胸騒ぎ⑦
どれほど、気を失っていたかは……わかりません。
「気がつきましたかっリッカさまっ!」
アリスさんは、今にも大粒の涙が流れそうな目で私を心配そうに見つめていました。いえ……私の頬が、濡れています。散々泣いた、後みたいです。
「ここ、は……?」
あたりを見渡すと、誰かの部屋のようでした。強い梅に似た……そう、つぁるなの木の香りがしています。
「私の、部屋です」
顔を赤く染めたアリスさんが答えます。あの時の……青白さは欠片もありません。よかっ――
「――! っぁ……」
勢いよく起き上がろうとしたけれど、筋肉痛を数倍きつくしたような痛みにまたベッドに倒れこんでしまいました。
「まだ起きてはいけません、リッカさま……」
私を押さえつけるアリスさんの手には力がありません。
「リッカさま。どうして……あんな無茶を」
アリスさんが泣きそうな声で言いました。
(無茶。そう、だよね。私なんであんな……)
私の疑問とは裏腹に、言葉が口から出てきました。
「わかりません……。ただ、アリスさんがあの化け物にやられるかもって思ったら、体が勝手に」
そう、でした。私はアリスさんを、失いたくなかったんでした。
「―――。ぁり、がとうございます……」
アリスさんが顔を真っ赤に染めて、それでも涙を流し続けて、お礼を言ってくれます。
「でも、もう一人で無茶を……しないでくださいね……。私も、私もリッカさまを失いたく、ありません」
アリスさんの目にたまっていた涙がこぼれ、私の頬を再び濡らしていきます。ただ……この頬の濡れは、本当にアリスさんだけのものだったのでしょうか……。
―――私の変化、アリスさんの不思議な力、あの牛の化け物、わからないことだらけです。
「ごめんなさい、リッカさま……。ですが今は、ゆっくりお休みください」
アリスさんが、申し訳なさそうに言います。
「明日、必ず、お伝えいたします」
明日、わかる。
「ただ、これだけは……。リッカさま、どうか……」
アリスさんに顔を向けます。アリスさんの顔には決意と、悲しみとが混じりあっています。
「どうか……私たちの英雄になってください……」
アリスさんは絞り出すように言葉を紡ぎます。その声音は、後悔すら混じり、アリスさんの顔には、深い悲しみが、見えます。
(英雄、私が密かに憧れていた……)
私は、驚愕とそして、わずかな期待を込めた目でアリスさんを、見ていました。でも意識が、なくなりそうになります。
ただ、これだけは、私も今、言っておかなければいけません……。
「アリスさん」
「……はい、リッカさま」
「私、アリスさんと一緒なら、なんでも出来る気がするんです……」
「―――」
「アリスさん、私……なります」
英雄に―――。