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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
23日目、つかの間? なのです
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兆し④



「何を言ってるんでス?」

「動きを止めるなら足を狙うってのはいいが」


 シーアさんの疑問に答えるように、ライゼさんが私を見て言います。


「あんさんの全力強化なら、足の一本くらい落とせたはずだ」

「そんなこと……」

「できんか?」


 ライゼさんの鋭い目に睨まれ、体が縮こまります。


「まぁ、元はただの子供だからな。無理もねぇか」

「……」


 言葉が出てきません。覚悟があろうとも、実際に出来るかと言われたら、即答できません。


「足を落とすことが出来りゃ、追いついたかもしんねぇな」

「戦いにかもしれないはないでしょウ」

「かもしれないはねぇってのも分かるが、殺しに来る相手に手を抜くようじゃこの先やってけねぇだろ」


 何故かシーアさんとライゼさんが言い合っています。

 当事者の私は何も言えず、アリスさんにしがみつくしかありません。


「良い経験になっただろ。良く考えとけ」


 ライゼさんが東門に向かうために背中を向けました。


 私は、この国に守られているんです。だから、殺しをすることなく居られました。でも、今日の様なことがあれば、今後の保障はありません。


 綺麗なままでは、いられないんですね。


「リッカさま……」


 しがみついていた腕に力が入ってしまいます。



「リッカさまに()()()人殺しを要求するんですか」


 アリスさんがライゼさんを引き止めました。


「戦うってのはそういうことだ。剣士娘が一番良く分かってることだろ」


 マリスタザリアは、もう何体も殺しています。人だって、傷つけてきたんです。アリスさんを狙った人に手加減する気はありません。

 でも、ライゼさんの言うように、確実な手段を取ると、殺しに……。


「殺さないと、いけない時が来るのでしょうか」

「この先を戦う以上避けられん」


 殺さなければいけない場面に出くわす度に、私の覚悟は揺らぎます。その都度、私はアリスさんを危険に晒しているんですよね……。


 アリスさんが椅子に座ります。私は抱えられたままなので、アリスさんの太ももの上に座る形になっています。心地良い場所に居るはずなのに、私はまるで、向こうの世界に居た時のような浮遊感に苛まれているのです。


 でも、あの時よりもずっと……胃が、キリキリします。


「今日初めて、刃物で人を、傷つけたんです」


 斬り付けたわけではなく、ナイフを投げただけです。もちろん感触なんてありません。


「アリスさんに殺意を向けられて、本気で、それこそ足を一本もらう気で投げたんです」


 手からナイフが離れる寸前まで、そう考えてたんです。


「でも、手が止まったんです」


 人を斬る覚悟はありました。でも、結果はライゼさんの言った通りです。


 ライゼさんが言っていることは、分かるんです。この先敵が強くなる程、さばき切れなくなり、アリスさんが危険に晒されるんです。


 ただでさえ、私は長時間の戦闘が苦手なのです。最短の時間で、最小の動きで敵を行動不能にするのが一番なんです。


 そして、敵が強くなれば気絶で抑える暇なんてありません。そうやって、行動の余地を削られていくと、殺すしか、ないんです。


 だからといって……。


「殺すなんて……」


 目を閉じ、気持ちが溢れそうになるのを押さえ込みます。


 いくら、私たちが、()()()()()()()()()()()()()としても、守るために人を殺めていいことには……。


「リッカさま」


 アリスさんが私の目を隠すように手を置きました。確実にやって来る未来を、今だけは見なくても良いと、諭す様に。


 自分可愛さに、アリスさんを危険に晒しているんです。アリスさんを守るには、やるしか、ないんです。やるしか……。


「なんで急に追い詰めるような事ヲ」

「昔アイツらは、俺の前で殺す覚悟を決めたことがある」


 シーアさんから鋭い視線を向けられて、ライゼさんが答え始めました。

 多分、クルートさんが悪意に感染して、影からアリスさんを襲った時の話です。


「そん時俺は、殺すなと言った。罪を背負う必要はねぇ、そのための俺やアンネだってな」

「それなラ、今後モ」

「アイツらが、この街を出た瞬間、その庇護はなくなる」


 ライゼさんは私を見ています。


「今のうちから覚悟しておかんとな。外に出たら確実に、殺す必要が出てくる」

「私は最後までついて行きますヨ。私が居れば殺す必要はないでス。拘束できますかラ」


 シーアさんが、私に向けて言います。


「俺もそのつもりだ。そん時は俺が排除してやる」

「だったラ」

「俺が死なねぇ保障は無ぇ」


 私から視線を外し、シーアさんを見て、ライゼさんは鋭い視線を向けました。


「あんさんもな」

「それハ、そうですけド」


 シーアさんの目に動揺が浮かびます。


「コイツらは、死ぬ事すら許されねぇ。後ろには、世界があるんだからな」

「冒険者は安易に死ぬ事はできなイ、でしたっケ」

「そういうこった。規模は段違いだがな」


 二人で納得していますが、何の話でしょう。意味はわかりますが……。


「だから、剣士娘にしても巫女っ娘にしても、殺す覚悟はいる」

「必要なのは分かりましたけド、いきなり必要になった理由はなんでス?」

「ナイフで狙う、そんな直接的な手段をとってきた上に、剣士娘の問題点が出てきたからだ」

「問題点?」


 私を観察するように、シーアさんが見つめています。問題点、思い当たる節はいくつもありますが……。


「徒手空拳での攻撃なら問題ねぇみたいだが、刃物だと魔法が乱れる程動揺するみてぇだからな」

「それは巫女さんが攻撃されたことによるものですよネ」

「そう、思ってるけど……」


 殺意の塊であるナイフに、動揺した、と思います。多分……。


「巫女っ娘を狙ったヤツ相手に動揺なんかしねぇよ」

「そうですけド」


 確かに、動揺はしてませんが、怒りで乱れるってことはありましたけど……。


「動揺かどうかは問題じゃねぇ。殺す時に魔法が乱れるかもしれねぇってだけで致命的なんだよ」


 腕を組み、据わった目で私を睨んでいます。


「気持ちの問題だからな。しっかり考えておけってのは、そういうことだ」

「動揺しないようにしっかり覚悟しろってことですカ」

「覚悟だけじゃねぇ。言ったろうが、今後は殺す必要が絶対にくるってな」


 追い詰めるという訳ではなく、私に悟って欲しいようです。


 アリスさんを守れるのが、私だけになる可能性。


 そして、そうなるってことは……敵は強力であり、気絶や拘束で押さえる事が出来ないってことを。


「もう戦いはそういうとこまで来とる」 


 敵は何かを狙っています。それが何なのかは分かりませんが、もう私は、覚悟する以外ないのです。


「リッカさま」

「アリスさん……」


 私の頭を撫で、アリスさんが微笑みます。


「もし、その時が来たら」


 まさか、アリスさんがやるって言うんじゃ――。


「すぐ攻撃するのではなく、間を置いてください」

「間を……」


 撫でていた手を私の背中に移動させ、抱いてくれます。


「その間に、盾を張ります。そうすれば、見極める時間は稼げます」

「そんで、見極めて殺さねぇといかなくなったら?」

「そうはなりません。時間さえあれば、制圧できます。私とリッカさまならば」


 私の背中と頭をずっと撫でながらライゼさんと睨みあっています。


「その時間を取れないほド、リツカお姉さんがキレるから問題なのでハ?」

「だよな」

「コイツ俺よりキレやすいからな」

「それはないでス。というより居たんですネ」

「うぜぇ……」


 三人が好き勝手言いますね。居たのか、なんて事は言いませんが、兄弟子さんは寝ているものと。


「皆さんは誤解しています。認識さえ変えれば問題ありません」

「認識?」


 シーアさんが疑問顔です。ライゼさんも兄弟子さんも分かっていないようで顔を見合わせています。やっぱり仲良いですよね。


 ちなみに私も分かっていません。


「はい。リッカさま」

「なぁに?」


 ずっとアリスさんに抱えられている影響か、猫なで声になってしまいます。また、幼児退行でもしてしまったのでしょうか。


「怒りに任せるだけではダメです」

「うん……」

「覚悟するべきは殺すことではありません」


 耳元で囁かれます。


「待つことです」

「待つ?」

「はい。私の言葉を、待ってください」


 もう、触れるような距離で囁かれます。


「私の声だけを聞いてください」

「――うん」


 ただの、先送りでしかありませんが、私の大切な、アリスさんを守るためなら、()()()にきっと、私は覚悟できる、そう確信できます。

 もう、アリスさんの声しか、聞こえません。




「真面目な話してたのニ、残念でしたネ。お師匠さン」

「まぁ、これで、魔法の暴走で歩けねぇとかならんだろ」


 人を殺めることが出来ない問題は解決していないが、ライゼルトにしてみれば、自身の魔法で行動不能になっている事の方が問題なようだ。


 人間が人間を殺す。そんな決断を簡単にされる方が、頭を抱える。

 だけど、何れ来るだろう。本当に殺さなければいけない、最悪の事態が。


 リツカとアルレスィアは、アルツィア、いや、私から聞いている。魔王は、マナが集合して生まれた、()()だと。


 だから二人とも、覚悟は最初からしている。リツカもアルレスィアも、()()()は来ると、知っているんだ。


 

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