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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
1日目、私って森フェチなのです・・?
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胸騒ぎ⑥



 坂道をおりてい――


「グモ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ッッ!!」

「っ……」


 牛の咆哮、そう形容するしかないものが爆音で響き渡りました。


「なに……これっ」


 足が震えそうになるのを気合でとめます。今は震えている場合ではないのです……。


「リッカさま……! ダメですっ今はまだ!」


 アリスさんが私を止めますが、私の中の何かがざわついています。このまま止まれば後悔する、と。


「アリスさん!今は急ぐべきです!」

「キャアアアァァァ――……」


 喧騒が近づいてきています。悲鳴も―――っ


「っ!」


 アリスさんもついてきてくれます。事は、一刻を争う段階のようです。


 坂道が終わり、集会場の横を抜けると、そこには――。


(は、ぁ……?)


 三メートルに届きそうなほどの巨体。ただでさえ大きい頭を超えるほどの角。体表は黒い毛皮で覆われ、人のような手で私の身長ほどの棍棒を携え、強靭な足で……二足歩行する、牛……?


「なに、あれ……」


 武術をやっていようがいなかろうが、本能が叫んでいます。あれは、人の勝てるものではないと……。


 でも、私の視界には、しっかりと映っていました。全身を血で染めた、オルテさんを―――。


「っ」


 その牛は、オルテさんに止めをさそうとしているのか、近づいて――。


 走り出そうとする私の横を、梅に似た香りが走り抜けました。


「――アリスさん!?」


 人の動きとは思えない速度でオルテさんの前に飛び出すアリスさん。


(何を――)


 ―――私は考えるより先に、地面に落ちている石を拾い上げ、牛に……投げ当てました。


「グモ"ッ――?」


 牛が反応します。アリスさんと私を見比べて、私に向くと……ニタァ、と牛が笑ったように、感じました。その異様さに私の体から汗が出ます。


(きもちわるいっ……)


 そう考えようとする思考が、ダンッという音によって止まりました。すでに牛が、目の前まできていたのです。


「―――」

「リッカさまっ!!!」


 アリスさんの声に体が反応します。


 振り下ろされそうになっている、左手の棍棒。これに対し私は左側へ前転するように飛び込んで避けます。


 転がる事すら致命的という直感から、側転とバック転でその場を離れ、すぐに牛に向き直りました。


(はぁっ!! はあ……っ!)


 ただの振り下ろしにも関わらず、まるで……歩いている時に真横で大型の車が通ったときのように、体が引き寄せられました。圧倒的な破壊が、起こっているのです。


(あんなの、掠っただけで……)


 オルテさんは、あれを相手に私たちがくるまで耐えていたというのでしょうか……?


 牛は露骨に不機嫌になっていました。簡単にひねることができると思っていた羽虫が無駄な抵抗をしたからでしょう。


 怒るように、牛は突進してから棍棒を横薙ぎに振りぬきます。私は後方へ大きくステップで避けます。風がおき、体が流されますが、なんとか……堪えます。


 武術の心得があるとはいえ、それは対人間です。こんなの相手にはなんの効果もありません。せいぜい今のように避けるくらいしか……。


 横薙ぎに失敗した牛は棍棒を振り下ろしました。その駆動は、人間では不可能です……っ!


 ギリギリでかわすのではなく、大きく横にとび退きます。この時、落ちていた剣を拾いました。もう、何度も使えそうに無い……ボロボロの剣。


 振り下ろされた棍棒が地面に激しく叩きつけられ土や石が、飛散しましました。


(ただのつぶてが、弾丸みたい……。攻撃全部、致命傷だよ――っ)


 牛のイラつきはピークへと確実に近づいていました。棍棒を何度も地面に叩きつけ、癇癪を起こしていました。


 ここでアリスさんたちのほうへ視線をチラとむけます。アリスさんの顔から血の気が引き震えていました。オルテさんは……意識が戻ったのか起き上がり、まだ戦おうとしているようです。


(そんな体で無茶しないで、下がってっ!!)


 牛の棍棒をもっていないほうの手が伸ばされます。私が隙だらけにでも見えたのでしょうか。掴んで、捻り潰そうとしたようです。


(っ!)


 左足を軸に体を回し、避けます。


 回転の勢いを利用して伸びてきた腕の肘の裏、肘窩を斬りつけ、すぐさま後ろへ跳ね退きます。


(全然斬れなかった……っ! 人間の腕なら切り落とせたくらいには……切り落としたことなんてないけどっ)


 緊迫した場面だからこそ、平常心。心に余裕をもって対応する。


 母がよく言ってましたけど……無理っ!!! たった三回の攻防で、私の疲労は甚大でした。


 それでも……っいつでも動けるように体勢を整えようとして、窪みに、足をとられて―――。


(――しまっ)


 牛がまた不気味に笑い、私をつかもうと再び手を伸ばしてきます。自分をイラつかせた羽虫は、じわりじわりと嬲り殺そう、って事ですか、ね。

 

(―――ぁ)


 死を前にして、私は―――他人事のように、自分の死を幻視します。ですけど………目の前に現れた銀色の景色に、私の意識が急速に、戻ってきました。


「――アリスっさん!?」


 なんで……という声は出ませんでした。


私に盾を(【シルテ】・イグナス)……!!」


 見えない壁があるかのようにアリスさんと牛の間が縮まりません、アリスさんへの接触を拒絶しているかのように……。


(ぇ?)


 しかし、牛は空いているほうの手、棍棒側を大きく振りかぶり――。


「っ逃げて!!」


 振りぬきました。


 ゴッ! と大きな音と共に、不可視のガードごとアリスさんが吹き飛ばされました。私はその光景に、頭の中で何かが……焼ききれるような音がした気がしました。 


 あのままではアリスさんが地面に叩きつけられる。そう思ったときには私は動きだしていました。


 チーターより早く、まるで戦闘機のような速度でもって、アリスさんの下へ先回りし、アリスさんを抱きとめていました。


「ぇ……リ、ッカ……さま?」


 アリスさんは無傷でしたが、手がしびれているのか震え、顔は青白く……染まっていました。


 そんなアリスさんの姿をみて、私は瞳が燃えたと思いました。


「待っていてください、アリスさん」


 私の瞳と、私の体を纏っているローブの仄かなピンク色だった紋様は――。


「私が……守りますっ!!」


 私の髪のように、真っ赤に――燃えるように光り輝いていました。



 私は、ローブのスカート部の横側を剣で裂きます。


 このローブは伸縮性に富んでいたのか、動かすことが気になりませんでした。しかしこれからは、それでは間に合わないと思ったのです。


 私の変化は劇的でした。


 自分の体が羽のように軽い。考えたことがそのまま体の部位に伝わっているかのような反応速度。そして、大幅に強化された筋力。


「――シッ!」


 牛に向って突進します。牛は絶妙なタイミングで私の顔に拳をあわせました。カウンター。狙いは私の頭部。


 私は一度やったように、左足を軸に回転し、勢いのまま二度目の肘窩への斬撃を見舞います。


 ザンッと、牛の腕が切り落とされました。


「――ッ」


 牛は、何が起きたのか分からずに呆然と落ちた腕を見ています。


 剣にひびが入りましたが、今はそれどころではありませんでした。初めての……感触に顔を歪めそうになります。でも、相手が人ではないことと、アリスさんを傷つけられたことで私は、怒っていました。


 ローブの紋様は輝きを更に増し、それに伴って私の反応速度も上がっていきます。


 牛が棍棒を振り回します。軌道も力も何もかも滅茶苦茶な攻撃を、()()()()余裕を持って回避していきます。


 もう私は、棍棒の風圧程度では流されません。


 棍棒での攻撃は当たらないと分かると、牛は最後に、渾身の力をもって、頭の角で突進をしかけようとしています。最高速度による全力の突進。速度は今までの比ではないでしょう。


 牛も限界が近いと思います。あたり一面、牛の流した血で染まっていました。


「あなたが何なのか、わからないけど。アリスさんを傷つけたあなたは、赦さない」


 瞳から炎が上がっているのではと錯覚するほどの光を携え、牛を見据えます。


 牛は咆哮を上げ、突進してきました。避ければこの牛は即座に反転し、私の無防備な体に再び突進する事でしょう。


 私は回転しながら突進を避けると、少ない筋力で最大の攻撃力を出すために行っている回転切りを、()()()()で牛の首めがけて振り下ろしました。


「――シッ!」


 パンッと空気が弾ける音とともに……牛の首と、すでに折れかけていた剣が、宙へ舞います。


 時間がゆっくりとなったように、二つが地面に落ちていくのが見えました。

 

「……」


 牛の死亡を確認し、気が抜けたのか……瞳とローブから光が消え、私は意識を――失いました。



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