一手⑤
「いくら強くても、個人だろ」
一人捻くれ者がいますね。でも、それが真実です。
だから早く役目決めたいんですよ。
「だから俺達が居るんだろ、さっさと準備しやがれ」
ディルクさんが戻ってきました。警護しながらだったので、私は先行していたのです。
「どれくらい決まったんだ?」
「今からです」
「現状把握は終わりましタ、後は役割分担でス」
「おう」
冒険者への指示はディルクさんに任せましょう。
必要なのは防御役、治療役ですね。足止めも欲しいですけれど。
「前衛はリツカお姉さんがやりますガ、必要なのは足止めでス」
今回私は攻撃に回りますから、足止めしてくれる人が欲しいです。
「拘束が特級の奴はレティシアさんについていけ、防御役と回復役はこっちで分ける」
「レティシア様は皆さんを引き連れて、直ぐに西へお願いします」
「お師匠さんの方に多めに割り振っておいてくださイ。あちらを先に終わらせて西に集中したほうがいいでしょウ」
北と東の警備は戻せません。これが陽動なんてこともあるんですから。
「おい、どこ行こうとしてんだ!」
後ろの方から怒声が聞こえました。
「こんな戦い、死ぬに決まってる! まだ死にたくねぇ!」
「ふざけんな!」
どうやら怖気づいた人たちが逃げ出そうとしているようです。
「巫女様達が最前線行ってんのに、男のてめぇが逃げるだと!?」
「グッ……。でもよ――」
「でもじゃねぇ!」
はぁ……。
「逃げたいならどうゾ。選任でも今回は特例で良いでしょウ。巫女さんもリツカお姉さんモ、自分の意思で戦ってますからネ」
二人がここに居なくて良かったですね。いらぬ犠牲が増えるところでした。
「”巫女”たちを戦いの理由にしないで下さイ」
「レティシア様……?」
そんな理由で戦う人はいりません。
「死者が出た時、巫女様が戦ってたのに俺達が逃げるわけにはいかなかったとか言うつもりですカ? ふざけないで下さイ」
「そんなこと言わ――」
「いいエ、そこの人達は言うでしょうネ」
今にも逃げそうな人達を指差します。
「誰彼が戦ってるから自分モ、なんて考えは辞めてくださイ。自分の意思だけでお願いしまス」
人を守るためならまだしも、他人が行くから自分も、なんて思考停止許しません。
「そんな弱い意志、邪魔なだけでス。さっさとこの場から去ってくださイ」
人は減りますが、戦場での足手纏いなんて邪魔などころか、巻き込まれてしまいます。
「簡単に絶望するような人ガ、冒険者になんてならないで下さイ」
腰抜けな邪魔者の相手は終わりです。こんな状況で逃げる人に構う暇なんてないんですよ。
「行きますヨ。もう巫女さん達は戦い始めているでしょうかラ」
「あ、あぁ」
巫女さんたちがここに居たら、あの人達もあんな弱音は見せなかったんでしょうね。
でも、それだと犠牲が増えていたでしょう。
アンネさんから聞いています。
とある冒険者が、無能なギルド職員のせいで無理やり戦場に行かされて、犠牲が出たって。
その過ちがまた起きようとしていました。
盾役にしろ、治療役にしろ。勝手に逃げるのは許されません。
「多少強い言葉での叱責でしたが、レティシア様のおっしゃる通りです。逃げたい方はご退場願います。ここからは命がけです」
アンネリスが逃げ出そうとしていた者達に退場を命じる。
「隊商のとき、巫女様たちに救われたやつらなら分かってるだろ。巫女様が来なければ死んでいた」
リツカ、アルレスィアに救われた過去がある者たちは残っている。
「だが、今回は頼れない。むしろ、巫女様達が俺達を頼ってくれている」
「アルレスィア様は攻撃魔法に乏しく、リツカ様は広範囲攻撃を行えません」
「足止めと防御、広範囲による削りが絶対に必要だ」
淡々と事実を告げる。
「俺達が死ねば国が終わる。英雄に名を連ねるチャンスだ。てめぇの意志だけで付いて来い」
冒険者達を見回しながらディルクが言う。
「これは巫女様たちの戦いじゃねぇ。俺達の戦いだ。二人を理由にすんな」
良くも悪くも、巫女二人の影響力は強い。
この場でリツカとアルレスィアが言葉を発すれば、逃げるという言葉は出なかっただろう。
リツカの性格的に、ここに自分が戻るという選択肢はなく、アルレスィアがリツカ一人を戦場に行かせるわけがない。そういった偶然が、冒険者の厳選に繋がったのは、僥倖だ。
レティシアが言ったように、このまま犠牲が出れば、巫女が戦っているのに、という言葉が出てもおかしくない。
そうなれば、無謀な戦いに身を投じさせた者として、少なからず反発があっただろう。
リツカの考えはもう決まっているため、今更何を思われても構わないだろうけれど、余り良い気持ちにはならない。
それにリツカとアルレスィアは、それすら受け止め、傷つくだろうから。
シーアさんはもうギルドについた頃でしょう。
「まずは、西の冒険者と合流しましょう」
「そうだね。シーアさんが戻ってくるまで、足止めと削りは冒険者の人達に頑張ってもらわないと」
本当は、シーアさんには残っていて欲しかったのですけど、二百体以上となると連携が必須です。シーアさんなら対応も完璧に伝えてくれるでしょう。情報の共有もしたかったですし、冒険者達の様子も見てきて欲しかったので、口頭でお願いしました。
「ついたら直ぐに、盾を使ってもらう事になるかも」
「準備は出来ております。リッカさまは先程消費した体力の回復に専念してください。長い戦いになります」
「うん。少しの間お願いね?」
「お任せください」
アリスさんが力強く頷いてくれます。
地鳴りと咆哮、奇声と悲鳴が交じり合い、混沌としています。
圧倒的なまでの悪意が壁の様に感じ、熱気と共に不快な空気が流れ込むようです。
魔法の光が明滅しています。殺意の篭った魔法の方が優勢ですね。非常に危険です。
「私が飛び出すから、アリスさんは真っ直ぐ冒険者の方に」
「はい。攻撃は、まだしないで下さいね?」
「うん。注意を向けるだけ」
狙いは私達なのか、国なのか。それを確かめるために、一度出方を見ます。
アリスさんが盾を展開するまでの時間くらいは、稼ぎたいです。
「どっから涌いてきたんだよ……」
「泣き言言うくらいなら魔法撃て!」
「あんな大群に俺の魔法とか意味ないって……」
「少しくらい手緩めるかもしれないだろ!」
「喧嘩する暇あったら手伝って!」
十五人程の冒険者チームが対応しているが、守るのが手一杯だ。
何人かは心が折れ、震えだしているものたちもいる。
圧倒的な数と咆哮。
五人で作り出した盾が凌いでいるが、次々と飛来する魔法によって軋んでいる。
「救援は!?」
「巫女様二人がこっち向かってる! 他は二手に別れるために割り当て中!」
「ここ以外にも来てんの!?」
驚愕と絶望に顔を青くさせる。
「ほんとに、ダメっぽい?」
絶望が伝播するように、盾が揺らぐ。
それと同時にマリスタザリアの魔法攻撃が激しさを増す。示し合わせたかのようなタイミングで、攻め時を逃さない。
獣の本能というには揃いすぎた攻撃は、誰かの指示があるのか、とさえ勘繰ってしまう。
激しさを増す魔法に、冒険者達は顔を歪める。
もうダメかと諦めそうになってる冒険者達は、視界の隅に――赤い線を、見た気がした。
魔法が揺らいでいます。心が折れる音が聞こえた気がするほどの変化。
それをチャンスと思ったのか、マリスタザリアの攻撃が激しくなりました。
(統率されてる。あの大群のリーダーがいるの?)
ただの獣であれば、リーダーをやれば止まる可能性は十二分にあります。
しかし人間の悪意が混ざったマリスタザリアは、個人の欲求を優先するでしょう。
「やっぱり、殲滅しかないね」
「リッカさま」
「大丈夫、少し脅かしてくるだけ」
「では、手筈通りに」
「うん!」
最終確認後、疾走します。
心配はかけさせません。魔法の手数が減れば、アリスさんの下に戻ります。
ですけど、数を少し減らせるなら、減らしたいですね。
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