激闘⑧
ぁ――。あぁ……あ、あぁ……!
「っ……ぅ……!」
こ、殺し――!
「剣士娘」
「ぁ」
体が、言う事を、聴いてくれません。
後ろを向こうとしたのに、座って、しまいました。
目の前の、司祭の亡骸が、こちらを見ています。
純度の高い悪意が出て行き、北へ進んでいきました。
その事に気づきながらも、今の私は、一種の、錯乱状態でした。
覚悟していたはず、です!
アリスさんを狙っていた、殺す気だった、喉を潰さないと、いけなかった!
だったら!
だったら……。
「リツカお姉さん……」
シーアさんの声が、聞こえます。
落胆も、軽蔑もなく、申し訳ないといった、そんな声音でした。
後ろを向くの、嫌だ……。
アリスさんがどんな表情をしているのか知るのは、嫌……。
「リッカさま」
「っ!」
ビクっと体が震えます。
「こちらを、向いてください」
「ダ、メ……」
「では、向かせます」
アリスさんの手が伸びてきます。
「ダ、メ!」
前に進んで、逃げます。
「穢れてるから、ダメ……」
人を殺した手で、アリスさんに触れたくない……。
「リッカさま」
アリスさん、止めて……。
這いずって、逃げます。
「リッカさま」
ついに、捕まってしまいました。
「リッカさま」
「アリス、さん……」
「触れてください」
「でも――」
私は、人殺しを――。
アリスさんが”巫女”になって、守護者たちは人殺しをしていないと、聞いています。
それほど、人殺しを嫌っているアリスさんの前で、私は、殺したんです。
覚悟、してたのに……。
誰に嫌われても、見捨てられても、アリスさんを守るためだったら、って……。
でも、ダメでした。
アリスさんにだけは、嫌われたくありません。
自分の醜さが、嫌になります。
人を殺しておいて、自分の感情が一番、大事なんですから。
「私はリッカさまのためならば、同じことをします」
「ダメ!」
「いいえ、します!」
アリスさんが、叫んで、私の肩を掴みます。
「確かに、嫌いな行為ですけど、リッカさまを失うのは嫌です!」
っ――。
アリスさんが、強い視線で、私を射抜きます。
「さぁ、触れてください。リッカさまを、感じさせてください」
「ぅ……うっ……」
涙が溢れてきます。
ライゼさんとシーアさんが居るのに、涙を流してしまいます。
でも、今回は、止められません。
「うぁ……ううぅぅぅ!」
「ごめんなさい、リッカさま……」
アリスさんが、謝り、ます。
「ちが、う……。ちがうよ……」
アリスさんが悪いことなんて、してません。
「私の、覚悟、弱かった……!」
命を奪う事が、こんなにも、重いなんて……。
「リッカさま。私が生きていられるのは、リッカさまのお陰です」
「っ――。ごめん、ね。ごめんね、アリスさん……」
次も、アリスさんが危機になったら、私は奪うでしょう。
何度でも、戦いが、続く限り……。
謝るのは、今回が、最後です。
弱さはここで、置いていかないといけません。
アリスさんを守るために、躊躇しないために。
私は、巫女として、剣士として……生きていくのですから……。
「私は、どんな事があっても、貴女様の味方です」
強く、抱きしめてくれます。
私の涙は、止まることなく、流れ続けて、しまいました。
「……」
「後悔しとるのか」
「あんなに大口叩いテ、リツカお姉さんに殺しはさせないって言ってたのニ」
レティシアが落ち込んでいる。
「あんさんが気に病んでどうする」
「ですガ……」
「味方で居てやれ、それだけでいいんだよ」
ライゼルトが雑に、レティシアの頭を撫でる。
「痛いでス」
「許せ。慣れてねぇんだ」
カカカッと豪快に笑うライゼルトを恨めしそうに見ている。
「アンネさんとの間に生まれる事になる子供は、苦労しそうですネ」
「マセガキめ……」
少しだけ和やかな空気が流れる。
「帰りましょう、リッカさま」
「うん……」
まだ、引き摺ってしまいます。
手の震えは、止まりません。でも…………。
弛緩した空気が流れる。長い戦いを経て、強敵を倒し訪れた、平穏。その空気に浸っている。
アルレスィアの後ろに迫った巨体に気づけない程、緩んでいる。
手の震えを感じていたリツカは、その震えの理由が、殺したことだけではないと分かっていた。
だから、リツカだけは、警戒していた。
もちろん今回も。
「――っ!」
アリスさんを突き飛ばします。怪我がないように、シーアさんの方へ。
「リッカ――」
抱えて跳ぶことも、避ける事も、出来ません。刀を抜く暇すら……。
それほどまでの速度と、攻撃の強さを感じます。
先程の司祭がかわいく思えるほどの、純粋な強さを感じ、私の魔法が、集落で見せたような暴走状態に陥ります。
言葉を発さず、”抱擁強化”を発動した私は、対峙しました。
リツカの、アルレスィアを守るための特別な感知。
これが今回は、裏目だった。
「本当に巫女を守るためなら、躊躇なく間に入るとはな」
「――」
時間が凝縮されたように感じます。
そのゆったりした時間の中で、敵の声がはっきりと聞こえました。
「お前を狙うなら巫女を狙え、魔王の言った通りだぜ」
「――!」
「じゃあな、異世界の巫女。あんさんに恨みはないが、俺にも恩義ってのがある」
圧倒的な破壊力を纏った拳が、私に迫ります。
強い死の予感を感じてしまいます。
先程まで、人を殺した事に気を痛めていた私はすでに存在せず、眼前の敵の攻撃を避ける事だけに集中しています。
(避ける、間に合わない、受ける、論外)
でしたら――。
狙いが適当なパンチ。私の胸の中心を狙っています。
体を回し、震脚し、掌底打ちで、敵の拳を横合いから――。
「――シッ!!」
弾くように打ちつけっ!? 逆に私の手が弾かれ――。
「死ね」
体を回転させていたこと、少なからず私の掌底打ちが効果があったことで、なんとか、直撃を避けます。
「つっ――!」
魔法も何も纏っていない、ただの拳が、私を紙切れのように吹き飛ばしました。
地面を滑るように着地し、距離を離すことに成功します。
「良い動きだな。しかし、言葉もなく魔法をねぇ。魔王みてぇだな」
カカカッと特徴的な笑いをします。
先程、あんさん、と言った事と合わせると、大変な事が起きているといわざるを得ません。
何より、顔が――。
「リッカさま!」
「来ちゃダ――ぇ?」
足元に、血が、広がります。
痛みが、体の中からジワリジワリと広がって――。
「ケホっ…………?」
血を、大量に、吐き出してしまいました。
なんで、当たってない……。
「俺の拳は、直撃しなくても力を発揮する」
目の前に立ちふさがる、ライゼさんに似た男が、何、か――。
「っ巫女さん!」
シーアさんが、アリスさんを呼んで、います。
「――!」
アリスさんが私の前に、たって?
「にげ、――」
「逃げません!!」
私の言葉を、聴くことなく。アリスさんが私を守るように立って、ます。
「氷の棺よ!」
シーアさんの氷が、男を、閉じ込めます。
でも――。
「丁度良い温度だな」
蜘蛛の巣を払うように、軽々と割って出てきました。
「二人纏めて死ね」
拳を振り上げる男。ダメです、なんとか動いて、アリスさんだけでも。今のアリスさんは、盾を……出せ、ません!
「ダメ……。ダ、メェ!」
体が痛むのを無視して叫びます。
体の内側から、何かがちぎれるような音が、聞こえます。
目の前がぐるぐると回り、意識が今にも……飛びそうです。
でも、アリスさんだけは、アリスさん、だけは!
拳が、アリスさんの顔を――。
「ォラァ!!!」
「おっと」
雷と刀が、アリスさんと男の間を通り……ました。
「ライゼ、さん……」
「巫女っ娘、下がってろ。早く剣士娘を治せ。死ぬぞ!」
「リッカ、さま……?」
アリスさんが、私を見ました。
綺麗な白銀の髪が、赤く見えます。お揃い、ですね。でも私は、白銀の方が――。
「リツカお姉さんっ!!」
レティシアが悲痛な叫びを上げる。
「巫女さん!」
「リッカ、さま!」
アルレスィアがリツカの治療を開始する。もう限界な体に鞭を打ち、魔力を練る。
「巫女さん、これを飲んでください!」
レティシアがアルレスィアの口に、生命剤を無理やり突っ込む。
「リッカさま、リッカさま、リッカさま!」
アルレスィアは、リツカしか見えていない。
”治癒”をかける。
いつもより速度は遅いけど、丁寧に、そして、確実に治していく。
「リッカさま! リッカさまぁ!」
「巫女さん……」
レティシアが、ライゼルトと謎の男を見て臨戦態勢を取る。
治療をアルレスィアに任せ、守る事にしたようだ。
「リッカさま……! リッカ、さま!」
「アリ、ス、さん」
「喋ってはいけません!」
今まで見せたことのない、焦燥と悲痛に歪んだ顔でリツカの傷だけを見ている。
目に見える範囲では、目と口、鼻から血を流している。
しかし、重傷なのは体のほうだ。
掠りもしていないはずなのに、リツカの体の中はぐちゃぐちゃだった。辛うじて、心臓が動いている状態だ。胃は半分潰れ、肺は片方しか機能していない。リツカが叫んだ時、肺がちぎれた。腎臓と肝臓にもダメージを負っている。
即死ではなかったのは、リツカの魔力と”抱擁強化”が僅かながら防御力を上げていたからだ。
もし、何もなければ、リツカの体は右半身がなくなっていただろう。
リツカの居る場所は、血溜まりに――なっている。




