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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
24日目、私は浮かれていたのです
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激闘⑧



 ぁ――。あぁ……あ、あぁ……!


「っ……ぅ……!」


 こ、殺し――!


「剣士娘」

「ぁ」


 体が、言う事を、聴いてくれません。

 後ろを向こうとしたのに、座って、しまいました。


 目の前の、司祭の亡骸が、こちらを見ています。

 純度の高い悪意が出て行き、北へ進んでいきました。

 その事に気づきながらも、今の私は、一種の、錯乱状態でした。

 

 覚悟していたはず、です!

 アリスさんを狙っていた、殺す気だった、喉を潰さないと、いけなかった!

 だったら!

 だったら……。


「リツカお姉さん……」


 シーアさんの声が、聞こえます。

 落胆も、軽蔑もなく、申し訳ないといった、そんな声音でした。 

 後ろを向くの、嫌だ……。

 アリスさんがどんな表情をしているのか知るのは、嫌……。


「リッカさま」

「っ!」


 ビクっと体が震えます。


「こちらを、向いてください」

「ダ、メ……」

「では、向かせます」


 アリスさんの手が伸びてきます。


「ダ、メ!」


 前に進んで、逃げます。


「穢れてるから、ダメ……」


 人を殺した手で、アリスさんに触れたくない……。


「リッカさま」


 アリスさん、止めて……。

 這いずって、逃げます。


「リッカさま」


 ついに、捕まってしまいました。


「リッカさま」

「アリス、さん……」

「触れてください」

「でも――」


 私は、人殺しを――。


 アリスさんが”巫女”になって、守護者たちは人殺しをしていないと、聞いています。


 それほど、人殺しを嫌っているアリスさんの前で、私は、殺したんです。

 覚悟、してたのに……。


 誰に嫌われても、見捨てられても、アリスさんを守るためだったら、って……。

 でも、ダメでした。

 アリスさんにだけは、嫌われたくありません。

 自分の醜さが、嫌になります。

 人を殺しておいて、自分の感情が一番、大事なんですから。


「私はリッカさまのためならば、同じことをします」

「ダメ!」

「いいえ、します!」


 アリスさんが、叫んで、私の肩を掴みます。


「確かに、嫌いな行為ですけど、リッカさまを失うのは嫌です!」


 っ――。

 アリスさんが、強い視線で、私を射抜きます。


「さぁ、触れてください。リッカさまを、感じさせてください」

「ぅ……うっ……」


 涙が溢れてきます。

 ライゼさんとシーアさんが居るのに、涙を流してしまいます。

 でも、今回は、止められません。


「うぁ……ううぅぅぅ!」

「ごめんなさい、リッカさま……」


 アリスさんが、謝り、ます。


「ちが、う……。ちがうよ……」


 アリスさんが悪いことなんて、してません。


「私の、覚悟、弱かった……!」


 命を奪う事が、こんなにも、重いなんて……。


「リッカさま。私が生きていられるのは、リッカさまのお陰です」

「っ――。ごめん、ね。ごめんね、アリスさん……」


 次も、アリスさんが危機になったら、私は奪うでしょう。

 何度でも、戦いが、続く限り……。


 謝るのは、今回が、最後です。

 弱さはここで、置いていかないといけません。

 アリスさんを守るために、躊躇しないために。

 私は、巫女として、剣士として……生きていくのですから……。


「私は、どんな事があっても、貴女様の味方です」


 強く、抱きしめてくれます。

 私の涙は、止まることなく、流れ続けて、しまいました。


 


「……」

「後悔しとるのか」

「あんなに大口叩いテ、リツカお姉さんに殺しはさせないって言ってたのニ」


 レティシアが落ち込んでいる。


「あんさんが気に病んでどうする」

「ですガ……」

「味方で居てやれ、それだけでいいんだよ」


 ライゼルトが雑に、レティシアの頭を撫でる。


「痛いでス」

「許せ。慣れてねぇんだ」


 カカカッと豪快に笑うライゼルトを恨めしそうに見ている。


「アンネさんとの間に生まれる事になる子供は、苦労しそうですネ」

「マセガキめ……」


 少しだけ和やかな空気が流れる。


「帰りましょう、リッカさま」

「うん……」


 まだ、引き摺ってしまいます。

 手の震えは、止まりません。でも…………。

 


 弛緩した空気が流れる。長い戦いを経て、強敵を倒し訪れた、平穏。その空気に浸っている。

 アルレスィアの後ろに迫った巨体に気づけない程、緩んでいる。

 

 手の震えを感じていたリツカは、その震えの理由が、殺したことだけではないと分かっていた。


 だから、リツカだけは、警戒していた。

 もちろん今回も。


「――っ!」


 アリスさんを突き飛ばします。怪我がないように、シーアさんの方へ。


「リッカ――」


 抱えて跳ぶことも、避ける事も、出来ません。刀を抜く暇すら……。

 それほどまでの速度と、攻撃の強さを感じます。


 先程の司祭がかわいく思えるほどの、純粋な強さを感じ、私の魔法が、集落で見せたような暴走状態に陥ります。

 言葉を発さず、”抱擁強化”を発動した私は、対峙しました。



 リツカの、アルレスィアを守るための特別な感知。

 これが今回は、裏目だった。


「本当に巫女を守るためなら、躊躇なく間に入るとはな」

「――」


 時間が凝縮されたように感じます。

 そのゆったりした時間の中で、敵の声がはっきりと聞こえました。


「お前を狙うなら巫女を狙え、魔王の言った通りだぜ」

「――!」

「じゃあな、異世界の巫女。()()()()に恨みはないが、俺にも恩義ってのがある」


 圧倒的な破壊力を纏った拳が、私に迫ります。


 強い死の予感を感じてしまいます。

 先程まで、人を殺した事に気を痛めていた私はすでに存在せず、眼前の敵の攻撃を避ける事だけに集中しています。


(避ける、間に合わない、受ける、論外)


 でしたら――。

 狙いが適当なパンチ。私の胸の中心を狙っています。

 体を回し、震脚し、掌底打ちで、敵の拳を横合いから――。


「――シッ!!」


 弾くように打ちつけっ!? 逆に私の手が弾かれ――。


「死ね」


 体を回転させていたこと、少なからず私の掌底打ちが効果があったことで、なんとか、直撃を避けます。


「つっ――!」


 魔法も何も纏っていない、ただの拳が、私を紙切れのように吹き飛ばしました。

 地面を滑るように着地し、距離を離すことに成功します。


「良い動きだな。しかし、言葉もなく魔法をねぇ。魔王みてぇだな」


 カカカッと特徴的な笑いをします。

 先程、あんさん、と言った事と合わせると、大変な事が起きているといわざるを得ません。

 何より、顔が――。


「リッカさま!」

「来ちゃダ――ぇ?」 


 足元に、血が、広がります。

 痛みが、体の中からジワリジワリと広がって――。


「ケホっ…………?」


 血を、大量に、吐き出してしまいました。

 なんで、当たってない……。


「俺の拳は、直撃しなくても力を発揮する」


 目の前に立ちふさがる、ラ()()()()()()()男が、何、か――。


「っ巫女さん!」


 シーアさんが、アリスさんを呼んで、います。


「――!」


 アリスさんが私の前に、たって?


「にげ、――」

「逃げません!!」


 私の言葉を、聴くことなく。アリスさんが私を守るように立って、ます。


(【グラソ・)の棺(セルクュ】・)(・オルイグナス)!」


 シーアさんの氷が、男を、閉じ込めます。

 でも――。


「丁度良い温度だな」


 蜘蛛の巣を払うように、軽々と割って出てきました。


「二人纏めて死ね」


 拳を振り上げる男。ダメです、なんとか動いて、アリスさんだけでも。今のアリスさんは、盾を……出せ、ません!


「ダメ……。ダ、メェ!」


 体が痛むのを無視して叫びます。

 体の内側から、何かがちぎれるような音が、聞こえます。

 目の前がぐるぐると回り、意識が今にも……飛びそうです。

 でも、アリスさんだけは、アリスさん、だけは!


 拳が、アリスさんの顔を――。


「ォラァ!!!」

「おっと」


 雷と刀が、アリスさんと男の間を通り……ました。


「ライゼ、さん……」

「巫女っ娘、下がってろ。早く剣士娘を治せ。死ぬぞ!」

「リッカ、さま……?」


 アリスさんが、私を見ました。

 綺麗な白銀の髪が、赤く見えます。お揃い、ですね。でも私は、白銀の方が――。



「リツカお姉さんっ!!」


 レティシアが悲痛な叫びを上げる。


「巫女さん!」

「リッカ、さま!」


 アルレスィアがリツカの治療を開始する。もう限界な体に鞭を打ち、魔力を練る。


「巫女さん、これを飲んでください!」


 レティシアがアルレスィアの口に、生命剤を無理やり突っ込む。


「リッカさま、リッカさま、リッカさま!」


 アルレスィアは、リツカしか見えていない。

 ”治癒”をかける。

 いつもより速度は遅いけど、丁寧に、そして、確実に治していく。


「リッカさま! リッカさまぁ!」

「巫女さん……」


 レティシアが、ライゼルトと謎の男を見て臨戦態勢を取る。

 治療をアルレスィアに任せ、守る事にしたようだ。


「リッカさま……! リッカ、さま!」

「アリ、ス、さん」

「喋ってはいけません!」


 今まで見せたことのない、焦燥と悲痛に歪んだ顔でリツカの傷だけを見ている。


 目に見える範囲では、目と口、鼻から血を流している。

 しかし、重傷なのは体のほうだ。


 掠りもしていないはずなのに、リツカの体の中はぐちゃぐちゃだった。辛うじて、心臓が動いている状態だ。胃は半分潰れ、肺は片方しか機能していない。リツカが叫んだ時、肺がちぎれた。腎臓と肝臓にもダメージを負っている。


 即死ではなかったのは、リツカの魔力と”抱擁強化”が僅かながら防御力を上げていたからだ。


 もし、何もなければ、リツカの体は右半身がなくなっていただろう。

 リツカの居る場所は、血溜まりに――なっている。



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