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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
23日目、つかの間? なのです
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兆し⑩



「ここは、美術館ですよね」

「はい、エルヴィ様はまだ、こちらを見ていませんから」

「まだ見ることが?」

「本来なら、昨日のうちに地下へ戻す予定だったのですが……」

 

 完全に根を張り、葉を芽吹かせた核樹は運ぶ事が出来ない。

 巫女二人から、明日が過ぎれば元に戻ると聞いているため、それまで展示している。


「今日だけ特別に、今から一時間程貸切にさせていただきました」

「つまり、ここには――」

「はい、二人だけになります。たぶん」

「たぶん、ですね」


 二人共後ろを見ることなく窺い、微笑みあう。


(バレてますね。でも咎められない限りやめませんよ)


 

 貸切の美術館は恐ろしい程静かだ。普段であればもの寂しさを感じるだろう。しかし今は、寂しさや恐れといった感情は湧いて来ない。神の寵愛は今も街を包み込んでいる。


 神の存在は、”神林”や”神の森”と同じ性質を持っている場所であれば感じられる。”巫女”ならばより強く感じ、声を聞く事が出来る。


 アルレスィアとリツカにまでなれば、姿と声を完璧に認識出来る。

 魔力さえあれば存在を感じることは容易い。


「コルメンス様は、”神林”に行くのが夢でしたね」


 後ろ手を組んで、コルメンスの前を大きな歩幅で歩くエルヴィエールは、少女のようだ。


 二人と妹しか居ない空間だからか、女王としての威厳を脱ぎ捨てている。


「はい。ですが、夢を叶えるどころか、夢の世界に入ったかのようです」


 対照的にコルメンスは、少し緊張感を高まらせている。


 どうしても、革命軍時代の癖が抜けないようだ。しかし、これでも改善した方だとエルヴィエールとレティシアは言うだろう。

 八年前などガチガチに緊張して、ブリキの玩具のようだったのだから。


「本物は遠目からしか見れませんが、今はまさに、”神林”内部に居る様なものですから」

「アルツィア様が傍にいらして、それを実感出来ているのですよね」


 コルメンスは喜びに目を閉じ、エルヴィエールは確かめるように、両手を広げる。


「本当に、夢の様ですね」


 この先二度と、同じ事は起きないと確信出来るほどの奇跡が重なった結果が今だ。

 

「リツカさんは、ここは第三の”神住まう森”とおっしゃったようです」

「リツカさんのお墨付きならば、ここも”神林”なのでしょうね」 

(二人で笑いあってますけど。なんでリツカお姉さんの話で盛り上がってるんです? もっと話す事あるでしょ!)


 今にも地団駄を踏みそうなレティシアの目は据わっている。

 リツカの話で盛り上がるのはいいけれど、今は目の前の人に集中しろ、と。


「コルメンス様の肖像画は、ここにはないのですか?」

「ここには、先代が集めた物しかありませんね。何より、私は描かせた事がないので、あるのかどうかさえ」


 自分の肖像画があるとは思っていないコルメンスは気恥ずかしそうにしている。


「では、後ほど描いてもらいましょう」


 エルヴィエールが手をぽんっと叩いて提案するが、コルメンスは口を開けて呆然としている。


「ダメでしょうか?」


 上目遣いでの懇願に、コルメンスは多少の迷いを見せ。


「わ、かりました」

「私も一緒に描いてもらいましょう」


 エルヴィエールの一言で、コルメンスの迷いはどこかへ行ったようだ。


 美術品を見ながら奥へと進む。

 最初見せていた緊張も解れ、自然な会話を交わしながら笑顔が咲いている。


「この奥に核樹があるのですか?」

「はい。元は赤子程の大きさだったのですが、見学した方全員が驚く程の変化を遂げているそうです」


 階段を少し降り、更に真っ直ぐ進む。


 核樹が置いている場所は、ステンドグラスがあり、そこから多くの光が差し込むようになっている。

 しかし、その光よりも更に強い輝きが、道の奥からもれだしていた。


「おかしいですね。こんなに光っていたという報告は、ないのですけど」

「そうなのですか? シーアは、リツカさんから、すっごい輝いてたよ! と教えられたと言っていましたけど」


 困惑しているコルメンスに、エルヴィエールがレティシアからの情報を伝える。


 でも、リツカのフィルターにかかれば、少女マンガの様にキラキラして見えていてもおかしくない。


 実際、輝きだしたのは()()()()()()()だ。


 明日が終わると同時に元に戻る核樹が、最後の輝きを放っている。より強く、より鮮明に、アルレスィアとリツカの想いを体現するかのように、世界に光を届ける。


「これが――」

「綺麗ですね……」


 コルメンスは目を見開き、エルヴィエールは見惚れる。


 成長直後にはなかった輝きと、より瑞々しさが増した葉。小さな花を咲かせ、わずかに桃色に着飾った核樹が二人を出迎える。


 核樹の輝きを眺めている二人だけど、コルメンスは意を決して、エルヴィエールに体を向けた。


「エルヴィ様」

「はい」


 名前を呼ばれた意味を悟り、真っ直ぐにコルメンスを見据える。


「貴女と出会い、私は強くなれました」


 少し震えの残った声音で、話し始めた。


「貴女の隣に立つために、強く在ろうとしました」

「ですが私は、平民の出です。王族である貴女とは釣り合わない。そう考えていました」


 エルヴィエールの表情が少し曇る。


「ですが、それを、逃げの理由には、もうしません」

「エルヴィ様」

「私と共に、歩んでください」

「平和となった世界を、貴女と共に、生きたいのです」

「私の傍に、ずっと居て欲しい」


 声の震えは途中からなくなり、熱を持った視線でエルヴィエールだけを見据える。

 世間体や生まれを理由に逃げ続けていた臆病者は、最愛の人へ本心を伝えた。


「貴方から言って欲しくて、ずっと待っていたのです」


 眉を寄せ、頬を膨らませている。


「申し訳ございません……」


 思わず、何時もの調子で謝ったコルメンスにエルヴィエールは――。


「違うでしょう?」

「え?」

「私達は、女王と王ではなく、夫婦になるのですから」


 さぁ、やり直しです。と手を広げる。


「――待たせてごめん」

「本当に、待ちましたよ」


 エルヴィエールを抱きしめ、顔を見る。

 少し低い位置にある顔を見ながらコルメンスは、


(こんなに、小さかったのか)


 と、少々無粋な考えを巡らせる。

 そんな当たり前のことすら気づけないほど、接近する事も、接触することも畏れていた。


「――」


 エルヴィエールもコルメンスを見つめていたが、目を閉じ、何かを待つ。


「……っ!」


 コルメンスは怖気づきそうになった。けれど、核樹からの光と、一枚の花びらが勇気を与えてくれた気がした。


「貴女を、幸せにします」

「貴方に私の全てを」


 二人の影が重なるのが、見えたような気がした。

 


(逆光で肝心な部分が見えません!!)


 ここまできて!

 ですけど、言葉はしっかり記録しました。

 すぐに挙式の準備をしなければ。


「シーア? 居るんでしょ」


 お姉ちゃんが呼んでいますが、ここで出るほど無粋じゃないです。

 リツカお姉さんと巫女さんが心配です、そっと帰ります。


(及第点は上げましょう、お兄ちゃん。本当はもっと、格好良く決めて欲しかったですけど)


 まぁ、お兄ちゃんらしいですね。



「あの子ったら……」


 はぁ、とため息を吐く。


「気を遣われましたね」

「敬語」


 コルメンスの唇に人差し指を当てジト目で見る。


「うっ、まだ慣れなく、て」

「ちゃんと慣れてくださいよ? ア・ナ・タ」


 妖艶さすら纏った笑みを向けられたコルメンスは


「う、ん」


 顔を赤くして、喜んでいた。


 美術館を後にする二人。

 コルメンスはアンネリスに連絡を取り、美術館の現状を伝えた上で開放の許可を出した。


「挙式は何時にします?」


 指を絡め胸の前で組んだエルヴィエールは緩みきった顔をしている。


「その事だけ、ど。一つ考えがあるんだ」

「考え、ですか?」

「うん。平和になってからは、どうかな?」


 兼ねてより決めていた事だ。二人の創った平和な世界の第一歩としての挙式を、と。


「それは良い考えですね! 二人が創ってくれた世界で新たな一歩を踏み出す。素敵です!」


 エルヴィエールは喜んで受け入れてくれた。


 今、二人の結婚で景気付けの様な挙式も、有りだろう。

 だけど、二人が絶対に平和を創ってくれると信じているから、平和を維持して欲しいという、二人の想いを体現したいと想っている。


「リツカさんが学生たちに言ってたんだ。自分達が平和を創るから、平和な世界を維持していって欲しいと」

「シーアも楽しそうにその事を話してました。多分、あの子がリツカさんとアルレスィアさんを気に入った出来事だったと想います」

 

 人間嫌いというわけではないけれど、人を簡単に好きになるほど、人懐っこいわけではない。


 そんなレティシアが、数日で二人を気に入った。レティシアとエルヴィエールの関係に似ているから、というのもあるけれど、単純に二人の性格が好きだった。


「あれは?」

「どうしまし、た?」


 広場に着いたとき、二人は固まってしまった。


「アリスさん、北門までの間って……」

「この際ギルドまで参りましょう」

「うぅ……」

 

 リツカがまた、アルレスィアにお姫様抱っこされていた。

 初めて見る二人は、何が起きているのか分からないといった風に硬直したままだ。



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