激闘⑦
「ウィンツェッツが来てくれて助かったぜ」
「だからって頼りすぎだろ!」
北の援護に行ったウィンツェッツは、到着するなり最前線に立たされている。
「試し斬りしたいって言ってたから、戦いたいのかなって」
「確かに言ったが、感触を確かめる暇もねぇよ!」
刀の切れ味を見たくて戦っているけれど、それを確かめる暇がないほどに戦い続けている。
(でもまぁ、いつもより疲れねぇな)
それなりには感じているようだ。
(ライゼが言う程には、感じねぇが)
技術の差か、ライゼルトやリツカ程切れ味の変化を実感できていない。
「まぁ、この戦場なら突破できそうだな」
(ここが終わったら西に行くか。どうせライゼも行ってんだろ)
早々と次の予定を立てている。
北は、当初予想していたより、ずっと敵が少ない。
今まで北を意識させていたのは、他の方角での準備を悟らせないためだったようだ。
そのため、他の方角では、激戦が繰り広げられている。
「おいおい、こっちに火力がいねぇぞ!?」
「誰だよ命令だしたの!」
東では、ディルクが到着していた。
しかし、伝達ミスか、攻撃できる人間が極端に少ない。
「アンネさんに連絡しなかったのか!?」
「ないもの強請りすんな、このまま守るぞ。ライゼかウィンツェッツに連絡する」
ディルクが落ち着いた声で言う。
(早速後悔したぞ、ライゼ)
剣術を覚えていれば、少しは楽になったかもしれないと、ディルクが苦笑いしている。
(そんなに甘くはねぇか)
敵の質はそこまで高くない。
それでも、犠牲は少なからず出ている。
北も東は犠牲者を出しながらも、王都の城壁には、傷一つついていなかった。
「参ります」
アリスさんの魔力が昂ぶっています。
ついに、きます。
「光の炎、光の刀、赤光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる! フラス・フラス! 光をのみ込む光よ、私を照らせ。ルート・ルート! 白を包む赤よ、私と共に――強き想いを胸に抱いた英雄よ、顕現せよ!」
この世界で唯一の、名前を持つ魔法。詠唱は、アリスさんの純粋な想いを謳います。
対一、対多、どちらでも一撃の下なぎ払うこの魔法は、アリスさんの想いの強さに比例し、強ければ強いほど、より強く、想いを顕現させるのです。
「私の想いを受け、私の敵を拒絶せよ! 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】!!」
アリスさんの体が銀色に煌き、瞳は赤と銀が混じり、ほんのり桃色に光ります。
杖を高々と掲げると、その杖から魔力が噴き出しました。その魔力は、だんだんと人の形をしていきます。
その姿は――。
「余所見トハ余裕ダナァ!」
「――っ!」
目の前で鬱陶しい私にキレているのか、司祭は私だけを見ています。
チャンスですね。
あの魔法をもう少し見たかったのですけど、後で聞きましょう。
このまま司祭を足止めしていれば――私達の勝ちです!
「……」
「大きいリツカお姉さんですね」
アルレスィアが顔を真っ赤にして、照れている。
この魔法は、アルレスィアの想いを具現化し、想いの強さがそのまま攻撃力になる、”拒絶の光”の究極魔法だ。
昔この魔法を発動させた時は、アルツィアが出てきた。
強さは、レティシアが行う魔法で最も強いものを、少しだけ強くしたくらいのものだ。
でも今は、リツカの姿をし、強さは、今この世界にある魔法のどれよりも――強い。
この魔法は、アルレスィアの想いの具現化。想いの強さで威力が変わる。
アルレスィアは、この世の誰よりも、リツカを――。
「……アン・ギルィ・トァ・マシュ!」
照れ隠しに、アルレスィアが魔法へ命令を下す。
リツカと戦っているイェルクに向け、巨大リツカの刀が横薙ぎに振るわれる。
戦っているリツカ諸共。
「巫女さん!? リツカお姉さんでも避けられませんよ!」
「ご安心を」
何度でも言おう。この魔法は、アルレスィアの想いの具現化だ。
「私の攻撃が、リッカさまに当たるわけありません」
アルレスィアに攻撃の意思が有るかどうか、この魔法の攻撃対象は、アルレスィアが拒絶したい相手だけだ。
「ナンダ――!?」
「もう遅いです」
「気ヅカセタノガ、運ノ尽キダ」
往生際の悪い方ですね。もう刀はそこに――。刀?
神さまを象ってるんじゃ――。
姿形は後ほど聞くとして、何か嫌な、予感……っ!
司祭がまだ、何かしています。
「保険ト言ッタハズダ」
「まさかっ!」
「でけぇ剣士娘だな。巫女っ娘の魔法か?」
ライゼルトの位置からも見えているようで、空をチラと見ている。
「どんな魔法なんだありゃ――あん?」
ライゼルトが大きく下がる。
マリスタザリアたちが、先程と同様に苦しみだす。
でも、先程よりずっと早く、悪意が飛んでいった。
北のウィンツェッツも、西を見ていた。
「あんな魔法もあんだな。――あ?」
ここも同様に、悪意が西へ行く。
そして、東も。
「悪意が――!?」
まだ取り込む気ですか!? 今度こそ、理性が蒸発しますよっ!
「ヌンッ!」
更に体が肥大化し、アリスさんの魔法が振り抜く攻撃を受け止めています。体表が人の色とは思えない、土のような色になっているのです。マリスタザリア化の影響なのか、どんどん人から離れていっています。
苦痛に歪みながらも、司祭は話す事をやめません。
「ワタシ、ハ、神、ノオンッチョ――」
「どうして、そこまで……」
司祭はどうしてそこまで、神さまの恩寵を欲しているのでしょう。
「ワタシヲ、救っテクレ、タ、神ヘ、恩返し、シ、シタカ」
「それが、聖伐なんですか」
「ソウ、ダッ!」
歪んでいても、この人は――信徒だったんですね。
アリスさんに強く当たるのは、邪魔をしていたから、でしょうか。自分の信じる神さま像を崩してしまったアリスさんをへの、反抗。
身勝手で、一方的で、間違っていますけど……この人は、利用されていただけなのかもしれません。
「言ったはずですよ」
「グ、グググ」
「そんな貴方も、神さまは愛してくれるんです」
光が、司祭をのみ込んでいきます。
終わりです。
「グ、グガッあ、ァァアアアアアァァ!!」
「罪を償ってください。神は赦してくれる。でしょう?」
司祭は、光の向こうへ、消えていきました。
「はぁっ……はっ……」
「アリスさん!」
アリスさんが肩で息をして、膝をついてしまいました。
私は急いで向かいます、けど。
「あふっ」
「リ、リッカさまっ」
足がもつれて、こけてしまいました。変な声まで出して……恥ずかしい……。
「二人共、何をしてるんですか」
「シーアさん、足震えてる」
「座っていいですか?」
シーアさんも限界だったようです。
「生命剤が、ちょうど三本あります。のんでください」
「私の方も、二本ありますから、シーアさんはご自分で」
「では、ありがたく」
アリスさんが、よろよろとしながらも、私のところに来てくれます。
「ごめんね、腰が痛くて……」
「治癒は、まだ出来ません……。もう少し我慢してくださいね?」
「うん」
アリスさんが、ビンを渡してくれます。
思い出したら、少しズキズキしてきました。結構、血だらけです。
少し、歩けるようになりましたね。
「無事か!」
ライゼさんの声が遠くから聞こえます。どうやら、直行してきたようです。
「戻りましょう、二人共」
「はい」
「うん」
シーアさんに促されて、王都へ戻ります。
後ろで倒れている司祭を見ます。
どうやら、アリスさんが手加減して攻撃を当てたようです。
司祭が予想以上に強かったのもありますけど、纏っていた悪意は全て吹き飛ばされ、肉体へのダメージは大きいです。
あの巨大な魔力の斬撃。あれを精密に制御し、司祭を殺すことなく制圧した腕前、アリスさんの魔法技術の高さがうかがえます。
あの人は、ギルドに任せて私たちは――。
(お前だけ、デモ)
イェルクの意識は、ヨアセムに殆どのみ込まれてしまっている。
だからだろう。
魔王の脅威になりえる者を狙っている。
アルレスィアに、攻撃しようとしている。
殺意を帯びた、殺すための、魔法を向け――。
「――!」
リツカが、ただの”強化”で跳ぶ。
「リッカさま!」
アルレスィアの悲痛な声が、リツカを止めようとする。
だけど、もう、止まらない。
「――シッ!」
肉の裂ける音と共に、イェルクの喉が、斬られる。
「――ぁ! ――ぇ!」
声を出そうとするイェルクだけど、声が出ない。
アルレスィアの魔法のダメージもあったのだろう。どんどん精気がなくなっていく。
「……」
リツカが震えている。
唇は青く染まっている。
イェルクが、正気に戻った目で、微笑んだ気がしたけれど、リツカの目には、何も映っていなかった。
「――ぁ――ぃ――ぉ」
イェルクが何かを言った。
それで力を使い果たしたのだろう。イェルクの命が――尽きた。




