一手⑧
「思わぬ邪魔が入りましたけど、始めますか」
シーアさんが毒を吐きながら魔力を練ります。何故か、シーアさんはコルメンスさんに辛辣です。
説教した私が言えることではないですね。不敬罪とかならないでしょうか。
「少し溶けていますね」
「コルメンスさんとお父様が余計な事をするからです」
シーアさんだけでなく、アリスさんも怒っています。
戦えるって話ですけど、ゲルハルトさんも、コルメンスさんも、戦いから離れて長いはずです。
急に進化したマリスタザリア、それらがここに終結しています。
ブランクのあるお二人は、言っては何ですけど、足手纏いです。
シーアさんが準備している間に、敵を観察します。
目に見える範囲で危険なのは、サイ? とゾウ、でしょうか。明らかに大きいですし、どちらも表皮が硬そうです。熊の比ではありません。
空中にもちらほら居るようですね。ですがあれは、シーアさんに任せるしかありません。
「シーアさんならば、前衛は全滅させられそうですね」
「魔法を防ぐ術がなければ、十分に削れそう」
「問題は、削れなかった相手ですか」
シーアさんの魔法は、攻撃も強力です。
先程の津波。圧倒的な水量は、マリスタザリアを小枝の様に押し流しました。
その後放たれた氷の魔法で、氷河期が来たかのような惨状です。
このコンボで動きを止める事が出来なかった敵は、論ずる必要が無いほどの強敵です。
そして今から行う魔法で生き残った敵も、並の魔法では倒しきれません。
「私がやるよ」
私が斬り開きます。
「サポートはお任せください」
「うん。でも、アリスさんの”拒絶の光”が必要になるのは、最後列の数体だと思うから、消耗は抑え目で、ね」
謎のマリスタザリアと、サイとゾウ、まだ悪意の壁とも言えるマリスタザリアが居ます。これらは、刀が通るかも怪しいのです。
鉄は斬れましたけど、それ以上は刃こぼれの危険がありますから。
「心得ています。ですけど、優先順位は何時もと変わりません」
「私も、変わらないよ」
どんな時でも、譲るつもりはありません。
「絶対に、守りきるから」
「絶対に、守り抜きます」
レティシアが次の一手を撃とうと魔力を練っている頃、牧場では二人の剣士が苦境に立たされていた。
「クソが……」
「斬れる敵が減ってきたな」
順調に数を減らしてきていた二人だけど、一体を相手取る時間が増えていっている。
その結果として――。
「馬鹿弟子!」
「あ? ゴフォ!?」
ライゼルトの蹴りが、ウィンツェッツの横腹を襲う。
吹き飛んだウィンツェッツの横を炎の弾が通り過ぎる。ライゼルトが蹴らなければ、ウィンツェッツは火達磨だっただろう。
「て、めぇ!」
「感謝しろ」
「阿呆がっ!」
飛来した炎の弾は敵に当たり、激しく燃えている。
「魔法は効果的だが」
「俺のは意味ねぇぞ」
「俺のも効果がねぇな」
硬い敵相手に”風”は効果が低い。特にウィンツェッツは、”風”を斬撃メインで使っている。
ライゼルトの”雷”ならば、感電させられるだろう。しかし、動きを止めただけでは斬らなければいけない。感電死させようにも、外皮が厚く、電気が通りにくい。
倒せなくは無いけれど、ジリ貧になっていっている。
敵がまた増えたようだ。
先の見えない戦いに、ウィンツェッツは精神的に疲弊していっている。
「魔女娘はこっちに居てもらったほうが良かったか」
「向こうの方が必要、だろっ!」
敵の攻撃を避け、攻撃を加えるウィンツェッツ。ライゼルトの弱音とも取れる言葉を切り捨てるように敵の腕を刎ねる。
「赤いのを残して置けばよかっただろうが!」
「アイツが巫女っ娘と離れるわけねぇだろ。それに、魔女娘も、巫女っ娘も敵に近寄られたら終わりだろが」
まだまだ観察が足りねぇな、とライゼルトがため息をつきながら、雷を周囲に迸らせる。
イラつきながら、ライゼルトが止めた敵を斬って行くウィンツェッツだが、剣を振る度に体が流れていく。
疲労もピークのようだ。
「結局今のままやるしかねぇってことだな」
「ぅぜぇっ……! そんならさっさとやれ!」
「もう少しで増援もくるだろ。ディルクが来れば休める場所も作れる」
もう一度”雷”で敵の動きを止めようとするけれど、今回は何体か止められなかった。
顔や心臓の前で腕を構え、弾くようにして雷をかき消した。
「慣れてきやがったか」
ライゼルトの雷を人間には出来ないやり方で突破する。
「ライゼッ!!」
ディルクの大声が聞こえてくる。
「来たか。馬鹿弟子、突破するぞ」
「ゼェッ……! ゼェッ……! あぁ!?」
刀と足に雷を纏い、敵へ突進する。
突きの様に刀を構え真っ直ぐに敵陣へ突っ込む。一本の槍になったかのように、風穴を開ける。
包囲されていた危険地帯からの脱出に成功し、ディルクたちと合流した。
本来ならばいつでも抜けられたのだろうけど、防衛戦となれば、盾を持たない二人では街を守りきれない。
二人を痛めつけるように敵が取り囲んいた方が、街への被害は少ないと、あえてそのままでいただけだ。
「少し休ませてくれ」
「あぁ、任せろ。と言いたいとこだが、一撃が重てぇ。早めで頼む」
「分かった」
ディルク他数名が”盾”で防壁を張る。
新しい玩具を見つけた子供の様に、マリスタザリアたちは防壁を壊す事に没頭する。
殴りつけるたびに歪む顔。魔法が炸裂すれば目を瞑り怯える。嗜虐性の強いマリスタザリタたちは、その様を楽しんでいる。
殺意の強いマリスタザリアは、冷めた様子で居るけれど、いかに手早く殺せるかを”盾”の前を歩きながら考えている。
檻の中の家畜の様に、品定めされているような感覚に、冒険者達は陥る。
ここに居るのは、狩人と獲物。
本来狩人となるべき冒険者が追い詰められ、いつ壊れるか分からない盾の中で、必死に魔力を練る。
今休んでいるライゼルトが復活するまでに、数を減らしたい一心で。
「馬鹿弟子」
「なんだ?」
回復薬を塗り、生命剤を飲んでいるウィンツェッツ。
冒険者仲間の男たちは、普段疲労することがないウィンツェッツの今の姿に、相手の力と数がいかに多いかを理解し、冷や汗を流す。
「さっき言ったろ。刀とってこい」
「あぁ、そんな事言ってたな。そんなに変わるのか?」
「片刃になるからだろうが、”精錬”の乗りが良い」
ライゼルトが水を飲み、携帯食を一口食べる。体を伸ばし、戦いの準備を始める。
「俺がしばらく抑える。速く取って来い」
「分かったよ」
ウィンツェッツが”疾風”で消える。向かったであろう方向を見れば、すでに二百メートル程遠くにいる。”風”が特級のウィンツェッツは、”疾風”を断続的に発動できる。着地、飛ぶ、着地、飛ぶを初めから詠唱に組み込むのだ。
レティシアくらい高めていれば、三,四回繰り返す程度は出来るけど、ウィンツェッツは思い通りに行える。
リツカとアルレスィアは一回が限度だ。二人共苦手だからね。
アルレスィアは一回でも飛べればそれでいいけれど、近距離主体のリツカは、一回しか使えない”疾風”の使い辛さに、早々と見切りをつけている。
初手で決めるならまだしも、戦闘中に詠唱する危険を犯してまで使うものではない。
ウィンツェッツには未来がある。将来的に、ライゼルトを超える剣士となれる。
ライゼルトは期待している。技術を修得し、精神的成長を遂げることを。
”疾風”で飛んでいったウィンツェツを見ているライゼルトに、ディルクが話しかける。
「いけるか?」
「あぁ、問題ねぇ」
ライゼルトが刀と足に”雷”を纏わせる。
まだ王国が、復興に追われていた頃。
物資もさることながら、人手が、とにかく足りなかった。
そんな折、王都が攻め込まれた事がある。何度も街にマリスタザリアが侵入し、犠牲も多く出ていた。
ライゼルトが街に来たのはそんな時だ。
到着するなり、マリスタザリアを一刀の下に斬り捨て、人々を救い続けた。
この国に現れた二人目の英雄だ。
ライゼルトが戦いに出ればもう大丈夫。それ程までに信頼されている。
その信頼に、ライゼルトを強く英雄視した結果、ライゼルトが目指した剣術の普及は遅れた。
ライゼルトだけの物、ライゼルトだから出来る事、そんなイメージが生まれてしまった。
その上、同業である冒険者たちは剣術を軽視していた。魔法があるのにわざわざ近づいて斬るなんて効率が悪い、ということだ。
ライゼルトは剣術を修得しているけれど、”雷”で動きを止めてから斬っていた。それが最も安全で確実だったからだ。
剣術を広める以前に、人を助けるために行動しているライゼルトにはそれが普通だった。
だから余計に軽視された。ライゼルト自身が、剣術だけに頼っているわけではなかったためだ。
この国にリツカが現れるまでは、だが。
人を超えた動きを見せるリツカだけど、やっていることは単純だ。
誰よりも速く動いて、誰よりも鋭く剣を振って、誰よりも正確に急所へ攻撃を当てる。
”強化”は確かに強力だけど、敵を倒せるかどうかはリツカの技術によるものだ。
対マリスタザリアで必要なのは、攻撃を受ける前に素早く生命を絶つこと。
冒険者の意識を変えるには十分すぎる程の衝撃が、更におきる。
マリスタザリアが魔法を覚え、体術を使い、身体能力が更に向上したのだ。
凶悪に、凶暴になったことで、剣術の重要度が上がった。
どんなに強力な魔法も、詠唱する時間が居る。その間自身の安全を確保しなければいけないけれど、その時間が減っている。
この国の戦い方に、転機が訪れようとしている。
「ライゼ」
「なんだ?」
「剣術、教えてくれねーか」
戦闘を開始しようとするライゼルトに、ディルクが話しかける。
「やっとその気になったか」
兼ねてよりライゼルトはディルクに持ちかけていた。
ディルクはライゼルトの剣術を笑わない数少ない友人だ。だけど、剣術を勧めても、
「盾専門だから」と断られていた。
「なんか心境の変化でもあったか?」
「あぁ」
真剣な眼差しのディルクに悪戯な笑みでライゼルトが聞く。
「剣士娘か」
「あそこまで出来るようになりたいなんて思ってないが、少しは戦えるようになりてぇ」
「あれを教えてくれなんて言われたら、どうしようかと思ったぞ」
「そんなに無謀じゃねぇ」
自嘲的な笑みでディルクが”盾”に魔力を込める。
「盾も大事だけどよ。ここから先、戦える奴は多いほうがいいだろ」
「良く分かってるじゃねぇか」
ライゼルトが一歩前に出る。
「まずは俺の戦いを見て学べ。自分に何が足りないかってな」
「あぁ、頼む」
”雷”を纏った足を地面に打ち付け、疾走する。
リツカとアルレスィアは遠からず、この国から離れる。
ライゼルトはそれについていくだろう。
そうなった時、戦える人間が居ません、では困る。
短い特訓だけど、戦えるくらいにはしたいとライゼルトは考えていた。
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