一手⑦
「シーアさんありがとう。どうやってこっちに戻ろうって困ってたんだ」
「それは構いませんけど、何してたんです?」
「リッカさま、ちゃんと説明をお願いします」
勝手な事をしてしまったので、アリスさんが怒っています。
アリスさんに怒られると、ドキドキしてしまいます。手を握ったりしたときとは別の感じです。変な汗が出るのです。
「少しは情報欲しかったのと、魔法を止めようと思って」
「はぁ」
「リッカさま……」
力の無い返事をするシーアさんと、呆れた様に私の名前を呼ぶアリスさんのジト目が襲い掛かります。
「情報集めは重要ですけど、やり方がダメダメです」
「魔法を止めてくれるのは嬉しいのですけど、攻撃はなしと言ったはずです」
「逃げ切れなかったらどうするんですか」
「大群の中央に斬り込むなんて聞いていませんよ」
シーアさんとアリスさんが交互に私を叱っています。
魔法はどんどん激しくなっていたので、どうしても止めたかったのです。
ちょっとだけ落ち込んでしまいます……。
「それで、何が分かったんです?」
「手前は弱いね。シーアさんなら一撃だと思う」
「すでに壊滅状態です。減らしておきますか?」
「待ってアリスさん。奥に行くほど強くなってるから、安易に減らすのはマズいかも」
前衛が壊滅すれば後衛が出てきます。
シーアさんが一撃で倒せるということは、巻き込めれば簡単に殲滅できます。
「態勢を整えてからの方が良いということですね」
「うん。それに、ちょっとだけ嫌な予感が……」
アリスさんが私の言葉を受け考え込みました。
「リツカお姉さんの言うことも尤もですが、私は倒すべきだと思います」
「確かに、減らせる時に減らしたいですね。ですけど、リッカさまの嫌な予感は……」
「拘束でサポートできる方たちを連れてきています。一気に決めましょう」
シーアさんは、速攻で倒しきる案の様です。
対してアリスさんは、私の嫌な予感が気になるようです。
私も敵の魔法を止めた後に、シーアさんに前衛を潰してもらった上で、後衛を私が切伏せていく。これが最適だと思っていました。
でも、シーアさんがそれなりに数を減らしてくれて、敵の悪意が少し揺らいだお陰で見えたモノ。
それを考えると、考えが揺らぐのです。
敵を見ると、まだ余裕はありますけど、早めに決断した方が良さそうです。
四の五の考えるのは、行動してからですね。
「ちょっと、一番奥を視てみる」
アリスさんに感じないもの。つまり、ただの勘になってしまいますけど。
「私の嫌な予感は、結構当たるから。一応ね」
「少しだけ、ですよ?」
「うん」
何度もこれで歩けなくなっているので、アリスさんを心配させてしまいます。
でも必要なことですから、広域感知を開始しました。
後衛の悪意の質は、やはり隊商救援時の熊と同等ですね。
その壁を越えると――。
「っ!?」
後悔しています。なんで最初から広域感知しなかったのかと。
ただの感知では、後衛の悪意に邪魔されていましたけど、広い視野で見れる広域感知で見える世界は違いました。
「一人が、すごい悪意を持ってる」
「すごい悪意とは、どれ程の?」
アリスさんが視線を鋭くさせ、奥を見ています。
「さっきギルドで、アリスさんが浄化したのと同じくらいかな」
もうすでに、マリスタザリアとして認識できます。
でも、本当に動物なのでしょうか。
「初めて見る状態だから、分からないけれど、人の可能性も」
「では、ヨアセムって人がやろうとしていたのは」
シーアさんがすでに範囲魔法の発動準備をしています。
「自分に入れようとしてたのかも」
迷っている暇はなさそうです。
「リッカさま」
「倒しきろう」
あんなの相手に、周囲にマリスタザリアまで居ては、ジリ貧になってしまいます。
拘束系の魔法で倒しきれなかった敵を捕らえ、各個撃破が一番でしょうか。
攻撃役は私が前衛、シーアさんが後衛、アリスさんがサポートですね。
現状で、攻撃役が少ないです。今ギルドで振り分けている最中の様ですから、まだ時間はかかるでしょう。
であれば、シーアさんには先に特大の一発で削りをしてもらった方が得策のようです。
後ろに行けば行くほど、私の出番が多くなります。
あの一番後ろのマリスタザリアには、私とアリスさんしか対応できません。
体力の消耗は抑えたほうがいいでしょう。
アリスさんとシーアさんと最終確認後、作戦を開始します。
増援も直に来ます。まずは初手で流れを掴みましょう。
「シーアさ――」
「私も戦いましょう」
私の言葉が遮られました。
「「え?」」
「はァ?」
シーアさんの呆れきった顔がその人物を捉えます。
「ごめんなさい、シーア。止めたのだけど」
なんでコルメンスさんとエルさんが来ているんですかね。
「アリス、リツカさん」
エリスさんとゲルハルトさんまで。
「お母様、お父様、お帰りください」
「この人が聞かなくてね?」
「陛下と女王陛下にはお帰りいただくが」
ゲルハルトさんがため息をつきながら二人を見ています。
正直、私達もため息をつきたいです。
「いいから二人共帰ってくださイ」
「お父様とお母様も、お二人を連れて下がってください」
授業参観に、飛び入りできた親みたいな扱いを受けています。
「私は国王だから。国の危機に立ち上がらなくてどうするんだい?」
尤もですけど、それはあくまで革命軍のリーダーまでの話です。
「コルメンスさん。私の言葉を覚えていますか。学生に言った言葉です」
「はい? もちろん覚えていますけど……」
私からの唐突な質問に困惑しています。
「だったら、帰ってください」
「し、しかし」
「私達を信じてください」
平和を創るのは私達です。
「平和を創った後、平和な世界を維持するのは、これから生きる国民達です。ですけど、国民達を引っ張る存在が居ないと意味ないんですよ」
「その国がなくなるかもしれないのですよ」
あくまで戦う気のようです。
「私も戦えます。これでも、革命軍を率いていたのですから」
周囲の反応も上々です。
コルメンスさんが闘えるのは周知の事実のようです。
「でもダメです」
「リツカさん!」
肩を掴んで懇願してもダメです。
「コルメンスさん」
「す、すみません」
アリスさんに咎められて下がりました。それだけ必死ってことでしょうけど。もう少し落ち着いてください。
「コルメンスさんの気持ちは分かります。戦えるのに戦えないって辛いです」
「でしたら――」
「コルメンスさんがどれほど信頼され、国民の皆さんに期待されているかは、後ろに居る街の人を見れば分かります」
四人が来てから、安堵と期待が滲んできています。
「だからこそ、コルメンスさんは国内待機です」
「理由を、お願いします」
少し落ち着いたようですね。
「コルメンスさんはこの国の要です。コツメンスさんが戦場で死亡なんて事になれば、この国は終わります」
「絶望が生まれるでしょうね」
アリスさんが単刀直入に言います。少し、怒ってるような……?
「コルメンスさんは精神的支柱なんですよ。長い時間をかけて得た信頼を、ただの蛮勇で失うつもりですか」
歯痒さはあるでしょうけど、我慢するのも、王の務めです。
「コルメンスさん、今は国民達の心を支えてあげていてください」
戦場は、ここだけではありません。
「貴方の戦場はここではありません。未来を生きてください。私達が掴み取ってみせます」
平和を創っても、そこに生きる人々が居なければ意味がありません。
その人々を導く、最高の指導者である、コルメンスさん、エルさんは、死んではいけないのです。
「行こう、二人共」
「はい。お母様、お父様、お二人を王宮で守っていてください」
「お姉ちゃん、縛ってでも連れて行ってくださいよ」
時間がありません。
急ぎましょう。
「……」
「コルメンス様、戻りますよ」
コルメンスは去っていく三人を眺める。
「リツカさんの言うとおりです。貴方が居ないこの国は、きっと悪意に負けてしまいます」
エルヴィエールがコルメンスの手を握り歩き出す。
「貴方は、国王となったのですから」
「うん、戻る……よ」
コルメンスは、歯痒さを感じている。しかし国民達は少し安堵しているようだ。リツカが示した事で、コルメンスが死んでしまった時を考えていたのだろう。
「敵を倒すだけが、戦いじゃない」
「そうです」
国内の不安や恐怖を鎮める事も必要だと、コルメンスは戻っていく。
「陛下に説教なんて」
エルタナスィアが笑っている。
窘めるような言葉だけど、クスクスと笑っていて説得力にかける。
「邪魔するだけになってしまったからな。説得で済ませただけ良心的だろう」
ゲルハルトは仕方ないといった表情で、コルメンスとエルヴィエールの後に続く。
コルメンスが聞き分けの無い男だったら、リツカは、気絶くらいはさせていた。
「それにしても」
「あぁ」
エルタナスィアとゲルハルトがため息をつく。
「陛下? リツカさんの肩を掴むなんて、ダメですよ」
「も、申し訳有りません! 本当に、つい……」
エルタナスィアがコルメンスを叱る。リツカに、説教なんて、と言いつつ、自分もやるあたり、エルタナスィアも肝が据わっている。
「アルレスィアさん、すごく怒っていましたね」
「怒るだけですんで良かったと安堵しております。リツカ殿が集落で倒れた際、オルテが運ぼうとしたのですが、”光の槍”で牽制したのですから」
あの時のアルレスィアには、誰も、何も言えなかった。
”光の槍”は、悪意を持たない者にとっては何も効果がない。
だけど、アルレスィアの気迫に、オルテは激しく狼狽した。
「気をつけてくださいね? リツカさんの方が良く注目されますけど、アリスの方が、リツカさんに近寄る人に敏感ですから」
エルタナスィアが何気なく言う。
しかし、ゲルハルトの言葉を聞いたコルメンスは、苦笑いを浮かべてしまった。
「理屈ではありませんから。あの感情だけは」
エルタナスィアがクスクスと笑う。
緊迫した場面であっても、四人に緊張は見られない。
三人ならば、と信頼しているから。




