兆し
A,C, 27/03/18
「はぁっ……はぁ……」
三十分くらい、全速力で走り続けましたけど、脚の痙攣はありません。魔力運用は結構上手くなったのではないでしょうか。
体に変化はありません。脚も太くなりません。女性としては嬉しいことですが、どうしてここまで変化しないのか不思議です。
(何か、違うのかなぁ)
体の構造とか、普通の人と違うのかもしれません。普通はもっと筋肉がついて太くなると思うんですけど。
(魔力に頼りすぎなのかもしれないけど、この世界で戦うには必要なことだし)
スタイルが変わらないのは、いいことでしょう。私も、女の子ですし、気にします。
「あと十分は、ゆっくり走ろう」
この後、ライゼさんと兄弟子さんと稽古ですし。
神誕祭後ということで、皆疲れているのかもしれません。人が今日も居ません。だからといって歌いません。いつどこで、あの師匠が見ているか分からないのですから。
それに、今は――。
『私も居るからね』
神さまも居ますからね。
『でも私はずっと見てたから、きみの歌声も知っているよ』
「どこまで知ってるんです?」
『きみの生活は、向こうの世界に居た時から偶に見てたよ。こっちに来てからはずっと』
殆ど、知られていそうです。
『そうだね。きみの密かな楽しみである、森での一人ミュージカルとか――」
「あれはミュージカルじゃないです!」
ハハハッと笑いながら分かってるよ、と言います。
ただ単に、森に居るのが嬉しくてクルクルと回ってただけです。
本当に見ていたようですね。
『リツカとアルレスィアの日課も知っているよ。これからやるんだろう?』
何気ない感じで、ニコニコとしています。
「ぅ……。はい、そうですよ」
バレている以上、隠すことはありません。それに、神さまにバレても問題ないです。私の事は全部、知られています。アリスさんとの日課が、私にとっていかに必要な事かも知っているのです。
『そういう事。アルレスィアにどんどん甘えるといい』
慈愛の顔で、提案してくれます。
ですけど、甘えすぎて、申し訳ない気持ちになってしまいますけどね……。
「アリスさんの方にはいかないんですか?」
『さっきまでアルレスィアの方に居たよ。きみの帰りを今か今かと――』
「じゃあ帰りますね」
神さまからの情報に感謝しつつ、宿に歩を進めます。
『私は核樹の傍にいるからね』
「はーい」
アリスさんが待ってくれているようです。すぐに行かないと。
「ただいまー」
「おかえりなさい、リッカさま。少し早いですね?」
「神さまから、アリスさんが待ってるって聞いたから」
「……え!?」
アリスさんが顔を赤くして困惑しています。
「アルツィアさまが?」
「うん」
「私はお会いしてませんよ……」
あれ? どういうことでしょう。
「す、少し待ってください」
「うん」
アリスさんが考え込みます。
「確かに、呼んで……。あの時見られて? 私に隠れて……」
アリスさんが小声で呟きながら状況を整理しています。
「アリスさん?」
「だ、大丈夫です!」
アリスさんが勢いよく私に抱きつきます。
「わっ!?」
「さぁ、いつもの日課ですよ」
ぎゅっと力を込めて抱かれます。いつもよりずっと強く抱きつかれて、色々と押し付けられてアリスさんの頬が私の頬に当たって。
(きょ、今日は……落ち着けないかも)
アリスさんの心臓の音なのか、私の音なのかは分かりませんが、目がパチパチするほど、ドキドキしています。
ぎゅーっと抱かれたまま、数分経ちました。
「はい、アルレスィアです」
アリスさんが耳元で話し始めます。”伝言”を受け取ったようですが、抱きしめたまま受け取るのですね。
「どうしました?」
「――はい、分かりました」
緊急の用事ではないようです。一安心しますが、耳元でこんな……。
「んっ……ぁ……」
「はい、伝えます」
「は、ぁ……」
「え!? 変な勘繰りは止めてくださいっ」
アリスさんが突然大声をあげ、より強く抱きしめられます。
「あぅ……」
「あっ、ごめんなさいリッカさま……強くしてしまいました」
”伝言”を切って、アリスさんが離れ、私の頭を撫でます。
「うん、大丈夫。ちょっと、くすぐったかった、だけだから」
少し息が荒くなってしまいます。
ちゃんと、落ち着けたのかは分かりませんけど、目もしっかり醒めましたし、疲れも吹き飛んだように感じます。
「何の伝言だったの?」
「今日は、朝の鍛錬は無しの様です」
「そっか――ん?」
じゃあ、さっきの”伝言”、ライゼさん?
「何か、変な勘繰りされてたみたいだけど……」
「お気になさらずに。ギルドで会ったら、一言申す必要ができただけですので」
「う、うん」
アリスさんが、笑顔になります。目は笑っていませんけど。
また、少し離れることになるのですね。でも、目の届く範囲ですし、ちゃんと我慢しないと。
「……」
先ほどの笑顔と違い、本当の笑顔になって私の頭を撫でてくれます。
「うん」
もう一度アリスさんに体を預けてから、シャワーを浴びに向かいました。
神さまから、どんどん甘えるといいって言われましたけど、これだとただの依存ですね……。
「おぉ、来たか。あんさんらなぁ、いくら家の中は二人だけだからって――」
「ライゼさん」
ギルドにつくなり、ライゼさんが呆れ顔で何かを言ってきますが、私には何の事なのかさっぱりです。
アリスさんが魔力すら纏って、ライゼさんを威圧しながら端へ追いやっていきました。
やっぱり、私の手が伸びそうになります。寂しがり屋な手ですね……。
「一体何をしたんでス?」
シーアさんが椅子から立ち上がって私のほうにやってきます。
「ライゼさんが?」
「いエ、どちらもでス」
シーアさんが私をじとっとした目で見ますが、ライゼさんが何かをしたから、アリスさんに追い詰められているんじゃ……。
「分からないんだよねぇ」
「何時ものリツカお姉さんで安心しましタ」
シーアさんがやれやれ、と頭を横に振ります。何時もの私がどういう認識なのか気になるところですけど、非難されているわけではなさそうです。
「見た事がある光景ですね」
アンネさんがやって来た頃、アリスさんがげっそりとしたライゼさんの下から帰ってきました。一体何に怒っていたのでしょう。
「結局、なんだったの?」
「しっかりと言い含めてきました。アンネさんと良い関係になって余裕が出てきたのか、ライゼさんの無自覚な物言いが目立っていましたので」
ライゼさんが、何か失礼な事を言ったようです。それでアリスさんが怒った、と。何を言われたのか分からないので怒るに怒れませんが、アリスさんが解決したと言うのなら、私が怒る事はないですね。
「何をやらかしたんでス?」
「勘違いで、巫女っ娘の逆鱗に触れちまっただけだ」
「無自覚に軽口を叩くからでス」
肩を落としてシーアさんに説明しています。アリスさんの逆鱗ってなんでしょう。
アリスさんが怒った時。ダメです、私がやらかした時しか思い浮かびません。
今回は違うはずです、たぶん……。
「本日は王都外の警備をしていただきます」
アンネさんから今日の予定が発表されます。
王都外警備は初めてです。
「巫女たちは王都内の方がいいんじゃねーか?」
「王都内も心配ですが、それ以上に外が気になります」
「そうですね。神誕祭中はずっと任せきりでしたから」
魔王が何か痕跡を残しているかもしれませんし、動きがあったかもしれません。
悪意関連は私たちしか、分からないのですから。
「では、ライゼ様は東門、ウィンツェッツ様は西門、レティシア様は北門、アルレスィア様リツカ様は南門をお願いします」
南門は、牧場も範囲ですね。悪意が溜まっているかもしれません、見ておきましょう。
「大型出現の場合は私へ連絡をお願いします。すぐに増援を手配します」
「それでは、解散とします」
会議を終え、各々移動していきました。




