兆し⑥
(防衛班のヤツらが言ってたが)
「なんもねぇな」
西で警戒しているウィンツェッツはブラブラと歩いている。
荒野と草原の中間の様な場所だ。
「それにしても」
機嫌が悪そうに呟く。暇すぎて独り言が出ているようだ。
「巫女の命が狙われても、殺さないとか言うってのか」
馬鹿げてやがる、と吐き捨てる。
ウィンツェッツは生きる為に、何でもやった。殺しはしていないが、それに近い状態にまでしたことはある。ウィンツェッツの命を狙った男は、首から下が動かない。今でもベッドで寝たきりで、ウィンツェッツを狙った事を後悔している。
リツカの甘さは、ウィンツェッツの癪に障った。
「アイツの覚悟ってのは、そんなもんだってことか」
リツカとアルレスィアは知る由もないが、ウィンツェッツは一応、リツカの覚悟を認めていた。
だからこそ理解できないのだろう。大切な人を脅かした存在すら、殺さない行動が。
「化け物は殺せて人は殺せないってのがわからねぇ。何も変わらねぇだろ」
リツカがマリスタザリアを殺すのは、それ以外に方法がないからだ。迷えば、アルレスィアだけでなく、多くが死ぬと理解している。
人は、助けられる可能性がある。
違いがあるとすれば、そこだけだ。
もし助けられない人間で、ライゼルトが言う様に王国の庇護が無い状況だったら、リツカは、”お役目”を果たすだろう。
リツカが出来なければ、アルレスィアがする。
それを知っているリツカは、アルレスィアの手を穢させないために、自らの手で断ち斬るだろう。
アルレスィアは逆に自身で務めを果たそうとする。
二人がお互いを思いやり行動しても、結果は変わらない。人が一人死ぬ。
二人が”巫女”であることを、ウィンツェッツは思い出すべきだ。
救える命は、絶対に救う。そう宣言した二人の選択肢の中で殺しは、最悪の手なのだから。
「ってか、なんでアイツらは人って前提で話してんだ? 化け物かも知れねぇってのに」
リツカとアルレスィアが人と断定したから、ライゼルトとレティシアは疑っていない。
マリスタザリアは完全に分かる。『感染者』はやけに強い負の感情を持ってる、くらいの認識でしかなかった。
広域感知に入ってきたのは、悪意ではなく、負の感情。
何度も行ってきた、『感染者』候補の診察。それによって磨かれた二人の感知は、初めて人間の『感染者』を見た時とは違い、微妙な変化を見逃すことなく、見分けるまでに至っていた。
慎重な二人は、今でも希望者全員に”光”を打ち込んでいるけれど、もう間違える事はないだろう。
ただの負の感情なのか、悪意による負の感情の暴走なのか。
「まぁ、どうでもいいか。狙われてんのは巫女みてぇだしな」
欠伸をしながら、リツカが聞いたら睨まれそうな事を言い、警戒に戻る。
「ライゼとチビガキはアイツらについていくみてぇだな」
物好きなやつらだな、と鼻で笑う。
「俺には関係ねぇこった」
生きる事と正反対の行為に、ウィンツェッツは首を突っ込まない。
誰も居ない教会の奥に、三人分の影が見える。
「いかが致しましょう」
「神が来ているってのは本当なのか?」
「あぁ」
「じゃあ、やめるのか?」
「口を慎め! ヨアセム様になんという口の利き方を!」
「落ち着け」
「ハッ! 申し訳ございません」
「神が来ているのは僥倖だろう。より盛大に神の来訪を歓迎するとしよう」
「では?」
「あぁ、とりかかれ。明日までにな」
「仰せのままに」
一人の男が命令を受け出て行く。
「……それで? ちゃんと持ってるんだろうな?」
「あぁ」
「じゃあ良い。俺は行く」
「魔王様によろしく伝えてくれ。確実に成功させると」
「おう、それにしても、あのクソジジィは役に立つのか?」
「奴にも渡している。もしもの時は贄となってもらう」
「ハンッ! てめぇが神の使いとか、冗談にも程があるな」
「我が神は魔王様だけだ」
「そうかい」
もう一人の男も出て行こうとしている。
「あぁ、そういや」
「なんだ?」
「魔王から伝言だ」
その言葉に、高圧的だった男は膝をつき恭しく頭を下げる。
「幹部の椅子は空いている。励め、だとよ」
「必ず成し遂げます」
「しっかりやれよ、あんさんの働き次第だからな」
多少の変更があったようだが、何かの計画が進んでいる。
暗い教会の中は黒い霧で包まれ、何もかも、隠していた。
「私の交友関係?」
「はい、あまり聞いた事がなかったものですから」
「んー」
少し眉を寄せ、恐る恐るといったように聞かれます。
ただの質問なので、普通に答えれば良いのですけど、何故か私の心は焦燥感でざわついています。一体、何の焦りなのでしょう。
「同級生に友人って言える人は、あまり居なかったかな。仲良い子が一人居たけど」
「はい……」
アリスさんが、落ち込んじゃいました。私の焦りの理由は、これを感じ取っていたからでしょうか。
「私を、バスケに誘ってくれて、一緒にやってた子なんだけどね」
今日も元気に、バスケをしたり先輩とデートしたりしているのでしょうね。
「そう、なのですか?」
「うん。でも」
思い返してみれば……。
「森を知って、巫女になってからは、そっち優先だったから、呆れられてたかも」
きまりが悪く、笑ってしまいます。人より森優先って、酷い話ですからね。
「森馬鹿すぎてね。アリスさんと会うまで……森が最優先だったんだ」
「私に、会うまで、ですか?」
「うん。アリスさんと会うまでは、何をしてても、森の事だけ考えてたんだ」
今どうなってるんだろう、とか。雪が積もったらもっと綺麗だなぁとか、雨のときはどんな香りがするんだろう、とか。ずっと森に居られるなら、どんなに幸せなんだろう、とか。
「アリスさんに会ってからは、アリスさんを想わない日はないよ」
向こうにいたときは考えられませんでした。森より気になる人に会えるなんて。そしてその人は、森よりも、私自身よりも、大切なんですから。
何でもアリスさんと関連付けちゃうあたり、病気なのかもしれません。
「私だけ、ですか?」
「うん。アリスさんの事考えてると心が幸せになって、触れられるともっと欲しく――」
「欲しい、ですか?」
アリスさんの頬が緩み、素早く反応します。
あれ? 何が欲しいのでしょう。
「何が、欲しかったんだろう」
「試してみますか?」
「え――」
アリスさんが私に飛びつきました。私の意識の隙間に入り込むような急な飛び込みに、倒れこんでしまいます。
地面は草のカーペットのようで、アリスさんに怪我はありません。安心します。
でも――。
「アリス、さん」
仰向けの私に、アリスさんが馬乗りの様になっています。顔が近く、見つめ合うように……。
「リッカさま」
「う、ん」
ドキドキと心臓が跳ねまわり、何が欲しいのか考えようにも、頭が回りません。でも、欲しいって想いだけは、今も駆け巡っています。
体が熱く、息が激しくなっていきます。
「ん……」
今を焼き付けるカメラのように、目を閉じます。目を閉じると、頭に刻み込まれる気がします。
この、頭がぐちゃぐちゃになったような感覚は、何度も経験したもので、私はこの感覚が好きです。世界がアリスさんだけに埋められる、この感覚が。
「リッカさま……」
私の名前が呼ばれ、アリスさんの気配が近づいてきます。触れそうな程、近いと解ります。そのまま、触れて欲し――。
「っ!」
アリスさんの気配が離れていってしまいました。
「アリスさん……」
目を開けて、アリスさんの首に腕を絡め、引きます。
「リッカさま、今は――」
「アリスさん……」
もっと近くで見たいです。
「あっ……」
もっと、もっと。
「な、なにをなさっているのですか!?」
《いえ、違います! 少し事情が――》
《アリスさん……》
《リッカさま、今”伝言”が……ぁ……》
「お、お邪魔の様ですね。では用件だけ、一度お戻りください。途中経過をお聞きしますので」
《は、はい》
「では」
”伝言”を終えたアンネリスがため息をつく。
「はぁ……お二人に限って、サボってその様なことはしないでしょうけど……」
周囲に声がもれていなかったか窺っている。少しだけ、二人がサボっていることを疑っているようだ。
「それにしても、何をなさっていたのでしょう」
アンネリスは頬を染めながら、聞いてみようと思案していた。
何をしていたかだけど、リツカがアルレスィアの顔をじっと見つめて、名前を呼んでいただけだ。




