兆し②
「まず、最大範囲の感知で見てみるね」
「はい」
今悪意があるかだけ見ます。少しなら疲れないはずです。
「じゃあ――」
集中を開始します。
――――小さいものが、牧場にあります。
「牧場に、小さいのがあるっぽいね」
「では、参りましょう。もしキツかったら言ってください、私が抱えます!」
アリスさんがニコニコと私の腕に抱きつきます。
酔った時、アリスさんが私を抱きかかえて会場から出てくれたそうです。
何も覚えてないのが悔しくて、悲しくて、残念です。
「本当に、キツかったら、お願いしようかな?」
「はい!」
アリスさんも、私を抱えたいのか、期待に目を輝かせます。
この笑顔を見ていると、疲れていると、つい言ってしまいそうになります。けれど、今日はまだまだ始まったばかり。こんなところでアリスさんに抱えられる権利を使うわけにはいきません。もっと大事な場面でお願いしたいです。
「リツカ様、アルレスィア様!」
神誕祭前より早く、熱烈に歓迎を受けます。演説の効果でしょうか。
「ここで悪意が少しあるみたいです、ちょっと調べてもいいですか?」
「では、私たちは避難しておきます。よろしくお願いします!」
すでに、私たちがこの国に来て二度の襲撃を受けているからか、対応が迅速です。
「それでは、しばしお待ちください」
避難する方たちを見ましたが、『感染者』はいないようです。
「奥のようですね」
「家畜が居ないスペースみたいだけど、何があるんだろう」
もしもの時のために、”強化”を発動してはいます。ですけど、気配がしません。
「この辺りだけど」
「誰も、居ませんね」
牧場の奥は林でした。死角が多く、刀を扱う事が出来ないほど木々が密集しています。手入れされていない、雑木林です。
ここで悪意を感じますけど、誰が発しているものなのか分かりません。
アリスさんが見つけようと、集中しているのが分かります。
「影にも、気をつけよう」
「はい」
影に潜る魔法が魔王の物と考えると、他にも知らない魔法があるかもしれません。警戒を強めます。
少々雑な扱い方ですけど、集落の剣で道を作っていきます。鉈とかあればよかったのですけれど。
アリスさんが、草負けや、虫に刺されないように細心の注意を払わなければ。
「悪意が遠ざかって……?」
「はい、牧場に向かっています」
人影も動物の影も気配も痕跡もなかったのですけど、どういうことでしょう。
「戻りましょう」
「うん」
怪訝な様子のアリスさんに着いて、戻り始めます。
――。
「っ!」
アリスさんに向かって何かが飛んできました。
剣で叩き落す事はできましたけど、これは……。
「ナイフ……?」
これでアリスさんを狙ったんですか?
「ありがとうございます、リッカさ、ま?」
刀に変え、”強化”を……”抱擁”を含んだ全力に切り替えます。
広域感知を発動させ、より正確に周囲を探り、ナイフを拾って――。
「そこですか」
暴力的に。
「――シッ!」
投げました。
「ッ――!」
当たった気配があります。遠くへはいけないはずですから、追い詰めましょう。
刀以外に刃物を持ったせいか、強制的に”強化”が解除されました。ですが、まだ戦闘は終了していません。再度発動し、次に備えます。
「アリスさん、大丈夫?」
「はい、私は大丈夫です」
アリスさんが胸の前で手を組み、呟くように無事を伝えてくれます。
「リッカさまは、大丈夫ですか? 魔法が強制的に解除されては反動が……。それに、広域感知まで」
「後からくるかもしれないけど、今は平気。ナイフは当たったはずだから、急いで犯人を捕まえよう?」
「はい……」
アリスさんを心配させてしまいますが、まずは犯人です。絶対に逃がしません。
当たった付近に着きましたが、ナイフと共に血痕があるだけです。
(出血量から、しっかり当たったみたい。ナイフを捨ててるから、特別な物ではないのかな、市販品? 仲間が居たら治療して終わりになっちゃう)
「血痕が向こうに続いてるから、辿っていこう」
「はい」
刃物で人を傷つけたことに、動揺してしまう心を自覚していますが、あのナイフはアリスさんの顔を狙っていました。殺意を纏っていたのです。絶対許さない。
「ここで痕跡が消えてる……」
「どうやらここで軽い治療を施した後、急いで立ち去った様です。魔力の残滓を感じます。ですけど、悪意は感じません……」
アリスさんが、人が座っていた様な跡がある場所を探ります。
「悪意を制御できるのかな」
「感知できない以上、可能性はあります」
逃がして、しまいました。
完璧な逃走経路を用意していたようです。抜け目がありません。
「治療されちゃったら、誰のせいだったか分からないね……」
足でも引き摺っていてくれれば、絞れるのですが。
「いえ、ここまでの重傷であれば、”治癒”が特級でもない限り完治できないはずです」
「じゃあ、医者に?」
「仲間に特級が居れば、それこそ分からなくなりますが、一応尋ねてみるのが良いかと」
「早速行ってみよう」
この手際の良さ、計画的な犯行でしょうか。
悪意を制御できるのなら、あの小さい悪意もアリスさんを誘い出すための……。
「ぃっ……」
考え事をしていたからか、小石に躓いてしまいました。
「リッカさま、足が上がらないのですね」
「ちゃんと、上がるよ?」
足を上げますが、思ったより上がらず、小刻みに震えています。
「広域感知や、反動が原因ではないですね。リッカさま、制御を誤りましたね?」
アリスさんが、泣きそうな顔で私の足を見つめています。
「そう、なのかな。無我夢中だったから……」
「今リッカさまを襲っている疲労は、集落の時と牧場の時に酷似しています」
アリスさんが膝をついて”治癒”をかけてくれます。
「アリスさん、今は……」
「確かに、犯人追跡も重要ですが、これでは見つけても戦えません」
建前だと分かる理由で、頑なに治療を続けます。
「リッカさまの方が、大切です」
静かな雑木林には、本当に小さい囁きですら、大きく聞こえました。
「まだ歩くのは辞めた方が良いでしょう」
「アリスさん?」
立ち上がり、膝の葉を払ったアリスさんが呟き、私を見詰めました。
「さぁ、参りましょう」
私から刀と剣を外し、自分につけています。
そして私の膝の裏に手を滑り込ませ、持ち上げ、背中を支えて……。
「アリスさん!?」
「病院は西区でしたね」
アリスさんに怪我をさせたことはありませんし、私の治療はアリスさんがしてくれるので病院は初です。
って、そうではなく、これはお姫様抱っこ……。
「あの、アリスさん……」
「これで三回目ですから、気にしてはいけませんよ?」
笑顔で私を抱えて歩き出しました。
でも、三回?
「私にとっては一回目だよぉ……」
「リッカさま、軽いです」
「うぅ……」
こんなに、ドキドキしている場合ではないのに、体は正直者ですね。
「アルレスィア様、リツカ、様?」
「ぅぅ……」
もう安全だと知らせるためとはいえ、このまま連れてこられるなんて……。
「もう安心ですよ」
「は、はい。それで、リツカ様はどうして?」
「少々足を挫いてしまいまして」
アリスさんがニコニコと、少しの嘘を交えて……いえ、一応躓きましたから、嘘ではないのでしょうか……。事情説明しています。
私は顔を隠していて、アリスさんの顔を指の隙間からちらちらと見ているだけです。周りの反応は、知りたくないです。
「は、はぁ」
「それでは、私達はこれで。お仕事頑張って下さい」
「はい、アルレスィア様とリツカ様も――」
終始笑顔だったアリスさんの言葉に、何も言えなかったのか、牧場の皆さんが仕事に戻っていく気配がします。
門につき、門番さんが目を剥いています。事情が気になるのでしょうけど、何も言いませんね。
触らぬ神に、というやつでしょうか。
あ、この言葉はマズ――。
『呼んだかい?』
ニヤニヤとしていると分かる声音で、神さまが門に背中を預けていました。




