激戦③
戦いの音が聞こえます。
視界の隅に光るのは、深い海の色、シーアさんが、戦っています。
本来前線で戦うべき私は、アリスさんの銀色に包まれています。
「アリス、さん……」
「リッカさま……」
アリスさんの涙が、私の頬に落ちてきます。
「何が、あったの?」
「味方が、リッカさまへ魔法を放ちました」
「そうなんだ……」
私、何か怒らせる事、したんでしょうか……。
コルメンスさんに説教したことでしょうか。
コルメンスファンクラブとかあるんでしょうか……?
そんなことは、ないですよね。
思考に、遊びがあります。結構余裕があるようです。
「ありがとう、アリスさん」
「まだだめです」
「でも、シーアさんだけじゃ――」
近づかれたら、終わりです。早く戻らないといけません。
「リッカさまを優先させると、言ったはずです」
「アリスさん……」
確かに、そう告げられました、でも。
「シーアさんが、私と、アリスさんを守ってくれてる」
「はい……」
「だったら、行かないと」
私を撃ってしまった方たちは、好きになれませんけど……。
「シーアさんまで怪我しちゃったら、街の人達が、殺されちゃう」
街には、私達に優しくしてくれた方たちがたくさんいるのですから。
傷はしっかり塞がり、違和感もありません。傷跡もないです。
「やっぱり、アリスさんの治癒はすごい」
「もちろんです……。私の治癒は、リッカさまを治すためにあるのですから」
私の傷のあったところを撫で、アリスさんが涙を流しています。
「ありがとう、アリスさん」
「はい」
「行ってくるね」
「……はい」
アリスさんの手が震えています。
アリスさんの綺麗な手が、私の血で、少し……汚れてしまっています。
「ん」
「――っ」
アリスさんを抱きしめ、頬擦りします。
血が流れたせいで、少し下がった体温が戻った気がします。
「ちゃんと、帰ってくるから」
「はい――!」
アリスさんの顔を悲しみに歪めないために、もう、当たりません。
私の味方は、アリスさんとシーアさんだけです。
「シーアさん」
「リツカお姉さん? もういいのですか?」
「うん、ありがとう。脅威の排除までしてもらっちゃって」
「いえ」
流石に、元味方に対しての物言いではありませんね。
でも、街を守る以上、彼らも敵と認識しないと、また後ろからやられては堪りませんから。
私だから良かったものの、アリスさんを狙われたら、うっかり、反撃をしてしまいそうです。止まるために、敵くらいの感覚で居た方がいいです。
戦いが終わったら、事情をちゃんと聞きましょう。
もし、ただ単に私が嫌いだったのであれば、安心してもらいましょう。
どうせ、私はこの戦いが終わったら――。
「また、元の陣形でいこう」
「分かりました。無理だけはしないでください」
シーアさんが後衛に戻っていきます。
「第ニラウンド、だよ」
ここで、後衛まで倒しきります。
アリスさんの消耗を抑え、謎の敵へ行くために。
「さぁ、行こう」
引き続き、後ろにはいかせません。
「とにかく、シーアだけではキツいでしょうから」
コルメンスが対策を立てようと考える。
増援を送る事もできない以上、何か手立てを考える必要があった。
でも――。
「お待ちください陛下」
「な、なんだい、アンネ。もう行かないよ……」
先程リツカに怒られたコルメンスが、過敏に反応する。
「いえ、リツカ様が……」
「はぁ……」
噴水の中のリツカは、もう立ち上がり、前線に戻っていた。
エルタナスィアのため息が、大きく聞こえた。
「リツカさん……」
リタが、初めて見る、リツカの戦う姿を凝視する。
「リツカさんが立ち上がったのは、シーアだけだと戦線を維持できないから、ですね」
「そうだね……」
エルヴィエールの言葉にコルメンスが頷く。
「リツカさんは、王国に敵を近づけないつもりだ」
三人の第ニラウンドを、広場で大勢が見守っている。
体は動きます、魔法も順調。少し気だるいですけど、気になるほどではありません。
シーアさんが頑張ってくれていたお陰で、中間層の敵は殆どいません。
「リッカさま!」
「うん!」
シーアさんが、残りの中間も倒してくれるようです。
戦線が崩れないように注意して、後衛に取り掛かりましょう。
強敵は、サイ? とゾウですね。
それ以外は、悪意を吸収した熊と同等です。
(あれなら、いける)
とにかく、数を減らします。
残り、目視で三十四体です。
西日にはまだ早いですけど、少し傾いてきましたね。
順調に狩っていくリツカとレティシア。
リツカが横に広く動き敵の前進を止めつつ、レティシアが一体ずつ倒す。
三人は魔法の色が見える。これを最大限に利用している。
リツカはレティシアの魔法色を見て、そこを避けるように動く。レティシアは縦横無尽に動いているリツカを気にすることなく魔法を撃てる。
(リツカお姉さんが前衛に居てくれるお陰で、魔力を練ることも、詠唱も、やりたい放題です)
レティシアの強力な魔法がマリスタザリアたちを圧倒する。
余裕があるときリツカは、後衛のマリスタザリアも斬っていく。
(目の前を鬱陶しく動き回る私にイラだって不用意に近づく後衛が二体)
伸びてくる腕や脚に、リツカのカウンターが入る。
(もう一体、今度は硬そう)
リツカが辛そうな敵には――。
「光炎よ、強き剣となりて悪意を打ち滅ぼせ!!」
アルレスィアの絶妙な、”拒絶の光”が援護する。
アルレスィアの消耗も少なく、順調だ。
だから、皆、油断した。
もう見えている敵だけだと。
「――」
アルレスィアの後ろから、手が這い出る。
それを合図に、敵たちが急速に進軍してくる。
誰も気づかない。アルレスィア自身も気づかない。
全員、進軍してきた敵を見ている。
影から出てくる敵に、誰も注意していない。
リツカがピンチに陥ったにも関わらず、戦線を維持し続けられている。
全員が勝ちを意識した。そんな、小さな気の緩み。
「――巫女さん!」
一番後ろに居たレティシアが気づいた。
でも、もう遅い。
完全に背後を取ったマリスタザリアの爪が、アルレスィアに迫っている。
誰も気づかなかった。
広場の者達は、漸く気づいた。でも、全員確信してしまっていた。このままでは、アルレスィアは殺されると。
悲鳴をあげる事すら出来ずに、全員が想像してしまった。
一人を、除いて。
「――ッ!!」
アルレスィアの目の前に、刀を振りかぶったリツカが居た。
「――」
先ほど、味方による裏切りがあったという経緯がある。だから、リツカによる裏切りと取られてもおかしくない状況でありながら、アルレスィアは、それを見て微笑み、全てをリツカに預けるように、しゃがみこんだ。
「――シッ!!」
ズパンッ! と大きな音を立て、マリスタザリアの腕が竹の様に裂けていく。
そのままリツカは、マリスタザリアの首目掛けて、刀を振りぬく。
「私が、許すわけないでしょ!!」
リツカの力強い言葉と共に、マリスタザリアの首が、天高く舞い上がる。
「アリスさん」
「はい」
アリスさんが、私の言葉にドーム状の”盾”を作ってくれます。
「シーアさん!」
「え? あ、え?」
「しゃがんで!」
オルテさんから授かった剣を引き抜き、投擲モーションに入ります。
「えっ!? ちょっと!」
シーアさんが珍しく狼狽しています。でも、私の言葉に従い、しゃがんでくれました。
しゃがむと丁度、シーアさんの後ろの影から、マリスタザリアの頭が見えたところです。
「――シッ!」
投擲すると同時に、頭の中でバツンッとゴムテープが切れたような音がします。
強制的な魔法解除となりましたけど、これしか方法がありませんでした。
「わわわっ」
シーアさんが頭を押さえて小さくなります。
ちゃんと当たらないように投げましたよ。
「グ――」
叫び声を上げることなく、頭が消し飛んだマリスタザリアが影からぬるりと出てきました。
「うわ……。気持ち悪いです」
シーアさんが”疾風”でアリスさんの”盾”に入ります。
「ありがとうございます」
シーアさんが”炎”で、敵陣を火の海にしました。進軍が少し緩やかになったので、敵の奇襲は失敗に終わったようですね。
「しばらくは、アリスさんの盾に居てね」
「お任せください」
アリスさんが頷くのを見て、魔法を再発動し、敵の突撃を止めにいきます。
「私を倒さないと、後ろにはいけないよ」
行かせる気は、ありませんけどね。
「私の刀が届く範囲で、好き勝手させない」
刀を片手で横に、通さないという意志を体現するように構えます。
「勝つのは、私たち」
赤の煌きを纏い、戦場に咲く一輪のグラジオラスとなりましょう。
グラジオラス 花言葉、勝利。




