシアが胸騒ぎを覚える。
「リツカとアルレスィアを守ってやってくれ」
「何ヲ――!」
「行ってくれ」
「っ――」
レティシアが苦渋の表情で、下がる。
様子を見ているマクゼルトをライゼルトは睨む。そしてそんな二人をウィンツェッツが見ている。
「何してる、早く行け」
「帰ってこいよ」
「あ?」
ウィンツェッツが眉間に皺を寄せる。
「帰ってこいよ、阿呆親父」
「――分かっとる。馬鹿息子」
ウィンツェッツがリツカに近づく。
「おい」
「リッカさまを!」
「……あぁ」
ウィンツェッツがアルレスィアに声をかける。
リツカを運ぶと伝えようとしたウィンツェッツに先んじて、アルレスィアが運ぶように懇願した。
いつものアルレスィアならば絶対にしない選択に、ウィンツェッツとレティシアは危急である事を改めて痛感する。
「私は治療し続けなければいけません。しかし運ぶ力すら――っ! 貴方が運んでください!」
本来なら、自分で抱えながら治癒をかけるところだけど、アルレスィアも限界だ。血も自分が動けるギリギリまで分け与えた。運んでもらうしか、なかった。
「揺らしてはいけませんヨ。野蛮さん」
「分かったよ」
ウィンツェッツがそっとリツカを抱える。
普段大太刀を振り回し、鉄を斬り、縦横無尽に戦場を駆ける強者の体は驚くほど軽く、ただの少女であることを如実に示していた。
四人が王国へ向けて慎重に走り出す。
「……追わんのか」
「何がだ?」
ライゼルトの質問にマクゼルトが微笑しとぼける。
「とぼけるな。リツカが狙いだったんだろ」
「お前の女か?」
しきりにライゼルトの女性関係を、マクゼルトは気にする。
「違ぇ。何が言いてぇんだ」
「こんな姿になってもお前の親父だからな。お前の女だったら」
首を鳴らしながら、マクゼルトは告げる。
「苦しませずに殺ろうと思ってな」
「俺の親父は死んだらしいな」
ライゼルトが刀を構える。
「リツカとアルレスィアは殺らせん。もちろん、王都の連中もだ」
決意を胸に、力を瞳に宿らせ、命を燃やす。
「変わらんな」
「お前は変わった」
マクゼルトが嗤う。ライゼルトの顔から父親への情が消える。
「息子に手をかけるのは気乗りせんが、魔王には恩義があるからな」
マクゼルトも構える。
「あの世で母さんに伝えてくれ。事が終わったら迎えに行くってな」
「ほざけ。てめぇは母さんのとこには行けんよ」
親子が睨みあう。
「皆さん、遅いですね」
エルヴィエールが西門で心配そうに見ている。
「戦いの音は消えました。もう帰ってくる頃と思うのですが」
エルタナスィアもそわそわとしている。
「あっ! 見えてきましたよ!」
リタも気になっていたようだ。
「待ってください。様子が――」
アンネリスが言葉を止め、手に持っていた書類を落とす。
「リツカ、さん?」
エルタナスィアが、絶句する。
ぐったりとしたリツカが、血を滴らせながら、運ばれてきていた。
「何があったのです!?」
「早く病院へ……!」
戻ってきた四人にコルメンスが声をかける。アルレスィアはそれに答えることなく、ウィンツェッツを促す。
「私が説明しておきまス」
レティシアが残り、アルレスィアたちを見送る。
「何が、あったの? シーア……」
エルヴィエールが、リツカの様子を見て震えている。
「一から説明しまス」
レティシアが説明していく。
エルヴィエールたちが見ていたという場所から先を、細かく。
イェルクを倒した方法。その後の顛末は小声で、その場に居る人間以外には聞こえないように。
敵が襲来し、リツカだけが反応でき、アルレスィアを守ったこと。それが罠でリツカが狙いだったこと。
そしてリツカが――倒されたこと。
「今、お師匠さんが足止めしていまス」
「ライゼ、様が――っ」
アンネリスが後ずさる。
「すぐに救援と増援を編成してくださイ」
「俺も行く」
レティシアが説明している間にリツカを運んだウィンツェッツが戻ってきた。
「リツカお姉さんハ?」
「応急処置は完璧だったそうだ。あとはじっくり治癒すりゃ治るってよ」
「良かっタ……」
レティシアが安堵の息を吐く。
「相手は、誰なのです?」
ゲルハルトが顔を青くしている。
リツカの意識がない状態を見るのは二度目。しかしあの時は血に塗れてなどいなかった。
強く死を感じさせる姿に、ゲルハルトは動揺している。
「お師匠さんの父親だそうでス」
「死んだと、聞いていますが」
アンネリスが二度の衝撃に崩れ落ちそうになる。
「経緯は分かりませんけド、魔王の手下みたいでス」
レティシアは体力回復のために座り込む。肩で息をし、顔色も少し悪い。
「俺は行くぞ」
「ダメでス」
「あ?」
動こうとするウィンツェッツをレティシアがとめる。
「人数が揃ってからでス。一人だけでは足手纏いにしかなりませン」
「チッ……」
実力の差は痛感していたのだろう。ウィンツェッツは大人しく従った。
「とにかク、アンネさン、人を集めてくださイ」
「はい……!」
アンネリスが急いで指示を出していく。
「シーアは、大丈夫なの?」
「リツカお姉さんと巫女さんがずっと守ってくれていましタ」
エルヴィエールはレティシアも心配だった。座り込んだレティシアの体に触れ、怪我がないか確かめている。
「回復し次第、私も戻りまス」
「っ……」
本当は止めたいエルヴィエールだけど、ライゼルトを心配するレティシアの気持ちを無碍に出来なかった。
「私はリツカさんとアリスのところに行きます」
「うむ」
エルタナスィアが走って病院に向かう。ゲルハルトはそれを見送り、コルメンスの下に行く。
「救援には私も参加します」
「ゲルハルト様それは……」
「リツカ殿にあのような傷を負わせる相手、人数は多い方が良いかと」
総力戦になるかもしれない。暗にそう告げるゲルハルトに、コルメンスは頷く。
「――!」
「どうした、アンネ」
アンネリスが目を見開き驚愕する。
コルメンスが話しかけるけど、反応が遅い。
「ライゼ様から、”伝言”が……!」
「ッ聞かせてくれ!」
その場に居る全員が、ライゼルトの言葉に耳を傾ける。




