兆し⑨
「おい」
「ゲッ……」
「ライゼさんとアンネさん……」
露骨に嫌な顔で、行商と商業ギルドの若者達は二人を見る。
「な、なんすか」
「別にいいじゃないですか、敵出ないんですから」
一人はビクビクと怯え、一人は開き直っている。
主導しているのは、開き直っている方だろう。
「良くねぇ。あんさんらの勝手な行動で犠牲が増える可能性は否めん」
「大袈裟っすよ。きっと巫女様たちにびびって襲ってきませんって」
ヘラヘラとして、一向に止まる気配がない。
鮮烈なまでに追想される、アルレスィアとリツカの演説。それに酔っているかの様な男に、ライゼルトの眉間に皺が刻まれていく。
「今朝、その巫女二人が襲われたばっかだ」
「へ?」
「巫女ですら襲われるってのに、なんであんさんらが無事って保障が出てくるんだ?」
「そ、そりゃあ……」
ライゼルトの言葉に思考をめぐらせている。
「あんさんらの考えなんかどうでもいい。ギルドに所属してんならもっと考えて行動しろ」
言い訳しようとしていた男たちを切り捨てる。
「巫女にびびる様な連中じゃねぇんだよ。むしろ死ぬ気で排除するような連中だ。あんさんらを人質にとって巫女たちを誘き出すかもな」
そんなことはしないだろうとライゼルトは思っているが、男達の顔は青ざめていく。
「巫女たちは優しすぎるからな。あんさんらを助けるために命を落とすかもしれんな」
絶対にありえないことだが、男達には分からない。
「あんさんらが勝手な行動を取ったばっかりに、世界も終わりか」
「嘆かわしいですね」
それだけ言うと、二人はギルドに戻るふりをする。
「どうするんすか!」
「分かったよ、止めるよ」
男の言葉を受け、アンネリスが合図を出す。
護衛役の男達が現れ、話を進める。
「費用も面倒もかかるでしょうが、命を守るために必要なことです。我慢してください」
「あの二人が魔王を倒すまでの辛抱だ」
聞き分けのいい二人を諭し、ギルドに帰っていく。
「俺が必要な程だったか?」
アンネリスだけで対応できたのではないか、とライゼルトが目で訴えかける。
「力ずくになった場合、私では対応できませんので」
「本音は?」
「……」
アンネリスが黙る、ライゼルトが言う様に、何か裏があったようだ。
「休憩、ご一緒にどうかと思いまして」
「……ぉぅ」
普通に誘えばいいのだろうけど、まだ勤務中のアンネリスが大っぴらに誘うのは憚られる。だから、外に出たついでに一緒になら、少しは印象も良いかも、ということだ。
アンネリスの真面目さと、ちょっとだけ見せた我侭が、ライゼルトを直撃した。
アンネリスの手を掴み、ライゼルトは歩き出す。
「どちらに?」
「家だ」
「家、ですか?」
「……」
ライゼルトの無言が物語っている。レティシアに言っていたことだ。アンネリスの料理が一番ということだろう。
「ダメか?」
「いえ、最高の物を用意します」
「おう」
二人の仲睦まじい姿を、後ろから眺める商人と護衛役達は、キレそうな顔で見ながらも、出発の準備を黙々と進めていた。
「俺も彼女欲しいわ」
「まずはもっと思慮深くなることだな」
既婚者の男の言葉は、独身男達の逆鱗に触れ、小さな喧嘩が勃発するのだが――アンネリスとライゼルトはすでに二人の世界に入っていて、気づかなかった。
打撃音と魔法の光が、空しく響いていた。
「面白い気配が南門にもありますが、今はこちらです。リツカお姉さんに代わってもらったんですから、しっかり見届けますよ」
私の魔力が、南門からの面白波動を鋭敏に感じ取りますが、今はこちらです。リツカお姉さんを騙すような形で頂いてしまったチャンスです。絶対に逃しません。
「きっと王宮ではしません。そうなるとデートを少し挟むでしょう。そうなると」
何時もの様に言葉に出して考えを纏めていますが、チラチラと見られますね。でも、もう慣れたのか、そんなにジロジロ見られません。
気になるでしょうけど、これが一番考えが纏まるので、我慢してください。
「お姉ちゃんが気になっていた場所」
街の地図が頭を駆け巡ります。
「職人通りですね」
確か、この国の陶芸とかに興味があったはずです。
「向かいましょう」
少し早歩きで、それでいて見つからないように。
「……?」
職人通りを歩いているエルヴィエールが後ろを振り向いた。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、後ろが少し」
「後ろ、ですか?」
エルヴィエールに倣って、コルメンスも後ろを向くが――。
「何も、ないようですが」
後ろには、職人達の日常があるだけだ。
「……」
「エルヴィ様?」
依然として後ろを見続けるエルヴィエール。
「シーア?」
一人の名前を呼ぶが、反応はない。
「気のせい、かしら」
首を傾げ、そろりと前を向いた。
「シーアは今、任務中のはずですから」
「そうです、よね。シーアはサボったりしないはずですし」
二人の言葉に、後ろの影がビクッと震える。
「綺麗な硝子細工、これは何ですか?」
「切子というそうです」
ガラス細工の一種だ。木の棒などで掘り、模様を造る。光の当たり具合で色の濃淡が変わったりと、見た目に楽しい工芸品となっている。
「やはり、工芸品にも力を入れたいです」
エルヴィエールは、共和国の特産品を作りたいと考えている。
「ガラス細工や陶器など良さそうですが」
「職人さんが居ないのが問題なんですよね」
「交換留学など如何でしょう」
「長期的な交流は必要ですが、希望者がいらっしゃるのなら是非お願いしたいですね」
何故か二人は、仕事の話をしてしまう。
(はぁ……何か緊張が解れるきっかけが欲しいわ)
エルヴィエールは少し、困っていた。
(緊張しているお姉ちゃんは二度目ですね)
一肌脱いで上げます!
「おや、奇遇ですね!」
「シーア……?」
「任務中じゃ?」
二人共目を丸くしています。
「休憩中で――」
「サボりでしょ?」
「……休憩中です」
お姉ちゃんの妨害も乗り越えましたね。
「そういうお二人も、神誕祭の後片付けで忙しいはずです!」
「それはそうだけど……」
「エルヴィ様はお客様だから、忙しいのは僕だけだよ」
国王さんが庇っています。
そういう所は気が回るんですね。お姉ちゃんの緊張もちゃんと解してほしいです。
仕方ありません、奥の手です。
「そうですか。サボってまでここに居るんですから、ちゃんとしてくださいよ? お兄ちゃん」
「え?」
「シーア?」
「それでは、私は戻ります」
まだ戻りませんけどね。
ちゃんと結果は見ます。
「シーア……」
(あの子ったら、全く)
エルヴィエールがクスクスと笑っている。
レティシアが、コルメンスの事を兄と呼んだ意味は大きい。
今まで頑なに呼ばなかったのは、エルヴィエールを獲られると感じたレティシアの些細な抵抗だった。
そんな最愛の妹からの、遠回しで、一足早い祝福の言葉にエルヴィエールは笑顔になる。
(ありがとう、シーア)
緊張が解れたエルヴィエールは、笑顔のままコルメンスに向き直る。
「さぁ、コルメンス様。お次はどちらに連れて行ってくれるのですか?」
手を差し出すエルヴィエール。
「はい、こちらへ」
手をとり、エスコートするコルメンスの顔にも笑顔がある。
レティシアから兄と呼ばれた事が嬉しいようだ。
もう迷う必要はない。身分の違いなんて関係ない。レティシアが無言の圧力は、そう伝えていた。
(そのために十年待ったわけですから、しっかりしてくださいよ。お兄ちゃん)
再びバレないように身を潜めたレティシアの顔は、少しだけ寂しさを滲ませたものだったけれど、笑顔だった。
(思わずサボってまでと言ってしまいましたけど、バレてませんよね?)




