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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
24日目、私は浮かれていたのです
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激戦⑤



 リツカがイェルクと会話している時、牧場の戦いも終わろうとしていた。


「来たのか」

「あぁ」


 牧場にウィンツェッツが戻る。

 ライゼルトと防衛班たちは奮戦し、優位に立てている。


「剣士娘の容態は?」


 ライゼルトがイラつきを抑えるように唾を吐く。


「なんだそりゃ」

「あ? 知らんのか」


 ライゼルトがため息をついて説明する。


「洗脳された馬鹿が剣士娘を後ろからやりやがった」

「ハァ?」


 イラついている理由は、リツカがやられた事だ。


「まぁ、巫女っ娘が居るなら問題ねぇだろ。攻撃した馬鹿共は後で痛い目を見るだろうしな」


 アルレスィアが洗脳された者たちを折檻する様を思い浮かべたのか、溜飲を下げたようだ。


「向こうはそれ以外は順調みてぇだ」


 こちらもすでに敵は殆どいない。後三,四体といったところだ。


「こっちも終わらせるか」


 ウィンツェッツが刀を抜く。

 試し斬りしたくてウズウズしている、といった様子だ。


「あぁ、そんじゃ――あ?」


 ライゼルトの動きが止まる。

 目の前で、マリスタザリアたちが呻きだした。


「なんだ……?」


 ライゼルトが警戒心を強める。


「ヨアセムと似たような呻き方だな」


 ウィンツェッツも警戒しながら呟く。


「ググググ」


 体から黒い魔力が抜けていく。

 どんどん小さくなっていくマリスタザリア。


「なんだ……?」

「あ?」


 ライゼルトは困惑するけど、ウィンツェッツは何がおきているか分かっていない。


「なんか、抜けてったぞ」

「は?」


 二人がマリスタザリアを見る。


 マリスタザリアだった者達は、どんどんと元の姿になっていく。

 悪意が抜けたマリスタザリアは元に戻り、次第に干からびていく。


「完全にヨアセムと一緒だ」

「今の感じ、悪意が抜けていった時に似とるな」


 ライゼルトが気配を探ろうとするけど、”巫女”でもない限り無理だ。


「何がおきてる……」


 牧場の戦場が、一旦終息する。


 だけど、抜けていった悪意は、西へ飛んでいった。



「終わるのは貴様達だ」


 司祭の周りを漂っていた悪意が、司祭の中に入っていきます。

 後ろから更に、悪意がこちらに向かっています。恐らく司祭を目指しているのでしょう。


 隊商救援時の熊が見せた、悪意吸収。あれに似ています。

 止めるには息の根をつめるしか――。


「バオ゛ゥッ!」


 一瞬の迷いが、ゾウの先手を許してしまいました。


「邪魔っ!」


 鼻の振り下ろし、狙いは頭。

 右拳は私の胸。

 左手に余裕があります。向こうに避けると追撃がくる。


光雷(【フラス・ド)の剣よ(ナ・シュヴァト】)()降り注(【スパ・)げ! 強(シュタク】=)く煌き、(【マネ・)我が想い(グダゥン】)を遂げよ(・オルイグナス)!」


 麻痺効果を持った”光の剣”が、迫る拳と鼻に突き刺さりました。

 突き刺さった後、煌々と光り、持続的な浄化を繰り返します。


(ありがとう、アリスさん!)


 拳側へダックイン、腕を斬りおとし――。


「モドレ」

「ッ!」


 私の攻撃は、掠るだけで終わり、ゾウは大きく後ろに、”疾風”で下がりました。

 追いかけ、る。


 私の思考は一瞬止まります。


「なんです、あれ」


 シーアさんが一歩下がって震える声で呟きました。

 深いところで、恐怖を感じているのかもしれません。


「あれが、悪意を完全に受け入れた人の、成れの果てでしょう」

「人の変質、神さまはそんなこと言ってなかったけど――魔王の力かな」


 完全な変質を見せた司祭。

 

 見た目八十、九十歳と言ってもいい司祭は、二十代に戻ったように肌に潤いと目の窪みが元に戻り、全体的に活力が漲っています。


 筋肉も、ついていますね。

 丸太のような足に、棍棒の様な腕。首は私の腰程の太さかと思う程に膨張し、血管が気持ち悪いほど浮いています。


「マダダ」


 理性が飛びかけているのか、カタコトです。

 なんて、考えている場合ではないですね。


「させない」


 今のうちに、腕と足を落とします!


「――シッ!」


 腕を斬りおとしっ!?

 ガギンと金属がぶつかった音がします。刃こぼれはありませんけど、どうして斬り結んだ時の様な音が!?


「モウ遅イ」


 爪で私の刀を受け止め――!?

 下がらないとっ!


「一体、何がっ」


 ”疾風”で二,三メートル程下がります。

 速さは私の方が上のようですけど、刀を防げるほど、あの爪は硬いようです。

 そんな硬い爪を防御に使ったあたり、皮膚はそこまでの強度がないようですね。

 恐らく、斬れます。


「ゾウは、どこに行ったの?」

「ゾウ?」


 シーアさんの疑問が投げかれられます。

 どうやらゾウという名前ではないようですけど、今は名前より消えた敵です。


「あのマリスタザリアは、司祭イェルクに吸収されました」

「吸収……?」


 アリスさんが変わりに答えてくれます。

 悪意どころか、生物まで取り込むんですか?融合ってやつですね……。


「イクゾ」


 やけに、やる気に満ちていますけど。


「はぁ……は、ぁ……」

「リッカさま! 一度戻ってくださいっ!」


 アリスさんが呼んでいます。

 でも、行かせてくれそうに、ないですね。


「ヌンッ!」


 気合が入っただけのパンチ。爪で攻撃しないんですか?

 腰も入っていませんし、駄々っ子の様な、破壊を生みそうにない攻撃です。

 三歩下がって、避けます。

 ドッと地面に拳がめり込みます。

 私は、背筋に走った感覚に、対応を誤ったことを認識しました。


「っ!」


 地面が爆発したように膨らみ、石の飛礫が襲い掛かってきました。

 急に膨らんだことで、足元が覚束ません!

 下がりながら首や心臓の位置に腕を構え、守ります。


「つぅ……!」


 頬と横腹、腿に切り傷が出来ます。

 ただの飛礫が飛んできたのであれば、問題ありませんでしたけど、地面からの強襲とは、思いませんでした。

 足元を崩すのは定石ですけど、こんな……。


「リッカさま――!」

「来ちゃ、ダメ!」

「っ……!」


 アリスさんが私の切実な懇願に、足を止めてくれます。

 こんな人の射程に、アリスさんを入れるわけにはいきません。

 

 司祭の戦い方はまるでなっていません。

 元々、ただの年寄りです。人を殴った事すらない人間でしょう。

 ですけど、内包された力は、今まで出会ったマリスタザリアを遥かに凌駕しています。


 もし、何も知らずにこの人に出会っていれば、魔王かもしれないと、考えたでしょう。

 実際はただの狂信者ですけど、もはやただの――マリスタザリアです。


 私についた傷は、戦いの支障になるような物はありません。

 集中すれば、痛みも感じないでしょう。

 ただ、もう……。


「……っ」


 魔法、きれそう――!


「更ニ追イ詰メルカ」


 司祭が不穏な言葉を発すると、周囲が悪意で包まれます。


「また吸収を!?」


 これ以上は人格が消え……。いえ、違いますね。


「アリスさん! シーアさん!」


 構えてください!


「シーアさん、”盾”から出ないでください」

「もちろんです。あの人にやられてしまいます」


 シーアさんが”盾”の中で、司祭にどう攻撃を当てようか窺っています。


「いえ」


 アリスさんが”盾”に魔力を込めて強くします。


()()()()()()()()


 地鳴りが起きています。

 シーアさんの負担が増えますね。全く……。




 牧場では、急に干からびたマリスタザリアについての会議が行われていた。


「おい……」


 ディルクの顔が青ざめる。


「構えろツェッツ」

「その名で――言ってる場合じゃねぇな」


 ライゼルトとウィンツェッツが素早く気持ちを切り替える。

 安堵していた冒険者たちの前に、マリスタザリアの群が現れた。


「数は少ねぇ、一気に決めるぞ」


 ライゼルトが短く息を吐き、気合を入れる。

 飛び出そうとしたライゼルトの肩を、ディルクが掴む。


「ライゼ、北と東にも敵だそうだ」

「ツェッツ、北に行け。ディルクは冒険者連れて東だ」


 ディルクからの情報に、ライゼルトは驚きもせずに短く命令を下す。


「あ?」

「おいライゼ」


 困惑する二人に構わず――。


「ここは俺だけでいい」


 ライゼルトが短く告げ、一人で突撃する。


「いくぞ、隊長」

「クソッ! お前らついて来い!」


 四方からのマリスタザリア襲来に揺れる王都。そこに、更なる悪意が牙をむく。


 

 多くの敵が出現しました。数は、五十程でしょうか。


「シーアさん、いける?」


 私が司祭を抑えます。


「はい。()()はしていました」

「魔法に集中してください。守りは私が」


 シーアさんに完全に任せますけど、生命剤を一気飲みしたシーアさんが力強く頷いてくれます。


 アリスさんの守りにも、疲れは見えません。

 大群がきても、問題なのは司祭。この人を止めない限り、終わりません。 


「コノ大群ハ、保険。故ニ、終ワリダ」


 司祭がかざした手に魔力が溜まっていきます。


「アリスさん、構えて――」


晦冥(【ユゥム・)に怯え(エルシュク】)()赦しを(【ビトゥジ・)(ウ・)うが(ヴァグボ】)いい(・オルイグナス)


 黒い暴風が、まるでビームの様に発射されます。

 狙いは私達ではなく、王都――!


「なんでっ!」

「聖伐ヲ達成セネバナラヌ」


 こんなになってまで、狂信者らしい言い方です。ある意味尊敬しますよっ!


「ダメです、間に合いません!」


 アリスさんが動こうとしましたけど、あのビーム、速い。もう当たる――。




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