兆し⑬
アルレスィアとリツカが南門について、お互い渋々とお姫様抱っこを解いて居た時。
「なんだ、また歩けなくなったんか?」
《はい、三体のマリスタザリアと断続的に遭遇。全力発動の”抱擁強化”で撃退した後フラついたそうです》
「魔法に慣れる為にやったんだろうが、馬鹿弟子二号め」
アンネリスに状況を聞いたライゼルトはため息を吐いている。
《一応、今朝も今回の件も、アルレスィア様が用心にと行ったことのようですが》
「フラつく時点で危ねぇ。近接攻撃しか出来んやつが、隙を生みかねん状態はマズいだろ」
牽制用の魔法が一つでもあれば変わるだろうけれど、リツカには何も無い。
「まぁ、アイツは常に巫女っ娘と一緒だからな。最悪の事態にはならんだろう。今の問題は、化けもんか」
《はい、北で集中的に出現している事が気になります》
露骨に北で出現するマリスタザリア。それをどう見るか、迷っているようだ。
「罠か?」
《自然発生でなければ、何かから目を逸らそうとしている可能性は、ありますね》
「狙いは巫女二人だろう。そうなると、何かの準備から目を逸らしとるか?」
《今朝の襲撃も、その一環なのでしょうか》
「だろうな」
二人の意見は一致している。
狙いは”巫女”二人、何かの準備をしていて、気を逸らせるためにマリスタザリアを送り込んでいる、というものだ。
「後手に回るしかないのがきついな」
《魔王の位置さえ掴めさえすれば……》
「あの二人の前じゃ言えんが、相手が動くってのは確かだろう。それで魔王の位置がわかるかもしれん」
ライゼルトは非情になる。
少なからず犠牲は出るが、魔王がやっと動くかもしれないのだから、それを無駄にするわけにはいかない。
《では……》
「仮に未然に防げるものだとしても、俺は止めん方がいいと思っとる」
《本当に、二人には言えませんね》
「魔王を倒さん事には戦いは終わらん」
魔王を見つけなければ、戦いは終わらない。
非情とも言える決断も必要になるだろう。
《敵の動き待ち、ですね》
「あぁ」
後手に回るのは次が最後。
ギルドの方針は決まった。
「そういう訳だ、わかったか」
「あぁ」
ライゼルトの前には、ウィンツェッツがボロボロで倒れていた。
西はどうせ居ないだろうと、ライゼルトに稽古をつけてもらおうとやってきた。
それを聞いたライゼルトは怒り、ボコボコにしたという訳だ。
「待ちの方針なら、稽古つけろよ」
ふてぶてしい態度で再び催促する。
「仕事はちゃんとやるんじゃなかったか?」
「ちゃんと代わりは用意してきた」
「そういう問題じゃねぇ」
ウィンツェッツの信条は、請け負った仕事はしっかりやる、だったはずだ。
しかし、気持ちが逸っているのか、仕事に身が入らない。敵が出ないのもそれに拍車をかけていた。
「敵の出方も分からねぇ、敵も出ねぇってんじゃ気が緩む。朝の続きだ、教えてくれ」
反省せず、それどころか苛烈さを増した剣気に、ライゼルトはため息を長く吐く。
「剣士娘みたいにやれとは言わんが、ちったぁ見習えよ」
「今も巫女に抱えられてる阿呆をか?」
ウィンツェッツは眉間に皺を寄せ呆れている。
「どっちかと言や、巫女っ娘の方が馬鹿だぞ」
リツカが聞けば即座に手が伸びてきそうな戯言を述べ、頭を押さえた。
(心構えさえ変えりゃ、すぐにでも俺を越せるんだがな)
調子に乗るから言わんがな、とライゼルトは鞘に入ったままの剣を肩に置いた。
「教えるのは暇な時だけだ。だが、まぁ」
「あん?」
「お前が勝手に学ぶ分には、文句は言えんだろ」
ある程度の間合いを開けつつ、剣を突きつける。
「程ほどにボコってやるよ」
馬鹿息子の我侭に付き合うくらいは許せ。と、ここには居ないアンネリスに詫び、力強く地面を踏み抜いた。
「シーア?」
「は、はい」
王宮の一室で、エルヴィエールがレティシアを正座させ、怒り顔で問い詰めている。
エルタナスィア、ゲルハルト、コルメンスは、それを苦笑いで見ていた。
「どうしてセイザをしているか分かる?」
リツカから教えてもらった、謝罪と反省のポーズだ。
「えっト、リツカお姉さんに変わってもらってまで追跡したからですカ」
「えぇ、そうよ」
良く出来ました、と微笑む。
「分かっているなら、言い訳せずに反省なさい」
「はイ……」
リツカがフラついて、また抱えられたという話は聞いた。
でもそれはアルレスィアから聞かされた事で、問題ないという話だった。
大方、アルレスィアが抱えたかったのだろうとレティシアは思っている。
今怒られているのは、真面目なリツカを利用するかのようにサボったことに対してだ。
エルヴィエールとコルメンスは、まさかリツカに代わってもらったとは思っていなかった。
暇な人と代わったものと思っていたのに、広場で出会った二人から聞いたのは、レティシアと代わって北門に居たということだった。
アンネリスに確認したところ、レティシアが急に何かを察知し、どうしても行きたそうにしていた所、リツカが一肌脱いだ、と。
これに怒ったのが、エルヴィエールだ。
普段真面目なレティシアがどうしてもしたかったのが、自分達の告白シーンの見学だったのだから居た堪れない。
リツカの疲労の程度に関わらず、レティシアと一緒に反省しているようだ。
「エルヴィ様、そこまでにして上げてください」
かれこれ三十分正座していたレティシアの足は限界だった。
それを見兼ねたエルタナスィアが助け舟を出す。
「エリスさん……。ですが――」
「大袈裟にしたのはアリスですし、リツカさんは無事です。シーアちゃんもしっかり反省してますから」
姉の晴れ舞台を見たかったというレティシアが可愛かったのだろう。
正座しているレティシアの頭を撫でている。
「エリスさんがそう言うのであれば……」
「ありがとうございます、エルヴィ様」
ふふふ、とエルタナスィアが笑っている。
「あの二人は、頭を撫でさせてくれないから嬉しいわ」
「恥かしがり屋なんですカ?」
少し目を閉じ撫でられているレティシアが尋ねている。
「少し違うわね。とられたくないだけなのよ」
「余裕ないですネ」
エルタナスィアは苦笑いを浮かべる。レティシアは、怒られていた影響で、まだ少し硬い笑顔をしている。
「そうね……。二人共、儚げだから」
「儚げ、ですか?」
エルヴィエールがレテシィアの足を突きながら尋ねる。
「うっ……」
呻きながら前のめりに倒れこむ。その小さい体を、エルヴィエールが支える。
「あの二人、簡単に……消えちゃいそうだから、繋ぎとめておきたいのよ。お互いにね」
エルタナスィアが、滅多に見せない悲しげな顔で、呟く。
「エリス」
ゲルハルトがエルタナスィアを止めた。
誰もが振り向き、一度見たら忘れない程に、鮮烈な二人。
しかし、エルタナスィアとゲルハルトには、儚げに見えるようだ。
神誕祭三日目、広域感知中のリツカを見た人たちも、少しは思うかもしれない。
「久しぶりに、雨が降りそうですね」
コルメンスが空気を換えるために窓を開けている。
少し重い空気が流れそうになった場に、雨の匂いが少しだけ入り込む。
「外で警備している方たちは大丈夫でしょうか」
エルタナスィアが心配そうに南門を見ている。
「私がコートを届けましょウ」
「お願いね、シーア」
足をプルプルと震わせて歩こうとしているレティシアに、エルヴィエールが微笑む。
もう一度突いてみようかと目を光らせている。
「ありがとう、シーアちゃん」
「任せてくださイ」
(本当に、良い子ね)
エルタナスィアは、レティシアに微笑みながら見送る。
表裏なく、素直な少女が、二人の友人で良かったと。
「えいっ」
「ギャァ!」
エルヴィエールの指がレティシアの痺れた足に襲い掛かる。
部屋に、笑い声が響いた。




