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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
24日目、私は浮かれていたのです
265/934

一手⑩



「ライゼ!」


 ディルクがライゼルトに声をかける。


「どうだ!?」

「ヨアセムの野郎逃げやがった!」

「なにぃ……!」


 ライゼルトが歯噛みする。


(クソッ! 何かしかけてやがったな!?)


 敵を斬ることを辞めずに魔力を昂ぶらせていく。

 しっかり縛っていたはずのヨアセムが逃げられるはずがない。何か最初から準備していた、とライゼルトは考える。


「そんで! アンネはどうした!?」

「居ねぇそうだ!」

「なッ!?」


 ライゼルトが動揺する。


 それを見逃す敵ではない。リツカが認めた程の洞察力と体術を持つマリスタザリアにとって、その一瞬で十分だ。


 ライゼルトに熊の爪が襲い掛かる。


「クッ……!」


 ギリギリで避け反撃に転じる。

 マリスタザリアの腹を切り、倒す事は出来たけど――。


「ライゼ!?」

「問題ねぇ!」


 ライゼルトの脇腹から血が流れている。

 しかし――。


「掠り傷だ」

「強がってんじゃねぇよ!」


 息が荒れ、玉のような汗を流しているライゼルトを、ディルクたちは初めてみる。


(未熟者がッ! 早くコイツら倒してアンネのとこ行かねぇと!)

「一旦戻って治せ!」


 ディルクが指示を出す。


(――ッ! 時間は惜しいが――)


 ライゼルトは苦渋の顔で、”盾”の中に戻る。


(途中で倒れたら元も子もねぇ)

「焦るな」

「分かっとる」


 そう言いつつ、ライゼルトは貧乏ゆすりする。

 焦燥感が周囲に伝わる。

 ライゼルトの首にかけられた指輪に、太陽が当たり光る。

 時間は、昼を迎えた頃だろう。

 

「何体くらい倒したんだ」

「三十は超えたはずだが」

「まだ四十は見えるぞ」

「俺らじゃ一体ずつだからな」


 会話することで落ち着きを取り戻していく。

 現状の苦しさを話す事で、気をそちらに向ける。


「まぁ、向こうに比べりゃ楽だろうよ」

「巫女様達のほうか」

「魔女娘でどれくらい減らせるか、だな」


 ライゼルトは脇腹の調子を確かめる。

 傷は塞がっているけれど、鈍い痛みは残っている。

 腰を捻ると、少し血が滲んでくる。


(もう少しかかるな) 

「こっちを倒しきったら王都を通って西に行くぞ」

「……俺らは直行するぞ」

「……おう」


 ディルクは既婚者だ。ライゼルトの気持ちも分からないでもないのだろう。


「そういや、ウィンツェッツ遅いな」

「何やってんだ、アイツ」


 ライゼルトはため息を吐く。


 今、窮地に立たされているとは知らずに。




(何だ、こりゃ)


 ヨアセムの意識がウィンツェッツの中に侵入してくる。


(”洗脳”だ)

(あ?)


 自分の中からヨアセムの声が聞こえてくることに、特に驚くことなくウィンツェッツが言う。


(うるせぇ、出て行け)

(貴様にはライゼルトを誘き出すために一役かってもらう)


 ウィンツェッツを無視し話していく。

 そのことにイラつくウィンツェッツだけど、うまく思考できない。


(悪ぶっているが、貴様も所詮は偽りの正義を掲げる弱者にすぎない)

(弱者だと?)


 弱いという言葉に過敏に反応する。

 洗脳中にも関わらず、そこまで感情を発露できるウィンツェッツに感心しているヨアセムは、にやりと笑う。


(人を助けるなど、弱者が自身の存在を確立させるために行う偽善にすぎない)

(……)

(真の強者は救わない。導く事はあってもな)


 ヨアセムの自論にウィンツェッツは否定的な顔をしている。


(阿呆が)

(負け惜しみか?)


 ヨアセムの余裕は崩せない。


(どっちかしか出来ねぇ時点でお前の言う強者も弱者だ)


 ウィンツェッツは思う。自分の知る強者は、救うだけでもなく、導くだけでもなかったと。


(てめぇに力がない事を誤魔化したいだけだ)

(好きに言え。もう洗脳も終わる。貴様の言う強者も直ぐに死ぬ)


 ウィンツェッツの意識が塗りつぶされていく。


(終わりだ――)

「中々に修羅場ね」

「エリ――」


 アンネリスが驚愕の顔で、現れた女性を見る。


 女性がヨアセムに向け花束を投げる。


絡み付(【ゼフィ・)け草花(ヴァデル】)()かの者(【アイブル)を糧と(・エス・)し、咲(ブルト】)き誇れ(・オルイグナス)――」


 投げられた花がヨアセムに絡みつく。体に根を張り、色とりどりの花が赤く染まる。


「な、何をしている……ッ」


 上手く呼吸が出来ないのか、コヒューと気の抜けた息をするヨアセム。一気に老けたように皺が増え、肌は乾燥し、ヨタヨタと崩れ落ちる。


「私、園芸が趣味なのよ。リツカさんとはきっと話が合うから、早く平和になって欲しいわね」

「そんな事はッ、聞いて、いないッ!」


 ゴホッゴホッと咳き込み、乾燥した唇が切れている。


「アンタは、巫女の」


 膝をついたウィンツェッツが話しかける。


「意識はあります?」

「あぁ……」


 エルタナスィアが、笑顔でたっていた。


「エリス様どうして――」

「その前に、ウィンツェッツさん。口と目を塞いでくださいな」


 アンネリスを制して、ウィンツェッツに布を渡しながら指示を出す。


「あ、あぁ」

影に(【ウエモ)――」


 ウィンツェッツが受け取ろうと動いた隙をつき、ヨアセムが魔法を発動させうようとする。


「花よ」

「ウグッ!?」

「無駄ですよ」


 エルタナスィアの花たちがヨアセムの口を塞ぐ。


「すごい……」

「アンネさんが遅かったから来たのだけど、良かったわ」


 アンネリスの体調を確かめながらエルタナスィアが微笑む。


「今ゲルハルトを呼びますからね。移送はあの人に任せましょう」

「はい……」


 どこも悪いところがないと確認し、エルタナスィアがゲルハルトを呼ぶ。


「アンタも洗脳ってのをされてたのか?」

「どうやら、そのようです」


 ウィンツェッツがアンネリスに尋ねている。


「触れている間に意識に入り込んで、操るようね」


 エルタナスィアが”伝言”を終了させ話しに加わる。


「エリス様は、その……戦えたのですね」

「そうは見えないでしょう?」


 クスクスと笑いながらアンネリスの膝の砂を払う。


「一応、先代の司祭様の付き人で、護衛も兼ねていましたからね」


 ゲルハルトの姿を確認して、ほんの少し安堵した表情をするエルタナスィア。


「時間稼ぎのための拘束が主だけど、結構強く縛れるのよ?」


 いくら戦えるとはいえ、得体の知れない存在に切り込む勇気は、簡単には出せない。


「無事か、エリス」

「アナタ、私より二人の方が危険だったのだけど?」


 真っ先にエルタナスィアの安全を確かめるゲルハルトに、苦笑している。


「あ、あぁ、すまない」


 ヨアセムに雑な治癒をかけつつ、ゲルハルトが謝る。


「とにかく、コイツを移送しよう」

「グ、ギ」

「あ?」


 ヨアセムの奇声に、ウィンツェッツが訝しむ。


「おい、また何か起きそうだぞ」


 身構えるウィンツェッツに倣い、全員が臨戦態勢を取る。


「グガッ――!」


 ヨアセムから()()魔力が出て行く。

 しかし、ここに巫女二人とレティシアは居ない。


 ライゼルトが居れば微妙な変化を感じ取っていただろうけど、ウィンツェッツはまだ未熟で、そこまで至っていない。

 

 魔力が流れていく。魔力色が見えない人間には、奇声を上げているようにしか見えない。

 ヨアセムが、ミイラのように干からびていくのを黙って見る事しか出来ないのだ。


 この場の戦いは終わったけれど、戦場に変化をもたらす結果となってしまうとは、誰も思わなかった。



「アンネさーん!」

「やっと見つけた!」

「どうしてここに? 貴方たちはライゼ様の戦場に――」


 ライゼに請われ様子を見に来た冒険者たちがアンネリスを見つける。


「ウワッ! 何このミイラ……」

「ちょっと、これ、ヨアセム……?」

「ライゼ様はどうなったのですか?」


 ヨアセムの変わり果てた様子に慄く冒険者には触れずに、ライゼルトの戦場からやってきた二人に尋ねる。

 もしかしてライゼルトに何かあったのかと、危惧している。


「い、いえ。ライゼさんが何か感じ取ったようで、ギルドの様子を見に行け、と」

「では、すぐに連絡を取ります」


 どうせ、私の心配です。とは言わなかったけれど、顔が綻んでいるため、エルタナスィアにはバレていた。


「ライゼさんも王子様、ね」

「エ、エリス様……」


 クスクスと笑うエルタナスィアだけど、何時もの様に満面の笑みというわけではない。


「――」


 ヨアセムの暗い眼窩が、恨めしそうに、生者を見ていたから。




『おや?』

「――」

『そうだね、霧が晴れて――リツカ?』


 ヨアセムの命がつきた辺りで、美術館の霧が晴れた。

 世界を見ている本体からの情報を受け取った私が見たのは――。


『何が起きていたんだい……?』


 何故か血に塗れたリツカが、倒れていた。



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