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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
23日目、つかの間? なのです
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兆し⑨



「おい」

「ゲッ……」

「ライゼさんとアンネさん……」


 露骨に嫌な顔で、行商と商業ギルドの若者達は二人を見る。


「な、なんすか」

「別にいいじゃないですか、敵出ないんですから」


 一人はビクビクと怯え、一人は開き直っている。

 主導しているのは、開き直っている方だろう。


「良くねぇ。あんさんらの勝手な行動で犠牲が増える可能性は否めん」

「大袈裟っすよ。きっと巫女様たちにびびって襲ってきませんって」


 ヘラヘラとして、一向に止まる気配がない。


 鮮烈なまでに追想される、アルレスィアとリツカの演説。それに酔っているかの様な男に、ライゼルトの眉間に皺が刻まれていく。


「今朝、その巫女二人が襲われたばっかだ」

「へ?」

「巫女ですら襲われるってのに、なんであんさんらが無事って保障が出てくるんだ?」

「そ、そりゃあ……」


 ライゼルトの言葉に思考をめぐらせている。


「あんさんらの考えなんかどうでもいい。ギルドに所属してんならもっと考えて行動しろ」


 言い訳しようとしていた男たちを切り捨てる。


「巫女にびびる様な連中じゃねぇんだよ。むしろ死ぬ気で排除するような連中だ。あんさんらを人質にとって巫女たちを誘き出すかもな」


 そんなことはしないだろうとライゼルトは思っているが、男達の顔は青ざめていく。


「巫女たちは優しすぎるからな。あんさんらを助けるために命を落とすかもしれんな」


 絶対にありえないことだが、男達には分からない。


「あんさんらが勝手な行動を取ったばっかりに、世界も終わりか」

「嘆かわしいですね」


 それだけ言うと、二人はギルドに戻るふりをする。


「どうするんすか!」

「分かったよ、止めるよ」


 男の言葉を受け、アンネリスが合図を出す。

 護衛役の男達が現れ、話を進める。


「費用も面倒もかかるでしょうが、命を守るために必要なことです。我慢してください」

「あの二人が魔王を倒すまでの辛抱だ」


 聞き分けのいい二人を諭し、ギルドに帰っていく。


「俺が必要な程だったか?」


 アンネリスだけで対応できたのではないか、とライゼルトが目で訴えかける。


「力ずくになった場合、私では対応できませんので」

「本音は?」

「……」


 アンネリスが黙る、ライゼルトが言う様に、何か裏があったようだ。


「休憩、ご一緒にどうかと思いまして」

「……ぉぅ」


 普通に誘えばいいのだろうけど、まだ勤務中のアンネリスが大っぴらに誘うのは憚られる。だから、外に出たついでに一緒になら、少しは印象も良いかも、ということだ。


 アンネリスの真面目さと、ちょっとだけ見せた我侭が、ライゼルトを直撃した。


 アンネリスの手を掴み、ライゼルトは歩き出す。


「どちらに?」

「家だ」

「家、ですか?」

「……」


 ライゼルトの無言が物語っている。レティシアに言っていたことだ。アンネリスの料理が一番ということだろう。


「ダメか?」

「いえ、最高の物を用意します」

「おう」


 二人の仲睦まじい姿を、後ろから眺める商人と護衛役達は、キレそうな顔で見ながらも、出発の準備を黙々と進めていた。


「俺も彼女欲しいわ」

「まずはもっと思慮深くなることだな」


 既婚者の男の言葉は、独身男達の逆鱗に触れ、小さな喧嘩が勃発するのだが――アンネリスとライゼルトはすでに二人の世界に入っていて、気づかなかった。


 打撃音と魔法の光が、空しく響いていた。




「面白い気配が南門にもありますが、今はこちらです。リツカお姉さんに代わってもらったんですから、しっかり見届けますよ」


 私の魔力が、南門からの面白波動を鋭敏に感じ取りますが、今はこちらです。リツカお姉さんを騙すような形で頂いてしまったチャンスです。絶対に逃しません。


「きっと王宮ではしません。そうなるとデートを少し挟むでしょう。そうなると」


 何時もの様に言葉に出して考えを纏めていますが、チラチラと見られますね。でも、もう慣れたのか、そんなにジロジロ見られません。


 気になるでしょうけど、これが一番考えが纏まるので、我慢してください。


「お姉ちゃんが気になっていた場所」


 街の地図が頭を駆け巡ります。


「職人通りですね」


 確か、この国の陶芸とかに興味があったはずです。


「向かいましょう」


 少し早歩きで、それでいて見つからないように。



「……?」


 職人通りを歩いているエルヴィエールが後ろを振り向いた。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、後ろが少し」

「後ろ、ですか?」


 エルヴィエールに倣って、コルメンスも後ろを向くが――。


「何も、ないようですが」


 後ろには、職人達の日常があるだけだ。


「……」

「エルヴィ様?」


 依然として後ろを見続けるエルヴィエール。


「シーア?」


 一人の名前を呼ぶが、反応はない。


「気のせい、かしら」


 首を傾げ、そろりと前を向いた。


「シーアは今、任務中のはずですから」

「そうです、よね。シーアはサボったりしないはずですし」


 二人の言葉に、後ろの影がビクッと震える。


「綺麗な硝子細工、これは何ですか?」

「切子というそうです」


 ガラス細工の一種だ。木の棒などで掘り、模様を造る。光の当たり具合で色の濃淡が変わったりと、見た目に楽しい工芸品となっている。


「やはり、工芸品にも力を入れたいです」


 エルヴィエールは、共和国の特産品を作りたいと考えている。


「ガラス細工や陶器など良さそうですが」

「職人さんが居ないのが問題なんですよね」

「交換留学など如何でしょう」

「長期的な交流は必要ですが、希望者がいらっしゃるのなら是非お願いしたいですね」


 何故か二人は、仕事の話をしてしまう。


(はぁ……何か緊張が解れるきっかけが欲しいわ)


 エルヴィエールは少し、困っていた。



(緊張しているお姉ちゃんは二度目ですね)


 一肌脱いで上げます!


「おや、奇遇ですね!」

「シーア……?」

「任務中じゃ?」


 二人共目を丸くしています。


「休憩中で――」

「サボりでしょ?」

「……休憩中です」


 お姉ちゃんの妨害も乗り越えましたね。


「そういうお二人も、神誕祭の後片付けで忙しいはずです!」

「それはそうだけど……」

「エルヴィ様はお客様だから、忙しいのは僕だけだよ」


 国王さんが庇っています。


 そういう所は気が回るんですね。お姉ちゃんの緊張もちゃんと解してほしいです。

 仕方ありません、奥の手です。


「そうですか。サボってまでここに居るんですから、ちゃんとしてくださいよ? ()()()()()

「え?」

「シーア?」

「それでは、私は戻ります」


 まだ戻りませんけどね。

 ちゃんと結果は見ます。



「シーア……」

(あの子ったら、全く)


 エルヴィエールがクスクスと笑っている。


 レティシアが、コルメンスの事を兄と呼んだ意味は大きい。


 今まで頑なに呼ばなかったのは、エルヴィエールを獲られると感じたレティシアの些細な抵抗だった。


 そんな最愛の妹からの、遠回しで、一足早い祝福の言葉にエルヴィエールは笑顔になる。


(ありがとう、シーア)


 緊張が解れたエルヴィエールは、笑顔のままコルメンスに向き直る。


「さぁ、コルメンス様。お次はどちらに連れて行ってくれるのですか?」


 手を差し出すエルヴィエール。


「はい、こちらへ」


 手をとり、エスコートするコルメンスの顔にも笑顔がある。


 レティシアから兄と呼ばれた事が嬉しいようだ。


 もう迷う必要はない。身分の違いなんて関係ない。レティシアが無言の圧力は、そう伝えていた。


()()()()()()()()()()わけですから、しっかりしてくださいよ。お兄ちゃん)

 

 再びバレないように身を潜めたレティシアの顔は、少しだけ寂しさを滲ませたものだったけれど、笑顔だった。


(思わずサボってまでと言ってしまいましたけど、バレてませんよね?)



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