舞踏会⑩
「アリスに教えながらの、微笑ましいダンスを見るつもりだったのに」
「まさか、このような……」
「ン? 成功じゃないんですカ」
エルタナスィアとエルヴィエールはほぅ……と息を吐く。二人の様子が予定外で納得していないと思ったのか、レティシアの頭に疑問符が浮かぶ。
「アルレスィアさんは踊れないはずでは……」
「リツカさんのリードは完璧でしたけど、アリスがあれ程踊れるなんて」
予定外の事に二人は、レティシアの疑問に答えられない程動揺しながらも、アルレスィアとリツカのダンスに魅了されていた。
「きっと、二人だから、かしら」
エルタナスィアは嬉しそうに笑うしかなかった。
「アイツが得意顔になるのも頷ける……」
ライゼルトは頭を抱え呟いた。
「……」
「私もあれくらい堂々としたいものです」
ゲルハルトは目を閉じ先ほどのダンスを思い出す様にし、コルメンスは自身と重ね苦笑いを浮かべる。
「皆さんもリツカお姉さんくらいちゃんとして欲しいでス」
レティシアが茶化すが、応えられない程、全員圧倒されていた。
「どうでした?」
どういう意図でこの場を用意したのかは分かりませんが、反応は悪くありません。
何より、私たちは楽しめたので、ありがたいと思っています。
「えぇ、吃驚したわ。アリスも楽しめたようね?」
「はい、リッカさまがしっかりと引っ張ってくれました」
アリスさんとエリスさんが楽しそうに話しています。
踊り終えて疲れ果てなかった子は居ませんでしたし、リードされるなんて夢のまた夢でした。何より、アリスさんと踊れた事が純粋に嬉しかったです。
「リツカさんの世界のダンスは情熱的なのね」
「もっと情熱的なのがありますよ。フラメンコとか激しいです」
「どういうのでス?」
エルさんとシーアさんは向こうのダンスに興味があるようです。
「ステップだけなら」
つま先と踵を踏み鳴らしながらリズムを取り、手の動きは扇情的に見えるように大きく動かしたり小さく体に添わせたり、スカートを持ってひらひらさせたり。
カンタオーラもトケもありませんが、せっかくなので、本気のステップを披露します。
「本当は、音楽や歌に合わせて手拍子やカスタネットを入れるんですけど、こんな感じです」
赤いドレスとか暖色の方が映えるんですけどね。
「素敵ねぇ。こちらの世界のダンスは、情熱的なのはあまり無いのよね」
「今のうちにリツカお姉さんに習ってはどうでス? まだ種類があるようですシ」
研究熱心というか、向上心の塊の様な二人が、この世界のダンスを発展させようとしています。
時間があるときに私もお手伝いした方がいいのでしょうか。
リツカのフラメンコに、周囲が注目している。
本気を出して行った激しいステップは、男も女も関係なしに魅了し、扇情的な動きはリツカへの視線を熱くさせた。
そして、ここにも一人。
「――」
『見惚れてるね』
「ア、アルツィアさまっ」
頬に手を当てうっとりとした目でリツカのフラメンコを見ていたアルレスィアは、私の言葉で我に返る。
『無理も無い、私も見とれる程綺麗だったからね』
「ダメ、ですよ?」
『そこは安心していいよ』
私は笑顔で念を押すが、まだ疑われてしまっている。
『習ってみるといい。あの踊りは求愛の踊りでもあるそうだよ?』
「きゅっ!?」
アルレスィアは変な声をあげ、俯いてしまった。
ああ、この流れはマズ――。
「神さま?」
『期待を裏切らないね。でもこの状況はきみが作り出したんだよ?』
アルレスィアの異変を感じ取り、すぐさまやって来たリツカだけど、私の言葉にうろたえながら、アルレスィアの元に駆け寄っていった。
今のアルレスィアには逆効果だけど、可愛らしい反応を見せる二人に、私の心は満たされていく。
「アリスさん、大丈夫?」
「だ、大丈夫、ですっ」
アリスさんが俯いたままです。どうしたのでしょう……。
「アリスさぁん……」
神さまが私のせいと言ってました。でも思い当たるふしがありません。
「ほ、ほんとうに……何でもないのです。アルツィアさまが変な事言うものですから……」
アリスさんが、私のように顔を両手で覆い隠して呟きます。
「神さま?」
『……ハハッ』
「笑っても誤魔化されませんよ!」
神さまのせいでしたけど、アリスさんがこのままでは悲しいです。
顔を見たい。
「……はぅ」
アリスさんが更に強く沈み込んでいきました。
「いつもと、逆だなぁ」
『程ほどにしてあげなよ、リツカ』
やっぱり私も関与していたようです……。
「二人共、喉乾いたでしょう? ライゼさんが持ってきてくれましたよ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、ございます。お母様」
アリスさんがやっと顔を上げてくれた頃、ライゼさん経由でエリスさんが飲み物を持ってきてくれました。
「綺麗な色の飲み物だね」
「香りも独特です。なんでしょう?」
とりあえず一口飲んでみます。炭酸が入っているのかシュワシュワします。少し苦味もあるような?
「大人の味ってこういうの?」
「私は少し苦手かもしれません」
舌をチロっと出して笑います。可愛い所作に赤くなる顔を誤魔化すように飲み物をぐいっと飲みま、した。
「すまん。そいつ飲むの待ってくれ」
ライゼルトが焦った様子で引き留めにやってきた。
「どうしました?」
「いや、そいつは――」
エルタナスィアの疑問に、しどろもどろに応えるライゼルトが目を剥く。
「リッカさま?」
「ぁ……ぅ」
「リツカさん?」
周囲に集まっていた者たちも、リツカの異変に気づいたようだ。
「ひっく……」
顔を、羞恥や照れではなく、ただただ赤くしたリツカは目が据わり、フラフラとしている。
「ライゼさん? これは一体」
「すまん、適当に取ったんだが、酒だったらしい」
「つまり、酔って……」
リツカが笑い声を上げながらフラフラしている様子を見ながら、何時ものメンバーが苦笑いしている。
アルレスィアを除いて、だけど。
「リ、リッカさま」
「ありしゅしゃん」
「はい、ここに居ますよ」
「わたひねー、はじめてあったときからね」
酔ったリツカはアルレスィアにしなだれかかり、すりすりと頬擦りするように甘えている。
「ありしゅしゃんのこと、みんなとちがうなーっておもってたの」
「は、ぃ」
アルレスィアはリツカからの突然の告白に顔を紅潮させ、嬉しさに綻ぶ顔を隠すことなくリツカを支えている。
「アイツ……酒に弱かったんか」
「はぁ……ちゃんと確認してください、ライゼ様」
額に手を当て天を仰ぐライゼルトに、アンネリスがじとっとした目を向けている。
「リツカお姉さんのお母さン、酒癖が悪いって言ってましタ」
「親譲りってことね」
レティシアはメモをとりながらクふふふ! と笑っている。
エルヴィエールはどうしたものかと思案しているが、酔いが醒めるまで待つしかないと半分諦め、レティシアのメモを見ている。
「アリスに任せるしかないわね」
「今後、リツカ殿にお酒は厳禁だな……」
「飲める年齢になっても、ダメそうですね」
エルタナスィアとゲルハルトもエルヴィエールと同様の意見みたいだ。そして、コルメンスは将来を案じている。森談義で酒でも酌み交わしながら、と言っていたコルメンスの計画は、白紙になった。
「それでねー、みんながおそわれて、そして……」
「リッカさま?」
アルレスィアが何かを感じ取り、顔を絶望に染め焦りだす。
「巫女っ娘? どうし――」
「少し離れます」
有無を言わせず、リツカを抱きかかえ、アルレスィアが会場を後にする。その顔には焦りと悲しみと嘆きがあった。
「どうしたんでス?」
「まさかもどすんじゃ……」
ライゼルトが失礼な勘繰りをしている。
「そのようには見えませんでしたよ」
「それにあちらはお手洗いではありません」
エルヴィエールとコルメンスが、それはないと否定する。
「……」
「……」
「どうしました? エリス様、ゲルハルト様」
エルタナスィアとゲルハルトが神妙な面持ちで居ることにアンネリスが気づいた。
「いえ、きっと疲れが出たのでしょう。しばらくすれば戻ってくると思います」
「そうですね。もしかしたら、二人きりになりたかったのかもしれません」
ゲルハルトとエルタナスィアが笑顔で取り繕い、心配ないと言う。
(リツカさん、泣いて……)
アルレスィアが隠す様に抱いて連れて行ったが、ちらりと見えたリツカの顔に、涙があったのを、エルタナスィアとゲルハルトは見ていた。
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