兆し③
アリスさんはアンネさんに報告を入れています。
『いやぁ、嬉しそうだね。リツカ』
「余り見ないで下さい……」
『写真とっておくよ』
「え!?」
『その顔いいね』
手をカメラに見立てこちらに向けています。それで撮れるんですか?
『撮れないよ』
どうやら私の手を顔から外すためだったようです。
「策士めっ!」
『ハハハッ!』
視線を鋭くしてみますが、アリスさんに抱えられたままでは、迫力なんてないでしょう。
ただでさえ神さま相手に効果がないのに、逆におかしいのではないでしょうか。
「アルツィアさま、リッカさまで遊ぶのは辞めてください」
『すまないね。可愛かったものだから』
「当然です」
あぁぁぁ……アリスさんが恥ずかしい事をさらっと……。
『病院まで行くんだろう? 広場まで一緒にいくよ』
「はい」
そうでした、このまま街を通るんでした。
「え?」
「何かあったのかしら」
「怪我?」
通行人たちから困惑や心配が伝わってきます。
きっとイメージ的には私が抱える側です。アリスさんが抱えられる側なんです。
もう歩けるのですけど、アリスさんの笑顔が見たくて言えずにいます。
満面の笑みで、今にもスキップをしそうな程楽しそうに歩いているのです。それなのに、私に揺れが伝わりません。
「リッカさま、顔が見たいです」
「ご、ごめん。今は無理……」
アリスさんが甘い声音で懇願しますが、私の顔、今どうなってるか分かりません。人に見せられるものじゃないかもしれません。
触っただけで分かります。顔の筋肉が緩んでいます。きっとすごくニヤけているでしょう。
「その顔を見たいのです」
「ダメ!」
意地悪な笑みを浮かべたアリスさん可愛いので、ちゃんと見たいっていうのはありますけど、今は周りに人が多いですからダメです!
「あらぁ」
神さまに続いて、今会うのは遠慮したい方の声がしました。
『悲しいよリツカ。私は会いたくて仕方なかったから、ここまで来たのに』
「アルツィアさまでも、それは許されません」
アリスさんが神さまを睨んでいます。抱えられているからか、アリスさんがより凛々しく見えます。
姫様を守る騎士ってこういう……。いえ、騎士は私がいいです。
「なにをしておるのだ……」
「また、リツカさんが無茶したの?」
呆れているゲルハルトさんと、何となく察しているエリスさんが居ました。
「私の命を狙った方が居まして、それにリッカさまが……」
「怒って無茶したのね?」
しっかり私を持ったまま、アリスさんが二人に説明しています。
アリスさんの細い腕のどこにこんな力が……。かれこれ二十分は抱えたままです。
顔を隠した私の手に、アリスさんが頬擦りします。
ゾクゾクと、体が震えました。
『手加減してあげなさい? アルレスィア』
「何のことでしょう」
『そういうことにしてあげるよ』
神さまが嬉しそうに、アリスさんを見ています。思うところがあるようです。
アリスさんは私に頬擦りしながら微笑んだままです。
頬擦りされるたびに、ピクンと体が反応してしまいます。
「これで三回目ね」
うふふ、とエリスさんが笑っています。
「三回、目」
もはや珍しくもない、弱弱しい声音で尋ねます。アリスさんも、三回目と言っていました。
「えぇ、集落の時と、昨日と今日」
エリスさんが指を折り数えています。
集落の時ということは、最初の戦いの時ですよね。
「オルテが運ぼうとしたのを鬼の形相で――」
「お母様!」
アリスさんの温もりを二度逃していたのですか……。
「アリスさん、そろそろ……」
「そうですね。お母様お父様、私達はそろそろ失礼します」
「えぇ、いってらっしゃい」
「気をつけて行きなさい」
二人と別れて病院を目指します。
少し時間がかかりすぎました。
でも、アリスさんが一応と言ったように、私たちは余り期待していません。あれほど用意周到な犯人が、街の中の病院なんて使うはず無いんです。
「この街に、”治癒”が特級なのってアリスさんと、病院の人?」
「アンネさんの情報によると、それだけのようです」
それでは、足を怪我したままなのでしょうか。
流石に期待しすぎですね。
「ごめんください」
「おや、巫女様方がここにおいでとは珍しいですね。どうなさいました?」
病院の方たちとは何度かお会いしています。
「実はですね――」
「――そうでしたか。ですが、私たちのところにはいらっしゃっていません」
院長さんが応対してくれます。
特徴はナイフによる深い刺し傷です。そんな人であれば記憶にあるでしょうから、来ていないのでしょう。
「ありがとうございます。もし今後見つけた際はお願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
もし見つけたら通報してもらうようにしていただきました。念には念を、です。
「ところで」
「はい」
病院の方たちが全員こちらを見ています。
「どうして、リツカ様は抱えられているのですか?」
アリスさんが、降ろしてくれないからです。
「安心しました。てっきり調子が悪いのかと」
「ご安心を。私が居る限り、病になどなりません」
アリスさんがキリっとした顔で宣言します。
私を抱えたまま、皆が見ている前で、です。
「そうでしたね」
院長さんが笑っています。
病院の方たちからも、生暖かい視線が向けられていて、縮こまってしまいます。こういうのを何と言うのでしたっけ。確か、外堀を埋める? 何か、違いますね。
「アリスさん、疲れてない?」
「大丈夫です。リッカさまは羽根の様ですから」
汗一つかいていません。本当に疲れていないようです。
私は一応、平均体重を少し超えてるくらいはあるのですけど……。
「でも、抱えたままはキツいんじゃ……」
「降ろしたくないです」
「えっと」
「降ろしたくないです」
抱く力を強くして、降ろすことなくそのまま病院を出ようと歩を進めました。
「ア、アリスさん? あっ、ありがとうございました! もし見つけたらよろしくお願いしますー!」
「はい、お任せください」
大声で院長にお願いして、手を振っておきました。
ゲルハルトさんとか門番さんとか、牧場の方達は凄く狼狽していたのですけど、院長さんも看護師さん達も、特に驚いた様子はありませんでした。
病院に担ぎ込まれる方達も多いでしょうし、お姫様抱っこくらいなら見慣れているのかもしれません。
変に驚かれるよりずっと、居心地は悪くありませんでした。
恥ずかしいのは変わりありませんけどね!
犯人を捕らえることが出来ませんでした。アリスさんを狙った不届き者を潰せなかったのです。悔しい。見つけたら絶対に――。
それに、しても……。
(今日はこのままなのかな?)
「リッカさま、南門へ戻りましょう」
「うん」
急がないと、この姿をあの人達に見られてしまいます。そうなったら、何と言われる事か――。
「アンネに聞いて戻ってきてみれば」
「面白い状況ですネ」
「何やってんだ……」
言霊ってあるんですね。ああ、ここは……言葉が力を持つ世界でしたね。はぁ……。
「これから真面目な話がしたいんだが」
ライゼさんがジト目で私たちを見ています。
「えぇ、どうぞ」
「いエ、リツカお姉さんを降ろしてくださイ」
「嫌です」
シーアさんの尤もな要求に即答します。アリスさんは時に私より、頑固なのです。
「まぁ、いいか」
「えぇ、お気になさらず続けてください」
「巫女さんも我侭ですネ」
ライゼさんとシーアさんの呆れを物ともせず、アリスさんは私を持ち続けるようです。
私も、このままが良かったり。もはや恥ずかしさはどこかへ行きました。諦めたとも言います。
「お姫様もご満悦のようでス」
シーアさんのため息が聞こえます。
「そんで、剣士娘の投擲を受けてんだな」
「えぇ、あの出血量から予想される傷ですと、腕の良い医者が必要です」
「相手は魔法を使わなかったのですカ? 影に潜る魔法っていうのであれば隠れるのは容易ですよネ」
「悪意を制御出来るのか、リッカさまでも感知できなかったのです」
情報共有中です。ある程度はアンネさんから聞いていたようで、スムーズに進んでいます。
狙いはアリスさんですが、皆にも警戒していてもらいたいです。
「つーかよ、なんでそんときに殺さなかったんだ?」
「おい馬鹿弟子」
「あ?」
「はァ……」
兄弟子さんの言葉をライゼさんが窘め、シーアさんは首を横に振っています。
殺し、ですか。
「巫女さんを狙うなんて魔王の手下に決まってまス。捕まえて吐かせるべきでス」
「それもあるが」
シーアさんの言うとおり、情報が欲しかったのです。
でも、ライゼさんは別の理由があると思っているようで、私を見ています。
「剣士娘、あんさん。攻撃を躊躇ったな」




