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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
23日目、つかの間? なのです
247/934

兆し⑥



(防衛班のヤツらが言ってたが)

「なんもねぇな」


 西で警戒しているウィンツェッツはブラブラと歩いている。

 荒野と草原の中間の様な場所だ。


「それにしても」


 機嫌が悪そうに呟く。暇すぎて独り言が出ているようだ。


「巫女の命が狙われても、殺さないとか言うってのか」


 馬鹿げてやがる、と吐き捨てる。


 ウィンツェッツは生きる為に、何でもやった。殺しはしていないが、それに近い状態にまでしたことはある。ウィンツェッツの命を狙った男は、首から下が動かない。今でもベッドで寝たきりで、ウィンツェッツを狙った事を後悔している。


 リツカの甘さは、ウィンツェッツの癪に障った。


「アイツの覚悟ってのは、そんなもんだってことか」


 リツカとアルレスィアは知る由もないが、ウィンツェッツは一応、リツカの覚悟を認めていた。


 だからこそ理解できないのだろう。大切な人を脅かした存在すら、殺さない行動が。


「化け物は殺せて人は殺せないってのがわからねぇ。何も変わらねぇだろ」


 リツカがマリスタザリアを殺すのは、それ以外に方法がないからだ。迷えば、アルレスィアだけでなく、多くが死ぬと理解している。


 人は、助けられる可能性がある。

 違いがあるとすれば、そこだけだ。


 もし助けられない人間で、ライゼルトが言う様に王国の庇護が無い状況だったら、リツカは、”お役目”を果たすだろう。


 リツカが出来なければ、アルレスィアがする。


 それを知っているリツカは、アルレスィアの手を穢させないために、自らの手で断ち斬るだろう。


 アルレスィアは逆に自身で務めを果たそうとする。

 二人がお互いを思いやり行動しても、結果は変わらない。人が一人死ぬ。


 二人が”巫女”であることを、ウィンツェッツは思い出すべきだ。


 救える命は、絶対に救う。そう宣言した二人の選択肢の中で殺しは、最悪の手なのだから。


「ってか、なんでアイツらは人って前提で話してんだ? 化け物かも知れねぇってのに」


 リツカとアルレスィアが人と断定したから、ライゼルトとレティシアは疑っていない。


 マリスタザリアは完全に分かる。『感染者』はやけに強い負の感情を持ってる、くらいの認識でしか()()()()


 広域感知に入ってきたのは、悪意ではなく、負の感情。


 何度も行ってきた、『感染者』候補の診察。それによって磨かれた二人の感知は、初めて人間の『感染者』を見た時とは違い、微妙な変化を見逃すことなく、見分けるまでに至っていた。


 慎重な二人は、今でも希望者全員に”光”を打ち込んでいるけれど、もう間違える事はないだろう。


 ただの負の感情なのか、悪意による負の感情の暴走なのか。


「まぁ、どうでもいいか。狙われてんのは巫女みてぇだしな」


 欠伸をしながら、リツカが聞いたら睨まれそうな事を言い、警戒に戻る。


「ライゼとチビガキはアイツらについていくみてぇだな」


 物好きなやつらだな、と鼻で笑う。


「俺には関係ねぇこった」


 生きる事と正反対の行為に、ウィンツェッツは首を突っ込まない。



 

 誰も居ない教会の奥に、三人分の影が見える。


「いかが致しましょう」

「神が来ているってのは本当なのか?」

「あぁ」

「じゃあ、やめるのか?」

「口を慎め! ヨアセム様になんという口の利き方を!」

「落ち着け」

「ハッ! 申し訳ございません」

「神が来ているのは僥倖だろう。より盛大に神の来訪を歓迎するとしよう」

「では?」

「あぁ、とりかかれ。明日までにな」

「仰せのままに」


 一人の男が命令を受け出て行く。


「……それで? ちゃんと持ってるんだろうな?」

「あぁ」

「じゃあ良い。俺は行く」

()()()によろしく伝えてくれ。確実に成功させると」

「おう、それにしても、あのクソジジィは役に立つのか?」

「奴にも渡している。もしもの時は贄となってもらう」

「ハンッ! てめぇが神の使いとか、冗談にも程があるな」

「我が神は魔王様だけだ」

「そうかい」


 もう一人の男も出て行こうとしている。


「あぁ、そういや」

「なんだ?」

「魔王から伝言だ」


 その言葉に、高圧的だった男は膝をつき恭しく頭を下げる。


「幹部の椅子は空いている。励め、だとよ」

「必ず成し遂げます」

「しっかりやれよ、()()()()の働き次第だからな」


 多少の変更があったようだが、何かの計画が進んでいる。

 暗い教会の中は黒い霧で包まれ、何もかも、隠していた。




「私の交友関係?」

「はい、あまり聞いた事がなかったものですから」

「んー」


 少し眉を寄せ、恐る恐るといったように聞かれます。


 ただの質問なので、普通に答えれば良いのですけど、何故か私の心は焦燥感でざわついています。一体、何の焦りなのでしょう。


「同級生に友人って言える人は、あまり居なかったかな。仲良い子が一人居たけど」

「はい……」


 アリスさんが、落ち込んじゃいました。私の焦りの理由は、これを感じ取っていたからでしょうか。


「私を、バスケに誘ってくれて、一緒にやってた子なんだけどね」


 今日も元気に、バスケをしたり先輩とデートしたりしているのでしょうね。


「そう、なのですか?」

「うん。でも」


 思い返してみれば……。


「森を知って、巫女になってからは、そっち優先だったから、呆れられてたかも」


 きまりが悪く、笑ってしまいます。人より森優先って、酷い話ですからね。


「森馬鹿すぎてね。アリスさんと会うまで……森が最優先だったんだ」

「私に、会うまで、ですか?」

「うん。アリスさんと会うまでは、何をしてても、森の事だけ考えてたんだ」


 今どうなってるんだろう、とか。雪が積もったらもっと綺麗だなぁとか、雨のときはどんな香りがするんだろう、とか。ずっと森に居られるなら、どんなに幸せなんだろう、とか。


「アリスさんに会ってからは、アリスさんを想わない日はないよ」


 向こうにいたときは考えられませんでした。森より気になる人に会えるなんて。そしてその人は、森よりも、私自身よりも、大切なんですから。


 何でもアリスさんと関連付けちゃうあたり、病気なのかもしれません。


「私だけ、ですか?」

「うん。アリスさんの事考えてると心が幸せになって、触れられるともっと欲しく――」

「欲しい、ですか?」


 アリスさんの頬が緩み、素早く反応します。

 あれ? 何が欲しいのでしょう。


「何が、欲しかったんだろう」

「試してみますか?」

「え――」


 アリスさんが私に飛びつきました。私の意識の隙間に入り込むような急な飛び込みに、倒れこんでしまいます。


 地面は草のカーペットのようで、アリスさんに怪我はありません。安心します。

 でも――。


「アリス、さん」


 仰向けの私に、アリスさんが馬乗りの様になっています。顔が近く、見つめ合うように……。


「リッカさま」

「う、ん」


 ドキドキと心臓が跳ねまわり、何が欲しいのか考えようにも、頭が回りません。でも、欲しいって想いだけは、今も駆け巡っています。


 体が熱く、息が激しくなっていきます。


「ん……」


 今を焼き付けるカメラのように、目を閉じます。目を閉じると、頭に刻み込まれる気がします。


 この、頭がぐちゃぐちゃになったような感覚は、何度も経験したもので、私はこの感覚が好きです。世界がアリスさんだけに埋められる、この感覚が。


「リッカさま……」


 私の名前が呼ばれ、アリスさんの気配が近づいてきます。触れそうな程、近いと解ります。そのまま、触れて欲し――。


「っ!」


 アリスさんの気配が離れていってしまいました。


「アリスさん……」


 目を開けて、アリスさんの首に腕を絡め、引きます。


「リッカさま、今は――」

「アリスさん……」


 もっと近くで見たいです。


「あっ……」


 もっと、もっと。



「な、なにをなさっているのですか!?」

《いえ、違います! 少し事情が――》

《アリスさん……》

《リッカさま、今”伝言”が……ぁ……》

「お、お邪魔の様ですね。では用件だけ、一度お戻りください。途中経過をお聞きしますので」

《は、はい》

「では」


 ”伝言”を終えたアンネリスがため息をつく。


「はぁ……お二人に限って、サボって()()()()()()はしないでしょうけど……」


 周囲に声がもれていなかったか窺っている。少しだけ、二人がサボっていることを疑っているようだ。


「それにしても、何をなさっていたのでしょう」


 アンネリスは頬を染めながら、聞いてみようと思案していた。


 何をしていたかだけど、リツカがアルレスィアの顔をじっと見つめて、名前を呼んでいただけだ。




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